気候変動などの影響で今、ワインづくりが大きく変わろうとしています。

ワインづくりが難しくなる地域もあれば急成長する地域も。イギリスではスパークリングワインの評価がうなぎのぼりに上昇しています。

フランスのシャンパンメーカーまでもがイギリスに進出して生産を行うまでに至っています。「高温時代」の新しいワインづくりの現場を深掘りしました。

(ロンドン支局記者・山田裕規)

「ほかのワインと比較にならないほどいい」

「イギリスのスパークリングワインは年々よくなっている」
イギリスのワインの業界団体主催のテイスティングイベントを訪れるとこんな声が聞かれます。

ロンドンのイベント会場には国内の約80のワイナリーがブースを構えて大賑わいでした。

自国のワインということを割り引いても、かなり高く評価する意見が飛び交っていました。

イギリスのワインバイヤー
「イギリスのスパークリングワインのフレッシュさと酸味は最近ではほかのワインと比較にならないほどよいものです。独自のアイデンティティがありフランスのシャンパンとはまったく異なる新鮮さを持っています」

品質向上の背景に温暖化

なぜ評価が高まっているのか。

指摘されるのが生産するブドウの品質の向上と温暖化の関連性です。

イギリスの気象当局のデータによると、2023年までの10年間の平均気温は1990年までの30年間の平均気温との比較で1.25度上昇。

特に2023年は観測史上2番目に暖かい年だったとしています。

イギリスとワインというとピンとこない方も多いかと思います。しかし、その歴史はかなり古いものがあります。

11世紀には40以上にのぼるブドウ園があったという記録があり、ワインの生産が盛んでした。ただ、イギリスはもともと冷涼な地域でワインづくりには課題があるとされてきました。

12世紀以降、海外のワインの流入や伝染病の流行、気候の変化などでブドウづくりが徐々に廃れていき、どちらかというとワインを買い付けるほうにエネルギーが注がれていったのです。

再び国内でワインの生産に関心が高まったのは1950年代以降だといいます。

ワインベルトと呼ばれるワイン向けのブドウの栽培に適した地域は、フランスのボルドーワイン委員会によりますと、北半球では北緯30度から50度、南半球は南緯30度から50度とされています。

例えばイギリスの首都ロンドンは北緯51度と北海道より北に位置し、ワインベルトからは外れています。ところが気候変動の影響もあって平均気温が上昇。ワインをつくるのに適した気候になってきており、それがワインづくりのレベルをあげているというわけです。

生産地を訪れてみると

温暖化とワインづくりについて生産者に話を聞こうとイギリス南部ケント州のワイナリーに足を運びました。

このワイナリーは2004年創業で、自分たちの畑で育てたブドウだけを使ったワインを製造販売していて、国際的な品評会でもイギリスの生産者として最優秀賞を受賞しています。

このワイナリーで栽培しているのはシャルドネ、ピノノワール、ピノムニエといったフランスのシャンパンで使用されるのと同じ品種です。

シャンパンが生産されるフランス北東部のシャンパーニュ地方より北にありますが、気温の上昇を受けてこうしたブドウの品種が十分に熟すようになったといいます。

ビジネスも順調だということで、隣接する別の州とあわせて現在約90ヘクタールのブドウ畑を今後は1.6倍に拡大する計画です。

英ワイナリー「ガズボーン」ジョナサン・ホワイトCEO

ジョナサン・ホワイトCEO
「気温の上昇がなければ高品質のワインをつくるのに必要なレベルまでブドウを熟成させられませんでした。必ずしも高級ワインの生産に適していると思われていなかった地域で挑戦することに興味があり、わくわくします。目標は世界最高のワインをつくることで、ぜひ世界中で私たちのワインを味わってもらいたいです」

英産スパークリング 生産増加

評価があがって売れ行きが好調なこともあって、イギリスのワインの生産量は増加傾向です。

イギリスのブドウ畑は2023年までの5年間で約1.5倍に増えました。また、ワインの販売量のうちスパークリングワインは5年前の2.8倍となっていて、日本でも需要があるといいます。

英ワイン業界団体 フィービー・フレンチさん

フィービー・フレンチさん
「2032年までに約7500ヘクタールの土地にブドウが植えられることになる見込みで生産量も増加するでしょう。ですから、その点ではすべてがポジティブです。イギリスにとっては日本は2番目に大きい市場で、イギリスのスパークリングワインのフレッシュさや低めのアルコール度数といった特徴は寿司などにもよく合うようです」

伝統的な生産地が消滅するリスク?

一方、温暖化によって伝統的な生産地の行く末にはショッキングな予測も出ています。

2024年3月にフランスのボルドー国立農業技術学院の研究者らが発表した論文では「過去40年間でブドウの収穫時期が2週間から3週間早まっている」と指摘していて「スペイン、イタリア、ギリシャ、南カリフォルニアの沿岸部と低地にある伝統的なワイン生産地域のおよそ90%が気候変動などの影響で今世紀末までに消滅するリスクがある」としています。

また、「ワインの生産地では勝者と敗者が生まれる」としていますが、栽培技術の工夫などで「ある程度の温暖化に適応することは可能だ」と対策の必要性も強調しています。

こうした気候変動の影響を踏まえて、生産するブドウの品種まで変えようと取り組んでいるワインの生産地もあります。たとえばフランス南西部のボルドー地方では、原産地のワインであることを示す条件としてカベルネ・ソービニョンやソービニョン・ブランなどの品種を使用することが決められていました。

しかし、生産者団体が気候変動に強い品種の認可を求め、2021年にはフランスの国立原産地名称研究所は新たに赤ワイン向けに4品種、白ワイン向けに2品種を認めました。

新たな品種の栽培面積は全体の5%まで、ワインのブレンドの割合は10%を上限とする条件もありますが、ボルドーワイン委員会によると承認された品種は気温上昇や生育の変化などにうまく適応できるとしています。

仏の作り手が英に進出

ぶどうの収穫作業

格式ある生産者がこれまでとは異なる生産地に挑戦する動きも。

フランスのシャンパンメーカーはワインベルトの外にあるイギリスに可能性を見いだし、南部ハンプシャーで2017年から現地でブドウの栽培を始め、スパークリングワインの生産に乗り出しました。

ブドウ畑を管理するウィル・パーキンスさんによると、現在27ヘクタールのブドウ畑で2020年から収穫を始めたということで、収穫日が年々早まるなど温暖化の影響を肌で感じるといい、ワインの生産地として期待は大きいと強調していました。

ブドウの果汁を搾る施設

このメーカーはブドウの果汁を搾る施設を新たに作ったばかりで、今後は醸造所も設ける計画もあるとしています。

目標を聞くとシャンパンに似た味をイギリスで再現したいわけでなく、その土地ならではの風味などをワインづくりに生かす「テロワール」という考えを重視していきたいという答えが返ってきました。

仏シャンパンメーカー「ポメリー」クレマン・ピエルロー最高醸造責任者

クレマン・ピエルロー最高醸造責任者
「(イギリスでの生産目的は)さまざまなテロワールの可能性を表現するためでシャンパンをコピーするわけではありません。イギリスのスパークリングワインを高く評価してもらいたいし、それは可能な限り完璧でなければならない。このようなテロワールがあれば素晴らしいワインを提案できると信じている」

将来のワインの一大生産地は?

気候変動は望んでいないが、イギリスのワイン業界には明るい未来をもたらすーーー。冒頭のテイスティングイベントを訪れていた人からはこんな声も聞かれるとおり、温暖化は深刻な影響を世界でもたらしますが、新たなワインの生産地も生み出そうとしています。

伝統的なワインの産地が消滅してしまうリスクというのは恐ろしいかぎりですが、産地は気候変動に負けない試行錯誤を繰り返しています。

一方で、これまで高品質ワインとは無縁だった地域から新しいワインも誕生しています。各地の生産者たちが暑さにめげずに次々と新しい味を創り出し、消費者を魅了してほしいと思います。

(2024年11月28日 おはBizで放送)

ロンドン支局記者
山田 裕規
2006年入局
旭川局 広島局 経済部 国際部を経て現所属
欧州経済などを中心に取材