巨人・松井秀喜外野手(右)を出迎える長嶋茂雄監督(撮影1998年8月28日) 巨人元監督の長嶋茂雄さんの訃報に、ニューヨークから駆けつけたまな弟子の松井秀喜さんが残した〝約束〟という言葉の意味は何だったのだろうか。
「ここでお話しすることはできませんが、その〝約束〟を果たしたいなと思います」
松井さんの言葉に、多くの人々が〝約束〟とは巨人の監督ではないかと思ったはずだし、それはファンにとっては願いでもあるはずだ。
その一方で松井さんは2012年に現役を引退してから既に13年がたち、さらに言えば、日本球界を離れて20年以上のブランクがある。いくら松井監督待望論が盛り上がっても、いきなり監督ができるのか、という声があるのも事実だ。
ただ、そんな声に思い出すのが、長嶋さんが元巨人の江川卓さんを2000年シドニー五輪のコーチにしようとした、という話だった。江川さんは長嶋さんが第1次の監督時代に巨人に入団し、長嶋さんが目をかけた選手の一人だった。しかし1987年に現役引退後は、指導者としてユニホームを着ることなく評論家生活を送っている。
長嶋さんには「いつか江川を監督に」という思いがあったのだという。そこでプロ解禁となったシドニー五輪で「江川を代表チームのコーチに、と動いたことがあった」という話を聞いたことがある。江川さんは引退後にコーチの経験もなく、「いきなり監督は難しいのでは」という声があった。そこで日本代表でコーチ経験を積めば、監督への道筋ができるというのが長嶋さんの考えだった。
結果的にこのプランは実現しなかった。しかし長嶋さんが生きていれば、松井さんにも同じ考えで監督への道筋をつけようとすることは十分に考えられたのではないだろうか。
2001年の東京五輪で指揮を執った稲葉篤紀監督は、代表チームを指揮するまで監督経験はなかった。28年のロサンゼルス五輪で松井さんが監督でもコーチでも、指導者としての経験を積めば、巨人の監督への新たな道筋が一つ見えてくる。それも長嶋さんの遺志を継ぐ方法かもしれないと思う。(スポーツジャーナリスト)