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2019年、イリノイ大学・Scott E. Denmarkらは、原料および触媒構造データを機械学習させ、不斉触媒反応における選択性予測を可能とするワークフローの確立に始めて成功した。また、これを用いて高不斉収率を示す触媒構造を予測することに成功した。これにより、経験則に依拠する不斉触媒系の最適化プロセスを、機械学習で代替できる可能性が示唆された。
“Prediction of higher-selectivity catalysts by computer-driven workflow and machine learning”
Zahrt, A. F.; Henle, J. J.; Rose, B. T.; Wang, Y.; Darrow, W. T.; Denmark, S. E.Science2019,363, eaau5631. DOI:10.1126/science.aau5631
新規有機合成法の開発は、経験的手法に大きく依存している。触媒設計も例外ではなく、反応機構が不明であること、ビッグデータのパターン把握における人間的限界、触媒選択における定量的ガイドラインの欠如などがハードルとなっている。特に不斉触媒においてはわずかなエネルギー差(ΔΔG~1 kcal/mol)が不斉収率(ee)に大きな影響を及ぼすこと、バックグラウンド反応の影響などを理由に、量子計算化学のみに依拠する最適化支援が困難とされている。
これについては、LipkowitzおよびKozlowskiが不斉触媒の3D-QSARを分子相互作用場法(MIF)によって取得するという萌芽的研究[1]を行っているものの、方法論としては普及していない。Sigmanらはこの課題に着目し、化学記述子の多変量回帰分析によって不斉触媒反応のパフォーマンス向上を目指す研究に長年取り組んでいる[2]。しかしながらいずれの系でも、教師データから遠く離れた領域のアウトプット予測は達成されていない。
ケモインフォマティクスおよび機械学習を用い、上記課題の解決を試みることが本論文の目標となる。この戦略は、反応機構解析が不要、候補分子の立体/電子的特性を定量的に記述可能、実験データと記述子を比較することで妥当性が検証可能、などの利点を享受できる。
本論文の主張は、「ワークフローに従えば、現場ニーズを踏まえた二つの予測ができる」ということに集約される。
① 未検討の生成物―触媒の組み合わせが示すeeを予測できる
② 低ee反応を教師データとして用いても、高ee触媒を予測できる
ワークフローの具体的内容は下記の通り。各項目の詳細は次項で説明する。

(A) 触媒構造のin silicoライブラリを作る (B) 各触媒構造に対応する化学記述子を計算 (C) 触媒ライブラリから部分集合を選び、教師データとする (D) 実験データの収集 (E) 機械学習によって予測モデルを生成する (図は頭論文より引用)
今回の研究では、寺田・秋山触媒を用いる不斉N,S-アセタール形成法[4]がモデル反応として選択された。選定理由は以下の通りである。
・触媒の構造多様化が容易
・高収率・高再現性・室温・短時間反応なので迅速スクリーニングに向く
・触媒構造の違いにより幅広い不斉収率(0~99%ee)が出る
Synthetic accessibilityを考慮に入れ、806種のリン酸触媒in silicoライブラリを構築した。403種は合成可能であることが報告されて入る構造、残りは市販試薬から合理的に考案可能な構造にしている。
配座異性体の三次元情報を反映している、低コストで計算可能、不斉触媒構造の微細な違いを捉えうるetc の特性が化学記述子には求められる。しかしながら既知の記述子を用いる限り、予測は全く上手く行かなかった。これは、記述子が触媒ごとに単一配座のみを考慮しているためだと考えられた。
そこでAverage Steric Occupancy(ASO)という記述子を新たに導入している。ASOは下記の手順で計算され、立体項に加えて配座異性体分布の影響を盛り込んだ記述子となっている。
ASO記述子を用いて触媒を表現すると、リン酸まわりは緑~基(ASO=中)、BINOL骨格まわりは青(ASO=高)、触媒から離れた格子点は赤(ASO=低)にラベルされる(下図)。つまり、活性中心(リン酸)周りは、配座異性の影響が大きいことが、視覚的にも理解される。
これに加えて電子的特性を盛り込むため、置換基の静電ポテンシャルマップも計算し、追加の記述子として用いた。結果として触媒1つあたり、16384パラメータを設定し、計算を行った。
開発現場では、反応そのものや機構について初期段階からは不可知であるという前提を踏まえ、教師データ候補のサンプリングをなるべくランダムに行う必要がある。この目的にKennard-Stoneアルゴリズムを用いている。こうして作られる教師データを論文中ではuniversal training set (UTS)と呼称している。これが十分にランダムであることは主成分分析によって評価される。
触媒43種×生成物25種(イミン5種×チオール5種)=1075反応を実施し、eeを測定した。
475反応をテストデータ、残り600反応を教師データとしてランダムに選定し、機械学習を行った。Random Forest、LassoLarsなどいくつかのモデルを検討した中で、サポートベクターマシンが最もよい結果を示した。
触媒24種×生成物16種(イミン4種×チオール4種)=384サンプルを教師データとして、サポートベクターマシンによる学習モデルを生成した。残りのサンプルを下記の通り3分割してテストデータとし、それぞれの試験を通じてee値(ΔΔG値)の予測精度を評価した。
<I>テストデータ生成物+教師データ触媒:検討済触媒から未検討生成物の選択性を予測する想定(生成物9種×触媒24種=216反応)。
<II>教師データ生成物+テストデータ触媒:検討済生成物から未検討触媒の選択性を予測する想定(生成物16種×触媒19種=304反応)。
<III>テストデータ生成物+テストデータ触媒:未検討反応の性能を予測する想定(生成物9種×触媒19種=171反応)。
いずれも0.15-0.20 kcal/mol程度の平均偏差(MAD)にて、ee値(ΔΔG値)の予測が可能であった。ベスト触媒Aが与えるee値について、実験値と予測値を比較したものが下図になる。概ね±2%eeで良い一致を示しており、これは現行の量子化学計算による最高予測精度と同等か、それ以上の結果となっている。
実験データのうち、80%ee以下を示す718サンプルだけを集めて教師データとし、Deep feed-forward neural networkを用いた学習モデルを生成した。80%ee以上を与える残り357サンプルはテストデータとした。
このモデルを用いても、やはり触媒Aがベストな触媒として同定されてくる(ee値はテストデータに共通して含まれる生成物の平均値を示す)。次善として触媒B、Cが同定された。低選択性触媒(例えばD)についても性能予測が良い精度でなされている。










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