
**「何人なんてもんじゃねえ。数えられないほどだよ。海沿いのマチと、ここら内陸部で生死の境が分かれっちまってるんだ。マチは完全に死に絶えっちまって、ここら工場のあるあたりだけがポツンと残っているだけだ。今日になって旧二中の体育館が遺体安置所となったらしい。津波で死んだ犠牲者は片っ端からそこに運ばれているそうだ」**(22頁)
**「そうですね。時が経てばみんなの記憶から消えていくものです。身元不明の仏さんは誰の頭にも残らないかもしれない。なんだか、それがかわいそうで・・・・・・」**(295頁)
東日本大震災発生直後はテレビに映し出される信じられない光景を見る度に涙していた。あの日からまもなく1年が経つ。『遺体 震災、津波の果てに』 石井光太/新潮社 を読み終えた。
「遺体」。ストレートでずっしりと重い書名が悲しくつらい現実を直視しろ、と読む者に訴えているかのようだ。 民生委員、歯科医師、釜石市職員、消防団員、自衛隊員、住職・・・、それぞれの立場で壮絶な光景、悲惨な現実と必死に向き合う人たち。
**貴子は朝からずっとこらえてきた感情を爆発させるように叫んだ。
「社長、やめてよ!なんでこんなところにいるのよ」(中略)職場では父親のような存在だった。その彼が冷たくなって安置所の床に置かれている・・・・・・。**(143頁) 歯科助手として検歯の手伝いをしていた貴子さんは歯科医院に勤め始める前に一年弱勤めていた洋服屋の社長の遺体と対面する。
ああ、いまこうして書いていてまた涙があふれてきた・・・。
釜石の遺体安置所で多くの死に関った人たちの証言で構成されたおよそ3週間の出来事。 壮絶なるルポルタージュ。
震災の犠牲者に哀悼の意を表します。
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