「右」と「左」の対立はもういらない? 対話で見えた予想外の世界線
「右」と「左」、「保守」と「革新」「リベラル」――。言論や政治の場において、従来のような政治的立場の違いによる対立構図は変化しています。一方、現実社会でもSNSでも、分断は深まるばかり。ときに議論のきっかけにもなる軸や立脚点が失われつつあるなか、意見の違いを超えて対話していくためにできることは。朝日新聞で論壇時評筆者を務めた政治学者の宇野重規さんと、右派系論壇誌「WiLL」「Hanada」元編集者でライターの梶原麻衣子さんが語り合いました。
Re:Ron対話 宇野重規×梶原麻衣子
宇野重規さんが気鋭の論者と対話し、社会の分断を乗り越えるヒントを探ります。初回は右派系論壇誌で編集者として朝日新聞にツッコミを入れ続けていたというライター梶原麻衣子さん。背景にあった風刺の精神、「敵」不在の保守の行方、SNS・AI時代の発信と応答について、「右」と「左」を超えて、たっぷり語り合います。
【宇野】 朝日新聞で論壇時評を2025年3月まで2年間担当し、そのときに梶原さんの『「“右翼”雑誌」の舞台裏』(星海社新書、24年)を読みました。
論壇とは何なのか、いつも考えていて、論壇時評といっても取り上げる雑誌はやっぱり朝日新聞っぽいものを選んでいるんじゃないのか、と感じることがある。「WiLL」や「Hanada」も時々読んでいたけど、取り上げることは限られていた。一方で本屋さんに行くと、論壇時評で取り上げるような雑誌は1、2冊くらいで、「WiLL」「Hanada」がずらっと山積みになっていて。ただ正直に言うと、熟読するのはやや抵抗あるな、とも。
そんななかで梶原さんの本を読んで、面白いと思いました。現場で学園祭のノリで編集していく様子が楽しそうで、何より梶原さんがちゃんと対話しようとしていたのが印象的だった。まずは自分たちが考えていることを知ってもらい、そして相手がどう思うかも聞いて話し合おうという企画を色々と練っている。うまくいかなかったものも含めて、いわゆる「左」とか「右」というのを超えた対話を実現しようとする努力が伝わってきました。
【梶原】 実は「WiLL」の編集部にいたとき、コラムニスト・勝谷誠彦さんの「あっぱれ!築地をどり」という連載を、入社当時から19年に退社するまで13年近く担当していました。
朝日新聞の論調を、東京本社の所在地にちなんで「築地をどり」という流派になぞらえ、いわばおちょくるものです。とにかく朝日新聞を隅から隅まで毎日読んで、ネタを探す。細かい記事や読者投稿まで読んで、今月はこれにツッコミを入れるぞ!というのを勝谷さんと相談して作っていく。
たぶん朝日新聞の人はあまり好きじゃなかったと思うし、応答が返ってくることはほとんどなかったんですけど、日々の紙面に対してツッコミを入れることで、一つのやりとりが成立していたと思う。私にとっても鍛錬になりました。
24年の論壇時評(7月25日付朝日新聞)で「Hanada」の記事(石丸伸二・前広島県安芸高田市長についての地元の人たちによる座談会)を取り上げてもらったときは、編集部内がどよめいていたそうです。読んでくれている、というのは編集者としてすごくうれしいと思います。
【宇野】 実際読んでみると面白い記事もあるわけで、それを雑誌に対する一方的な思い込みでこれはダメだっていうのはおかしいですよね。
ただ、いまどきのネット空間では、見出しすら半分くらいしか見ずに、とりあえず相手にかみつく。批判する対象も丁寧に読むというのは、それだけで誠実かもしれません。
具体的にはどういうのがありましたか? 梶原さんが見た「朝日新聞っぽさ」というのが浮かび上がってくるかと。
うの・しげき 1967年生まれ。東京大学社会科学研究所所長。専門は政治思想史・政治哲学。
■笑いにしてしまう精神
【梶原】 衝撃だったのは連載初回で、04年11月に中国の原潜とおぼしき船が日本領海内を航行した際の記事です。朝日新聞の社説(同11日付)で小見出しに「中国潜水艦?」って書いているんですけど「?」の級数がものすごく小さいんです。他のメディアはもう「ほぼ中国船」といった形で報じているけど、まだ違う可能性があるからなのか、あるいは中国に対して気を使っているからじゃないか、と。
他にも、旭日(きょくじつ)旗に対して韓国から批判的な声が高まるなかで、朝日新聞は夏の甲子園大会の開会式で、毎回、旭日旗を元にしたような社旗をボールにくっつけてヘリから落とす。それに対してここでは言えないような下品ないじり方をしていたんですけど、客観的には面白い。意見は違うけど存在を否定しているわけではなく、風刺というか笑いにしてしまおう、という精神は良かったのではないかと思うんです。
連載のネタにはならないけれど、朝日新聞を読んでいて説得されるようなこともありました。読み続けることで変化も分かるし、相変わらず、というところもあって、定点で見ていくことに意味があったと思います。
【宇野】 立場が違うとどうしても殺伐としたやりとりになって、特に今のネットでは相手を斬らなかったら自分が斬られるというか、どちらが先に相手をののしり倒すかみたいな感じがある。それに比べると、笑い、ユーモア、からかいを含めた風刺は大切ですね。雑誌という媒体の性質なのか、あの時期はまだそういう対話が成り立ったのか……。
【梶原】 編集長の花田紀凱さんの方針で、雑誌は新聞に対して批判の目を向けなければ、というスタンスで、朝日新聞の特集を何号もやっていました。
【宇野】 花田さんが週刊文春などで鍛えたジャーナリズムの感覚のようなものでしょうか。ただ、その大前提には、朝日新聞というのは権威であって、それをたたいたり、ちょっとおちょくったり、それ自身が面白い、というのがあったわけですよね。
【梶原】 論調の違いや歴史認識に関して言えば、非常にシビアな批判もたくさんあった。でも、そうじゃない視点から面白くいじり倒すというのもあって、「品はないけど愛はあった」というか。
かじわら・まいこ 1980年生まれ。「月刊WiLL」と「月刊Hanada」の編集部に約13年間所属。現在はフリーの編集者・ライター。
たとえば、朝日新聞の記者が年末年始にホームレスの人たちと寝袋で寝たという記事があって、もちろんその動機とかそこで見えてくるものは当然あると思うけど、ちょっと離れたところから見ると、「朝日の記者は高給取りなのに、それは偽善では……」みたいな。そんな視点です。
【宇野】 権威とされているものにツッコミを入れたりひっくり返したりするのは、ジャーナリズムやメディアの基本でもありますね。
■「敵」がいなくなった保守
【梶原】 でも、権威があってそれをたたく構図、「革新」と「保守」というか、「左」と「右」といった構図がずっとあったけれど、徐々に「保守」のほうが強くなってきた。第2次安倍政権になってさらにそれが見るも明らかな状態になっているにもかかわらず、まだ左派にカウンターを打つだけでやっていこうとしてしまった。本来、保守側が論を立てなければならない側になったのに、保守側の意識が変わらなかった。ここが雑誌を作っていて難しかったところです。
【宇野】 まさに朝日新聞というのが批判する側の言説の権威としてあるのが大前提で、逆に言うと、朝日新聞が権威の座から転げ落ちてしまうと今度は敵がいなくなってしまう。ということで今度は、裏側から朝日新聞頑張れ!とエールを送っているところもある。
加えて、保守のなかにも「正論」や「諸君!」(09年休刊)といった既存の「ガチな論壇誌」があって、「WiLL」「Hanada」はそれともまた少し距離を置いた媒体で、面白くなきゃ、読者を楽しませなきゃ、という感覚がすごくある。でも、これも保守の“正規軍”があってこそ。それもだんだん力がなくなっていくんですよね。
そんななかで、雑誌は売れるけど、自分たちが対抗する相手や保守の牙城(がじょう)みたいなものが弱くなって、何に向かって茶々を入れていけばいいのか見えにくくなってきた。メディアや政治の潮流がどんどん変わっていくなかで、梶原さんは居心地が悪くなって、結局飛び出した。何が一番大きなきっかけだったのですか?
【梶原】 やっぱり第2次安…
- 【視点】
大変良い対談です。WiLLやHanadaで編集者をされた梶原麻衣子さんとの対談とは!読者からWiLLに対する批判コメントを受けて、梶原さんとしても同様に思うのに社員として言えない悔しさから泣いたとの話、梶原さんの真摯さが印象的でした。矜
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