うにうに@シンガポールウォッチャーです。
早慶が、シンガポールの就労ビザEPでの優遇校に入ることになりました。日本からは、東大・京大・東工大・阪大・東北大の5校に、早慶が並ぶことになります。
・MOM労働省:List of institutions awarded 20 points under COMPASS Criterion 2 (Qualifications) (PDF)
シンガポールの就労ビザEPのCOMPASSというスコアリングでは、ビザ獲得に40点が必要です。学歴の項目では、QS世界大学ランキング100位以内が、優遇校として20点加点となります。早慶がランキング100位に入ったのではありません。機械的判断のQSとは別に、シンガポール政府の"裁量"での優遇校に早慶が認定されました。全学部対象です。2026年からです。
この裁量は、正式には「特定の領域で特に著名で、関連シンガポール当局が承認した学校 (Institutions that are highly-recognised in a particular field and endorsed by a relevant agency)」という枠組みになります。周辺の発展途上国であり、大学ランキングは低いが、その国のトップ学生が集まる学校に適応される使い方が多いです。逆の言い方をすると、早慶は、優遇校認定されたタイのチュラーロンコン大(QS 221位)、ベトナムのデュイタン大(QS 482位)に並んだ、ということでもあります。
「就労ビザ難化のために、日系企業が駐在員をシンガポールに送り込むのに苦労している」「日本人駐在員の最大出身校である早慶が、世界大学ランキングQS100位以内に入っておらず、優遇校指定を受けていない)。」ときて「そうだ、早慶を優遇校に陳情しよう」という流れが日本人コミュニティで起きていた、と噂されています。
「よりによって早慶のなかで、MBAが優遇校になる」という珍事が昨年発生しました。シンガポール在住で早慶MBAというのは、対象者がほとんどいない誰得なはずです。「早慶の中でもMBA」というセンスも含め、シンガポールビザ界隈や、日本でも学歴房の一部で話題になりました。
uniunichan.hatenablog.com
MBAだけだったのが、苦節を経て、全学部が優遇校として認定です。
「EPとはなにか」「COMPASSとはなにか」についての詳細は、上記記事を参照下さい。簡単には、EP (Employment Pass) とは、「駐在員が多く利用する高技能外国人向け就労ビザ」で、COMPASSとは「EP可否を判定するスコアリング制度」です。
COMPASSが優遇校の選定に使うのは、QSという世界大学ランキングです。このうちの上位100位が、優遇校となり、学歴のスコアリング項目で20点を獲得できます。これ以外の大学卒業者は10点です。一橋でもFランでも10点です。最終学歴が大卒未満は0点です。
QSランキングで早慶より上位校の164位名古屋大、170位北海道大、170位九州大は、優遇校には認定されていません。ここを見ると、早慶とは政治力の差、人材の層の厚さの差に見えます。今回の温情は、シンガポール政府が日本の偏差値に歩み寄った、というより、これまでの駐在員の出身校の実績でしょう。
2026年版QSで、早稲田は196位、慶応は215位にとどまります。
早慶は、ノーベル賞受賞者を輩出していません。(注: シンガポール国立大学NUSは8位、ナンヤン工科大学NTUは12位ですが、この二校を含みシンガポールからノーベル賞受賞者はこれまでいません)
その一方で、早慶出身の多くの政財界エリートが日本にはいます。早慶は日本人エリサーの魂なのです。
大学進学者の大半はアカデミアに進まないことを考えると、「早慶は日本社会で働くにはオイシイ」「日本社会に特化したガラパゴス校」です。
なぜ早慶を「ガラパゴス」と呼んだのかと言うと、海外での活躍が見えないからです。
海外在住日本人には大きな特徴があります。ブラジルや米国等の移民X世を除くと、大半は駐在員とその家族で、海外には一時的に住む人たちです。海外に外国人配偶者との家族がいたり、在住国に直接雇用されている現地採用者は、マイノリティです。
駐在員は日本社会の延長なので、日本でビジネスエリートである早慶出身者が、駐在としても活躍できるのは当然です。その一方で、海外就職をして現地採用として根を下ろす人たちに、早慶のメリットは見えません。ただしこれは、QS100位以内の国立上位校でも同じです。出身大学を活かす専門職より、現地配偶者をもって生活する人の方が現地に根が深いのが、日本人の現地採用です。技能より滞在/就労ビザであり、家族がいるため日本に帰国する退路を絶っている人の方が強いとも言えます。
日本で言われる"グローバル人材"とは、海外出稼ぎ(現地採用)より、日本の衛星(駐在員)を指すことが多いように思えます。今後は、日本の地盤沈下により、発展途上国のように海外先進国での出稼ぎ志向が就職では強まるはずで、特に国内政財界エリートの輩出に特化してきた早慶がその需要に応えられるかは、私には分かりません。
なお、早慶優遇校認定は、駐在員のみでなく、早慶出身の現地採用者にも当然有利になります。いつまで続くか分からないこの機会を利用して、シンガポールで就職するチャンスです。
「労働省MOMにロビイングして、早慶の優遇校認定を勝ち取りました」とネットで宣言している団体はありません。なので、上記「日本人村の必死の早慶陳情」は噂話です。ですが、
という噂話がもっともらしく見える動きがあります。早慶MBAは以前の記事で解説済みなので、JCCI (シンガポール日本商工会議所) のアンケートを解説します。
貴重なデータが開示されています。
・シンガポール日本商工会議所:「Employment Pass(EP)に関するアンケート調査」
JCCI加盟の対象法人会員705企業が対象です。回答は、268企業(回収率38%)です。
アンケートでの最初の注目点は、アンケート主体が日本人コミュニティの三大機関が行っていることです。
「シンガポール政府に陳情をかけるなら彼らだ」というメンツです。
実は、EP厳格化の影響を受けている日系企業は半数にとどまります。
| 問4。EP発行予見厳格化の影響 (Page 4) | |
|---|---|
| 影響なく問題ない | 51% (138社) |
| 困難さはあるがEDB等の支援もあり問題は生じていない | 22% (58社) |
| 問題が生じているor生じる可能性がある | 27% (72社) |
2026年からは、EPの最低基本月給が$5,600(65万円)からになろうが、45歳以上金融業界での最低金額が$11,800(約140万円)になります。日本基準では結構な給与額ですが、大半の駐在員は、家賃・子どもの学費を含む駐在手当を加味すると、給与要件はクリアできます。あとはCOMPASS基準での中小企業規模であれば、業界ごとで異なる基準給与を多少上積みし、大卒なら、COMPASSクリアでビザEP確保です。大企業であれば、国籍多様性・地元民雇用要件が発生しますが、実際に支障をきたしているのは全体をならすと27%とのことです。
COMPASS以前のEP厳格化は、主に現地採用者に影響を与え、駐在手当がある多くの駐在員には実は無風だったはずです。これが、半数の企業の駐在にも影響を与え、1/4が対応に苦慮するようになったと捉えると、大きな変化であり、JCCIがアンケートをとる理由と言えます。
日本では、中小企業の定義は、従業員300人以下です。(正確には業種によって異なる)
シンガポールのCOMPASS基準では、専門職管理職(PMET)25人未満は中小企業扱いになります。JCCIアンケートの回答企業は、25人以上は51%(136社)、未満は49%(132社)です。
さらに、『母数を「従業員数25人以上で、かつEP発行厳格化による影響を感じている企業」に絞ると76社』(Page 4)と記述があり、25人以上の企業では、56%がCOMPASSの影響を受けています。
中小企業では、COMPASSスコアリングの多様性と国民雇用が、無条件に各10点を加点されます。40点でCOMPASS突破のため、給料か学歴であと20点を取れば良く、25人以上の企業と比べるとかなり楽です。
アンケート母集団に偏りはあると思われますが、中小企業扱いになっている日系企業の半数は、COMPASSの本当の恐ろしさを未体験ということです。
今回の改定で、「現法PMET25人未満は、駐在に早慶を選ぶと、ビザEP確保」という大ボーナスになります。従来は、「東大・京大・東工大・阪大・東北大」というレアな5校だったのを考えると、対象者の幅が相当広がるはずです。
ICT(企業内転勤)向けEPの認知率は54%と低く、認知している企業の中でも現状取得している企業は7% (中略)
家族帯同ができないことが障害となっている企業が95%と多くを占めている。
他国で1年以上働いている従業員のシンガポール異動に使える就労ビザEPに、ICT (intra-corporate transferee) があります。
ですが、ICTの存在を知っている企業は54%とわずかに半数なのが、アンケートで判明しています。人事の不勉強が最大の理由でしょうが、利用企業は全体の7%しかなく、たとえ知っても利用しないので、知るメリットはありません。更に、人材会社が自分の商売にならないため、採用企業に教える理由がないためでしょう。
昨年の私の記事で指摘したように、ICTは家族帯同ができないことが利用しない最大の理由(95%)になっています。
EP取得に関して現時点で問題を抱えている企業及びEDB(シンガポール経済開発庁)等の支援措置がなくなると問題を抱える可能性がある企業は49%
という記述からは、日系企業からもCOMPASSのC6カテゴリにおけるEDBの10点ボーナスを得ている企業があることが、分かります。
日系企業向けの今後の対策です。
優遇校の対象校は毎年改訂されます。QSの大学ランキングは毎年改訂され、それを反映しているので当然です。現在、200位前後にいる早稲田も慶応も、100位以内に一気に急浮上する見込みは近々ではまずないでしょう。つまり、2027年以降も、早慶が優遇校に認定されるかは確約がなく、シンガポール政府の匙加減になります。今後の駐在員は、早慶シフトと、相対的なMARCH・関関同立の減少になるでしょう。QS100位以内の5大学と早慶のみに、シンガポール駐在員がしばられるのは、企業には好ましくないはずです。
MOM労働省がICTでの家族帯同より先に、早慶への優遇校認定をしてきたのは、多少驚きでした。これは、日星FTA原文で家族帯同の明記がないことで、MOM労働省が裁量すればよいと私には思えるのですが、
と私は推測します。
シンガポール駐在員には、かなりのMARCH・関関同立がいます。対象者のカバー率を考えると、早慶優遇校より、ICT家族帯同の方が包括的で、対策の本命です。
日星FTA改定時に家族帯同を盛り込む必要があるなら、そのタイミングがいつかは推測困難です。今回、早慶を優遇校に押し込んだ謎の方々には、本命のICT家族帯同をMOM労働省から勝ち得て頂きたいです。
シンガポール政府が、就労ビザ要件を厳格化してきた理由は、「外国人が国民の仕事を奪うのをコントロールするため」です。特に、高技能高待遇で国民が就きたい専門職技能職(PMET)がそれにあたります。
ですが、日本人駐在員はシンガポール人と仕事を奪い合ってるのでしょうか?勿論、奪い合っていません。日本本社に日本語でレポートできるシンガポール人は、ごく限られています。むしろ、地元市場がわずかしかないシンガポールなのに、シンガポールでの税効果を受けるために、日本からバックオフィスやR&Dの機能までを移し、日本での仕事をシンガポールに輸出しています。この点では、日系企業の業務オフショア化に、日本人は文句を言うべきでしょう。
シンガポール人が苦情を言う「外国人に仕事を奪われた」というのは、インド・中国など発展途上国を中心に出稼ぎに来ている現地採用者の話であって、本社から投資の監督に派遣される駐在員の話ではありません。駐在員がいなければ、日本からのシンガポールへの投資はありません。税効果欲しさとのせめぎ合いで、日系企業は足元を見られているのです。
これへのシンガポール政府の対応として、駐在員には通常のEP COMPASSではなく、EP ICTという特別待遇になります。日星FTAの家族帯同明記がなかろうが、きっちりシンガポール政府と交渉して家族帯同を勝ち取って欲しいと私は思っています。
「JTC駐在より稼いでいる人もいる、金融やGAFAの現採の方がエラい」という価値観があります。それはそれで勤め人の給与比較として妥当なのですが、シンガポール政府・国民観点では違います。弱小JTCでも、シンガポールへの投資と紐づく駐在員の方がシンガポールに貢献しており、国民と仕事を奪い合う現採は高給だろうが、国民労働力の補完にすぎません。それがシンガポールです。
JCCIアンケートはEPのみを対象としており、取得が難化しているSパスは配慮していません。Sパスは、EPの一つ下位のランクの就労ビザであり、地元民雇用比率との割当数(クオータ)があることもあり、主に現地採用が使います。JCCI活動対象は、企業であり、労働者でないため、本社派遣でない「Sパスを考慮しない」のはその意味で当然です。その一方で、逆に、日本人のSパス労働者は、JCCIにハブられたのは、何かあれば引き合いに出して良いと思います。
また、JCCIがSパスを見ないふりをするのはともかく、日本大使館が実施主体となっているアンケートで「Sパス配慮なし」は、ちょっとどうなのでしょうか。
とはいえ、JCCIの駐在員と現地採用者への本音が垣間見る貴重な資料になっており、(日本大使館が含まれているからでしょうが)会員外への開示には感謝しております。
ビザや学歴とは別の話題ですが、今の日系企業の状況を幾つか読み取れるので、付記として載せておきます。
| 日本人駐在員分布 | |
|---|---|
| 社員の25%以上 | 30% (81社) |
| 社員の25%未満 | 70% (187社) |
日本人であっても現地採用はこの数には含まれていないはずですが、駐在がマイノリティの企業が大半になりました。シンガポール政府の方針である「駐在から地元民へのスキル・業務移管」が着実に行われていることが分かります。
その一方で、
COMPASSの諸条件免除措置を得るため、事業規模の拡大ができない (Page 4)
という記述があります。具体的には、COMPASSの中小企業優遇のためにPMET従業員を25人未満にあえて抑えていることを指しているはずです。こういう動きが出てくることは、COMPASS導入時に指摘済みです。
uniunichan.hatenablog.com
令和最新版でも、日本人駐在が現法内で大半を占める「昔ながらの現法運営」を行うには、このやり方になるはずです。
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。