韓国の女性2人組のYouTuber「ホンサムピギョル」は2019年に結成し、「非婚」をテーマに発信しています。チャンネル名の由来は「一人暮らしの秘訣」と「ひとりで歩む人生、どきやがれ、結婚主義者たち!」という2つの意味がかけられているという。『未婚じゃなくて、非婚です』(左右社)(翻訳:すんみ、小山内園子)では、過去の恋愛、ルッキズム、推し活、財テク、キャリアといった切り口から、エスさんとエイさんの2人が非婚の選択をするまでの過程や、非婚を選択してからの生き方などについて書かれています。
「非婚」について発信する2人ですが、以前は恋愛や結婚に関して悩んだ経験も書かれています。
エスさんは、子どもの頃から「女の子らしい」振る舞いを嫌がり、小学校の頃から「結婚しない!」と周囲に伝えていたそうです。
「女性は男性と同じちゃぶ台で食事することが許されない」「男性には形のきれいなチヂミや果物を、女性には残飯や形の悪いものを」といった、女性が対等に扱われない環境で育ち、希望していた大学に主席で合格した際には、祖母から「女はソウルまで行って勉強するもんじゃない」と言われるなど、家父長制の呪いのような経験を重ねてきました。
とはいえ、結婚を前向きに考えた時期も少しだけあったそうです。大人になってから、周囲には結婚という選択をしない人は誰もいなく、彼氏の有無を問われ、いないと答えると「紹介するよ」となる。何人かの彼氏と付き合ううちに、「本当にいい人がいれば結婚しても悪くないかも」と考えるようになったとのこと。
ただ、それも“積極的”な判断ではなかったようです。
<結婚という選択をした瞬間、難しく思えていた未来に、ぴかぴかに磨かれた一本道が敷かれるかのような気がしたからだ。変わり者扱いされていたそれまでのつらくて寂しかった道の代わりに、みんなから承認と祝福を受けることができる、簡単で頑丈そうな道が>(p28-29)
その後、江南駅殺人事件(※1)を機に、フェミニズムに触れ、「結婚」への考え方が大きく変化していったことが書かれています。
対してエイさんは、かつては結婚主義者であったとのこと。母と妹と3人暮らしをしていましたが、ストーカー男が母親につきまとっていたため、子どもの頃は年に一度のペースで引っ越しをしていました。さらに、引っ越しの作業員が家具の設置を手抜きするなど、嫌な思いをすることが度々あったため、母方のおじが立ち会うようになったところ、態度が一変したそうです。
「成人男性がいない」ために不当な扱いを受けることの連続から、<「結婚して家庭に男がいれば安定して幸せな人生を送ることができる」という信念はさらに強まる>(p13)と綴っています。
そうした経緯から「早く結婚したい」と言っていたものの、自分を対等に見ない「モラハラ気質」のある男性たちとの付き合いを繰り返しますが、2018年にあったデモをきっかけに、フェミニズムの芽が開き、非婚主義へと変わりました。
<私に必要なものは、感情を否定せずにありのまま受け入れる強い心だった。半人前の自分を一人前にしてくれ、不安を落ち着かせてくれ、危険からも守ってくれると思った結婚ではなく。(中略)自分をしっかりのぞき見ない限り、結婚という法制度で他の人と自分をひとくくりにしたとしても、それは一時的に縫い合わせただけの「仮止め」にしかならないはずだ>(p47-48)
親戚が集まる場などで、女性が男性から対等に扱われない姿を見て、「結婚したくない」と思うこと、一部の男性による女性と男性への態度の違いを見て、「男性に“守られれば”安心できる」から「結婚したい」と思うこと……私自身はどちらも考えたことがあります。
「結婚を望まない」という選択肢を積極的に選ぶ人が周りに少なすぎて、自分の考えに自信が持てなくなることもありました。「結婚しない人」は、背景には色々な理由があるはずなのに、一括りに「結婚できない人」と扱われることも本書で書かれています。
エスさんは、職場でやむを得ず結婚に興味がないことを打ち明けると「エスさんくらいなら悪くないのに、なんで……」と言われ、エイさんは職場でYouTubeチャンネルの存在を知られてしまい、質問攻めをされる中で「まだこんなこと(注:非婚)するには、早くない?」という疑問をぶつけられる経験をしています。
まさに世間のこういった反応から「結婚しないと恥ずかしいから、結婚しなければ」という感覚を20代の私は持っていました。
以前よりは「結婚はするもの」という社会的な抑圧は弱まり、「結婚しない人=かわいそう、寂しい」と見られることも減少したと感じます。とはいえ、社会の仕組みとしては、家族で暮らすことが前提になっている場面は多く、生涯一人で暮らす人のことが十分に想定されていないと思うことも多々あります。
男性の賃金を100としたとき、女性の賃金は約75と、男女の賃金格差が大きい社会構造のもとでは、経済的に不安を感じる独身女性も多いのではないでしょうか。
韓国には「ゴールドミス」という言葉があるそうです。「オールドミス」から派生した言葉で、経済力を備えた30~40代の独身女性のことを示すとのこと。エイさんは地位やお金といった「成功」へ疑問を呈しています。
<非婚女性は全員能力があり、お金もたくさんなければならないという言い方は、女性がひとりで生きるつもりなら、男性中心の家父長制社会に認められるくらいの能力を備え、当然それに付随して財力もあふれていなければならないという、また別の「枠」になる>(p228-229)
性差別や家父長制社会で、<ひとり立ちすることに失敗した女性に残された選択肢が結婚以外ないのなら、やむをえずそれを頼みの綱にするという人も生まれるはずだからだ>(p229)と危険性を指摘しています。
まさに「お金が稼げないなら、結婚して男性に養われればいい」という視線は、長らく女性に向けられてきたものです。
私自身「仕事で成功し、安心して一人で暮らしていけるだけの経済力を持ちたい」という思いは強く、「ゴールドミス」的な女性への憧れは持っています。でも“強い女性”だけが非婚を選べるのではなく、どんな人でも、望むなら非婚の選択ができるような社会を目指したいとも思います。エイさんの下記の言葉は「成功しなければ」という自分の中の緊張を少しほぐしてくれました。
<成功者のゴールドミスでなくたって、他人の基準に合わせずに、私は私なりに、思うように生きていけばいい(中略)女性に与えられる道が結婚だけではないように、成功もまた唯一の道じゃない>(p230)
日本社会においても、以前よりは薄まっているとはいえ、「家事や育児は女性の担当」という意識は残っており、共働き夫婦でも、女性に負担が偏っている傾向があります。制度的な部分も含め、結婚そのものが女性を縛る側面はあると感じます。
一方、個々の関係性においては、結婚して対等なパートナーシップを築いている人たちがいることも知っています。そのため私自身は、さまざまな理由からやむを得ず結婚を選択するのではなく、結婚するもしないも、個人の積極的な選択ができる社会であることが望ましいと考えています。
なので、もっと「非婚」という生き方が当たり前のものとして扱われてほしいとは思います。「結婚しないと」とは言われなくなったものの、「どちらかといえば、結婚したほうがいい」くらいの空気を感じることはあり、まだ「非婚」という選択肢が「結婚」と同等とは感じられません。
本書を通じて「非婚」の生き方やマインドを吸収することができるため、「(本当はしたくないけれども)結婚しなければいけない気がする」という思いがあるのでしたら、思考の整理のヒントとなってくれる一冊だと思います。
※1:2016年に江南駅の近くの公衆トイレで、30代男性によって20代女性が刺殺された事件。2人に面識はなく、犯人の供述から、動機は女性嫌悪(ミソジニー)であることがわかり、注目を集めた。
※『未婚じゃなくて、非婚です』(左右社)の詳細はこちら
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