今年は波瀾と激動の年であった。
前半は大型案件の立ち上げのために死力を尽くすも、競合他社に力一歩及ばず敢え無く敗退。 以後しばらく、燃え尽き症候群のような状態に陥ってしまった。
あらゆる物事に対して関心が無くなり、抜け殻のような状態が続いた。 これは自分自身にとっても非常に苦しい状態であったが、多くの方々の助けを借りてスランプを脱出できた。 病めるときも見捨てずに寄り添ってくださった方々にはこの場を借りて心より感謝申し上げたい。
後半はエンジニアとしての講演活動や外部のイベントに積極的に参加するようになった。 もはや再起不能かと思っていたが、応援してくださった方々のお陰で多くのことがうまくいった。
とはいえ、疲弊した身体に鞭を打つような働き方が続いたため、12月の最終盤はゴール直前で力尽きるのではと内心ひやひやしたものである。 今こうして無事に年越しを迎えられることについては一抹の安堵を噛み締めている。
閑話休題。
そんなわけで今年も恒例、個人的に買ってよかった本を独断と偏見で10冊紹介していく。
※ なお、文中のリンクはアフィリエイトではないものの、一部の閲覧環境では広告ブロッカーに弾かれてしまい、書影が正しく表示されないようである(そのような場合は、広告ブロッカーを一時的に無効化いただければ幸いである)。
子供向けの絵本……と見せかけて、誰も教えてくれなかったコミュニケーションスキルの本である。
僕は幼少期から警戒心が強く、なかなか人に心を開かない子供であった。 そのため友達づくりが下手で、今は亡き祖父母からは「なぜ他の子と同じように外で遊ばないのか」と叱られたことさえあった。 大きなお世話である。
こんな感じでなまじ齢をとってしまったために、僕は普通の子供が日常の中で自然と身に着けるであろう友達との付き合い方をよく知らない。
この本は、僕のような哀れな人間を救済するための福音の書である。Amazonの書評にもあるが、マネジメントやコミュニケーションに関するビジネス書と内容はだいたい一緒で、突き詰めると人間関係の本質は普遍なのであろう。
どんな人に薦めたいかというと、特に、これまで騙し騙し社会人を続けてきたが、いよいよ人付き合いから逃げられなくなった人である。
べつに友達でなくとも、同じ目標に向かって一時的に伴走する仲間でもよかろう。
私事で恐縮だが、僕はこの前、ラスベガスで開催されたre:Play というAWS のパーティーに参加してきた。 異国の地でぼっちというのは心細いもので、話し相手というか行動を共にする人を見つけるために、(ちいかわ本の実践も兼ねて)現地の参加者にニコニコしながら声をかけたりしてみた。
こんな不審な振る舞いをしてもまあまあ仲良くしてもらえたので、ちいかわ本は偉大である。
今年の初めに刊行された本で、さすがに今は情報としては古くなってしまっている。 しかし、生成AIのユースケースやプロンプト集が雨後の筍のごとく出版されていた当時において、本書は出色のクオリティであった。
どこかで聞いた寓話に『3人の煉瓦職人』という話がある(知らん人はググってほしい)。 1人目の煉瓦職人は、何か目的意識があるわけでもなくただ煉瓦を作るだけであった。 一方、3人目の煉瓦職人は、自分が作った煉瓦が大聖堂の一部になることが強いモチベーションになっていた。
譬えるならば、かつて安易に濫造されていた類書の多くが1人目の煉瓦職人だとすると*1、本書は3人目の煉瓦職人であり、生成AIがどのように大きな仕事に関わるかという意識をもって書かれた稀有な本であった。
ちなみにタイトルは、O'reillyの『退屈なことはPythonにやらせよう』のオマージュと思われるが、AWS のMatt Garman CEO も、その基調講演で「エンジニアが1日にコーディングに費やすことができる時間はせいぜい1時間」と述べていた。 我々は常に何らかの雑務に時間を奪われており、極端な話、もはやPython に仕事を与える余裕すらない状況である。
かくなる上で我々が今すべきことは、「差別化につながらない重労働」に割く時間の圧縮である。 当時まだ一般人がおっかなびっくり無償版を使っていた中で、本書は大胆にも有償版を前提に ChatGPT のポテンシャルを最大限引き出し、面倒なことをAIに全力でオフロードする最強のレシピ集だったのである(実際に僕の仕事も地味に軽くなった)。
余談だが、届いたその日につぶやいたポストがバズった。
『面倒なことはChatGPTにやらせよう』が届いていたのでぱらぱら読んでいる。
— たーせる (@tercel_s)2024年1月29日
これはですね、めちゃくちゃおもしろい。
タイトルで損しているというか、パロディにするなら「ChatGPTを256倍楽しむ本」みたいなタイトルの方がより体を表している気がする。
なぜなら、テーマがいちいち興味深いからだ。
生成AI関連でもう1冊だけ、すごい本が出ていたのでここにご紹介したい。
『これを書籍化してしまってよいのか』というのが率直な感想で、Amazon Bedrockの基本的な使い方から自作のアプリケーションへの組み込み方、そして実践的な活用事例に至るまで、たっぷり惜しみなく深堀り解説がなされている。
生成AIといえば、『2023年はPoCの年、2024-2025年は実装の年』とも言われており*2、AWS re:Invent 2024でもMattの基調講演で「生成AIはすべてのアプリケーションのコアコンポーネントになるだろう」という決め台詞が注目を集めた。
すなわち、アプリケーションエンジニアにとって、生成AIの活用が必須スキルとなるのはもはや時間の問題であり、好むと好まざるとに関わらずキャッチアップせねばなるまい。
従来、こうした新技術が登場するたび、エンジニアは難解な専門書をウンウン唸りながら読まねばならず、読んだところでソリューションにうまく組み込むため Fit & Gap に関する調査研究といったプロセスが不可欠であった。
しかし本書は全編フルカラーであり、技術解説もおそらく国内最高峰の充実ぶり、さらに国内企業の実例も載っており、もはやバイブルである。
こうした本が2024年の初期に出版されたことは奇跡といってよいだろう。
そっくりな名前の類書がいくつかあるが、ここで取り上げるのはオーム社から出ているものである。
まるで大学生の模範的なノートのような、丁寧な手書き調のフォントと豊富な図版で、高度な思考力を要する難解な統計学の諸概念ができるだけ簡潔にわかりやすく取り扱われている。
収録されているテーマも、大学初年級で習う数理統計だけでなく、我々がソフトウェアテストで時折用いる直交計画法、回帰分析、多変量解析(主成分分析や因子分析)、ベイズ統計学に至るまで、通常は複数の専門書に分冊されるような多岐に亘るトピックが1冊にコンパクトにまとまっている。
ゆえに、とりあえずこの1冊を持っておいて、必要に応じてより詳しい専門書を参照するという使い方がよいのではと思われる。
図鑑と呼ぶにふさわしい内容で、統計学の概論をざっとさらうならばこの本が決定版なのではなかろうか。
オーム社の『マンガでわかる』シリーズの新刊で、待望の数理最適化本である。
僕はこの本を電子版で買い、毎朝、通勤途中に黙々と読んだものである。
実は、『生成AIがアプリのコアコンポーネントになる』という確信を持つ少し前は、『Gurobiなどの数理最適化エンジンをアプリに組み込みたい』と考えており、そのために実務ではどういう問題の解決に使えるのかを手っ取り早く知るために本書を手に取ったのである。
今となっては数理最適化よりも汎用的で強力な道具が目の前にあるため、そのモチベーションは下がってしまったが、読んでおいてよかったとは思う。譬え話をするならば、旅の途中で武器屋に立ち寄って、その場限りの武器を買ってちょっと装備してみる ―― そんな冒険があってもよいではないか。
それはそうと、この手のシリーズは結局、登場人物が数理最適化について教え合う様子がマンガとして描かれているだけで、肝心の理論についてはやはり数式の世界での説明になってしまう。 ストーリーの都合上致し方ないのだが、教わり役が急にバカになったり妙に賢くなったりする。
ただ、それらを差し引いても、実務で数理最適化をばりばり使う人がどういう考え方をしているのかを感じることはできる点と、途中で数式を追えなくなっても最後まで読み通すことができる点はこのシリーズならではである。 そういう意味で、学習の動機付けと教養のためによい本だったと思う。
初版の刊行が1997年(24年前!)で、とうの昔に絶版になっている。
このような旧作を登場させるのは聊か反則のような気もするが、やはり近年、クラウドのマネージドサービスを活用する機会が増え、待ち行列理論の重要さを再認識している。
たとえば、AWS Lambda を用いたアーキテクチャで、秒間平均○○リクエストを見込んだ場合、スロットリングの発生確率を△%未満に抑えるには、同時実行数の上限を××に引き上げなくてはならない ―― とか、
生成AIの実行など、オンラインでリクエストを受け付けたあと時間のかかる処理をバックエンドでバッチ実行するアーキテクチャを検討する際、キューにバッチ実行要求を投入してから処理が完了するまでのトータルの待ち時間を見積もりたい ―― とか、アーキテクトはそういうところに頭を抱えているのである。 たぶん。
場合によっては事前に数理モデルを組んで、アサンプションベースで設計を進めねばならないケースもあり、そこで待ち行列モデルが活躍する。
時代は変わってもこうした基礎理論は非常に重要で、こういう手法がまとまった本を1冊持っておくとクラウドエンジニア的には大変便利なのである。
本書は軽妙な語り口で、待ち行列理論を解説しており、数式が苦手な方でもすらすら読めるであろう。 たまにものすごく雑なところもあるが、そこはもうそういうものとして事実を受け入れるしかない。
夏の短い期間(燃え尽き症候群からのリハビリ期間)だけ、趣味で Unity というゲームエンジンに触っていた。
本書は10年以上前に出版された本だが、近年あまりこういう専門書が出ていないのでAmazon で中古品を購入した。 やはりゲームの実装に関しては昔の書籍の方が解説がしっかりしている印象である。
たとえば、ホーミング弾のように敵を追尾したり、美しい軌跡を描いて飛ぶような実装は、いざ自力で実装しようとすると思考とコードの間に大きな隔たりがある。 本書は、豊富な図解とサンプルコードで、シューティングゲームの動きを思い通りに作りこむことができる。
初等的なベクトルと行列の知識があれば、高校生でも難なく読めるだろう。
サンプルコードはDirectX とC/C++ であるが、Unity のC# への移植は比較的容易である。 今後、Unity向けにこうしたゲームの実装本が充実してほしいと思う次第である。
連鎖誘爆。
— たーせる (@tercel_s)2024年7月30日
なかなか爽快感があるので、これは何かに使えそう∩( ・ω・)∩pic.twitter.com/kDw518zH63
誘導弾、ちょっと動きの凄さがわかるように、弾道を光らせるようにしてみた。
— たーせる (@tercel_s)2024年8月4日
敵を目掛けて一直線に飛んでいくわけではなく、制限のある角度の中で、ちょっとずつ軌道修正しながら飛ぶのだ。pic.twitter.com/oPicQYzFF5
理系の学生御用達の組版ソフトLaTeX。LaTeX 自体については、奥村晴彦ほか著の『美文書作成入門』というバイブルが刊行されていたが、そのLaTeX に図版を作図するための強力なツール TikZ に関しては、これまで日本語で読める体系だった解説書が極端に少なかった。
今回、満を持してTikZ本が発刊され、内容も期待を裏切らない充実ぶりである。
TikZ が一般化する前は、gnuplot などで出力した EPS 形式のグラフをLaTeX の原稿に貼り込むといった手間をかけていた。 当然、本文とはフォントが異なるため、とってつけたようなレポートになってしまうことが往々にしてあった。
本書には TikZの豊富な作例が載っており、辞書的に参照して自分のレポートにイケてる図版を貼りまくることができる。 これまでは、『TikZは確かに便利なのだろうが、使い方がよく分からんし調べるのも面倒』という理由で諦めていた複雑な作図もできるようになるのだ。
初めてLaTeX に触れたときに、自分が作ったとは思えないレポート(主に見た目)のクオリティに感動した同志も多いことだろう。 ぜひ本書で TikZ を試してみたまえ。 当時の感動がふたたびよみがえること請け合いである。
私のTikZの本はあなたに役立つかもしれません。現在、日本語版の計画を立てていますが、具体的な完成日はまだありません。最新情報を入手するには、私のTwitterアカウントをフォローしてください。もしお好みであれば、https://t.co/OO3FGILGA7をご覧ください。
—LaTeX.org (@TeXgallery)2024年4月15日
僕は一応、商業高校と呼ばれる高校出身で、簿記も多少勉強をした覚えがある。
貸借対照表や損益計算書がどんなものかと言われれば、なんとなーく『あぁ、あれのことね』とあたりはつく。
しかし、それが実務においてなんの意味を持つのか全く理解していなかった。 我々は毎期のごとく、受注・出荷・粗利というざっくりとした3つの予算が会社から与えられている。 そして、予算に届かなかった課の長が『ご迷惑をおかけしました』と悪びれもせず決まり文句を放つことが恒例行事化している。
この本は、とある商社の新米課長と数字に強いベテラン課長のやり取りを通して、財務三表の分析のしかたから課の予算コントロールまで書かれている。 のみならず、予算達成できないときの課長や担当の心理、そして(課長として)適切な予算の進捗管理に必要なことまで記されている。
各章の導入は、新米課長が突き当たる業務遂行上の課題からスタートしており、とっつきやすく読みやすい。 しかし僕は覚えが悪いので、おそらく何周か読まねばなるまい。
……そういえば、ものすごく余談だが、僕は先日、タイのセブンイレブンが AIを利用して15,000品目を超える商品の需要予測を行ったという事例を聞いた。
なぜ需要予測を行うのか、話を聞いた時点ではピンと来なかったが(機会損失を出さないようにするためかな、程度の認識だったが)、この本を読んで、そもそもその背景には「在庫の最適化」があり、さらに何のために在庫を最適化するかといえば、会社の「損失の最小化(儲けの最大化)」のためであると合点がいった。
会社はお金を使い、その使った以上のお金を回収することで維持発展していくもので、仕入れた商品はとっとと売って金に換えないといつまでも価値を生まないことになる。 それどころか廃棄もありうる。
なるほど、会計くそつまんねーと思っていたが、こうやって AI ソリューションとビジネスを結び付けようとするとやはり最低限、ものの仕組みを知っておく必要があるのだなと感じた(遅すぎる)。
昇格試験を受けることになった。
課題は「自身の強みを活かして事業貢献するための施策を立案し、それを役員に向けてプレゼンせよ」というものである。
実はプレゼン本番もさることながら、その準備期間の中で、上位の管理職から幾度となく徹底的に施策をダメ出しされる洗礼が待ち受けている。 『考察が浅い』『施策になっていない』『今のままでは落ちる』など、漠然としたアドバイスとともに突き返されてくるのだ。
このような仕打ちに意味があるとすれば、理由は2つ。
ひとつはストレス耐性を測るためであり、もう一つはロジカルな施策を練るためである。 ロジカルな施策であれば理不尽な突っ込みに耐えられる。
突っ込む方も、なにも闇雲に難癖をつけているわけではなく、『自身の強みと施策が結びついていない』とか、『施策にカネの匂いが一切しない(事業貢献つってるんだからまず金の話をしろ)』とか、『現状の課題が何なのかを論じずにいきなり打ち手の話をしてしまっている』とか、何らかまずいポイントがあって、それを自分自身で気付けるようになってほしいという思いがあるのではなかろうか。 知らんけど。
ただ、僕らは戦略立案については素人である。
そんな凡人な僕らが、手っ取り早く思考を深めて納得性の高い戦略を立案できるようになるには(あるいは、短絡的に、必要な議論を省いて結論を急がないようにするには)暗記に頼ってしまうのがベストだとこの本は説いている。
「思考パス(筋道)」を丸暗記してしまうことで、『着目すべき論点を見落とさない』とか、『現状課題をすっ飛ばしていきなり打ち手の話を始めない』とか、『言ってしまったら一発アウトの安易な発言をしない』とか、そういうところが自動的にできるようになるというもの。
今回の昇格試験でいえば、『僕にはこんな強みがあります。だからそれで事業貢献します』と言うだけではダメで、それが自社における個々の課題と対応づけて論じないと『考えが浅いね』って言われてしまうのだ。
この一連の思考パスを暗記する方法論は(それが得意な人ならば)かなり有効で、きちんと一貫したプロセスを踏んで結論が出せるようになるので思考が安定する。 しかも、この手の本にありがちな古代中国の偉人のどうとでも取れる適当なエピソードを無理やり現代のビジネスに都合よくこじつけたような雑な自己啓発本ではなく、お題と覚えるべき内容が具体的なので実践する価値は大いにあると思う。
仕事で『施策を考えろ』とか『戦略を立てろ』とか言われ始めた中堅社員はライバルにバレる前にこの本を読んで暗記に勤しむべし。
……というわけで、今年も10冊ご紹介した。
他にもよい本との出会いはたくさんあったのだが、その場限りの(すぐに陳腐化する)書籍よりも、基本や原則にしたがう本を何度も周回する傾向が顕著であった気がする。
来年は自分自身にとってどんな変化があるだろうか。 そしてどんな本と出会うだろうか。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。
Copyright (c) 2012 @tercel_s, @iTercel, @pi_cro_s.
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