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Home > Reviews > Album Reviews > The Other People Place- Lifestyles Of The Laptop Café

The Other People Place

Electro

The Other People Place

Lifestyles Of The Laptop Café

Warp

HMVAmazon

小林拓音  Mar 09,2017 UPOld & New

 2001年9月3日。ドレクシアの片割れであるジェイムズ・スティンソンは、ジ・アザー・ピープル・プレイス(以下、TOPP)という含みのある名義でソロ・アルバム『Lifestyles Of The Laptop Café』を発表した。当時がどういう状況だったかと言うと、もちろんあの9•11の直前なのだけれど、とりあえずそのことは措いておこう。
 この年は〈ビート〉が〈Warp〉のライセンス盤を出しはじめた年で(前年までは〈ソニー〉がその役割を担っていた)、オウテカを皮切りに、春から初夏にかけてプラッドやプレフューズ73、スクエアプッシャーのアルバムが次々とリリースされている(BRC-34BRC-37BRC-38BRC-40)。TOPPの『Laptop Café』は、UKではトゥー・ローン・スウォーズメンの『Further Reminders』(7月16日)とブロッサムステイツの『Claro』(9月17日)の間に発売された作品で、どちらもちゃんと〈ビート〉から日本盤がリリースされている(BRC-39BRC-48)が、なぜかTOPPだけ日本盤が制作されなかった。詳しい事情はわからないけれど、おそらく単純に「売れない」と判断されたのだろう。その時点ではTOPPの正体が明かされていなかったことも影響したのかもしれない。しかし当時はドレクシアのどの作品も日本盤など出ていなかったので、仮にTOPPがスティンソンのプロジェクトであると公表されていたところで、『Laptop Café』のライセンス盤が制作されていたかどうかはあやしい。この国におけるドレクシアの評価は、他のデトロイトのアーティストに比べてあまりにも低い。

 翻って、海の向こうでのドレクシアの評価は圧倒的だ。ヨーロッパで「デトロイト」を代表するアーティストと言えばURでありムーディマンであり、そしてドレクシアである。エイフェックスもウェザオールもミラ・カリックスも、口を揃えてドレクシアを褒め称えている。つい先日もグラスゴーのジャックマスターが『ガーディアン』でドレクシアへの情熱を表明したばかりだ。今回『Laptop Café』がリイシューされるに至った背景にはまず、そういう適正なドレクシア評価がある。
 じつはこの『Laptop Café』は長いこと入手困難な状態にあった。Discogsでは昨年6月の時点で、2万5千ユーロ(約300万円)もの値が付けられたコピーが出品されていたという。そのことに苛立ったあるひとりのコレクターが〈Warp〉に再プレスを嘆願したことで、このたびめでたくリイシューの運びとなったわけだけが、かのレーベルがいま再びこのアルバムを世に送り出した理由はおそらくそれだけではない。いま海の向こうでは静かにエレクトロがトレンドになっている。そのリヴァイヴァルの波こそが今回の再プレスを後押ししたのだろう。〈Clone〉も同じことを考えていたようで、4月にはTOPPが残した唯一のEP「Sunday Night Live At The Laptop Cafe」がリイシューされるし、ドレクシアのラスト・アルバム『Grava 4』も年内に再プレスされる見込みとなっている。
 そんな海外での動きとは裏腹に、日本ではやはり今回のリイシューに際してもライセンス盤が制作されることはないようだ。ヴァイナル・オンリーだからしかたがないと言えばそうなのかもしれないが、しかしTOPP唯一のアルバムであるこの『Laptop Café』は、ふだんドレクシアになじみのない人たちにこそぜひ手にとってもらいたい作品である。というのもこのアルバムでジェイムズ・スティンソンは、ドレクシア名義の作品からはなかなか連想することのできない、ぬくもりのあるサウンドを響かせているからだ。

 大西洋に投げ捨てられた奴隷たちの子孫であるところのドレクシアは、かつて次々とダークでハードな「復讐」の音塊を世界へ向けて投擲していったが、それとは対照的にスティンソンはこのアルバムで、スウィートかつロマンティックであることに徹している。ここにいるジェイムズ・スティンソンはアフロフューチャリズムの戦士ではない。『Laptop Café』が奏でるのは、日々の営みのなかに見出される小さな喜びや悲しみ、慈しみのたぐいだ。何なら「愛」という言葉を使ったっていい。しっかりと時を刻む808のドラム・パターン、ぶんぶん響くベース、その上を漂うはかないメロディ。そのすべてがリスナーの涙腺を刺戟する。こんなにも温かくて、切なくて、愛おしいエレクトロが他にあるだろうか。デザイナーズ・リパブリックによるインターネット時代の疲労を予言したかのようなアートワークも素晴らしい。はっきり言ってどの曲も非の打ち所がないが、嘘だと思うならまずは“Let Me Be Me”を試聴してみてほしい。「復讐」の物語を紡ぎ続けたひとりの戦士の、どこまでも無垢な願いを聴き取ることができるはずだ。
 このアルバムで彼は、なぜ戦闘服を脱ぎ捨てなければならなかったのか。彼はなぜ「let me be what I wanna be」と囁かなければならなかったのか。その望みが叶えられることはあったのか。「The Other People Place」とはいったいどういう場所だったのか。いまとなってはもう、誰もその真実を知ることはできない。
 2002年9月3日。ジェイムズ・スティンソンは心臓の合併症により長い眠りについた。それは『Laptop Café』がリリースされてからちょうど1年後のことだった。今年で彼が亡くなってから15年が経つ。この国における彼の評価が少しでも上昇することを願って。

小林拓音

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