参考事例・参考文献
【佐藤優氏:2002年逮捕 背任・偽計業務妨害】
- 東京拘置所 513日間
- 2005年 一審 有罪判決(懲役2年6ヶ月、執行猶予4年)
- 2007年 控訴審 控訴棄却
- 2009年 上告審 上告棄却
- 外務省職員だった著者が、海外大学教授夫妻の訪日費用を外務省から違法に支払った、北方領土での事業入札で業者に便宜を図った、などの容疑で逮捕・起訴された。
- 容疑の内容自体は問題ではなく(「みんながいつもそう処理しているがグレーなこと」で引っかけられるので)、時代の転換点で必要となる国策捜査に、自分がたまたま該当した、という見立てを著者は取っている。
- 国家が新自由主義的な価値観へ転換する際に、旧来の価値観を体現する人物(鈴木宗男衆院議員とそれに付随して佐藤優氏)が断罪される必要がある。戦後日本では(治安維持法がないので)政治犯を経済犯(贈収賄・背任・偽計業務妨害など)へ変換した上でなされる、という認識。
- 無実の罪への対応として「徹底的に戦う」か「実利を優先して受け容れる」に大別されるとして、著者はそのどちらでもなく「国策捜査の構造を解明する」「検察の法的断罪より、外交・インテリジェンス分野での掟を守る(外交機密を守る)」という特殊な方針を貫く。
- その点は一般的に参考にはならないかもしれないが、長期間の身柄拘束をどう過ごすか/気持ちを保つか、検察官の内在的なロジックをどのように把握するかなどは参考になり得るのかもしれない。
- 単に逮捕勾留された事例というより、インテリジェンスの実際や著者の広い識見に触れられてとても面白い本。
【村木厚子氏:2009年逮捕 虚偽有印公文書作成・行使】
- 大阪拘置所 164日間
- 2010年 一審 無罪判決(求刑懲役1年6ヶ月:大阪地検が上訴権を放棄し確定)
- 厚労省の職員だった著者が「国会議員の依頼を受けて偽の障害者団体への証明書を部下に命じて作らせた」として逮捕された事件。
- マスコミ報道が徐々に加熱した2ヶ月後、当時の部下が逮捕されてから1ヶ月後に、大阪地検特捜部に呼び出される、一日取調べを受けて夕方逮捕される。
- 大阪に来る前に同僚から弁護士に相談するよう言われ、紹介してもらっていた。
- 自分の名前がたびたび報道され、同僚も次々特捜部に呼ばれているが、自分だけが呼ばれない中で呼び出されたところ逮捕されたという(佐藤優も自著の中で「なかなか呼ばれない時は検察のストーリーで中心人物にされている」と語っていた)
- 本人が証拠の中に検察のストーリーと矛盾があるのに気づき(フロッピーディスクのプロパティの日付)、さらに裁判の証人尋問の中で「団体と会って議員が口利き依頼された日付」に議員が別の場所にいた記録が残っていることが見つかった。
- さらに検察が証拠改竄していた事実が見つかり、主任検事・特捜部長・副部長が逮捕された。
- 最高検察庁が検証結果報告書を公表したが検証内容が不十分だったため、真相を明らかにしたいと著者は国家賠償請求訴訟を起こしたが、国が認諾(原告の請求を全面的に認めて裁判を強制終了させる)したため、検察の当事者から話を聞く機会も奪われて、真相究明もなし。
- 本書は事件の顛末だけでなく、70年代に国家官僚となった女性のキャリア形成や、事務次官の仕事、退官後の社会課題への取り組みなども語られていて面白かった。
【高野政所氏:2015年逮捕 大麻取締法違反】
- 留置場 23日間
- 2015年 即決裁判 有罪判決(懲役6ヶ月、執行猶予3年)
- DJである著者が、職質で大麻が見つかり現行犯逮捕された事件。
- 即決裁判は、被疑者・弁護人が同意して検察官が起訴と同時に申し立てると、執行猶予が必ず付く、初公判の当日に判決が出る手続き。
- 本書では渋谷署の留置場の生活、同房の人々との人間関係、逮捕後の流れなどが詳細に綴られている。
【モロ氏:在宅事件 不正指令電磁的記録作成・保管】
- 2018年 略式命令(罰金10万円)
- 2019年 一審 無罪判決
- 2020年 控訴審 地裁判決破棄・逆転有罪判決(罰金10万円)
- 2022年 上告審 高裁判決破棄・逆転無罪判決
- ウェブサイトに暗号通貨のマイニングスクリプト(Coinhive)を設置したことが罪に当たるとされ検挙された事件。
- 逮捕・勾留(身柄事件)のない在宅事件。
- 突然、外出先へ警察から電話で捜査協力の依頼が入り、ワゴン車で自宅に連れられて家宅捜索が始まる(ここで協力を断ると逮捕されるという)。
- 警察の取調から1ヶ月後、既に略式命令が出ていた段階で、モロ氏は平野敬弁護士に相談依頼。
- モロ氏、平野敬氏それぞれがレポートを公開されている。平野敬氏のものは取調べ・捜索差押・裁判での対応等が詳細に解説されている。
モロ|note
コインハイブ事件における弁護活動 - Google ドキュメント
【大川原正明氏・島田順司氏:2020年逮捕 外為法違反】
- 留置場→拘置所 331日間(留置場:起訴までの3ヶ月間+拘置所:11ヶ月間)
- 起訴後に検察庁が起訴の取消し申請、2021年に裁判所による控訴棄却決定(起訴後の取消しは、不起訴と異なり極めて稀)
- 機械メーカー(大川原化工機)の社長含む役員3名が、機械輸出での外為法違反の疑いで、1年半の捜査協力の後に逮捕された事件。
- 「外為法の許可の有無」は法令の定義が曖昧で、それまで全国の企業に対して一度も行政指導もなかったのが、突然の捜索差押で書類やPCが押収された。
- 会社は警察に全面的に協力し、資料も多数提出し任意の取調べも受けていた。
- 逮捕・勾留の必要性は乏しかったが自白を取るために身柄を拘束された。
- 裁判担当の裁判官が、令状部担当の裁判官に「長期拘束する事件ではない」とメモを差し入れても、検察庁の準抗告で保釈がなしになり長期の勾留になった。
- 身柄拘束された役員3名は高齢で、1名は癌で終末医療が必要な段階でも保釈が認められなかった。勾留執行停止(短期間の勾留停止)で病院に入り、その後亡くなっている。
- 家族との面会申請も通らず弁護士以外と11ヶ月間会えなかった。
- 警視庁公安部は機械装置が外為法の規制要件に該当しない(機械にその能力がない)と知りながら立件ありきで進め、検察官も見落して起訴した結果、起訴取消しに至る。
- 大川原氏らは違法な逮捕・勾留・取調べだったとして国家賠償請求訴訟を起こしている。
一点の曇りもないと黙秘をし、身柄拘束され続けた331日間|公共訴訟のCALL4(コールフォー)
【訴状より】大川原化工機 国賠訴訟の概要|和田倉門法律事務所
亀石倫子『刑事弁護人』
連続窃盗団のメンバーの弁護を担当することになった著者が、被疑者の「警察にGPSをつけられていた」という一言から、「令状なしのGPS捜査は違法」の主張で最高裁大法廷で弁論する(著名な刑事弁護人でも一生に一度も経験しない)に至った事例のドキュメンタリー。
窃盗したことそのものは争っておらず、無罪を求めているわけではなく、特殊な事例ではあるが、刑事弁護人の仕事の一端や刑事裁判の進み方が詳細に分かる。弁護側がどのように情報を収集するか、ロジックを組み立てていくかが面白い。ただこの水準で熱心で優秀な人物をチームで組まないと難しいのだと思うと、現実はかなり厳しいという気持ちにもなる。
瀬木比呂志『絶望の裁判所』
元裁判官の筆者が、裁判所組織の中で人事権をテコにした裁判官の一元支配の構造を解説する本。憲法76条は「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。」とあるが、現実には「最高裁事務総局に拘束される」という。当初裁判員制度の導入に否定的だった裁判所が急に積極姿勢に転じたのは、制度によって刑事系裁判官の権益拡大に資するという判断から、という指摘は面白かった。
市川寛『ナリ検』
これは未入手・未読なので「参考文献」ではないが、上記の平野弁護士がリポートの中で、無罪にできない検察官の内在的な論理や心理がよく描かれていると紹介されていた元検察官による著作。被告人・弁護人・裁判官の側からどう見えているかというのはいくつか読んだものの、検察官の側からの本はまだなので、読んでみたい。