「インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第20話。前回の記事はこちらです。
杓谷
Googleの「プレミアム・スポンサーシップ広告」(以下、プレミアム広告)は、インプレッション保証型のテキスト広告です。1990年代で一般的だったバナー広告の販売形態を踏襲しています。プレミアム広告で「枠を1つから2つに増やすことが常識破りだった」というのは、現代の感覚からすると、とても意外でした。
佐藤
日本における「プレミアム広告」の営業体制を整えてしばらくたった頃、日本の営業成績を本社に報告に行く機会がありました。
佐藤: 当時、GoogleのCEOだったエリック・シュミットや、セールスのトップのオーミッド・コーデスタニなど、主要な経営陣がいる場で、日本の市場状況について説明することになりました。彼らは「日本の状況はどうなんだ?」と興味津々。そこで「美容整形関連のキーワードが人気で、これだけ売上が上がっています」と説明すると、みんなおもしろがっていました。
特に「脱毛」のキーワードがよく売れていることを報告すると、「東洋人も脱毛するのか!?」と驚かれました(笑)。彼らにとっては、アジア人はあまり毛深くないイメージがあったようです。
杓谷:Googleが最初に設立した海外支社が日本だったことを考えると、この時点で北米市場以外からの営業報告は、彼らにとって新鮮だったのかもしれませんね。
佐藤: 僕は英語が得意ではなかったのですが、英語が出ずに詰まっていると結構優しくて(笑)。Googleの経営陣は、「日本のマーケットを理解しているのは、お前だから教えてくれ」というスタンスだったんです。英語がうまいかどうかではなく、「日本市場を知っている人間」として扱われたことで、自信が持てるようになりました。
そこで、「英語ができない自分」ではなく、「Japanを知っている自分」に軸足を移すことにしました。「俺、英語は苦手だけど、日本市場のことは知ってるから聞いてよ!」というスタンスで話すと、意外に言葉も出るようになったんです。
本社のメンバーが来日したときも、「おう、よく来たな!」と歓迎し、「せっかく来たならフグを試してみる?」「カラオケ行きたい?」と提案していました。「ビル・ゲイツが行った寿司屋に行きたい?」と聞くと、彼らはおもしろがってくれました(笑)。
特にアメリカの西海岸の人たちは、こうした文化に興味を持つ人が多く、一緒に楽しむことで自然と仲良くなれました。その結果、仕事もうまくいくことが多かったですね。
佐藤: この本社への出張をきっかけに、本格的にプレミアム広告の枠を1つから2つに増やすことになりました。さらに、もう一つの大きな変化として、業種ごとの価格変動制の導入が決まりました。
アメリカではすでに業種ごとに価格を変えており、それが営業チームに大きな影響を与えていました。当時のGoogle 広告は、今のような自動システムではなく、社内の担当者が手作業で広告の差し替えや出稿管理を行っていたため、変化に対応するのが大変だったのです。
プレミアム広告はインプレッション保証(表示回数保証)でしたが、広告の効果を判断する基準はクリック単価でした。
クリック単価が100円を切ると広告主にとって割安感がありましたが、業種ごとに単価が異なり、「金融系は50円」「旅行系は30円」といった形で価格が設定されていました。
ところが、「海外旅行保険」というキーワードは、「旅行業種」なのか「金融業種」なのか? と曖昧なケースが多発し、営業チームが混乱することになりました。
「どのキーワードを、どのクライアントに、どれくらいのボリュームで、どの単価で売るか」という判断を人が手作業でコントロールしようとした結果、調整業務が非常に煩雑になりました。
杓谷: 第10話で、メディアレップの仕事の煩雑さについて角さんに語ってもらいましたが、インターネット広告が成熟するに従って、人の手による広告管理の限界が見え始めていたのですね。「メディアレップ的なやり方が通用しなくなってきた」という意味で、このあたりが時代区分の分岐点と言えそうですね。
佐藤: 営業チームは大混乱でしたが、広告単価が上昇したことで、Google全体の売上は順調に伸びていきました。しかし、この状況にさらなる混乱が訪れます。2002年7月、Googleはオークション型の検索連動型広告「Google AdWords」がサービスを開始したからです(現在のGoogle 広告)。これにより、取り扱う広告の種類が増え、さらなる混乱が巻き起こることになりました――。
佐藤: Google AdWords(以下、AdWords)は、Google創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンのスタンフォード大学時代のクラスメートであるサラ・カマンガーというソフトウェアエンジニアが中心となり、2000年頃から開発が進められていました。サラ・カマンガーは後にYouTubeのCEOも務めます。彼が来日した際、直接AdWordsについての説明を受けた記憶があります。
佐藤: 下の画像は、米国で試験中のAdWordsの広告です。広告の下に「Interest」というバーが表示されており、クリック率が高まるとこのバーが右に伸びていきます。これは、今のGoogle 広告における「広告の品質」に相当するもので、当時は「品質スコア」と呼ばれていました。
Googleは、広告もユーザーにとって大切な情報源のひとつであると考えており、開発当初からユーザーにとって関連性の高い広告を表示させるように設計していました。
佐藤:僕がGoogleに入社してまだ半年も経たない2002年初頭、本社からAdWordsに関する正式な説明を受けました。
AdWordsは、それまでのプレミアム広告とは異なり、広告主が自ら管理画面上で広告出稿のキーワードや広告文、クリック後の遷移先URLを設定するセルフサーブ方式を採用していました。この方式は、基本的に今のGoogle 広告と同じものと考えていただいて構いません。
また、広告の掲載順位と価格はオークションで決まり、入札価格と「品質スコア」(現「広告の品質」)の掛け算である「広告ランク」の高い順に決まる仕組みでした。「品質スコア」については、今後の連載で詳しく触れていきたいと思います。
佐藤: さらに驚いたのが、広告費の支払い方法です。一般的な「請求書払い」ではなく、「クレジットカードでの決済」が採用されていました。説明を聞いた僕たちも、「クレジットカード決済なの!?」と驚いたほどです。
当時はまだ、インターネットにクレジットカードを登録すること自体に抵抗感がある時代でした。そのため、企業がこの方式を受け入れるかどうかも未知数でした。
佐藤: AdWordsのグローバル展開にあたり、日本の営業チームにも意見を求められました。しかし、当時の日本の商習慣としては、メディアレップが販売するバナー広告や、先行していたプレミアム広告のようなインプレッション保証型の販売方式に慣れていました。
そのため、僕たちは「検索結果の右側に表示されるAdWordsの広告枠6枠のうち、日本では上の3枠は固定枠のインプレッション販売で行きましょう」といった、今にして思えば的外れな回答をしてしまいましたね(笑)。
佐藤: 米国では、すでに数百人規模の「プレミアム広告」のセールスチームが存在していました。このチームを統括していたのが、後にAOLやOathのCEOを務めることになるティム・アームストロングです。しかし、このチームはAdWordsのセールスには関与しておらず、AdWordsにはわずか数十人規模のサポートチームしかありませんでした。
佐藤: AdWordsが米国で成功を収めると、当時のCEOであるエリック・シュミットはシェリル・サンドバーグをGoogleに迎え入れ、彼女にAdWordsの統括を一任しました。シェリルはGoogleに入社する前、クリントン政権下のホワイトハウスで働いており、ハーバード大学を首席で卒業するほどの秀才でした。後にFacebookのCOOを務めることになります。
佐藤: 僕がGoogle本社を訪問した際、犬を連れて「あなた達、日本から来たの?」と気さくに話しかけてくれたのがシェリルでした。当時、彼女はジェネラルマネージャーという肩書で、まだチームを持っていなかったと記憶しています。
シェリルは「私は日本人なら榊原という人を知っていますよ」と言い出しました。僕たちは「誰それ?」と思ったのですが、よくよく話を聞くと、1990年代後半に米国との歩調を合わせた為替介入政策で超円高の是正に尽力した「ミスター円」こと榊原英資元財務官のことでした。
「え? あのミスター円のこと?」
『そう!』
「すげー!」
といった感じで、意外なつながりに驚かされたのを覚えています。シェリルはホワイトハウスでローレンス・サマーズ財務長官の下で働いていたため、榊原財務官のことをよく知っていたようです。
佐藤: 2002年7月、日本のGoogleの検索結果に初めてAdWordsの広告が表示されました。
当時のGoogleは、インプレッション保証型のプレミアム広告を主に販売しており、営業担当が見積もりや請求書の発行を手作業で行っていました。すでに広告枠が1つから2つに増えたことでオペレーションは手一杯の状況。さらに、大手電機メーカーからクレームを受けるなど、営業チームは対応に追われていました。(詳細は第19話参照)
そんな中、新たに導入されたAdWordsは、検索結果の右側に6つもの広告枠を表示し、さらにオークション形式で価格が決まる仕組み。営業担当からは「こんなもの売れません!」という声が上がり、営業チームによるAdWordsの営業は見送らざるを得ませんでした。
佐藤: 営業チームがAdWordsを扱わないため、やむを得ず、僕と新たに採用したAdWordsサポート担当マネジャー(元AOLのサポートマネジャー)を中心に、わずか数名のサポートメンバーで営業体制を組みました。
現在では、Google 広告は世界最大級の広告プラットフォームに成長しましたが、その船出はこのような厳しい状況の中で始まったのです。
下の画像は、AdWordsがサービスを開始した頃に雑誌に特集された記事です。当時のGoogle日本法人のオフィスの様子が映っています。
佐藤: 2002年9月、Googleのグローバルセールス統括責任者であるオーミッド・コーデスタニが来日し、AdWordsのサービス開始の記者会見を行いました。
この2つの違いを重点的に説明する必要がありました。
佐藤: 英語版では「Interest」と表示されていたバーは、日本語版では「注目度」という名前になりました。
記者会見でオーミッドは次のように語っています。
「クリック率は、ある意味ユーザーの支持ととれる。ユーザーを一番に考えた場合、ユーザーの支持が少ない広告は、順位を落としても仕方ないだろう。ただし、クリック率が低い場合は、メールで広告文面やキーワードの変更についてアドバイスを行い、アフターフォローも行う」
AdWordsは広告掲載のアルゴリズムに、最初からユーザーの視点を組み込んでいたのが特徴でした。
この「注目度」は、後に「品質スコア」と呼ばれるようになり、現在の「広告の品質」につながっています。
佐藤: AdWordsの記者会見から約3ヶ月後の2002年12月、検索連動型広告を提供するOvertureが日本市場への本格参入を発表しました。
GoogleとOvertureの2社の参入により、日本のインターネット広告市場は大きく成長し、これまでのインターネット広告の常識が塗り替えられることになります。
※記事初出の時点で誤りがあり修正しました。(編集部 2025-04-21)
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株式会社杓谷技術研究所 代表取締役
杓谷匠(しゃくやたくみ)
2008年に営業職の新卒一期生としてグーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。以降、広告主、代理店、広告プラットフォームなど様々な立場で15年以上Google広告の営業、運用、コンサルティング業務に携わる。2019年にGoogleからの紹介を受けて英国の広告代理店Jellyfishの日本法人立ち上げに参画した後、2023年に杓谷技研を設立。
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