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政治や経済、文化、スポーツなどの領域で大きな業績を残した人物が自らの半生を綴ります。日本経済新聞朝刊の最終面で1956年から続く名物コラムです。過去に掲載した「復刻版」も順次公開します。歴代の全執筆者はこちら
大石芳野 私の履歴書(14)症候群連載中

大石芳野 私の履歴書(14)症候群

撮影でカンボジアに通っていたとき、何度も脳裏をよぎったのが「ホロコーストとはこういうことだったのではないか」ということだった。アウシュヴィッツにいつか行かねばならないと思っていたところ、1985年にポーランドから写真展開催の打診が来た。思いがけない機会に「アウシュヴィッツを取材できるなら」と提案したところ、「協力する」との返事をもらった。86年夏。強制収容所跡のあるアウシュヴィッツ=ビルケナ…
「収容所を知らない人間は浅薄だ」とクオジンスキ医師は語った©大石芳野
大石芳野
2026年2月 / 全27回大石芳野写真家

日本を代表するドキュメンタリー写真家・大石芳野さんはカンボジア、ベトナム、アフガニスタン、コソボなど戦火に巻き込まれた国や地域を訪ね、心と体に傷を負った人々を写真に撮ってきました。第2次世界大戦時に多くのユダヤ人が収容され命を落としたアウシュヴィッツ、原子力発電所が大事故を起こしたチョルノービリ(チェルノブイリ)、そして広島・長崎・沖縄と歴史的悲劇の舞台にも繰り返し足を運んでいます。「戦争は終わっても終わらない」。災禍の生々しい傷痕を目の当たりにしてきた写真家の言葉は、今なお世界各地で戦乱が続く時代を生きる私たちに深く訴えてきます。大石さんが撮影した胸に迫る写真の数々にも注目です。

最近の執筆者

御手洗冨士夫
2026年1月 / 全30回御手洗冨士夫キヤノン会長兼社長CEO
渡邉光一郎
2025年12月 / 全30回渡邉光一郎第一生命保険特別顧問
財津和夫
2025年11月 / 全29回財津和夫シンガー・ソングライター

今月の復刻版

田中角栄
1966年2月 / 全35回田中角栄自民党幹事長

第64、65代首相を務めた田中角栄氏は、自民党幹事長だった48歳で登場しました。連載6年後の1972年、首相に就任。「日本列島改造論」を掲げましたが、金脈問題で辞任すると、ロッキード事件で逮捕されました。新潟での生い立ちから28歳での衆院初当選までをつづります。

山田耕筰
1956年6月 / 全7回山田耕筰作曲家

「赤とんぼ」や、詩人の北原白秋氏とのコンビでつくった「待ちぼうけ」「この道」などの歌曲がいまも愛唱されていますが、ベルリン国立音楽学院に留学、日本最初の交響楽定期演奏を始めたクラシックの指揮者でもありました。「私の履歴書」スタート直後の掲載だったため全7回の短期連載です。

Pick Up

岡藤正広
2025年1月 / 全30回岡藤正広伊藤忠商事会長CEO

伊藤忠商事会長CEOの岡藤正広さんは、総合商社で「万年4位」と言われた伊藤忠を業界の雄に変えた敏腕経営者です。ただ意外なことにいつの時代も原動力は強烈な劣等感でした。18歳で結核を患って進学が遅れ、入社後も辛辣な評価を浴びます。鬱屈した日々からどうはい上がったのか。経営に携わってからはファミリーマートやデサントのM&Aなど数々の知られざる物語が明かされます。

平井一夫
2025年4月 / 全29回平井一夫ソニー元社長

最近ではすっかり復調したソニーの姿が報じられることが多くなりましたが、2012年に社長指名を受けた頃は巨額の赤字に苦しんでいました。トランジスタテレビやウォークマンなど歴史に残る名作の数々を残した栄光が過去のもの。どん底でもがくソニーをどうやって復活へ導くことができたのか。音楽やゲームという、かつてのソニーにとっては傍流といえる事業を歩んできたため、評価は当初、極めて低いものでした。逆転劇の原動力は、幼い頃から異文化の中でもまれ、若くしてリーダーを任された歩みにありました。経営者としての哲学をどう育み、どんな覚悟で「ダメになったソニー」の再建という難題に挑んだのか。再生に至る秘話の数々が綴られます。

岡田武史
2025年10月 / 全30回岡田武史元サッカー日本代表監督

岡田武史さんはサッカーの日本代表監督としてワールドカップ(W杯)に初めて導いた名将です。1997年フランス大会アジア予選の苦境のなかで監督に就いてヒーローになりますが、翌98年の本大会ではカズ(三浦知良)を外して物議を醸し、本番も3戦全敗して大バッシングを浴びました。当時、考えていたことが赤裸々に語られます。現在は愛媛のFC今治で経営者として奔走。「ホラ同然の夢を語りながら、常に命懸けの覚悟で取り組んできた」という熱い半生です。

特集

田中角栄氏㊧と山田耕筰氏

年代別の主な執筆者

1950年代

江戸川乱歩
1956年5月 / 全6回江戸川乱歩探偵作家

会社員、新聞記者など仕事を転々として作家生活に入り、日本の探偵小説の草分けとして活躍しました。推理小説、怪奇小説、ミステリー小説のほか、自作解説、身辺雑記、書簡、対談、広告文など多作で、代表作に「明智小五郎シリーズ」や「怪人二十面相」などがあります。

松下幸之助
1956年8月 / 全29回松下幸之助松下電器産業創業者

松下電器産業(パナソニックホールディングス)を一代で世界有数の電機メーカーに築き上げました。商品開発だけでなく、実物宣伝、保証付き販売、直販制など独創的な手法を編み出して「経営の神様」とよばれ、私財を投じてPHP研究所や松下政経塾を設立するなど社会活動にも多くの業績を残しました。

山岡孫吉
1959年12月 / 全19回山岡孫吉ヤンマーディーゼル社長

世界で初めてディーゼルエンジンの小型化に成功したヤンマーの創業者です。「人々の労働の負担を機械の力で軽減し、快適なものにしたい」という思いのもと、農業機械や漁船のほか、さまざまな産業機械に使えるようにしました。

1960~1970年代

本田宗一郎
1962年8月 / 全25回本田宗一郎本田技研工業社長

小さな町工場の自動車修理工から身をおこし、持ち前の自由奔放な発想と行動力で世界的な自動車メーカー「ホンダ」をつくり上げました。ソニーとともに戦後の日本経済の復興、急成長を象徴する代表的企業の経営者です。

井深大
1962年12月 / 全17回井深大ソニー社長

学生時代から発明家として知られ、1946年に東京通信工業(ソニー)を興しました。テープレコーダー、トランジスタラジオなど日本初の家庭用電気製品を次々と商品化。独自の研究開発を重視、カラーテレビやVTR、CDプレーヤーなどを世に送り出しました。

竹鶴政孝
1968年5月 / 全28回竹鶴政孝ニッカウヰスキー社長

いまや世界に羽ばたくジャパニーズウイスキーの「生みの親」といわれている。スコットランドで醸造学を学び、寿屋(サントリーホールディングス)で山崎にウイスキー工場をつくりました。その後独立し、ニッカウヰスキーの創業者となりました。ニッカウヰスキーは2001年、アサヒビールが完全子会社化しました。

1980~1990年代

土光敏夫
1982年1月 / 全32回土光敏夫経済団体連合会名誉会長

経団連会長として第一次石油ショック後の日本経済の立て直しに力を尽くし、行政改革にも辣腕をふるって「ミスター行革」の異名をとりました。石川島播磨重工業(IHI)社長のあと、会社再建の手腕を買われて東芝の社長に就任しました。質素な生活ぶりから「メザシの土光さん」として親しまれました。

佐治敬三
1993年4月 / 全29回佐治敬三サントリー会長

創業者・鳥井信治郎氏の二男です。斬新な広告手法でウイスキーの大衆化を進めたほか、ビール事業参入やウーロン茶販売も仕掛けて、日本を代表する総合飲料メーカーに育て上げました。美術館や音楽ホール建設など文化事業でも社会貢献しました。

牛尾治朗
1999年10月 / 全30回牛尾治朗ウシオ電機会長

経済同友会代表幹事を務め、重厚な人脈で政界、経済界と官界を縦横に結ぶ「日本の世話人」として活躍しました。複写機や映写機用の高性能ランプなど「光」にかかわる電子部品などを得意とするウシオ電機の創業者です。

2000年代

椎名武雄
2000年10月 / 全30回椎名武雄日本IBM最高顧問

米国留学時にIBM本社を訪ねたことがきっかけで帰国後に入社すると、45歳の若さで社長に就任し、89年には米IBMの副社長に抜てきされました。オンラインの新聞製作システムを世界に先駆けて実用化し、外資系財界人の草分けとしても活躍しました。

樋口広太郎
2001年1月 / 全30回樋口広太郎アサヒビール名誉会長

住友銀行(現三井住友銀行)の副頭取から業界3位だったアサヒビールの社長に転じ、翌年に発売した「スーパードライ」の大当たりに乗じて土俵際にあった会社を復活させました。社長在任6年で売上高を約3倍に成長させました。

稲盛和夫
2001年3月 / 全30回稲盛和夫京セラ名誉会長

京都セラミック(京セラ)を設立し、組織を小集団に分けて収益の管理を徹底する「アメーバ経営」で世界的な企業に育てました。通信の自由化をにらみ第二電電(KDDI)も創業。請われて日本航空の経営再建にも尽力しました。「利他の心で判断する」という経営哲学でも知られています。

飯田亮
2001年6月 / 全29回飯田亮セコム創業者

日本初の民間警備会社となる日本警備保障(現セコム)を62年、学生時代の友人である戸田寿一氏と一緒に設立しました。2年後の東京オリンピックでは選手村の警備を担い、日本に民間警備業が定着する契機となりました。

安藤百福
2001年9月 / 全29回安藤百福日清食品会長

インスタントラーメンの生みの親です。世界初の「チキンラーメン」に続いて、容器入り「カップヌードル」を発売しました。「いいものは必ず売れる」と信じ赤貧に耐えながら即席めんを世に出した一徹な開発者であり、日清食品を育てた起業家でもありました。

ピーター・ドラッカー
2005年2月 / 全27回ピーター・ドラッカー米クレアモント大学教授

20世紀を代表する「マネジメント(経営)の大家」です。新聞記者としてナチスのヒトラーやゲッベルスに何度も直接取材。ナチスの反感を買って英国に逃れ、のちに渡米しました。世界最大企業ゼネラル・モーターズ(GM)のコンサルタントを引き受けてビジネスの最前線を研究する異色の学者として知られています。

三浦雄一郎
2006年9月 / 全29回三浦雄一郎プロスキーヤー

世界7大陸最高峰のスキー滑降のほか、最高峰エベレストに70歳と75歳、そして史上最高齢の80歳で登頂した冒険家です。「ザ・ファースト・イズ・フォーエバー」を最高の栄誉として、冒険・探検の世界を歩み続けた記録です。

鈴木敏文
2007年4月 / 全30回鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長

セブンイレブンの礎であるチェーン運営の仕組みを整えて「コンビニの父」とよばれています。セブン&アイを巨大流通グループに育て、決済専門銀行も設立。豊富な実態データをもとに消費を分析し、新サービスを次々と投入しました。

長嶋茂雄
2007年7月 / 全31回長嶋茂雄読売巨人軍終身名誉監督

「ミスタープロ野球」の異名で国民的人気を博しました。無類の勝負強さを誇り華麗な守備でもファンを魅了しました。高度経済成長期にプロ野球を国民的娯楽に押し上げ、社会の活力の象徴と見なされました。

2010年代

小澤征爾
2014年1月 / 全30回小澤征爾指揮者

ボストン交響楽団やウィーン国立歌劇場の音楽監督などを務め「世界のオザワ」と呼ばれた指揮者です。名指揮者のカラヤン氏に師事し、優れたコミュニケーションの力で若い奏者を導いたほか、指揮者・作曲家のバーンスタイン氏らクラシックの巨匠たちにも愛されました。

豊田章一郎
2014年4月 / 全29回豊田章一郎トヨタ自動車名誉会長

トヨタ自動車創業者・豊田喜一郎さんの長男で、海外生産拠点を強化し世界トップクラスの自動車メーカーに育てました。

王貞治
2015年1月 / 全30回王貞治福岡ソフトバンクホークス会長

「ON」として長嶋茂雄さんと人気を分け合い、メジャー記録を上回る通算本塁打868本によって「世界の王」と称賛を集めました。ダイエー(ソフトバンク)ホークス監督就任によってパ・リーグを盛り上げ、プロ球界の地軸を動かしました。

似鳥昭雄
2015年4月 / 全30回似鳥昭雄ニトリホールディングス社長

落ちこぼれから日本トップの家具インテリアチェーンの経営者へ。次々と襲い来る困難やトラブルを度胸と愛嬌で乗り切った、ニトリホールディングス創業者による波瀾万丈の一代記です。

葛西敬之
2015年10月 / 全30回葛西敬之JR東海名誉会長

「国鉄改革3人組」と呼ばれて1987年の国鉄分割民営化を主導し、JR東海の社長や会長を歴任しました。東海道新幹線の品川駅開業を実現し、リニア中央新幹線計画も進めました。代表取締役を務めた期間は28年に及びます。

江夏豊
2017年12月 / 全30回江夏豊元プロ野球投手

常勝・巨人と死闘を繰り広げた阪神での縦じまのエース時代から、広島での伝説の「江夏の21球」まで、野球ファンの記憶に残る名場面の数々を自らの言葉で、真摯に克明に振り返ります。

高田明
2018年4月 / 全29回高田明ジャパネットたかた創業者

通信販売大手ジャパネットたかた創業者。長崎の片田舎の一介のカメラ店主から、わずか10年あまりで日本を代表する通販王国を一代で築き上げました。独特の甲高い声とぬくもりある九州弁、お茶の間の人気者のモットーは「今を生きる」です。

橋田壽賀子
2019年5月 / 全30回橋田壽賀子脚本家

「おしん」「渡る世間は鬼ばかり」などのテレビドラマで知られ、アジア諸国でも高い人気を博しました。辛口ホームドラマでありながら、その時々の時代背景を踏まえた綿密で壮大な社会派ドラマをつくり上げ続けました。

コシノジュンコ
2019年8月 / 全30回コシノジュンコファッションデザイナー

実力で勝負する「だんじり魂」を原動力に世界で活躍してきました。ただ、その人生は七転び八起き。時代の最先端を走る一方で詐欺事件に遭うなど試練もありました。涙あり、笑いありの「私の履歴書」です。

肩書きは掲載当時のものです。カッコ内は、肩書きの記載がなかった連載などに補足したものです。

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