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アジア版オリンピックとも言われる「アジア競技大会」が今年9月、国内で32年ぶりに、愛知県を中心に開かれる。第2次世界大戦で引き裂かれたアジアの絆を強めようと始まったスポーツの祭典。「IMAGINE ONE ASIA ここで、ひとつに。」をテーマに、コンパクトで持続可能な大会を目指す。
アジア大会は1951年、戦争で荒廃した諸国の恒久平和を目指して、インドの初代首相ネルーが尽力し始まった。日本は当時、連合国軍の占領下で、戦後初の48年のロンドン五輪には招待されなかった。旧日本軍侵出の記憶がアジアには残り、フィリピンは参加に反対。「インドが日本の国際大会復帰を支援し、各国際競技団体に日本が復帰すれば参加を認めるとの形が取られた」(中京大の冨田幸祐講師)経緯があるという。
11か国が参加したニューデリーでの第1回大会で、日本は57種目中24種目で金メダルを獲得。翌52年、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を果たした。
日本での初開催は58年の東京大会。戦後復興と経済発展を世界に示すため、64年の五輪招致の動きが活発化した時期で、大会の見事な運営ぶりが認められて、五輪実施につながった。
94年には被爆地の広島で「平和と調和」をテーマに開かれ、ソ連の崩壊で中央アジア諸国も加わり、当時過去最多の42の国と地域が参加した。
一方、62年のジャカルタ大会では、政治や宗教上の理由からイスラエルなどを招待せず混乱するなど、政治的な対立が表面化したこともあった。
愛知・名古屋大会は2016年、大村秀章知事が「スポーツは理屈抜きで人を感動させる力がある」と招致を表明して、同9月に開催が決定した。大会には、45の国と地域から最大1万5000人が参加する予定だ。22年には、国内で初となるアジアパラ競技大会も続いて開かれることが決まった。
名古屋市は1988年の五輪招致を巡り、ソウルに大敗した苦い記憶があり、以来、大規模な国際スポーツ大会は招致されておらず、地元のスポーツ団体や競技関係者らの期待が高まった。
開催経費は当初、2014年の韓国・仁川大会を参考に、アジア大会850億円、アジアパラ350億円の計1200億円と試算された。既存施設を活用して、簡素で華美でない大会を目指したが、資材や人件費の高騰などから経費は増大。大会組織委員会は昨年12月、当初想定の3倍超となる約3700億円と公表した。
組織委はこの間、経費圧縮のため、選手村の整備を見送り、代わりにクルーズ船や移動式宿泊施設、既存ホテルの活用を決めた。選手村は単なる宿泊施設ではなく、国籍や宗教、文化などの異なる選手らが交流する場だ。今大会ではクルーズ船がその機能を担い、宿泊施設との間をシャトルバスで結ぶ。
このほか水泳、馬術の競技会場の東京都内への移転や選手の滞在期間短縮などで約1000億円を圧縮。地元の強い要望を受け、国は136億円の支援を決めたが、県と名古屋市の負担は2700億円と大きい。東京五輪・パラリンピックを巡る汚職・談合事件の影響でスポンサー選定は名古屋市の地元代理店など4社の共同事業体が担う。これ以上の公費負担を防ぐため、目標額を集められるかが課題となる。
中京大の來田享子教授(五輪史)は「今後のスポーツ大会はコストを下げるなどサステナブル(持続可能)な観点や、二酸化炭素削減やリサイクルの促進などの社会的影響も問われる。経費だけ注目されがちだが、我々も大会の価値を見る目を養わないといけない」と指摘する。
