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    「軍都・呉市」復活の恐れ 進む複合防衛拠点計画、自治体は強い反対姿勢見せず

    2024年10月12日 16時00分 (10月12日 16時00分更新)
     「戦艦大和のふるさと」をうたう広島県呉市で、防衛省が日本製鉄の製鉄所跡地を買収し、新たな防衛拠点をつくる計画を進めている。防衛省は施設配置の検討などに必要な経費約5億円を来年度予算案の概算要求に盛り込み、9月には大まかな利用計画を示した。一方、県、市とも積極的に反対する姿勢は見せていない。このまま「軍都」が復活してしまうのか。 (宮畑譲)
    防衛省が複合防衛拠点の整備を計画する日本製鉄の製鉄所跡地。奥は呉市街=2023年、広島県呉市で

    防衛省が複合防衛拠点の整備を計画する日本製鉄の製鉄所跡地。奥は呉市街=2023年、広島県呉市で

     「ここで押し返すか、踏みとどまるか。瀬戸際に来ている」
     日鉄の跡地が防衛拠点となることに反対する「日鉄呉跡地問題を考える会」共同代表の西岡由紀夫さん(69)=呉市=が危機感をあらわにする。
     防衛省が計画案を公表したのは今年3月。その後、9月までに防衛省、日鉄、県、市の4者協議が2回開かれ、省側の説明と地元からの要望といったやりとりが続けられている。9月6日に開かれた4者協議では、日鉄が年内に高炉設備の本格解体に着手することを明らかにした。
     防衛省は昨年9月に閉鎖した製鉄所跡地約130ヘクタールを一括で買収し、「多機能な複合防衛拠点」の整備を計画している。装備品の維持整備・製造、訓練、補給の三つを一体的に機能させ、「防衛力の抜本的強化」を目指す。本年度中を目標に具体的な施設の配置を示す予定だという。
     新たに自衛隊の施設を建設する場合、地元から大きな反発が起きそうだが、呉市には既に海上自衛隊の基地がある。基地と「共存共栄」を続けてきた市は国の提案を「重要な選択肢」として、強く反対する姿勢は見せていない。
     7月、市は防衛省に対し、「施設整備等の発注に当たっての地元企業の優先」「雇用拡大」「安全と環境への配慮」など七つの要望を出した。防衛拠点の整備が前提のような内容となっている。県も雇用増などの詳細な内容の説明を求めている。
     もともと製鉄所は「大和」をはじめ、多くの戦艦を製造した呉海軍工廠(こうしょう)の跡地にできた。呉市とは海を挟んだ広島県江田島市には、旧海軍兵学校で、現在も海自の幹部候補生らが学ぶ施設もある。装備品の製造、訓練などと一体化して機能する防衛拠点が完成すれば、かつて東洋一とされた軍港の再現と言える。
     西岡さんたちは計画浮上後、反対集会を開き、日鉄に跡地売却の中止などを訴えてきた。7月には、市に地元説明会を開くよう求める署名約4千筆を集めて提出した。しかし、市は「住民の意見は議会が代表している」として応じていない。
     今後、あらためて住民説明会の開催や計画の撤回などを求める署名活動を予定している。12月上旬の提出を目指すが、10月27日には総選挙がある。西岡さんは「選挙活動と一体と受け取られるのはよくない。選挙中は署名活動を控えることも考えなくてはいけない」と焦りを口にしつつ、こう訴える。
     「今でも海自の施設が複数ある拠点となっている。防衛拠点を歓迎する人もいるが、これ以上、基地が広がり軍都に逆戻りするのはやめてほしい」
    停泊する海上自衛隊の潜水艦=9月、広島県呉市で

    停泊する海上自衛隊の潜水艦=9月、広島県呉市で


    有事の際は攻撃目標に 「終戦間際に大空襲」

     呉市を含む旧日本軍の軍港4市は、1950年の旧軍港市転換法(軍転法)施行により、港の平和利用を目指してきた。
     しかし、実際の呉市は戦後も横須賀、佐世保などとともに海上自衛隊の五大基地の一つとして機能してきた。潜水艦が母港とするのは横須賀と呉の二つだけ。市内には「大和ミュージアム」をはじめ、海自の資料館もある。「海軍カレー」を売りにした飲食店も多い。基地は市の観光資源にもなっている。
     そんな街で、西岡さんは現役の高校教員時代から市民団体「ピースリンク広島・呉・岩国」のメンバーとして反戦活動を続けてきた。2009年、東アフリカ・ソマリア沖の海賊対策のために呉基地から海上自衛隊の護衛艦が派遣された際には、ゴムボートに乗り、海上から抗議した。
    高台から日本製鉄の製鉄所跡地を指さす西岡さん=9月、広島県呉市で

    高台から日本製鉄の製鉄所跡地を指さす西岡さん=9月、広島県呉市で

     反戦・平和を訴える動機に、太平洋戦争で両親が「加害と被害」に関わり、戦後も苦しむ様子を見てきたことがある。
     父・一郎さんは陸軍の兵士として中国大陸で従軍した。体には銃弾が残り、マラリアにもかかった。従軍体験を聞いた記憶はほとんどないが、たびたび痛飲する姿に「戦争のトラウマ(心的外傷)を忘れようとしていたのではないか」と思いやる。広島で被爆した母・絹子さんは、ガラス片を浴び、胸から腕に多くの傷痕が残り、被爆者健診には欠かさず通っていた。「常に体調を気にしていた。原爆症が発症しないか不安だったんだと思う」
     防衛拠点の計画浮上後、時間を置かずに考える会の共同代表に就いた。呉市での反対活動の難しさも感じるが、「声なき声」も小さくないと考えている。
     「有事になれば防衛拠点は攻撃目標になる。現に呉は終戦間際、大規模な空襲を受けた。心配している人はいるはずだ」

    振興策と引き換え…「地方自治を侵害」

     呉で防衛拠点を整備する意味はどこにあるのか。
     台湾有事を想定し、南西諸島に自衛隊の体制を強化する「南西シフト」の一環とみる軍事評論家の前田哲男氏は「中国を仮想敵国とした場合、九州は前線基地という位置付けで、奇襲攻撃に遭う可能性もある。呉であれば、中国大陸やアジアに近すぎず、遠すぎない。地理的な条件はアジアを侵略した戦前と変わらない」と受け止める。
     岸田文雄前首相の下、2023年度から5年間で防衛費を総額43兆円に増額する方針が決められた。前田氏は「防衛省、海上自衛隊からすれば、空前の予算が提供され、日鉄の跡地も空く。元は海軍工廠だった土地で使い勝手も非常によい。大掛かりな拠点を整備するのに願ったりかなったりのタイミングだ」と話す。
     有事の際、兵たん拠点は標的となる。実際に呉も終戦間際に何度も空襲を受け、多くの犠牲者を出した。それでも、自治体に拒否反応がそれほど感じられないのはなぜか。
     基地が地元自治体に与える影響などを研究している明星大の熊本博之教授(地域社会学)は「沖縄もそうだが、基地は既に存在している地域に集中していく。基地に慣れ、依存していくからだ。呉は海自の基地があり、受け入れられやすい土壌があるだろう」と分析し、「おそらく国もそういう状況は分かって狙っているはずだ」と指摘する。
     人口減少が進む中、地元経済の衰退に悩む地方自治体は少なくない。熊本氏はこうした状況を国が利用していると批判する。
     「地元には雇用が拡大し、経済が潤うことを期待する声はあるだろう。しかし、国の要望に応えるという条件が付く。国の要求と引き換えでなければ地域振興ができない状況は、地方自治を侵害している」

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