紅葉狩りで参拝した #大原野神社。奈良 #猿沢の池 を模した #鯉沢の池 を通る時、秋空に見事な龍雲のアーチ。#小塩山〜龍神さんの祠〜#若宮神社(#天押雲根命)を繋ぐように架かる美しいスジ雲を眺めてしばし古代妄想。#天孫降臨 #中臣寿詞
目次
本文
大原野神社では、南の鳥居から入って、北の御本殿に向かって真っ直ぐ参道を上ってゆきます。
途中、東側に鯉澤池(こいざわのいけ)。

平城京から長岡京への遷都の際、藤原氏の氏神として春日大社から分祀創建された大原野神社ですが、鯉沢の池は、大和の猿沢の池(さるさわのいけ)にならったものとされています。
朱い橋を渡ったシマに龍神を祀った祠(地主社)。
向こう奥に見えるのが摂社の若宮神社。


晴天の参拝の朝、南北の参道と直角の東西、
鯉沢の池から若宮神社にかけてアーチを描くようにスジ状の雲があらわれていました。
若宮神社に架かる方に美しい彩雲🌈


若宮神社は、藤原氏の祖神で、春日四神の第三神・天児屋根命(あまのこやね)と第四神・比売神の御子神・天押雲根命(あめのおしくもね、天忍雲根命)を祀ります。
天押雲根命は、藤原鎌足公(飛鳥時代)に繋がる大中臣氏(藤原氏直系筋)の二代目にあたります。

藤原氏の始まりの物語(天孫降臨)は、中臣寿詞(なかとみのよごと)として伝わっていますので、興味のある方はご覧ください。
出雲伝承とともに、日本書紀や古事記とは一味違った視点から、日本という国の成り立ち(古代史)を考える上で、貴重な史料です。
中臣寿詞に登場する天押雲根命は、藤原氏の中臣神道(なかとみのしんとう)において、きわめて重要な神様で、
奈良の春日大社、東大阪の枚岡神社(元春日)においても春日四神に次ぐ神格として若宮神社に祀られています。
中臣寿詞が伝えるところでは、天忍雲根神は浮雲に乗って皇親二柱が降臨する「天の二上(あめのふたかみ)」に昇り、
『カムロギ・カムロミの二神*1より賜った玉櫛を立てて朝な夕なに祝詞を上げれば、クニには新芽が次々と生え、その下からたくさんの水が湧き出します。その水を天の水として使い、しろしめしなさい』と告げられてまいった、
とされています。
つまり、春日大社では御蓋山(浮雲峰)、元春日・枚岡神社では天照山が、天押雲根命が昇った「天の二上」に当たります。
したがって京春日・大原野神社で「天の二上」に相当するのは小塩山(をしおやま、古名は大原山)ということになります。
御蓋山は平城京、天照山は難波京、小塩山は長岡京(後の平安京)を守護する、いずれも「天孫降臨」のストーリーを可視化する神聖なる御山として藤原氏に信仰(遥拝)されたと考えることができます。




*1:記紀のイザナギ・イザナミに相当
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