16.崑崙奴 (星海社FICTIONS)
大唐帝国の帝都・長安で生じた奇怪な連続殺人。友人の崔静の家に仕える崑崙奴から相談を受けた落第続きの進士・裴景が事件解決に挑む中華ミステリ。屍体は腹を十文字に切り裂かれて臓腑が抜き去られており、犯人は屍体の心肝を啖っているのではとの懸念も生まれる中、突厥人の兜とともに事件を追ううちに、怪しげな道士や商胡の全滅事件に繋がり話としても広がっていって、途中から解説が増えたたことでどうしても重くなった感はありましたが、安禄山の乱直後の雑然とした時代の雰囲気を感じさせつつキャラもよく動いていて、奴隷で家から出られない崑崙奴が人を動かして安楽椅子探偵のごとく事件解決していく展開もなかなか良かったですね。
17.マリアを運べ
【第14回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作】
17歳の運び屋の風子に持ち込まれた、新種のバイオ医薬品を運ぶ依頼。ヤクザや新興宗教、某国のスパイまでもが荷物を狙うなか、依頼完遂を目指すカーチェイスアクション。医薬品を勤務先から奪った志麻自身と盗み出した薬とデータを、或る時間までに東京から長野の諏訪まで運ぶ依頼を引き受けた風子。一度走った道をすべて記憶していることが特技の彼女が、持ち前の運転技術を活かして長野県の諏訪を目指す展開で、道中現れる様々な障害をどう掻い潜っていくのか、その中で各方面から狙われる運んでいるものの中身も明らかになっていって、やや描写があっさりめで荒削りな部分もありましたが、魅力的なキャラとテンポよく進むストーリーが魅力の作品でした。
18.同志少女よ、敵を撃て (ハヤカワ文庫JA)
独ソ戦が激化する1942年、急襲したドイツ軍によって母や村人たちが惨殺され、赤軍の女性兵士イリーナに救われたセラフィマが復讐のために狙撃手を目指す物語。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵を目指すセラフィマ。成長した彼女がスターリングラードの前線へと向かう展開で、彼女が多くの仲間を喪いながら、何とか生き延びたあまりにも理不尽で過酷な戦争は、果たして何が正しく間違っているのかなかなか難しいものでしたけど、時折垣間見える彼女の危うさにハラハラさせられながら、過去の因縁はしっかりと決着をつけてみせた彼女の生き様が印象的な物語でした。
19.7.5グラムの奇跡 (講談社文庫)
視能訓練士資格を手にした野宮恭一が、街の小さな眼科医院の人の良い院長に拾われて視機能を守るために働きはじめる連作短編集。国家試験に合格したもののなかなか就職先が決まらなかった野宮。最初は失敗続きだった彼が凄腕の広瀬先輩にフォローされながら向き合ってゆく、女の子の視力が落ちた原因や、カラコンをする女性の目の痛み、緑内障の治療に通う患者たちのこと、薬局の隠居老夫婦、そして原因不明の視力低下に悩む少年。不器用だけどまっすぐな野宮が出会った患者や、周囲の人の一人ひとりとと真摯に向き合い続けていく中で多くの気づきを得て成長して、信頼されるようになってゆくその姿がとても印象的な物語でしたね。
20.捨てられた皇后は暴君を許さない (集英社オレンジ文庫)
喜咲 冬子/夢子 集英社 2024年11月19日頃
懸命に政務をこなしていたのに皇帝に突如弾劾され、山寺で余生を過ごすことになった皇后の姚白瓊。しかしその2ヶ月後、またも皇帝に今度は後宮に戻ってほしいと唐突に懇願される中華風ファンタジー。政務どころか後宮から出もせず、贅沢三昧で色街で馬鹿騒ぎしていた皇帝の豹変。国の滅亡を回避するために皇帝の身体を乗っ取った未来の壮人に協力を依頼されて覚悟を決める展開で、ポイントとなってくる太后の贅沢三昧、白瓊を陥れようとする張貴人、そして白瓊のことを聖女扱いする皇弟の秘密。本来の流れを変えた反動に直面して、中身が別人となった夫に対する複雑な想いにも葛藤しながら、激動の展開を乗り切ってみせたその結末はなかなか良かったですね。
21.旦那の同僚がエルフかもしれません (富士見L文庫)
竹岡 葉月/コタチユウ KADOKAWA 2024年11月15日頃
祖父が営む弁当屋で働くうちに、常連だった伊吹と恋に落ちて、数年の遠距離恋愛の末に結婚したひばり。団体職員の仕事をする伊吹が時々変わったお客を連れてくる少し不思議なおもてなしファンタジー。出張も多くなかなか帰ってこない仕事が玉に瑕だけれど、真面目で優しい素敵な夫の伊吹。しかし彼が請われて家に時々連れて来るのは、エルフやドワーフの同僚、人狼の上司、見た目は小学生な魔王のワガママ娘といった個性的なメンツたちで、そこから伊吹が抱える事情も明らかになっていきましたけど、ひばりのほがらかな人柄と彼女が振る舞う美味しそうな料理に誰もが魅せられていって、自覚もないまま異世界の危機を救ってみせる一方、2人のかけがえのない関係も掘り下げられてゆくとても素敵な物語でした。
22.完全なる白銀 (小学館文庫)
北米最高峰デナリの冬季単独行に挑み、下山途中に消息を絶った親友リタ。彼女が登頂した証を求めるべく、写真家の藤谷緑里とシーラがデナリに挑む山岳小説。自らの故郷サウニケの危機を知らしめるために、登山家として活動していたリタ。しかし彼女が「山頂から“完全なる白銀”を見た」という言葉を残して下山途中に行方不明になってしまい、その言動を疑い<詐称の女王>と書き立てたマスコミ。リタの不名誉を晴らすためにデナリに挑む親友二人。極限の地で向き合うブリザードや霧、荷物の遺失、高度障害といった厳しい状況の連続に、二人の信頼関係も揺らぎかける展開でしたけど、様々な葛藤や危機も乗り越えて辿り着いた先に見えた結末がなかなか印象的な物語でした。
23.紫姫の国(上・下) (新潮文庫)
酒浸りの父親が逝き、商いの船旅に出て奴隷として売られそうになった青年ソナンと過酷な運命を課された少女ウミ。絶体絶命の二人の運命が交わるファンタジー。騙され奴隷としてて売られそうになったところを海へと飛び込み、親友を亡くしながらも何とか生き延びて、岩棚に投げ出され水も食料もなく死と隣り合わせの地でウミと運命の出会いを果たしたソナン。2人で語り合いかけがえのない時を過ごし、彼女と再び出会うために生き延びることを決意した彼が、1年後に再会したウミから話を効いて素性と事情を知り、協力して何とか試練を乗り越えましたけど、2人がこれからどんな関係になっていくのか、どのような結末を迎えるのかその続きが気になる上巻でした。
三年のうちに女児を産まなければ殺される。再会したウミに課されていた過酷な運命を知り、驚きながらも協力したソナン。彼女をこの手で守るために覚悟を決めていく下巻。彼女と再び会うために、二度目の別れ際に彼女から事細かに出された指示を忠実に守り、素性を隠し顔を灼き、国を横断して都に入ったソナン。ようやくたどり着いた先で待っていた再会からの束の間のやり取りや、そこからの思いもよらぬ指令の先に待っていた結末は何とも切なかったですけど、ただひたすら数奇な運命に振り回されていたかけがえのない大切な人のために生きて、自分がしなければならないことを最後までやりきって、これからの覚悟を定めていくソナンの姿が鮮烈な印象を残す物語でした。
24.草原の花嫁 (集英社オレンジ文庫)
皇族の生まれながら父親が謀反の冤罪で処刑され奴隷に身を落としていた翠鳳。彼女が皇帝の命で和平の証として遊牧民族の北宣に偽公主として嫁ぐことになる中華ファンタジー。政の安定を図るため、皇太子の実母は死を賜る子貴母死の慣習がある北宣へ嫁ぐことを公主が嫌がったことから、その代わりに送られることになった翠鳳。道中は海賊に襲われ、従者にも嫌われて一人嫁ぐことになった彼女が、文化や価値観の違いによる偏見から、容易には受け入れられず嫌がらせもある中、覚悟を決めて自らの居場所を作るため、国がどうすれば良くなるのか前向きに様々なことに取り組んで、皇太后という権力者と悪習は変えていこうとする皇帝・永昊の対立や思わぬ騒動もありましたけど、そんな中でも永昊を支えて周囲にも認められていく姿が良かったですね。
25.コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎 (創元推理文庫)
カフェ〈アンブル〉でコージーミステリー談義を楽しむ《コージーボーイズの集い》。参加メンバーが各々の推理を披露していく中で、マスター茶畑が謎を解き明かす連作ミステリ。ミステリ談義の集まりにひとりゲストをお呼びして、毎回カフェでゆるゆると行う推理合戦。次の日には消えてしまった居酒屋の謎、ありえざるアレルギーの謎、コーギー犬とトリカブトの謎、ロボットはなぜ壊されるのか、謎の喪中はがき、見知らぬ10万円の謎、郷土史症候群の7編が収録されていて。鋭いマスターの推理もなかなか良かったですけど、その前段のミステリ好きが集まってあれくれ繰り広げていくやりとりも楽しかったです。毎回掲載されている作家コメントもいい感じに効いていました。
26.神様の次くらいに: 人の死なない謎解きミステリ集 (創元推理文庫)
小さな謎かもしれないけれど、これを解くのはそれなりに重要。そんな日々の暮らしの中にふと入り込んだ謎とその解明を鮮やかに描いていく、人の死なない謎解き作品集。児童たちの間で起きたカード紛失事件に挑む新米教師、密室だった男子サッカー部の部室から消失したパソコン。憧れの女性と家電量販店の開店前行列に並んだ整理券を巡る謎。サプライズパーティーでプレゼントを用意したのは誰か。サブタイトルにあるように人の死なないミステリのみで構成されていて、それを解いたからといって逮捕されたりはしないけれど、解かないとどこかスッキリしない謎を解き明かしていくスタイルは気軽に読めましたし、いずれのエピソードも悪くない結末で終わっているのはもうひとつのポイントでしたね。
27.いつも駅からだった (祥伝社文庫)
謎解きはいつも駅から始まった。京王線の下北沢、高尾山口、調布、府中、聖蹟桜ヶ丘の5つの駅から始まる謎解きミステリ。舞台とした盗作疑惑で炎上中のバンド仲間から届いた謎めいたメール。部活も辞めて引きこもってしまった息子の複雑な想い。暗号のような手紙を孫娘に送り姿を消した祖母。自由奔放な次女が堅実な長女に渡した不思議なバースデーメッセージ。そして謎解きにアドバイスしてくれる謎の駅員さんの正体。それぞれの駅を舞台としたひとつひとつのエピソードや、そこに出てくる謎解きもなかなか良かったですけど、何より謎の駅員さんを巡る過去、そして切ないけれどとても温かい結末がまた効いていました。
28.黒雪姫と七人の怪物 最愛の人を殺されたので黒衣の悪女になって復讐を誓います (新潮文庫nex)
冤罪で処刑された最愛の人のため、悪女と化してでも徹底的な復讐に燃える若き元伯爵夫人アナベルが、故郷を追われた訳あり元従僕シロと出会う復讐劇。次期女王の死を悲しむ陛下を慰めるため、色鮮やかな服を着るよう定められた北の公国で唯一黒衣を身にまとう、美しくもどこか普通ではないアナベルと、優しい気質を持ちながらその特異体質ゆえに居場所を失った元従僕のシロが出会い、彼女のもとで働くようになる過程で少しずつ知ってゆくその背景。彼女が調べていた結社の所業はおぞましいものがあって、アナベルとシロの意意外な繋がりも気になるところですけど、何より外では「聖処女」と褒めそやされる第二皇女が垣間見せるその本性もなかなか衝撃的でした…。
29.チーズ店で謎解きを (光文社キャラクター文庫)
フレンチより居酒屋、ワインよりも日本酒、というイケオジ好き会社員・園羽純。同期の萩に連れられて堪能したチーズ専門店「フォンテーヌ」が事件を解決してくれる連作ミステリ。同期の萩に連れられてやってきた「フォンテーヌ」で、チーズの美味しさから魅力にうっかりはまってしまい、一見とっつきにくい常連客とも顔なじみになってますますはまってゆく羽純。美味しそうなチーズの蘊蓄もなかなか詳しくて興味深かったですけど、彼女に降りかかるイケオジ上司の不倫疑惑や友人のアレルギー事件、誰かにプレゼントされたチーズ紛失する事件もお店が解決してくれて、けれどてっきりこうなるのかな…と思っていた人間関係は思わぬ顛末を迎えることになってちょっと意外でしたね。
30.ビストロ・べーテヘようこそ 幸せのキッシュロレーヌ (角川文庫)
野村 美月 KADOKAWA 2024年12月24日頃
現実に少し疲れた人の前に現れる、豪華なビストロとめくるめく料理、そして謎に包まれたシェフ。美味しい一皿と再生を描いた連作短編集。付き合っていた彼は後輩と結婚して仕事もクビになったマチコ。美容サロンを経営して再婚相手を探す雅。検索して好条件につられて興味を持った可憐。婚活アプリ経由で彼女たちをビストロに招待して、美味しい料理でアプローチする一方で、美味しい料理を堪能した彼女たちは見失いかけていた大切なことに気付かされて、シェフに対してはわりと容赦なく指摘するものの、すれ違った彼とお手伝い・すずとの仲直りに協力する彼女たちとのこれからをまた読んでみたくなりました。