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コロナやインフルでがん再発の恐れ マウスで判明、ヒトでも関連

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新型コロナウイルスに感染した嗅覚上皮細胞のエンドソーム内にあるウイルス粒子(金色)の透過型電子顕微鏡写真(着色)。(MICROGRAPH BY NATIONAL INSTITUTE OF ALLERGY AND INFECTIOUS DISEASES/NATIONAL INSTITUTES OF HEALTH/SCIENCE PHOTO LIBRARY)

がんの治療をしても、一部のがん細胞は死滅せずに休眠状態に入り、寛解(症状が軽くなったり消えたりした状態)後も肺や肝臓や脳などの臓器に静かにとどまっていることがある。科学者たちは長年、これらの「眠れる」がん細胞を目覚めさせて転移や再発を引き起こすきっかけは何なのか、頭を悩ませてきた。2025年7月30日付で学術誌「ネイチャー」に掲載された論文は、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症のようなありふれた呼吸器感染症が、「目覚め」のきっかけになる可能性を示唆している。

「休眠がん細胞は何年も何十年もじっとしていることがあります。何が彼らを目覚めさせるのか、完全には分かっていません」と、米コロラド大学アンシュッツ・メディカルキャンパスの研究者であるジェームズ・デグレゴリ氏は言う。

「そこで私たちは、肺の感染症が休眠細胞を目覚めさせることはあるだろうかと考えました。研究の結果、かなり劇的な形で、その可能性があることが分かりました」

この発見はがんサバイバーに関して、大きな問いを投げかける。かぜをひいたり新型コロナに感染したりするのは、がんの再発の静かな引き金になるのだろうか? ウイルスと戦う免疫系は、この過程でどんな役割を果たしているのだろうか?

以下では、現時点で明らかになっていることを説明しよう。

休眠がん細胞が炎症を悪用

デグレゴリ氏の研究チームは、少なくともマウスでは、インフルエンザや新型コロナ感染症が肺にある休眠がん細胞を目覚めさせる可能性があることを発見した。また、コロナ禍での数万人のがん患者に関するデータから、同じことが人間でも起こっている可能性が示された。

すでにこれまでの研究で、細菌の感染やたばこの煙による炎症は、肺にある休眠がん細胞の再活性化と関係づけられている。そこで研究チームは、呼吸器感染症も同様の影響を及ぼすかどうかを明らかにしたいと考えた。

そこで、遺伝子改変により乳がんを発症させたマウスにインフルエンザウイルスと新型コロナウイルスを与えたところ、肺に静かに広がっていた休眠がん細胞が目を覚ましはじめた。

眠りから覚めたがん細胞は、約1週間半は目覚めていたが、ほとんどの場合、感染が終わると再び休眠状態に入った。「ただしその時点で100倍に増えてしまっています」とデグレゴリ氏。

多くのマウスはすぐに肺がんになったりはしなかったが、感染期間中に休眠がん細胞が急速に増えたため、がんが再発するリスクは急激に高まった。

休眠がん細胞を再活性化させた犯人は、インターロイキン6(IL-6)というタンパク質だった。IL-6は、通常は感染などに対する免疫応答や炎症反応を調節して、健康の維持に役立っている。

ところがこのIL-6が休眠がん細胞と出会うと、問題が生じる。「休眠がん細胞は炎症環境を利用して目覚めて増え、転移したがん細胞が多い状況を作り出してしまうのです。休眠がん細胞は、ウイルスを除去して健康に暮らすためのしくみを悪用するのです」とデグレゴリ氏は言う。

人間でも同じことが起こるのか?

人間のがんサバイバーが呼吸器感染症にかかったときも同じ状況になるのかどうかはまだ分からないが、初期の証拠はその可能性を示唆している。がん患者が登録されている2つのデータベースを分析した結果、新型コロナ感染後のがん関連死や肺転移との間に有意な関連があることが明らかになったのだ。

英国のUKバイオバンクのデータによると、コロナ禍の5年以上前にがんと診断されていた(寛解状態だったと推定される)患者のがん関連死は、新型コロナに感染した人では感染していない人に比べてほぼ2倍だった。乳がん患者を対象にした別のデータベースでは、新型コロナにかかった場合、肺がんのリスクが50%近く上昇していた。

休眠がん細胞がしばしば治療を免れる理由の1つは、これらの細胞が典型的ながん細胞とは異なるふるまいをするからだと、この研究に携わった米がん休眠研究所のフリオ・A・アギーレ・ジソ所長は言う。そのため、寛解期の患者であっても、休眠がん細胞が残っていることがある。

「私たちが行っている(がん)治療法は分裂している細胞を標的にしていますが、休眠がん細胞は分裂していないのです」と氏は言う。

それでも多くの人は、たとえ呼吸器感染症にかかったとしても、休眠がん細胞を再び目覚めさせることなく残りの人生を過ごすことができるとアギーレ・ジソ氏は言う。

「休眠がん細胞が再活性化するぎりぎりのところにある人や、もっと進行した段階にある人が感染症になると、炎症によってがんの症状が出てきて、命を落とすことになるかもしれません」と氏は言う。「けれども多くのがん経験者は、何度も感染症を経験しても休眠がん細胞が十分に再活性化せず、がんの症状が出たり命を落としたりしないのかもしれません」

ともあれ、休眠がん細胞をもつマウスと同じようなことが人間にも起こるのであれば、がんを経験して寛解状態にある人たちにとって、インフルエンザや新型コロナへの感染は重大なリスク因子となりうる。たとえ数週間後には休眠状態に戻るとしても、炎症は休眠がん細胞に増殖の余地を与えるため、将来のリスクが大きく増える可能性があるからだ。

休眠がん細胞があるがん経験者の割合は不明だが、新型コロナ感染と肺に関連したがんによる死亡との関連から、がん患者にとって呼吸器感染症の予防は、休眠がん細胞が目を覚まさないようにする上で有効かもしれない。

米テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの呼吸器専門医であるエドウィン・オストリン氏は、今回の研究には参加していないが、「がん経験者で免疫系に長期的な影響が残っているおそれのある人は、定期的に最新の予防接種を受けるようにするべきです」と話す。

文=Helen Bradshaw/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2025年8月15日公開)

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