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10月に世界最高峰のピアノ・コンクールとされるショパン国際ピアノ・コンクールがワルシャワで開かれ、米国のエリック・ルーさんが1位の栄誉に輝いたほか、日本の桑原志織さんが4位に入賞し、注目を浴びた。多くの著名演奏家を輩出し、世界中の若手ピアニストが参加を夢見る名門コンクールは、どのように現在の栄えある地位を確立したのか。

第1回コンクールが開催されたのは1927年。現在まで続く音楽コンクールとしては最古のものだ。ポーランドに生まれ、フランスで活躍し、「ピアノの詩人」と呼ばれた作曲家フレデリック・ショパン(1810~49年)の作品をたたえ、優れた「ショパン弾き」を見いだすことを目的とした。そのため課題曲もショパンの作品のみだ。
第1次世界大戦を経て独立を回復したポーランドにとって、愛国者でもあったショパンとその音楽はまさに「国の宝」。国家の威信を懸けて始まったコンクールは第2次大戦後にほぼ5年ごとの開催が定着し、クラシック音楽界の一大イベントに発展した。
ピアニストで文筆家の青柳いづみこさんは、理由として「20世紀後半を代表する世界的ピアニストが、このコンクールから続々デビューしたこと」だと指摘する。マウリツィオ・ポリーニ(イタリア)、マルタ・アルゲリッチ(アルゼンチン)、クリスティアン・ツィメルマン(ポーランド)……。いずれも10代後半~20代前半で優勝した彼らは、目覚ましい技巧やみずみずしい叙情でクラシック音楽界に衝撃を与え、新時代の到来を強く印象づけた。「ショパンのみで競われるコンクールがこれほどの名声を獲得できたのは、彼らの活躍のおかげでしょう」
主に欧米出身者が占めていたコンクールの上位入賞者は1970年代以降、日本の内田光子さんやダン・タイ・ソンさん(ベトナム)らアジア勢も食い込むようになった。そして、2000年にユンディ・リさん(中国)、15年にチョ・ソンジンさん(韓国)が1位を飾った。
近年はアジアの出場希望者が増え続けており、特に目立つのはピアノ学習者が急増する中国だ。今回は過去最高となる応募者642人中、210人が中国からで、予備予選を経て本大会に進んだ84人のうち、中国は28人と国別で最多だった。また、前回21年の覇者ブルース・リウさん(カナダ)と今回1位のルーさんは、いずれも中国にルーツを持つ移民2世だ。
今回の審査員を務めた中国出身のサ・チェンさんは「ショパン・コンクールは五輪並みに国際化した。優れたショパン弾きを選ぶ基準も多様化しつつある」と認める。
一方で、ポーランド国内では国際化が加速する最近のコンクールに批判的な声も聞かれる。審査員の一人でポーランド人のクシシトフ・ヤブウォンスキさんは「流行に乗って人気者を生み出すだけのコンクールなど無意味。原点に立ち戻るべきだ」と手厳しい。
コンクールは再来年の27年に創設100年を迎える。21世紀にショパンの音楽を学び、ショパンにふさわしい演奏スタイルを身につけるには、何に規範を求めればいいのか。これはコンクールの「権威」の根源にかかわる問題だろう。
審査員を務めた児玉桃さんは、「楽曲解釈の基準は人によって違って当然。それより演奏を通じて自らの音楽の核心をどれだけ表現できるかが重要」と話す。自己の表現とショパンの音楽を心身ともにシンクロナイズ(同期)できる人こそ、理想的なショパン弾きということかもしれない。