執筆者
EY Global Artificial Intelligence Consulting Leader
Americas AI and Data Leader
要点
生成AIが世の中に登場して2年以上が経過していますが、企業における生成AIに対する期待はいまだに衰える気配はありません。生成AIは間違いなくイノベーティブなテクノロジーであり、従来のDX時代に解決することができなかった課題を、これまでとは異なる飛躍的なアプローチで解決できる可能性を秘めています。日本においては、労働人口が減りゆく中でビジネスの多様化が進み、AIによる単純な業務効率化に留まらず、人の思考の質を高めるための仕組みに昇華させていくことが必要です。単純なAIの機能活用ではなく本質を如何に見出すか、という点がAI投資成功のキーファクターと言えるでしょう。オーストリアの経済学者シュンペーターによる「イノベーションは既存の知の組み合わせで成り立つ」という通説にもある通り、AIの本質は、世の中を読み解き、さまざまな物事を掛け合わせることにあるとEYは考えます。このような本質に着目したAI投資と実践から企業における新たな価値創出をEYは支援します。
激化する企業競争において、人工知能(AI)がビジネス環境を変えていく中、企業のリーダーはAIが持つ変革力を生かして利益につなげようと積極的に投資しています。EYではさまざまな業界のシニアエグゼクティブ500人を対象とした調査を実施し、AIテクノロジーの導入に関する認識や、先行企業の投資トレンドおよび米国におけるAIの導入状況を明らかにしました。調査結果から、AIに既に投資している企業の投資がほぼ倍増し、来年には1社当たり平均1,000万米ドル(約15億円)以上に達すると予測されており、AIが企業の成長戦略における中心的な役割を持つようにシフトしていることが明らかになりました。
今回の調査結果は、AIへの投資が大幅に加速した過去1年間の経験を踏まえた見解を示しています。わずか3年前、経営幹部の約半数がAIへの投資枠は自身が管轄する総予算の5%未満と回答していました。一方、今では同クラスの回答者のうち、88%が予算の5%以上をAIに投じています。この数字はさらに増大する見込みであり、当該回答者の半数が来年には予算の25%以上をAIに投資すると述べています。
同時に、積極的な投資をしている企業のリーダーはその効果を実感しています。ほぼすべての企業がAIに投資をしている中で、小規模で実験的な投資の域を出ていない企業と、大規模な投資をしている企業とでは明らかな差が出ています。AI投資が総予算の5%以上を占める企業は、5%未満にとどまる企業と比較して、調査対象となった各領域でより高いリターンを得ていることが判明しました。
しかし、こうした投資ブームが予測されている一方で、ビジネスを発展させるAIに必要な基本的要素を見落としている企業のリーダーが多いことも調査から明らかになりました。AIの導入を成功させるためには、単なるテクノロジーの導入以上に、AIが企業のあらゆる側面を変革させるという新たなパラダイムを受け入れ、順応していくことが求められます。拡張性のあるデータインフラの構築から、先端テクノロジーに精通した人材の育成に至るまで、AI導入に対する包括的なアプローチが必要であることが今回の調査結果でも明示されています。AIが主導する新時代の幕開けに立っている今、賢くAIに投資する企業こそが将来業界の先駆者になれるのだという明確なメッセージを受けとめるべきなのです。
本稿では、AI投資が拡大する中で、AI導入時に直面する複雑な課題を乗り越えるために企業のリーダーが取るべき重要な戦略について、以下の5つの側面から明らかにしています。
第1章
バランスの取れたAI投資戦略で、自社独自のイノベーションと商用テクノロジーをうまく組み合わせるべきです。
オペレーショナルエクセレンスを求める企業は、変革をもたらすテクノロジーとしてAIに目を向けています。カスタムAI開発の強みは、企業内のオペレーションを強化し、ビジネスの複雑なニーズに合わせて最大限の効率を引き出し、インテリジェントなワークフロー管理ができることです。また、商用化された既製のAI技術は即実装でき、コストパフォーマンスが高い点で魅力的です。先見性のある企業は運用要件、競争環境および長期的な目標を総合的に分析し、AIソリューションの導入における内製化と商用テクノロジーを利用する最適な組み合わせを追求すべきです。こうすることによって、AI技術の利点を広く活用する企業が、急速に進化する市場で戦略的優位性を築くことができるのです。
第2章
オペレーションの効率と従業員の生産性を向上させるAIツールへの投資で、ROIを最大化するべきです。
先進的な考え方を持つ企業は、AIをビジネス変革の触媒として捉えています。パフォーマンスの強化とコスト効率の実現を目指す企業にとって、AIの戦略的な展開は不可欠です。AIソリューションを利用して業務ワークフローを改善し、従業員の生産性を高めることに重点を置くことで、従来のビジネスモデルは、AIを駆使したインテリジェントな事業へと転換することができます。ここでは、単なるタスク改善ではなく、AIを中心に据えるビジネスプロセスへと抜本的に再設計することが求められています。このような変革を実現することで、企業は自動化だけでなくイノベーションを起こし、最終的にAIへの投資が目に見える金銭的なリターンを生み出し、将来に向けて確固たる地位を築くことができるでしょう。
約3分の1(34%)の経営幹部が、自社のAIへの取り組み結果でどのような影響があるか、完全かつ広範囲で精査していると述べています。AIに投資している企業では、特にオペレーションの効率(77%)、従業員の生産性(74%)、顧客満足度(72%)といった分野の投資対効果が高くなっています。
第3章
AIプロジェクトとビジネス目標を同期させ、データフレームワークをアップグレードし、AI成熟度を上げるべきです。
高い流動性を備える「超流動企業」(Superfluid Enterprise)とは、デジタルイノベーションを介して市場の変化に素早く対応し、プロセス改善と継続的な成長を促進することで、競争優位性を持続させている、非常にアジャイルで適応力のある企業を指す。
AIのポテンシャルを全面的に引き出すには、テクノロジーへの投資だけでは不十分です。戦略的な整合性を意識しながら、AIの取り組みをビジネス目標の核心部分と連係させることが必要です。インテリジェントなオペレーションを支えるためには、自社の戦略目標に合致した、堅牢で優れた構造のデータインフラが欠かせません。自社の成長戦略にAI投資を同期させることが、意思決定能力の強化とイノベーションを生み出す環境づくりの突破口になります。AI成熟度を戦略的に上げていくことにより、自社を「超流動企業」へと変革することができ、シームレスな意思決定プロセスと持続的なイノベーション推進が可能になります。このように、データ基盤の強化はAIの取り組みをサポートするだけでなく、これまでになく高い効率性と優れたインサイトでビジネスを目標に向かって推進させる原動力となるのです。
第4章
責任あるAIの原則を適用し、規制に先手を打ち、信頼を確立するべきです。
AI倫理に対する経営層の関心はビジネス戦略を大きく転換するまでに高まっており、AIを導入する上でまず倫理が優先されるように潮流が変わってきています。この新たな領域でうまくかじ取りをするには、自社のAIシステムが公平性と透明性を確保し、AIバイアスを緩和できるよう、企業は包括的なAIガバナンスフレームワークへの投資を検討しなくてはなりません。責任あるAI(英語版のみ)で先行する企業は、競争の激しい市場で他社との差別化を図るとともに、将来予想される規制課題への対応策を強化しています。また、責任あるAIを実装することは、超流動企業になるためにも重要です。つまり、超流動企業とはステークホルダーからの信頼を高め、特別な負担をかけることなくコンプライアンスを効率的に維持できる体制を持ち、オペレーション上の障害を軽減し円滑に運用している企業であり、これらすべてがイノベーションを推進するドライバーとなるのです。AI倫理の先駆者は、新たな業界標準を定めつつあり、それによって、透明性のある公正なサービスを提供し、AIによるビジネスの未来を切り開いていると言えます。
ただし、責任あるAIに対する関心が顕著となっているものの、経営層が現実的に捉えて具体的な行動を取るまでには至っていないのが現状です。
第5章
AIスペシャリストの採用と従業員のスキルアップに集中し、AIに精通した、高い能力を有する労働力を育成するべきです。
労働市場においてもAIスキルを持つ人材が枯渇していることから、従業員のスキルアップおよびリスキリングプログラムに広く投資することが企業に求められています。現従業員の中からAIスキルを持つ人材を育成することで、AI技術の導入を加速できるだけでなく、企業の生命線とも言える競争優位性を確保することができます。社内でAI人材のパイプラインを開発することは、有能で「超流動型」、つまり適応力とイノベーション力を兼ね備え、AIから得られる効果を最大化できる労働力の育成に欠かせません。さらに、AI人材の内部育成と外部採用を重視することで、AIの可能性を最大限に引き出せる専門性の高い人材がオペレーションを推進する体制を構築し、技術革新の最前線に自社のビジネスを位置付けることができるのです。
AIのビジネス環境に与える影響が増大していることは明白で、シニアエグゼクティブ500人を対象とした本調査では、AIへの投資が顕著に増加していることが明らかになりました。これは単なる一過性のトレンドではなく、戦略上の必要性が根底にあると言えます。AIに積極的に取り組まなければ、イノベーションとアジリティ(俊敏性)が成果にますます直結する市場において、取り残されるリスクを負うことになります。これまでの議論が示す通り、将来を託されるのは、プロセス改善から意思決定に至るまで事業のあらゆる側面を再定義するAIのポテンシャルを認識し、その可能性に投資する企業なのです。
生成AIのポテンシャルをめぐる大きな期待が持ち上がってから1年以上が経過し、多くのビジネスリーダーが既にAIへの投資対効果を実感する中で、さらに積極的な投資計画を立てています。しかし、企業が全社規模でAIを導入するには、データインフラ、倫理的枠組み、人材獲得などにおける重大なリスクが依然として立ちはだかっています。AIが主導する未来への変革ジャーニーには、包括的かつ戦略的なアプローチが求められます。今すぐ行動を起こせる企業こそが先駆者となり、変化に即応できる「超流動企業」として、革新的でありながら持続可能性を具備する最適な戦略を打ち出すことができるでしょう。
この記事について
執筆者
EYの最新の見解
CIDOが新たな時代のビジネスを切り開くための5つのアプローチ
企業の未来を指し示す新たなリーダーとして、最高情報デジタル責任者 (CIDO) の存在意義が高まっています。
CIO調査:生成AI戦略で他社より先行しますか、それとも他社に追従しますか?
この1年で生成AIが爆発的に成長する中で、AI戦略に果敢に取り組み、企業成長を加速させるチャンスをつかむか、あるいは自社が時代に取り残されるのを見過ごしてよいかの判断で、最高情報責任者(CIO)は重大な岐路に立たされています。
EYの関連サービス
テクノロジーコンサルティングでは、最高デジタル責任者(CDO)や最高情報責任者(CIO)など、企業で重要な役割を担うCxOにとって最も信頼のおけるパートナーであり続けることを目標に、CxO目線で中長期的な価値創出につながるコンサルティングサービスを提供します。
続きを読むデジタル・イノベーションでは、経営戦略に整合したDX・AI・データ戦略の策定と実行により、デジタル時代の企業価値最⼤化・クライアントへの貢献を実現します。
続きを読む⽇本企業がデジタルテクノロジーを⾼度に活⽤し、全社DX推進、⽣成・マルチモーダルAI、汎用人工知能(AGI)、データ利活⽤に基づいたビジネストランスフォーメーションによる持続的な価値創出を⽬指し、企業価値最⼤化を実現する変⾰をサポートします。
続きを読むEYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。