YouTubeで宮崎駿監督「名探偵ホームズ」全話配信。なぜホームズは犬だったのか
記事まとめ
- 「名探偵ホームズ」のTMSアニメ55周年公式チャンネルで期間限定全話配信がスタートした。
- 同作は、宮崎駿監督や「この世界の片隅に」の片渕須直監督がスタッフとして参加したことで知られる名作アニメだ。
- ホームズのモデルはボーダーコリーとされるが、当初はグレイハウンドのように耳がたれて不健康そうな顔をしていたという。

宮崎駿監督や「この世界の片隅に」の片渕須直監督がスタッフとして参加したことで知られる名作アニメ「名探偵ホームズ」のTMSアニメ55周年公式チャンネル」での期間限定全話配信がスタートした。7月12日現在1話から5話までが公開されている。
コナン・ドイルの世界的な推理小説「シャーロック・ホームズ」シリーズに大胆なアレンジを加えてアニメ化したもので、テレビ放映されたのは1984年から1985年にかけて。テレビ放送前には映画『風の谷のナウシカ』と劇場で同時上映されていた。
ホームズものといっても推理小説的な要素は少なく、殺人事件もない。パイプたばこと化学実験が大好きなホームズ(広川太一郎)は若く健康的で、美人に弱い相棒のワトソン(富田耕生)は信頼できる好漢。悪事は天才・モリアーティ教授(大塚周夫)の一味が一手に引き受け、毎回、朗らかなドタバタアクションが柔らかなタッチで繰り広げられる。子どもから大人まで楽しめる作品であり、なんなら子どもに最初に見せる宮崎アニメとしても最適なんじゃないかと思う(短いし)。
とにかく豪華なスタッフ・キャスト陣
監督は宮崎駿だが、担当しているのは全26話中6話のみ。それでも宮崎は企画当初から深くかかわっており、作品の基本的な方針やテイストを決めたほか、全26話分のあらすじも出来上がっていたが(モリアーティ教授のおじいさん、モリアーティ大佐が登場予定だった)、製作そのものが頓挫してしまった。その後、企画は復活したが、宮崎はすでに別の仕事に入っており、残りの話数は『ルパン三世』(77年)や『ガンバの冒険』(75年)などで演出を務めた御厨恭輔が監督を務めた。
もうひとり、作品に深くかかわっていたのが片渕須直だ。日大芸術学部映画学科に在学中、恩師である池田宏(「空飛ぶゆうれい船」演出など)から誘われ、宮崎駿が準備している新作TVシリーズ(「ホームズ」のこと)向けにシナリオを書いて提出。それが採用されて5話「青い紅玉(ルビー)」となった。片渕はそれまでシナリオを一度も書いたことがなかったという。
キャラクターデザインは後に「耳をすませば」(95年)を監督する近藤喜文、原画には「ルパン三世 カリオストロの城」(79年)のカーチェイスシーンを描き、「ルパン三世 PART IV」(15年)の総監督を務めた友永和秀、ジブリの諸作品や「君の名は。」(16年)などにも参加した田中敦子らが名を連ねている。近藤の容姿はモリアーティの部下のスマイリー、友永はトッドのモデルになった。ノンクレジットだが大塚康生(「なつぞら」で麒麟・川島が演じる下山のモデルとされるアニメーター)も参加している。ジブリ作品を多く手がけた美術監督の山本二三は、背景の煉瓦の色を一個一個変えるなど徹底的なこだわりを見せて美しい画面を作り上げた。
主人公のホームズ役を演じたのはダンディーな役柄を演じさせたら天下一品の広川太一郎。時折出てくる「あんにゃろめ」のようなフレーズもまた広川節。ワトソン役の富田耕生、モリアーティ役の大塚周夫、ハドソン夫人役の麻上洋子などが脇を固め、ゲストに神谷明、田中真弓、山田栄子、横沢啓子、永井一郎、野沢雅子、速水奨ら主演級の声優たちが顔を揃えた。ちなみに25話に登場した小悪魔的な少女ピュリーを演じたのは、放送当時「くりいむレモン」シリーズで人気を集めていた及川ひとみだった。
お蔵入りしかけた「名探偵ホームズ」
「名探偵ホームズ」は一時、作品がお蔵入りの危機にあった。宮崎駿が6話分しか監督していないのは、その余波である。企画が復活した後は、制作体制がまるごと変わってしまった。
もともとはイタリアの国営放送局RAIが制作会社REVERに制作を発注し、REVERが東京ムービー新社(TMS)に共同制作を持ちかけて実現した企画だった。国内向けのTVシリーズ制作に困難を感じていた東京ムービー新社が海外に活路を見出そうとしていたタイミングとも重なった。イタリアとの共同制作の後、アメリカの三大ネットワークに売り込みをかけることで製作費を回収しようとしたのだ。アニメーション制作は、テレコム・アニメーションが担当した。宮崎駿は「アニメージュ」誌に連載中だった「風の谷のナウシカ」との掛け持ちで不眠不休だったという。
ところが、イタリア側からの制作資金の送金が止まってしまったため、82年の夏に制作は一時中断。コナン・ドイルの遺族との権利問題が解決しなかったからとも言われている。宮崎は高畑勲とともに日米合作「ニモ」に参加することになるが、結局「ニモ」への参加も断念し、同年10月にテレコム・アニメーションを退社。一時、失業状態になるが、ここから「風の谷のナウシカ」の映画化が本格始動する。
お蔵入り状態だった「名探偵ホームズ」だが、「風の谷のナウシカ」を製作する徳間書店によって拾われ、音声を入れて同時上映されることが決まった。同社刊行のアニメ誌「アニメージュ」のイベントで無音状態のまま上映が行われたこともある。「風の谷のナウシカ」の制作に没頭する宮崎の指示を受けて、音響まわりの仕事を片渕が行っている。
「青い紅玉」と「海底の財宝」を2本セットにした劇場公開版「名探偵ホームズ」が完成(このときは声優も音楽もTVシリーズとは異なる)。劇場公開をきっかけとして制作が再開され、先に仕上がっていた6話に別スタッフによって制作された20話を加えた合計26話のTVシリーズとして84年11月より放送が開始された。
なぜホームズは犬になったのか?
ホームズを犬のキャラクターにしたのは、イタリアREVERのマルコ・パゴットによるもの(クレジットは「オリジナル・アイデア」。彼の名前は後に「紅の豚」の主人公、ボルコ・ロッソの人間の頃の名前として使われた)。ただし、最初はかなり違ったテイストの絵で、宮崎駿の指示によって今のデザインに変えられた。ホームズのモデルはボーダーコリーとされるが、当初はグレイハウンドのように耳がたれて不健康そうな顔をしていた。
そもそも宮崎自身は最後までホームズたちが犬であることには乗り気ではなく、「最後まで引きずっていた」「思い入れする対象がなくて」などと振り返っている。
ハドソン夫人については、最後まで人間にすることを主張しており、宮崎が描いた人間版ハドソン夫人のイメージボードも残っている。「彼女の前にいくとどんなエラそうなことをいっていても、ただのイヌコロだ、それでも精いっぱい虚勢を張っているイヌがホームズだ」というアイデアを強硬に主張したが、イタリア側のみならず、テレコムのスタッフ全員に反対された。
宮崎がテレコム・アニメーションを退社したときに開かれた送別会では、集まった若手スタッフにこう投げかけたという。
「なぜホームズが犬であることに疑問を抱く奴が誰もいなかったんだ?」
さすが宮崎駿というほかない。
それはともかく、とてもいい作品なので、お子さんがいる方などはぜひYouTubeでご覧ください。
参考
WEBアニメスタイル「β運動の岸辺で」片渕須直
テレコム・アニメーション 座談会「名探偵ホームズ」
叶精二「宮崎駿全書」
宮崎駿「出発点 1979~1996」
(大山くまお)
トピックス
もっと読む

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第98回 青春時代にいい友情を育んだジョーとトミーが30年ぶりに再会
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第98回 青春時代にいい友情を育んだジョーとトミーが30年ぶりに再会。朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第21週「1994-2001」第98回〈3月21日(月)放送作:藤本有紀、演出:橋爪紳一朗〉※本文にネタバレを含みます※朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第99回のレビューを...
『カムカムエヴリバディ』第74回 新之助様〜 るい、良い即興芝居を見せるもコンテストに落選
『カムカムエヴリバディ』第74回 新之助様〜 るい、良い即興芝居を見せるもコンテストに落選。朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第16週「1983」第74回〈2月15日(火)放送作:藤本有紀、演出:橋爪紳一朗〉※本文にネタバレを含みます※朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第75回のレビューを更新しまし...
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』錠一郎の中に音楽は生き続け、ラジオからはあの曲が聞こえてくる
朝ドラ『カムカムエヴリバディ』錠一郎の中に音楽は生き続け、ラジオからはあの曲が聞こえてくる。朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第14週「1965-1976」第67回〈2月4日(金)放送作:藤本有紀、演出:二見大輔〉※本文にネタバレを含みます※朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第68回のレビューを更新...
レビューニュースランキング
- 1

「どろろ」SNS阿鼻叫喚、身体を売る少女と戻った身体を失う百鬼丸5話
- 2

木村拓哉主演ドラマ『未来への10カウント』Blu-ray&DVD発売決定 特典映像にメイキングなど
- 3

松本潤・石原さとみ『失恋ショコラティエ』 最終回を検証 サエコ、こわい、サエコ、魔物
- 4

朝尾さーん!「きょうは会社休みます。」最終回を観て考えた「幸せになって欲しい人ランキング」
- 5

「アカギ」ついに最終回へ。20年間戦い続ける鷲巣編を一挙解説してやった
- 6

「水曜日のダウンタウン」ノブコブ吉村がいかにスゴいか、ヤバめ素人対応をみっちり振り返ってみた
- 7

「あさが来た」日本女子大と平塚らいてう登場は「とと姉ちゃん」への布石か
- 8

関東連合が唯一制圧できなかった兄弟と、苦悩する親友の物語。瓜田純士『遺書』
- 9

「HUNTER×HUNTER」ポックルとポンズはなぜ犠牲になったのか19巻
- 10

「とと姉ちゃん」とは孤独の物語だったのか。最終回から総括する
- 11

今夜最終回「アンナチュラル」連続殺人犯は「不条理な死」そのものだった。どうなる異常殺人犯との決着
- 12

ネット大騒ぎ。収録中止「おそ松さん」“幻の第1話”を徹底的に振り返ってみた
- 13

御神体・那智の滝にロープをかけた男「外道クライマー」
- 14

令和「水曜日のダウンタウン」新元号を当てるまで平成から脱出できない、ななまがりと「あのランプ」の奇跡
- 15

正味の話、平塚らいてうは「あさが来た」広岡浅子をどう思っていたのか
- 16

「わたしを離さないで」7話。胸のでかさが本人を識別する記号
- 17

「失恋ショコラティエ」最終回を検証 サエコ、こわい、サエコ、魔物
- 18

酒乱の三船敏郎を叩きのめし、石原裕次郎に詫びを入れさせた安藤昇という男
- 19

金がなけりゃ体で支払え!?「懲役」ではない「労役」体験ツアー
- 20

営業マンの鑑!?「魔法少女まどか☆マギカ」のキュゥべえに学ぶ会話術ベスト3■新社会人応援スペシャル
ライター紹介

大山くまお
ライター。1972年、名古屋生まれ。ドラマ、映画、アニメ、書籍などのレビュー執筆、インタビューなどを行う。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。中日ドラゴンズのファン。「文春野球ペナントレース」2018、2019の中日ドラゴンズ監督を務める。








