「え…本当ですか?そんなことあり得るの?」

廃炉の取材を担当して7年近く。
様々なトラブルや工程の延期を経験し、大抵のことには驚かなくなっていた私も、さすがに耳を疑った。

去年8月、初めてとなる核燃料デブリの試験的取り出しに臨んだ東京電力。
世界が注目する歴史的作業は、装置を押し込むパイプの取り付け順を誤るという「初歩的なミス」で延期された。

最長40年とされる廃炉の遅れにもつながるミスやトラブルを防ぐことはできないのか。

内情を知る作業員に話を聞くと、根深い背景があることが浮かび上がってきた。

(科学・文化部記者 吉田明人)

廃炉に重要な一歩も…

14年前の事故で溶け落ちた核燃料と周囲の構造物が混ざり合った核燃料デブリは、福島第一原発の1号機から3号機までで総量880トンとされ、その取り出しは廃炉で最大の難関とされている。

その難関に初めて挑んだ今回の試験的取り出しでは、去年11月に0.7グラムの核燃料デブリを採取することに成功した。

ごく少量のサンプルだが、今後の本格的な取り出しの工法などの検討に役立てようと、詳しい分析が進められている。

冒頭のミスが起きたのは、作業開始目前の8月22日だった。

取り出し装置をデブリのある格納容器の中に押し込む5本のパイプのうち、本来装置と接続する1本目に並べるべきパイプが、なぜか4本目の位置に並んでいた。
パイプの中には配線ケーブルが通されていてその場ですぐに順番を戻すことはできず、作業は延期されたのだった。

これには、地元自治体などから「初歩的なミスではないか」と厳しい声が相次ぎ、重要作業におけるトラブル発生に住民からは「あらゆる工程でトラブルや遅れがつきまとう印象だ」と先行きへの不安を訴える声も聞かれた。

内情を知る人物は

作業員
「私たちからしても、えーなんで?というか、ちょっと考えられないというのはあったんですけど…」

今回、話を聞かせてくれたのは東京電力の協力企業に勤める50代の男性作業員。原発事故の前から福島第一原発など、全国の原発で働いてきた人物だ。
その彼にとっても、装置の取り付けミスは、信じられない出来事だったという。

とはいえ背景を探ろうと内情を聞くと、男性はこのミスが起きた現場で過去に作業をしたことがあると教えてくれた。その経験から普通にできることができないような、過酷な環境ではあると言う。

作業員
「やっぱり重装備で全面マスクもしているので、ちょっとした細かいこととかも簡単にはできないし、一緒に行くメンバーとの会話も聞き取りにくいような状況でやっていますよね。そのために、事前に入る前にミーティングや打ち合わせをしてやっているんですけど、突発的に問題が起きたときにはなかなか対応しづらい。その上、放射線量もどんどん上がっていって時間も押し迫っているということもあるので、結構焦ったりしてミスを起こすことも可能性もあるとは思います」

現場は、「レッド装備」と呼ばれるもっとも重装備で作業にあたるエリアで、全身を防護服などで包み、全面マスクも付けたうえで、衣服の隙間が生じないようテープなどで全身を密閉する。
さらに放射線量の高さから作業時間が1人当たり10分~20分と限られていて、複数の班で交代しながら作業に当たっていた。

東京電力自身も、このミスの原因について検証した結果を公表し、「現場はミスが起こりやすい厳しい環境だったにもかかわらず順番の確認などが手順書に盛り込まれておらず、現場の実態にあわせた確認が十分ではなかった」としている。

ただ、作業員の男性が、より根本的な問題としてあげたのは、東京電力と廃炉作業に携わる企業との『風通しの悪さ』だった。

作業員
「東京電力さんは指示だけしてあとは企業に任せるという形でもあったので、現場で動いてどうこうという感じではない。とにかく工事の管理だけ、進捗状況を把握してという感じ。そうなると壁ができますよね。トラブルがあればもちろん報告しますが、コミュニケーションが取れていれば何とか対応を一緒になって考えてくれると思うんですけど、中にはやっぱり『なんでこんなトラブルが起きたんだ』とただ言ってくるだけの人もいて、言いたいことも言えないっていうのはあったかもしれない。昔から、風通しの良い感じはあまりなかったですね」

現場の厳しい環境が作業手順に反映されていなかったのも、現場企業と元請け企業、さらに東京電力との間で、普段からそうした情報をやりとりしづらい環境になっていることが背景にあるのではないかというのだ。

「多層請負構造」に課題という指摘も

『風通しの悪さ』を背景とするようなトラブルは、2023年秋以降、福島第一原発で相次いでいる。

2023年10月には、汚染水を処理する過程で、一部の作業員がカッパを着ないまま現場に入り、予定外の作業を行った結果、廃液をかぶって被ばく。

2024年2月には、汚染水の処理設備で行われていた配管の洗浄作業中に、放射性物質を含む水が建物の外に漏れ出した。

内部調査の結果、前者のトラブルでは東京電力が現場の作業実態を把握できていなかったことが、後者では、作業前に配管の弁を閉めることが手順書に明記されていなかったことが分かり、現場視点に欠けた対応は専門家などから「協力企業任せ」とも指摘された。

その後も、同月には廃棄物焼却施設で火災報知器が作動。4月には、地中のケーブルを誤って傷つけ停電が発生するなどトラブルがやまず、東京電力は一時、すべての現場作業について「総点検」を行う事態に至った。

廃炉のための技術戦略プラン2024

トラブルが廃炉作業の遅れにまでつながるような事態を受け、東京電力に技術的助言を行う国の専門機関、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下NDF)は、2024年に公表した『技術戦略プラン』の中で、「どの事案も多層化した請負工事体制(多層請負構造)において発生している」と指摘し、協力企業との関係のあり方を見直すよう求めた。

この中では「多層請負構造」について、契約する企業が何層にも及ぶにつれ、責任範囲の曖昧な領域が広がるリスクがあることや、各層の企業が自分の責任を果たすこと注力してしまい、他社の責任範囲に対するアンテナが低くなりがちだとして、お互いにカバーし合う連帯感が醸成されにくいという弱点があるとしている。

東京電力も元請けも下請けも、問題に気づきにくく、気づいても声を上げづらくなってしまうという指摘だ。

東京電力は現場関与強めて「協調」模索

こうした指摘について、当の東京電力自身はどのように受け止めているのだろうか。

廃炉の責任者、小野明氏に取材すると、従来は東京電力社員の現場把握が弱く「協力企業任せ」という課題があったことを認めた。
その上で、現在は社員による現場への関与を強める対応を進めていると話した。

廃炉カンパニー 小野代表
「これまではどうしても仕事の発注者と受注者という立場に立ちがちだったが、これからはそういう枠を超えて一緒になって作業に携わる、現場レベルで協調・協働しながらやっていく必要性があると思っている。そういう形を取ることによって作業の目的とか重要性とかで共通認識を持てるし、より安全で品質の高い作業が可能になる。『ワンチーム』というのをひとつのキーワードとしてやっていきたい」

始まった協力企業との「ワンチーム」の模索

では、実際に廃炉作業を請け負っている側の協力企業は今何を考えているのか。

NHKは、廃炉作業を東京電力から直接受注している元請け企業12社を対象に書面や面会を通じて聞き取りを行い、5社から回答を得た。

この中で、一連のトラブルの要因として考えられることを複数回答で聞いたところ、もっとも多かったのは「高放射線環境下の作業管理」で3社が要因に挙げた。また、「東京電力と協力企業間の情報共有・連携」を挙げた社も2社あった。

さらに、NDFが指摘する「多層請負構造による責任分散や、連帯感の醸成されにくさ」が要因とみられるミスやトラブルの経験があったか尋ねたところ、3社は「把握していない」とした一方、2社が「把握している」と回答した。

では、東京電力社員による現場作業・安全確認の強化は、実際の作業に影響があったのか。

回答では、5社中4社が「好ましい影響がある」とし、今後どうしていくべきかという質問には4社が「今のままでよい」とした。

回答の理由を具体的に聞くと以下のような答えが返ってきた。

協力企業A
「東電の担当者が現場にいることで、作業中に出てきた課題や懸念についてその場で調整できることが多く、進捗に応じた作業の共有がスムーズになった」

協力企業B
「直接現場を見てもらえることで、難しい部分が出てきたときに相談しやすくなった。場合によっては『工期が間に合わないかもしれない』という意見にも『よく言ってくれた』という反応をされることも出てきて、安心して作業できる雰囲気になってきている」

いっぽうで、東京電力の現場への関与が強まりすぎることを懸念する回答も寄せられた。

協力企業C
「東京電力は発注者として自社の設備には深い理解は持ちながらも、元請けに任せるべき部分は適切に任せつつ、重要な場面で現場にかかわる現在の関与のあり方が適切だと考える」

今回話を聞いた作業員の男性も、従来と比べて東京電力の社員が直接確認したり作業に立ち会ったりする場面が増えた分、その対応を待つために現場作業が遅れるケースが出てきていると証言した。

記者(左)と作業員(右)

作業員
「従来は協力企業がやっていた作業前の準備や確認を東京電力の当直員がやるというケースもあるんですが、当直が対応しきれないので現場が今日はストップですとか、そういうのがたまにというか最近は結構出てきている。もう少し人を増やすとか、もっと効率的に対応してもらえればなとは思っている」

問われているのは東電のプロジェクト遂行能力

模索が始まった現場について、国の専門機関NDFのトップにたずねると、東京電力と協力企業との関係や、責任分担のあり方をいま一度しっかりと見直す必要があると指摘した。

NDF 山名元理事長
「大事なことは24時間東京電力がタッチしているということではなく、ある重要なポイントで確実に現場を見て、自分の肌で感じて、安全上の問題やプロジェクトの是非を常にウォッチしていることが大事。これはプロジェクト遂行能力ということになる。この14年に起きてきた難しい問題や失敗は、ある意味で不可避だったものもあるし、東京電力のそういう体制ができていないことによって発生しているものと両方あった」

そのうえで、東京電力が組織面・体制面を改善できるかどうかは、最長40年としてきた廃炉の完了時期にも関わってくるという考えを示した。

「今後、福島第一原発の廃炉は本格的な段階に入っていくが、この廃炉は技術だけで成立するというものではない。さまざまな技術、またそれを担う企業が集まって全体として最適な大きな事業として成立していかないとうまくいかない。そういう意味でまさに組織的な強化ができるかどうかが今後の廃炉にかかる時間も決めてくるという話になる」

工程を論じる前に必要なこと

去年11月、核燃料デブリの試験的取り出しが完了したあと、福島県内では廃炉の状況を伝える説明会が16の市町村で開かれ、私も取材した。
各会場では、作業トラブルに関する質問や指摘に加え、「事故から最長40年で廃炉を完了する」という政府・東京電力の工程表を疑問視する声が出ていた。

あるプロジェクトについて、技術的な見通しを立てて工程表を作るのは大事な一歩だ。
一方で、実際にそれを現場で進めていこうとすると予想していない課題が立ち上がり、思った通りの期間では作業が終わらないということも起きうる。
ただ、福島第一原発の廃炉作業はその連続だ。

事故から14年が経ち、廃炉の技術的困難さが明らかになる中、専門家や地元からは40年という目標を現実的に見直す必要もあるのではないかという声もあがる。
しかし、いくら技術的に目標を見直そうと、東京電力がこの巨大プロジェクトを遂行する力をつけていかなければ、その目標は説得力を持ち得ないのではないか。

工程表を見直す前に問われていることがあると感じる。

(3月10日 ニュースウォッチ9で放送)

科学・文化部記者
吉田明人
2010年入局
青森局、松山局、福島局を経て2021年から科学・文化部
原発再稼働、核燃料サイクル政策、事故原発の廃炉を継続取材