Home > Reviews > Album Reviews > Lea Bertucci- Metal Aether
ここに物語はない。アルトサックスの音が静かに重なり、描かれるのは真っ白いカンバスだ。何も描かれていない真っ白いノート……いや、何も描かれていないはずがないノート。ぼくたちはもう何十年も生きてきた。何回も描き続け、何重にも塗り続けてきた。迷い、疲れ果て、なんども魂を失いそうになった。買ったばかりの画用紙のように、真っ白であるはずがない。
昔ニューヨークには、路上で暮らす目の不自由な、そして耳が豊かなミュージシャンがいた。自らをムーンドッグと名乗ったその男は、ミニマリストたちから尊敬された真の“オルタナティヴ”、境界線上のアーティストだった。フィリップ・グラスはスティーヴ・ライヒとともにムーンドッグから影響を受けたひとりだが、1970年代にグラスの楽団でサックスを吹いていたリチャード・ランドリーという男がいる。のちにローリー・アンダーソンやトーキング・ヘッズの作品にも参加しているランドリーだが、当時は配管工をやりながら活動を続けていたそうで、ソロ作品はわずか数枚しか制作していない。そのレアな彼の代表作『Fifteen Saxophones』が数年前にNYの〈Unseen Worlds〉というレーベルから再発されている。
NYの女性サックス奏者、リーア・バートゥチのアルバム『Metal Aether(メタル・エーテル)』はランドリーのソロ作品を継承している。サックスによるドローン(持続音)という点において。
あらゆるものが並列に出揃っている今日では、自由を求めたフリー・インプロヴィゼーションなるジャンルも、「自由を求める」というクリシェから逃れられないのかもしれないが、『メタル・エーテル』はタイトルが暗示するように、軽い。この軽さこそ、グラスやランドリーが憧れたムーンドッグの身軽さとも似ているように思える。それは何かを背負っているかのような音楽ではないし、専制的にもなり得ない、社会の垢にもまみれない。なによりも彼女の音楽は描くのではなく、描いたものを消しゴムのように消していく。
反抗的な音楽が信じられなくなるときは誰にでもあるだろう。あるいは過剰さから遠ざかりたいとき、そして過剰さへの反動としての静けさからも遠ざかりたいとき、未来のことも過去のことも考えたくないとき、ロバート・ラウシェンバーグの「ホワイトペインティング」のような音楽=『メタル・エーテル』は必需品だ。これは、いまぼくがもっとも気に入っているアルバムである。
※それにしても、アメリカ合衆国のバーモント州バーリントンの〈NNA Tapes〉もつかみどころのないレーベルで、有名になる前の初期OPNのコラボ作品を出していたり、コ・ラやネイト・ヤングなどの作品を出していたり。ブームになるずっと前からアナログ盤/カセットテープのリリース形態にこだっていたレーベルだが、音楽的にどんな信念/コンセプトがあるのかはわからない。ポップや流行というもののいっさいに関与しないことぐらいしか。
野田努
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