
ひどい時代に生かされているのだろうか。それとも恵まれた時代を生きさせていただいてるのだろうか。今さらながらだが。
東京赤坂の個室サウナで小火騒ぎがあり、利用客夫婦が亡くなった。軽い火傷を負ってはいたが死因ではなく、一酸化炭素中毒か気道熱傷だろうという。今日になって、扉のノブが内側でも外側でも抜け落ちてあったと報道された。
現場は五階建てビルの三階だという。周囲はビル密集界隈だが、飲食店も商業施設もない。繁華街をわずかに外れた、マンションかオフィスビル街だ。解るわかる。そういう立地に、穴場はあるんだ。現に店のパンフには「大人の隠れ家」的な「完全プライベート空間」と謳われてあるそうだ。
会員制を謳うが、最高ランクの会費でも月額三十九万円とあるから、その世界では驚くほどの高額店でもなかろう。上には上がある世界だ。被害者ご夫妻はもっともお値打ちコースの、百二十分で三万九千円コースで入店したというし、サウナ室で裸の状態で折重なって亡くなられていたというから、通常の利用客だったと見える。
利用経験者の証言によると、店内では酒も食事もできて、いずれも高級めかしてあったという。へー、やっぱり今でもこういうの、あるんだ。四十年ほど前には、絶対に面が割れてはならぬかたがたの、手っとり早い逢引き場所だった。ふたコマ二百四十分を抑えれば、用が足りる。また人眼をはばかる取引きなり打合せに利用する連中もあった。レストランやクラブの個室では、かえって危ないのである。
残念ながら、自分で利用した経験はない。当方それほどのタマではなかった。眼にはし、噂を耳にはしたけれども。
破廉恥罪で検挙された三十代の男が報道された。一夫多妻を標榜し、二十八歳の妻と二十三歳の内縁の妻とで同居しているそうだ。SNS で若い女性を誘い、性交のもようを盗撮しては、顧客にネット販売していたという。押収されたハードディスクには約八百点の画像だか動画だかが収録され、二年間でおよそ五千万円を売上げていたという。
事件そのものには、まったく興味を惹かれない。そういう犯罪者も、そりゃあるだろうな、と思うばかりだ。問題は、妻と内縁妻とは、犯罪に関わっていたのかどうか、役割分担していたとすれば、いかなる連携プレイだったのかが、まったく報道されないことだ。あるいは稼ぎのある犯罪者にただつき従って、転居を繰返していただけだったのだろうか。
つまりだ。妻妾同居生活と破廉恥罪とは、いずれも耳目を惹く事態ではあるものの、別案件だ。一夫多妻主義者だからこそ、破廉恥な地下商売をしていたわけではない。読者(視聴者、聴取者)の関心を惹きやすいからといって、両案件を一緒くたにするのは、報道の組立てとしていかがなものだろうか。
宮崎県の牛乳生産メイカーが無償で警察に協力し、感謝状を授与されたという。昨今警察からの通知電話を装った詐欺が多発していたそうだ。そこでメイカーは、詐欺の手口と対処法とを牛乳パックに印刷して、消費者に注意喚起した牛乳を、宮崎県と鹿児島県の一部地域に売出したという。効果の程はまだ報道の段階ではないのだろうが、なんとなく微笑ましい噺だ。
とあるミステリー小説賞の選考作業で、覆面読み屋を務めていた時代があった。圧倒的枚数の応募作を次から次へと読み、拾い上げては、売れっ子作家たちによる最終選考委員会へ揚げる、闇から闇への下請け肉体労働だ。ギャラは悪くない。
最終候補作に残ったなかに、今年もこの名がある。伊坂幸太郎。かりに今年また受賞しなかったとしても、この人はもうプロでいいんじゃないか。選考委員のあいだで、そんな台詞が交された時代のことだ。
ベテランの覆面読み屋がこんな法則に気づいた。世の中が不景気で、世相がギスギスして人心がとんがっている時期には、殺人事件を書いて来る応募者が多い。好景気に世間がうわっ調子な時期には、詐欺だの暗号解読だの知能犯だのを書いて来る応募者が多い。集計・分類して確かめてみた者はなかったが、なるほど、体感としてはなんとなく同感だった。
ということは、今はどういう時期なんだろうか。
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