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写真説明:関東大震災当時の日本興業銀行の建物=みずほ銀行提供

トルコ地震で起きた「パンケーキクラッシュ」

折れた柱の鉄筋はむき出しで、上の階が下の階に重なるように崩れていた。建物が何階建てかは、もう分からなかった。「パンケーキクラッシュ」と呼ばれる倒壊で、中にいる人は逃げる間もなかったはずだ。
「耐震化の重要性を肌身で感じた」。2023年2月6日にトルコ南部で発生した地震の被災地を調査した国土技術政策総合研究所の向井智久・評価システム研究室長は語る。足を運んだのは地震から1か月後だが、砂ぼこりの舞う市街地で延々とがれき撤去が続いていた。
トルコには日本と同様に耐震基準があり、1999年以降、強化も図られた。だが、建設時期が古く基準を満たさない「既存不適格」の建物が多いことや、違法建築もあり、地震の死者は5万人を超えた。

写真説明:トルコ南部の地震では、多くの建物が倒壊した(2023年2月、カフラマンマラシュで)

日本の耐震建築は関東大震災から

基準を定め、いかに安全な街を作るか。日本の歩みは、1923年9月1日の関東大震災から始まった。

8万棟が全壊

火災被害が注目されるが、約8万棟が全壊し、それによる死者も1万1000人超に及ぶ。8割以上の住家が倒壊した地域もあり、日本の近代化を支える基幹産業の紡績工場でも多数の犠牲が出た。
「我が国の建築界に耐震を根本的に考えさせる大きな警鐘となった」。東京タワーの設計者の建築家・内藤多仲(1886~1970年)は、関東大震災について晩年の著書で振り返っている。

耐震構造の父、内藤多仲

内藤は耐震構造の父とされる。東京・丸の内で近代建築物の多くが被害を受けた中、内藤が構造設計を手がけた日本興業銀行は、ほぼ無傷だったからだ。

写真説明:関東大震災でもほぼ無傷だった日本興業銀行の建物=みずほ銀行提供

「耐震壁」という独自構造

当時の日本では、工期が短く、経済性に優れた米国流の建築技術がもてはやされた。しかし、内藤は、地震国であることを考慮せずに技術をそのまま輸入することを疑問視し、鉄筋コンクリートの壁で横揺れによる建物のゆがみを抑える「耐震壁」と呼ばれる独自構造を取り入れていた。

震災翌年に耐震基準設ける

建物は縦方向の力には強いが、横からの力で柱が傾くと重みに耐えられず倒壊する。そうした内藤の研究と実績も踏まえ、震災翌年に市街地建築物法の施行規則が改正された。初めて耐震基準が設けられ、こうした基準の導入は西洋の地震国イタリアと同時期で、世界的に先進的な試みだった。

戦後の新耐震基準は震度6~7に耐える

同法は戦後の1950年に建築基準法になり、段階的に基準も強化された。多数の建物被害が出た1978年の宮城県沖地震を受け、1981年に定められた現行の「新耐震基準」は、震度6強~7でも倒壊しない強さを求めている。
ただし、補強や建て替えで既存不適格の建物を減らすには時間を要する。1995年の阪神大震災、2016年の熊本地震ではこうした建物で被害が相次いだ。
全国の住宅耐震化率はようやく87%となり、東京都は92%。2022年5月に都が発表した首都直下地震の新たな想定では、建物倒壊による死者は10年前の試算の5100人から3200人に減少した。

オフィスビルや工場が課題

しかし耐震化率が公表されるのは住宅や公共施設などの一部に限られる。オフィスビルや工場は、耐震診断も義務づけられていない。名古屋大の福和伸夫・名誉教授(耐震工学)は「巨大地震の被害は住宅だけで起きるわけではない。命を守り、社会機能を維持するには、より広範に耐震化を進める必要がある」と話す。

宅地開発で高まる土砂災害のリスク

「複合災害」である関東大震災を振り返ると、耐震化では防げない脅威も浮かぶ。その一つが土砂災害だ。

「山が来た、山が来た」

「山が来た、山が来た」。神奈川県小田原市の根府川地区では、人々がそう叫んだとの伝承がある。
揺れの直後に白糸川流域で地すべりが発生。土砂が時速50km近い速度で斜面を下り集落をのみ込んだ。付近の旧国鉄の根府川駅舎も乗客を乗せた列車もろとも相模湾に押し流され、計400人以上が亡くなった。

土砂災害の危険、「震災時より現代が高い」

土砂災害を伴う地震では、2018年に山肌の崩落などで約40人が死亡した北海道胆振東部地震が記憶に新しいが、関東大震災でも神奈川県を中心に131か所で土砂災害が発生。死者・行方不明者は700~800人に上った。
2013年に中央防災会議が示した首都直下地震の被害想定では、関東一円で最大2万3000人に上る死者の大半は建物倒壊と火災によるもの。斜面崩落は100人程度だが、京都大学の釜井俊孝名誉教授(応用地質学)は「地震での土砂災害リスクは決して小さくない」と警告する。
戦後から高度経済成長期の住宅不足で、盛り土や切り土による宅地開発が進んだ。全てが危険なわけではないが「関東大震災当時より、現在の方が土砂災害の危険性は高いとみた方がいい」という。

阪神大震災、新潟県中越地震でも

しかし、リスクの把握は遅れている。1995年の阪神大震災では、兵庫県西宮市で50年頃の造成とされる盛り土が崩れ、住宅13戸で34人が死亡した。2004年の新潟県中越地震でも造成地の崩落が相次いだ。

写真説明:阪神大震災で盛り土が崩落し、土砂で埋もれた兵庫県西宮市の住宅地(1995年1月18日)

進まぬ自治体の危険度調査

国は2006年に宅地造成等規制法を改正。広さ3000平方m以上などのものを「大規模盛土造成地」と規定し、危険度調査を進めるよう自治体に求めている。
だが、全国992市区町村に約5万1000か所の大規模盛土があるのに対し、2022年3月末で調査を終えたのは、高蔵寺ニュータウンで知られる愛知県春日井市など55市区町村。調査に着手済みの自治体を含めても103にすぎない。
多摩ニュータウンを抱え、東京都内で最多の525か所の大規模盛土がある八王子市は、2024年度から調査に着手するが、担当者は「全てを対象とすると数百億円がかかる。まず優先度の高い数%に絞り進めたい」と実情を明かす。

■大規模盛土造成地の多い都道府県(か所)


※2022年3月、国土交通省の資料から

崩落防止対策の費用は誰が負担?

危険が判明した後の対策費用も悩ましい。国土交通省は、崩落防止対策などを自治体に促す一方で、宅地は個人財産だとして、対策費を公費でどこまで負担するかは自治体に判断を委ねている。
宇都宮市は84か所の大規模盛土の調査を終え、危険と判断された3か所の対策を今年9月から公費で始めるが、のり面に鉄筋を数百本挿入するなどの工事に総額23億円がかかる。
対象地域には住宅が100戸あるが、市の担当者は「住民負担は現実的ではなく、公費で負担するが、3か所でもこの費用。盛り土の多い自治体では難しい選択を迫られる」と話す。

災害が起きるまで発覚しづらい

釜井教授は「地盤のリスクは、災害が起きるまで明るみには出にくく、行政の腰を重くしている」と苦言を呈する。巨大地震が来る前に、動かない現実を変えていく必要がある。

(読売新聞 2023年6月7日掲載 社会部・石坂麻子)

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