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日本最大の地熱発電所、八丁原発電所。大分県玖珠郡九重町(Photo:Herman Darnel Ibrahi…, CC 表示-継承 3.0, Wikipedia Commons)
2025年7月8日 –Energy Tracker Japan
この記事の要旨
天候、時間帯に左右されず、安定した電源である地熱発電。日本は世界3位の地熱資源に恵まれているが、現在は開発の難しさや制度的な制約で、その活用は限定的となっている。
しかし、現在脱炭素の需要増大を背景に「次世代型地熱」と呼ばれる新しい発電方式の検討が進み、官民連携による取り組みが本格化している。
国際エネルギー機関(IEA)は、2035年までに次世代型地熱の発電コストは80%減の可能性を持つとしており、年間投資額1,400億ドル達成の見込みがあると予測している。
地熱発電は、地下から取り出した蒸気によって発電する再生可能エネルギーの一つである。
主に火山活動のある地域では、地下深部のマグマだまりによって周囲の岩石や地下水が加熱され、発電に適した熱水や蒸気が生成される。これらが蓄えられる場所は「地熱貯留層」と呼ばれ、一般的に地下1~3キロメートルの深さに存在する。
地熱発電では、地熱貯留層に井戸を掘り、地熱流体と呼ばれる高温高圧の熱水や蒸気を取り出してタービンを回転させ、発電を行う。使用後の水は冷却して再び地下に戻され、資源の循環利用が可能である。

地熱発電の大きな特徴は、太陽光や風力と異なり、天候や季節、時間帯に左右されず、24時間安定して稼働できることだ。このため「ベースロード電源」としての活用も可能である。
また、化石燃料を使用しないことから、発電時の二酸化炭素の排出は極めて少なく、エネルギー資源を国内で賄えるという利点もある。さらに、取り出した熱水や蒸気は、農業や漁業、暖房などにも利用でき、地域社会との共生にもつながる。
これまで地熱発電は、火山帯に位置する一部の地域で限定的に導入されてきた。しかし近年では、カーボンニュートラルの実現に向けた再生可能エネルギーの普及拡大や、データセンター設立に伴う電力需要の増加などを背景に、再び注目を集めている。
日本は火山帯に位置し、世界でも有数の地熱資源に恵まれている。独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(以下、JOGMEC)によれば、日本の地熱エネルギーの潜在的埋蔵量は約2,347万キロワットにのぼり、これは原子力発電所約23基分に相当する規模である。米国、インドネシアに次ぐ世界第3位の地熱ポテンシャルを有している。

一方で、その資源の活用は進んでいない。2024年4月時点での国内の地熱発電所の設備容量は約51万キロワットにとどまり、潜在量のわずか2~3%程度にすぎない。世界的に見ても第10位と、地熱資源の豊富さに対して利用率はかなり低いのが現状である。

その背景には、地熱発電特有の開発上の課題がある。
まず、探査から開発までに多額の初期投資と長いリードタイムを要することが挙げられる。発電に必要な蒸気を得るための井戸1本あたりの掘削費用は5億円を超える。加えて、蒸気が得られる場所を的確に見極めるのは難しく、掘削成功率は2~3割程度とされている。
また、地熱発電の設備は、地下の温度、圧力、流量など地質条件に応じて設計されるため、基本的にオーダーメイドとなる。その結果、太陽光や風力のような大量生産によるコスト削減をしにくい。
さらに、地熱資源が存在する地域の多くは国立公園や温泉地と重なり、法規制の対応や温泉事業者との調整も欠かせない。
こうした制約により、日本では1990年代半ば以降、新たな地熱発電所の開発が停滞し、設備容量は長らく横ばいの状態が続いている。
未活用のまま眠る日本の地熱ポテンシャルを引き出すため、官民連携による地熱発電開発が本格化している。
政府は、2040年までに電源構成に占める再生可能エネルギーの比率を、現在の22.9%(2023年度)から最大50%程度まで引き上げる目標を掲げており、地熱発電についても現状の0.3%から1~2%への拡大が第7次エネルギー基本計画で示されている。
この実現に向け、経済産業省は2024年11月に「地熱開発加速化パッケージ」を策定した。民間単独では着手が難しい自然公園などの未開拓地域において、国やJOGMECが調査を担い、開発リスクを軽減する。また、法令に基づく許認可手続きや、地域住民や温泉事業者との合意形成についても、国が支援を行い、開発リードタイムの短縮を図る。

さらに政府は、従来型とは異なる次世代型地熱の実用化にも注力している。2025年4月には「次世代型地熱推進官民協議会」を設置し、電力会社や建設会社など70社以上が参画。同協議会では、次世代型地熱の技術開発や実証スケジュール、制度設計などの議論が進められている。
次世代型の地熱ポテンシャルは7,700万キロワット以上とされており、従来型の3倍以上の規模に相当する。政府は2030年代の早期実用化、2040年以降の国内外での普及を目指している。
次世代型地熱として注目されているのが、「クローズドループ」と「超臨界地熱」である。いずれも従来型とは異なる発電方式であり、地熱資源の活用範囲を大きく広げる可能性を持つ。
クローズドループは、高温の地層に密閉型のパイプを設置し、人工的に水を流し込むことで熱回収し、発電する方式である。地熱貯留層を必要とせず、より多くの地域で導入が可能となる。一方で、熱回収が配管を介した間接的な方式であるため、効率は下がり、大規模な掘削や設備が必要になるといった課題がある。
超臨界地熱は、マグマに近い深さ4~5キロメートルの地層に存在する「超臨界水」を利用する方式である。超臨界水とは、液体と気体の中間的な性質を持つ高温高圧の水であり、高い発電出力が得られる。しかし、超臨界水は腐食性が強く、設備へのダメージや安全性の確保に課題がある上、その存在や挙動について未解明な部分も多い。
これらの課題解決に向けて、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)などを中心に、技術開発が進められている。
地熱発電は、初期投資こそ大きいが、稼働後の運用コストが低く、長期的に安定した収益が見込めるエネルギー源である。国際エネルギー機関(IEA)は、適切な支援があれば、2035年までに次世代型地熱の発電コストは80%下がり、1メガワット時あたり約50ドルでの電力供給が達成される可能性があると予測している。これは水力や原子力と同等以下の水準である。
また、IEAによると、こうしたコストの大幅な削減が実現すれば、地熱発電への累計投資額は2035年までに1兆ドル、2050年には2.5兆ドルに達すると見込まれている。ピーク時の年間投資額は1,400億ドルになるといい、これは世界の陸上風力発電への現在の投資額を上回る規模である。
こうした中、世界ではスタートアップや民間投資が活発化している。グーグルは台湾において、地熱由来の電力をデータセンターに供給するオフサイト型PPA(電力購入契約)を締結し、関連企業への出資も進めている。欧米では、Eavor Technologies(カナダ)やFervo Energy(アメリカ)といった地熱発電スタートアップ企業が次世代型地熱の技術実証を終え、商業規模での展開に移行している。
地熱発電は長らく投資対象として注目されてこなかったが、技術革新と市場の後押しを得て、再評価が進んでいる。地熱は、「投資されてこなかった最後の再生可能エネルギー」であるかもしれない。