先週、「おい、辞めるな」という記事を書きました。
思った以上に反響がありました。何人かから連絡をもらいました。辞めないことにしました、考えるきっかけになりました、と。ありがたかったです。嬉しかった、と言っていいです。たぶん。
ただ、何か落ち着きませんでした。辞めないと決めた。それは分かった。で、その次は。辞めないと決めただけで、何かが変わるわけではありません。私がそうだったからです。
辞めないと決めた後も、何も変わりませんでした。評価は上がらない。漠然としたモヤモヤは消えない。夜遅くまでコードを書いた。勉強会に参加した。資格を取った。ブログを書いた。技術力を上げれば認められる。そう信じていました。
評価は上がりませんでした。
振り返ると、私は頑張り方を間違えていたのです。もっと正確に言えば、評価の構造を理解していませんでした。良い仕事をすれば評価される。そう思っていました。でも、評価者には評価者の論理があります。組織には組織の論理があります。その構造を理解せずに、がむしゃらに頑張っても、報われません。
「おい、辞めるな」の最後に、「選んだ道を、正解にしていく過程があるだけだ」と書きました。辞めないと決めた。その選択を正解にするために、何をすればいいのか。
この文章は、それを書くために開きました。ただ、書きながらも思います。これが誰かの役に立つのかは、分かりません。分からないまま、書いています。
先に断っておきます。この記事は、まだ頑張れる余力がある人に向けて書いています。すでに消耗している人、頑張る気力すらない人には、この記事は届かないだろう。それについては、最後に書きます。
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まず、頑張り方を間違えている人が多いです。私もそうでした。
インフラのトラブルを未然に防いだことがあります。監視アラートの傾向を見て、「これ、来週やばいことになる」と気づきました。週末に対応して、障害を防ぎました。本番で落ちていたら大騒ぎでした。サービスが止まれば、ビジネスに直接影響が出ます。ユーザーからのクレームが殺到します。深夜に全員が叩き起こされます。そういう未来を、私は未然に防ぎました。
でも、月曜日、何事もなかったように仕事が始まりました。誰も何も言いませんでした。障害が起きなかったという「非イベント」は、誰の記憶にも残りません。
チームの技術的負債を黙々と返済したことがあります。3ヶ月かけて、複雑なモジュールをリファクタリングしました。スパゲッティコードを解きほぐし、テストカバレッジを上げ、ドキュメントを整備しました。誰かがこの負債を返さなければ、いずれチーム全体が身動きを取れなくなります。そう思って、地道に片付けました。
でも、リリース直前に「いつの間にかキレイになってた」と言われただけでした。3ヶ月の努力が、「いつの間にか」で片付けられました。いつの間にか、俺も消えていました。
私は「良い仕事をしていれば、いつか評価される」と思っていました。黙々と価値を出していれば、誰かが見ている。実力で認められる。そう信じていました。
甘かったです。
現実はこうです。見えない仕事は、存在しないのと同じ。
どんなに素晴らしい設計をしても、それを言語化して共有しなければ、誰も知りません。どんなに難しいバグを直しても、「大変だった」と伝えなければ、簡単な修正だと思われます。障害を未然に防いでも、障害が起きなかったという「非イベント」は記憶に残りません。
これは不公平だと思うだろう。私もそう思いました。
私は2年間嘆いていました。居酒屋で同僚と「この会社の評価制度はおかしい」と言い合ったこともあります。「なんで俺の仕事が評価されないんだ」と愚痴りました。言うたびに少し楽になりました。だけど、翌日も同じ状況が続きました。
嘆きは鎮痛剤です。痛みを一時的に和らげますが、原因は治りません。
この構造を理解した上で、どう振る舞うか。 それが「頑張り方」です。
ここで公平を期しておきます。仕組みの問題は確かにあります。
OKRの目標設定が形骸化している。評価者によって評価がブレる。数値化できない仕事が過小評価される。これは仕組みを運営する上で抱える問題です。
「人は他人を正しく評価できる」——これは幻想です。同じ人の同じ仕事を見ても、評価者が違えば評価は違います。同じアウトプットで、上司が変わっただけで評価が2段階変わることもあります。私です。絶対的に客観的な評価など存在しません。
そもそも、数値で測ろうとした瞬間、測定対象は変質します。コミット数を測り始めたチームを見たことがあります。結果、コミットが細切れになりました。バグ修正件数を測れば、バグを作った人が有利になります。プルリクエストの数を測れば、小さなPRを乱発する人が評価されます。グッドハートの法則と呼ばれる現象です。「指標が目標になると、その指標は機能しなくなる」。OKRを導入したとき、私はこの法則を知りませんでした。知っていたら何か変わったかと言われると、たぶん変わりませんでした。人間だから。エンジニアリングの現場では、これが顕著に現れます。
これは事実です。認めましょう。
その上で、自分に何ができるかを考えます。
仕組みの問題を批判するのは簡単です。でも、評価制度を変えるのは難しい。上司を変えることはできません。待っていても変わりません。
冒頭で書いた通り、私はこれをやっていました。仕組みの問題を指摘して溜飲を下げる。鎮痛剤を飲み続けて、原因を放置していました。
仕組みがおかしいのは事実です。でも、仕組みは変えられない。自分は変えられる。 それが「頑張る」ということです。変えられないものに時間を使うほど、あなたの人生は長くありません。
——と書いて、立ち止まります。
「結局、自己責任論じゃないか」と言われるだろう。構造の問題を認識しながら、最後に「個人が変われ」と言っている。評価されないのは構造の問題なのに、「お前の頑張り方が悪い」と言っている。それは自己責任論の強化じゃないか、と。
正直に言えば、その批判は当たっています。私は構造の問題を認識しながら、「構造を変えろ」とは言いませんでした。「構造の中でうまくやれ」と言いました。それは、構造を温存することに加担しています。これは私の限界です。私が書けるのは、私が経験したことだけです。構造を変えることに成功した人が、その方法を書いてくれることを願います。
ただ、1つだけ言い訳させてください。私は「評価されないのはお前のせいだ」とは言っていません。「評価制度には限界がある」「客観的評価は存在しない」と、繰り返し書きます。その上で、「構造が変わらない中で、個人に何ができるか」を書いています。自己責任論と言われれば、そうだろう。でも、構造が変わるのを待っていても、あなたの評価は上がりません。変わらない構造の中で、今日をどう生きるか。それを考えるしかありませんでした。
しかし、重要な注意点があります。
仕組みの問題が大きすぎる時は、「辞める」が正解のことがあります。 個人の努力で覆せない構造もあります。それを見極める目も必要です。
評価制度が歪むのは、設計者の能力不足ではありません。測定されるものは、測定によって変質するからです。どの制度も、導入した瞬間に歪み始めます。完璧な評価制度は原理的に存在しません。
この事実は、あなたを責めるためにあるのではありません。あなたを解放するためにあります。「自分が無能だから評価されない」という思い込みから解放され、「制度の限界を前提に、どう動くか」という問いに切り替わります。
上司は、神でもエスパーでも上位存在でもありません。人間です。君よりも少しだけ観点の多い人間です。人外だと思っている上司も、人間であり、認知には限界があります。
これは「上司が無能だ」という話ではありません。人間である限り、客観的評価は原理的に不可能だという話です。
「客観的評価」という言葉には、2つの前提があります。「評価すべき対象を正確に観察できる」という前提と、「観察したものを正確に評価できる」という前提です。
どちらも成り立ちません。
観察の問題から見てみましょう。上司があなたの仕事のうち、何%を直接観察しているでしょうか。会議での発言。Slackでのやり取り。プルリクエスト。これは観察できます。でも、設計を考えている時間。問題を切り分けている時間。ドキュメントを読んでいる時間。これは見えません。
上司が見ているのは、あなたの仕事の氷山の一角に過ぎません。観察できるものだけを見て、全体を評価している。これは観察者の怠慢ではありません。構造的に避けられない限界です。
比較の問題もあります。評価とは、本質的に比較です。Aさんは「期待以上」、Bさんは「期待通り」。この判断をするには、AさんとBさんを比較する必要があります。でも、2人の仕事が違えば、比較は困難になります。
バックエンドで高負荷対策をしたAさんと、フロントエンドで複雑なUIを実装したBさん。どちらが「より価値がある」か。答えはありません。比較不可能なものを比較しています。上司は無理やり比較し、順位をつけます。その順位に「客観性」などありません。
観察者効果という問題もあります。観察すること自体が観察対象に影響を与えるというものです。「評価される」と意識した瞬間、行動が変わります。評価されやすい仕事を選ぶ。見える形で成果を出そうとする。「本当の仕事ぶり」を観察しているわけではありません。「評価を意識した仕事ぶり」を観察しています。
観察の限界に加えて、観察したものを処理する段階でもバイアスがかかります。
これは上司の能力不足ではありません。人間の認知システムに組み込まれた特性です。どんなに優秀な上司でも、これらのバイアスから完全に逃れることはできません。
ここで、1つ確認しておきたいです。「自分は正しく評価されていない」と感じたことがあるでしょうか。もしあるなら、それは被害妄想ではありません。構造的に、完全に正しい評価など存在しません。上司がどんなに優秀でも、認知バイアスからは逃れられません。あなたの感覚は、間違っていません。
より根本的な問題があります。評価基準自体が客観的ではないのです。
「技術力」「コミュニケーション力」「リーダーシップ」——評価シートに並ぶこれらの言葉は、一見客観的に見えます。でも、その定義は人によって違います。
「技術力が高い」とは何か。コードの品質が高いこと?難しい問題を解決できること?新しい技術をキャッチアップするのが速いこと?幅広い技術に詳しいこと?上司によって、重視する側面が違います。
つまり、評価基準そのものが社会的に構成されたものです。「何を価値とするか」は、文化、組織、時代によって変わります。普遍的な基準などありません。
私は異動で気づきました。前のチームでは「期待以上」と評価されていました。技術的な深さを評価してくれる上司でした。異動した先では「成長途上」と評価されました。新しい上司はチームへの影響力を重視していました。スキルは変わっていません。変わったのは上司です。
評価とは「私が何をしたか」ではなく「上司が私をどう見るか」です。
この事実を受け入れると、行動が変わります。
「客観的に見れば、私は評価されるべきだ」という主張は意味がありません。客観的な視点など存在しないからです。存在するのは、上司の視点だけです。
だから、「客観的評価」を求めるのはやめました。代わりに、上司が何を見ているかを理解することに注力しました。上司は何を重視するか。何に反応するか。何を見落としているか。それを理解した上で、上司に伝わる形で成果を見せます。
これは媚びを売ることとは違います。上司の視界に入る努力をしているだけです。
上司の視点を理解するには、いくつかの問いを考えるといいです。「この上司は何を『良い仕事』だと思っているか」「この上司は何にストレスを感じているか」「この上司は、上からどんなプレッシャーを受けているか」。これらを理解すると、上司が何を見て、何を見落としているかが見えてきます。
評価制度と評価者の心理を理解したら、次は組織の論理を理解しましょう。
組織には、個人の論理とは異なる、独自の論理があります。この論理を理解しないと、「なぜ評価されないのか」が分からないままになります。
組織は、個人の幸福を最大化するために存在しているわけではありません。組織の存続と成長を最適化するために存在しています。
この当たり前の事実を、意外と多くの人が忘れています。
評価制度も、昇進制度も、給与制度も、すべて「組織の最適化」のために設計されています。「個人が納得するか」は、二次的な目標に過ぎません。もちろん、個人が納得しなければ離職が増えるから、ある程度は配慮されます。でも、最優先ではありません。
だから、「公平な評価」を期待すると、裏切られます。組織が目指しているのは公平な評価ではなく、組織にとって都合の良い行動を引き出す評価だからです。
昇進枠は有限です。誰かが昇進すれば、誰かは昇進しません。「今期は枠がなかった」と言われたことがある人もいるでしょう。それは、あなたの実力の問題ではなく、構造の問題です。
予算も同じです。パイの大きさは決まっています。問題は、パイをどう切り分けるかです。だから、昇給交渉は「自分の価値を証明する」だけでは不十分です。「なぜ自分に配分を増やすべきか」を説明する必要があります。
自分に正直に向き合ってください。あなたが昇進することで、上司やチームにはどんな具体的なメリットがあるか。「この人を昇進させると、〇〇という効果があります」と言える材料を、あなた自身が上司に渡してください。
「誰を昇進させるか」は、技術力だけで決まりません。上司と上司の上司の関係。部門間の力学。人事部の意向。様々な要素が絡み合います。
「政治なんて関係ない」と思いたい気持ちは分かります。技術力で勝負したい。でも、組織で働く以上、政治は存在します。
政治とは何か。限られた資源を巡る配分の闘争です。
資源とは、予算、人員、プロジェクト、昇進枠、注目、発言力。これは有限です。誰かが得れば、誰かが失います。この配分を決めるプロセスが、政治です。
政治を「汚いもの」と見なすのは、的外れです。資源が有限である限り、配分のプロセスは必ず存在します。それを「政治」と呼ぼうが呼ぶまいが、現象は消えません。
政治を無視しても、政治はあなたに影響します。あなたが政治を無視しても、他の誰かが政治を使って資源を獲得すれば、あなたに回る資源は減ります。
だから、政治を理解した上で動いた方がいいです。
しかし、誤解しないでください。「政治を理解してください」は「政治に加担してください」という意味ではありません。「政治ゲームの名プレイヤーになってください」とも言っていません。政治の存在を認識し、その中で自分がどう動くかを考えるということです。
ここまでの話をまとめると、こうなります。
これらを理解すると、「なぜ評価されないのか」の見え方が変わります。
「自分は良い仕事をしている」は、個人の論理です。組織の論理から見ると、「良い仕事をしている人」は他にもいます。問題は、有限の資源を誰に配分するかです。
だから、「良い仕事をすれば評価される」は半分しか正しくありません。正確には、「良い仕事をした上で、資源を配分すべき理由を説明できれば評価される」です。
ここまで読んで、息苦しくなっただろう。評価制度には限界があります。客観的評価は存在しません。組織は個人の幸福を最大化しません。昇進はゼロサムゲームです。政治は避けられません。
厳しい現実です。でも、現実を知ることは、現実に絶望することではありません。
構造を知らなければ、暗闘の中で闘っているようなものです。構造を知れば、どこに光があるか見えます。ここからは、その光に向かって動く方法を書きます。やるべきことは、大きく3つあります。「どこを見るか」を変えること、「対話」を通じて認識を揃えること、「見せる」ことで存在を証明することです。
組織の論理を理解したら、次は「どこを見るか」を変えることです。
「どの会社で働くか」が大事だと思われています。でも、本当に大事なのは「どのチームで働くか」です。
従業員が「ここで働くのをやめよう」と決める時、この「ここ」は会社ではありません。チームです。会社は好きだがチームが合わなくて異動する人がいます。逆に、会社の方針には疑問があるがチームが良くて残る人もいます。
これは新卒就職活動をされている方や、転職を考えている方に特に知っておいてもらいたいことです。企業文化が良い会社でも、自分が配属されるチームの雰囲気が良いとは限りません。
評価も同じです。「この会社の評価制度」より、「直属の上司の評価パターン」の方が、あなたの評価に直接影響します。会社の評価制度がどれだけ整っていても、その制度を運用するのは上司です。上司が制度を正しく運用しなければ、制度の意味はありません。
逆も同じです。評価制度が多少おかしくても、上司が良ければ、適切に評価される可能性があります。
だから、転職先を選ぶときも、残るか辞めるかを判断するときも、「会社」という抽象的な単位で考えないでください。どのチームに入るか。誰が上司になるか。 その具体的な単位で考えてください。
嘆きは鎮痛剤だと書きました。では、対話は何か。対話は手術です。痛いし、面倒だし、時間がかかります。でも、原因を取り除ける可能性があります。
対話が必要な理由は単純です。あなたと上司は、別の人間だからです。別の経験を持ち、別の価値観を持ち、別の情報を持っています。この情報の非対称性を埋める方法は、対話しかありません。
上司と話が通じないとき、「上司が悪い」と思いがちです。でも違います。
部下と上司では見えている世界が違います。自分から見ると理不尽な判断でも、上司の立場から見ると合理的なことがあります。上司には上司のプレッシャーがあります。部門の目標があります。上からの期待があります。その世界の中で、上司は合理的に動いています。その上で話せないことがあります。
これは「上司の判断を正当化してください」という話ではありません。上司の判断が間違っていることもあります。でも、その判断がどこから来ているかを理解しなければ、対話はできません。
対話とは、この世界の違いを認識した上で、共通の理解を構築する作業です。
自分の世界だけで考えると「なんで分かってくれないんだ」となります。でも、上司の世界に立ってみると「なるほど、だからそう判断するのか」と見えてきます。見えてくれば、「では、この点はどうですか」と別の角度から提案できます。
上司と部下では、見ている方向が違います。
上司は上から降りてくる方針を見ています。目標、KPI、ロードマップ。経営が何を求めているか。一方、現場は下を見ています。実際に何が起きているか。どこに問題があるか。
この2つが噛み合っていないと、話が通じません。「上が何を考えているか分からない」「現場の声が届かない」——どちらも、この断絶の症状です。
対話は、この2つをつなぐ作業です。上司と話すとき、上司が見ている方向を理解しようとします。同時に、現場のリアリティを言語化して伝えます。その接点を見つけることが、対話の目的です。
ここで具体的なアクションがあります。上司が今、上の階層から課されている「最も頭の痛い課題」を把握してください。上司も誰かの部下です。上司にも上司がいます。その上司から何を求められているか。何に頭を抱えているか。それを知れば、あなたの仕事をどう位置づければいいか見えてきます。上司が「コスト削減」に追い詰められているなら、あなたの技術改善は「効率化」として語ってください。上司が「新規プロジェクトの立ち上げ」に追われているなら、あなたの貢献は「立ち上げを支える基盤整備」として語ってください。上司の頭痛の種を知れば、あなたの仕事の見せ方が変わります。
「次の昇進に必要なことは何ですか」と1on1で聞きます。怖いです。否定されるでしょう。「まだ早い」と言われるでしょう。でも、聞かないと何も始まりません。
自己評価と組織からの評価が食い違うとき、上司を敵だと思ってしまいがちです。「この人とは話しても仕方ない」と見限って、対話をやめます。これが最悪のパターンです。
一度「敵」だと思うと、何を見ても敵の証拠に見えます。中立的な発言も「やっぱり敵だ」と解釈します。相手もそれを感じ取り、本当に敵対してきます。悪循環にハマります。これは認知バイアスの一種で、一度形成された敵対的な認知は、自己強化していきます。
対話を自分から始めてください。待っていても始まりません。
対話の目的は、合意することではありません。理解を共有することです。
対話した結果、意見が一致しないこともあります。それでいいです。重要なのは、「なぜ相手がそう考えるか」を理解することです。理解した上で、なお意見が違うなら、それは対話の失敗ではありません。
「上司と対話したが、評価は変わらなかった」という結果があり得ます。それでも、対話には意味があります。「なぜ評価が変わらないのか」の理由を理解できたはずです。理由を理解すれば、次の行動を決められます。
理由が「あなたのスキルが足りない」なら、スキルを伸ばす努力をします。理由が「今期は枠がない」なら、来期に向けて準備します。理由が「この上司とは価値観が合わない」なら、異動や転職を検討します。
対話の目的は、情報を得ることです。同意を得ることではありません。
本当は、目標設定や評価制度というのは、この対話を縮減化して仕組み化したものです。「何を目指すか」「どこまでやるか」「何ができたか」を定期的にすり合わせる機会です。
でも、多くの組織で、この仕組みは形骸化しています。目標設定は形だけです。評価面談は結果の通知だけです。対話が発生していません。
仕組みがうまく機能していないなら、仕組みが本来やろうとしていたことを、自分で意識的にやればいいです。1on1で自分から聞きます。週次報告で自分から伝えます。仕組みに頼らず、対話を自分で作ります。
構造を理解し、対話の重要性を理解したら、次は具体的に動きます。
まず、評価基準を言語化してください。
多くの人は、上司が何を基準に評価しているか、明確に理解していません。なんとなく「良い仕事をすれば評価される」と思っています。でも、上司の頭の中にある評価基準と、自分が想像している評価基準は、往々にしてズレています。
「そんなこと聞いていいの?」と思うでしょう。私もそう思っていました。こういう質問をすることに、強い抵抗がありました。
正直に言えば、私を含めてエンジニアは、こういう「合意形成」をバカにしている節があります。技術力で勝負したい。政治的なことはやりたくない。上司にゴマをするみたいで嫌だ。そういう感覚があります。
もう1つ、ネガティブなフィードバックを受け取りたくない、という心理もあります。「今の自分に足りないものは何ですか」と聞いて、厳しいことを言われたらどうしよう。自分が思っているより評価が低かったらどうしよう。聞かなければ、知らずに済みます。
でも、聞かなければ分かりません。上司はエスパーではないし、あなたもエスパーではありません。期待値をすり合わせるには、対話するしかありません。
「昇進したいです」と直接言うのは恥ずかしいです。自分の欲を見せることに抵抗があります。私は3年間言えませんでした。言い出せないまま、居酒屋で愚痴を言い、鎮痛剤を飲み続けていました。鎮痛剤の効き目が切れてきた4年目に、ようやく口を開きました。でも、上司からすれば、部下が何を求めているか分からなければ、サポートのしようがありません。
上司が求めるものと、自分がやりたいことは、必ずしも一致しません。
上司が重視するのはAだが、自分が得意なのはB。この場合、どう動くか。
まず、そのギャップを言語化してください。「自分はBが得意だが、Aに注力すべきですか」と聞いてください。上司は「Aをやってほしい」と言うでしょうし、「Bで成果を出してくれればいい」と言うでしょう。どちらにせよ、ギャップを認識した上で動けます。
ギャップを認識しないまま、自分の得意なBに注力して、評価面談で「Aをやってほしかったのに」と言われるのが最悪のパターンです。
評価基準を理解しました。上司との期待値もすり合わせました。次は、実際に動く番です。
対話は手術だと書きました。では、見せることは何か。見せることはリハビリです。地味で、継続が必要で、効果が見えるまで時間がかかります。でも、これをやらなければ、手術しても回復しません。
冒頭で書きました。見えない仕事は、存在しないのと同じだと。障害を未然に防いでも、誰も気づきません。技術的負債を返済しても、「いつの間にかキレイになってた」で終わります。
これは不公平です。でも、嘆いても変わりません。変えられるのは、自分の行動だけです。
だから、見せてください。何をやっているか、どんな価値を生んでいるか、言葉にして伝えてください。
「良い仕事をしていれば、見てもらえるはずだ」——これは幻想です。
上司の注意は有限です。注意は希少資源です。上司は複数の部下を持っています。自分の仕事もあります。上からのプレッシャーもあります。その中で、あなたの仕事に割ける注意は、ごくわずかです。
あなたが黙って良い仕事をしていても、上司の注意はあなたに向きません。問題を起こす部下、声の大きい部下、頻繁に報告してくる部下に注意が向きます。注意を向けてもらえなければ、あなたの仕事は認識されません。認識されなければ、評価されません。
これは「目立ったもの勝ち」という話ではありません。情報の非対称性の話です。
あなたは自分の仕事を100%知っています。上司は、あなたの仕事の10%も見ていません。この情報ギャップを埋めるのは、あなたの責任です。上司が勝手に気づいてくれることを期待するのは、非現実的です。
人が本当に求めているのは、実はフィードバックではありません。「注目」です。自分の仕事を見てもらっている。気にかけてもらっている。存在を認識されている。そういう感覚です。私自身、厳しいフィードバックより、上司が自分の仕事を把握していないことの方が堪えました。
評価されないと感じるとき、本当の問題は「評価が低い」ことではなく「注目されていない」ことでしょう。上司は、あなたが何をしているか知りません。知らなければ、評価以前の問題です。
多くのエンジニアは、「見せる」ことに抵抗がある。
「アピールは卑しい」という感覚がある。日本の文化では、自己主張は美徳ではない。「黙って結果を出す」が美しいとされる。自分の成果を語ることは、自慢に見える。謙虚さが失われる。そういう感覚がある。
でも、この感覚は、情報の非対称性を無視している。あなたが黙っていれば、上司はあなたの仕事を知らない。知らなければ、評価できない。「黙って結果を出す」は、「結果を出しても評価されない」と同義だ。
「仕事の質で勝負したい」という信念もある。アピールの上手さではなく、仕事の質で評価されたい。それは正しい感覚だ。でも、仕事の質を上司に伝えるのは、アピールではない。情報提供だ。
上司は、あなたの仕事の質を判断する材料を持っていない。その材料を提供するのは、あなたの役目だ。
週次報告での言い方
ダメな例:「今週はAの修正をしました。」
良い例:「今週はAの修正をしました。このバグは再現条件が複雑で、ログから特定するのに2日かかりました。原因は○○で、同様の問題が他に3箇所あったので併せて修正しています。」
違いは、「何が難しかったか」「どう判断したか」「影響範囲をどう考えたか」を言語化していること。
Slack、1on1、どの場面でも同じ原則です。
アピールが苦手? なら、存在しないのと同じだ。
「自慢みたいで嫌だ」と思うだろう。私もそうだった。でも、これは自慢ではない。自分の仕事の価値を言語化しているだけだ。言語化しなければ、他人には見えない。見えなければ、評価されない。
言語化は、スキルだ。最初は苦手でも、練習すれば上達する。週次報告を書くたびに、「何が難しかったか」を1文追加する。それだけで、見え方が変わる。
「見せる」にも戦略がある。上司の認知の限界を理解することが重要だ。
評価面談の席で、上司は1年間を振り返る。でも、1年間を均等に思い出すことは、人間には無理だ。上司も人間だ。
人間の記憶には癖がある。最初の方と最後の方は覚えているが、中間は忘れやすい。期初に立てた目標は覚えている。期末の追い込みも覚えている。でも、中間の地道な仕事は埋もれる。
より厄介なのが、最近の出来事ほど重要に感じられる傾向だ。4月に素晴らしい仕事をしても、12月の評価面談では遠い記憶だ。「そういえば、何かやってくれた気がするな」程度の印象しか残らない。一方、11月に目立つ成果を出せば、12月の評価面談では鮮明に覚えている。
もう1つ、人間は経験全体を平均的に評価しない。最も印象的だった瞬間と、終わりの印象で全体を判断する。1年間コツコツ働いても、期末に目立つ成果がなければ、「今期は普通だったな」という印象になりやすい。逆に、期末に大きな成果を出せば、「今期は頑張っていたな」という印象が残る。
これは上司の能力不足ではない。人間の脳の仕組みだ。批判しても変わらない。
この認知の限界を理解した上で、どう動くか。
1. 評価の2ヶ月前に目立つ成果を出す
大きなリリースのタイミングを調整可能なら、評価期間の後半に持ってくる。調整できなくても、過去の成果の効果を後半に言語化し直すことはできる。「4月にリリースした機能が、この半年でこれだけの効果を出しました」と。成果を「過去のイベント」ではなく「現在も続いている効果」として再提示する。
2. 月次で「今月やったこと」を共有する
上司の記憶を定期的に上書きする。年末に慌てて振り返るのではなく、毎月、記録を残しておく。これは上司のためだけではない。自分のためでもある。1年前に何をやったか、自分でも忘れる。月次の記録があれば、評価面談の準備が楽になる。
もう1つ重要なことがある。「ピーク」がない期間の地味な貢献を、上司が「思い出しやすいエピソード」として毎月ストックしているか。「今月は特に目立った成果はありませんでした」で終わらせるな。地味な仕事でも、言語化すれば印象に残る。「依存ライブラリのアップデートで、セキュリティリスクを2件潰しました」。これだけで、「あの人は地道にやってくれている」という印象が積み上がる。
3. 印象に残る瞬間を意識的に作る
人間は、最も印象的だった瞬間で全体を判断する。これを逆手に取る。難しい問題を解決した。障害対応で活躍した。これらの「ピーク」は記憶に残りやすい。ピークがあれば、平凡な日々も「あの人は活躍していた」という印象に変換される。
「タイミングを調整するなんてズルい」と思うでしょう。仕事の質で評価されるべきです。タイミングを操作するのは、本質的ではありません。
でも、考えてみてほしい。
あなたがタイミングを意識しなくても、他の誰かは意識しています。評価期間の後半に目立つ成果を出す人。月次報告を欠かさない人。彼らは「ズルい」のではなく、「構造を理解している」だけです。
タイミングを調整することは、媚びを売ることではありません。上司の認知の限界を理解した上で、情報を届けているだけです。
上司が全てを均等に覚えていてくれるなら、タイミングは関係ありません。でも、上司は人間です。人間の記憶には限界があります。その限界を前提として動く方が、合理的です。
この癖は、知っていれば対処できます。知らなければ、無意識のうちに損をします。評価する側もされる側も、同じ脳を持っています。上司もまた、自分の記憶の癖に気づいていないことが多いです。
4. 失敗したときのリカバリーを設計しておく
失敗は起きます。問題は、その失敗がハロー効果で全体評価を引きずり下ろすことです。「あの人は失敗した」という印象が、関係のない能力の評価まで下げます。
これを防ぐには、失敗の直後に2つのことをやってください。まず、迅速に報告してください。隠そうとして発覚すると、「失敗した」にまた「隠そうとした」が上乗せされます。次に、原因と対策を透明に説明してください。「なぜ起きたか」「何を学んだか」「次にどう防ぐか」を言語化します。これができると、「失敗した人」ではなく「失敗から学べる人」という印象に変換されます。失敗を完全に消すことはできません。ですが、失敗の印象を上書きすることはできます。
昇進には「スポンサー」と「可視化」が必要だ。
昇進は、だいたいあなたの知らないところで決まる。
評価会議というものがある。マネージャーが集まって、誰を昇進させるか、誰に良い評価をつけるかを議論する。あなたは、その会議に出席できない。出席できないのに、そこであなたの運命が決まる。
あなたの仕事ぶりを知っている人が、その会議にいなければ、あなたの名前は挙がらない。名前が挙がらなければ、昇進しない。どんなに良い仕事をしていても、その会議で誰かがあなたの名前を出さなければ、無意味だ。
その「誰か」が、スポンサーだ。
メンターは、アドバイスをくれる人だ。キャリアの相談に乗ってくれる。「こうした方がいいよ」「あの人に話を聞いてみたら」と教えてくれる。
スポンサーは、あなたの成果を上に伝えてくれる人だ。人事評価の場で、あなたの名前を出してくれる。「あいつは良い仕事をしている」と会議で言ってくれる。
この違いは決定的だ。メンターは「あなたのために」アドバイスをくれる。でも、スポンサーは「あなたのために」リスクを取る。評価会議であなたの名前を出すということは、スポンサー自身の信用を賭けることだ。「私が推薦した人」が期待外れだったら、スポンサーの評価が下がる。
だから、スポンサーになってもらうのは、メンターになってもらうより難しい。
メンターがいても、スポンサーがいなければ、昇進の話にはならない。あなたの良い仕事を知っている人がいても、その人が上に伝えてくれなければ、上層部はあなたを知らない。
多くの場合、直属の上司が最初のスポンサー候補になる。でも、上司だけに依存するのはリスクがある。
上司が異動することがある。上司が退職することがある。上司との相性が悪いこともある。上司が評価会議で発言力を持っていないこともある。上司一人に依存していると、その上司がいなくなった瞬間、あなたを推してくれる人がゼロになる。
だから、上司以外のスポンサーも獲得しろ。
評価会議には、複数のマネージャーが参加する。あなたの上司だけでなく、他のチームのマネージャーも発言権を持っている。もし、あなたの名前が複数の人から挙がったらどうなるか。「〇〇さん、評判いいね」となる。一人が推すより、複数が推す方が説得力がある。
上司以外のスポンサー候補は、意外と身近にいます。
越境した仕事を意図的に作ってください。横断プロジェクトに手を挙げます。他チームのコードレビューを引き受けます。
上司が成果を出せば、チーム全体の評価が上がります。リソースが配分されます。自分の評価も上がりやすくなります。「媚びる」と「伝える」は違います。情報の非対称性を埋めているだけです。
しかし、これには条件がある。
条件1: 上司が「勝とうとしている」こと
上司が何を達成しようとしているかを理解できないなら、この戦略は機能しない。目標が不明確な上司、日々の消化試合に終始している上司には、「勝たせる」も何もない。
判断方法:1on1で「今期の最優先目標は何ですか」と聞く。具体的な目標を即答できるなら、勝とうとしている。「色々ある」「維持が目標」と言うなら、勝とうとしていない可能性が高い。
条件2: 上司が「部下の貢献を認識できる」こと
上司を勝たせても、「これは俺の成果だ」と言い張る上司がいる。この場合、どれだけ貢献しても報われない。
判断方法:過去の昇進者を観察する。上司が「〇〇さんのおかげで成功した」と言っていたか。チームの成果発表で、メンバーの名前を出していたか。自分の手柄にする上司は、パターンがある。
条件3: 組織が「チームの成功を個人にも還元する」構造であること
チームが勝っても、個人の評価に反映されない組織がある。年功序列が強すぎる、政治が評価を決める。この場合、上司を勝たせても自分には返ってこない。
判断方法:先輩に聞く。「チームが成果を出したとき、個人の評価に反映されましたか」と。曖昧な答えが返ってきたら、還元されていない証拠だ。
これらの条件が揃わない場合、「上司を勝たせる」戦略は機能しない。別の手を考える必要がある。例えば、「異動する」「別のスポンサーを見つける」「辞める」だ。
上司以外のスポンサーを持っていれば、この「別のスポンサーを見つける」がすでに準備できている。上司に依存しすぎないためにも、日頃から複数のスポンサー候補との関係を築いておくことが重要だ。
対話しても評価が変わらないことがある。そのとき、もう1つ確認すべきことがある。自己認識と他者認識のギャップだ。
多くの人は、「最高の自分」を自分の実力だと思っている。ゾーンに入って神がかった速度でコードを書く自分。難解なバグを一瞬で特定する自分。そういう「最高の瞬間」を「自分の実力」だと信じる。
でも、上司が見ているのは別のものだ。
上司は、あなたに仕事を任せるとき、こう考える。「この人に任せて、最悪どうなるか」と。最高のケースではない。最悪のケースだ。なぜなら、任せた仕事が期待以下だったとき、責任を取るのは上司だからだ。上司は自分の評価を賭けている。だから、リスクを最小化したい。
つまり、あなたは「上振れ」ではなく「下振れ」で判断されている。
調子が良い日に出した成果は、「たまたま」でしょう。調子が悪い日に出した成果こそ、「確実に期待できるライン」です。上司が知りたいのは、後者です。
だから、自分の実力を測るなら、最高の日ではなく、最悪の日を見てください。何もやる気が起きず、頭も回らず、ただ惰性でキーボードを叩いている日。その日に絞り出したアウトプット。それが、他人から見た「あなたの実力」に近いです。
信頼は、瞬間最大風速では測られない。安定性で測られる。
毎週コンスタントに成果を出す人と、たまに爆発的な成果を出すが波がある人。どちらが信頼されるか。前者だ。爆発的な成果は印象に残る。でも、任せる側からすれば、「今回はどっちだろう」と毎回賭けをすることになる。安定している人には、安心して任せられる。
ここで、あまり語られない現実を書く。体調管理は、評価に直結する。
「体調不良は仕方ない」と、口では誰もがそう言う。風邪をひいた、熱が出た、それは本人のせいではない。責めるべきではない。正論だ。
でも、現実はそんなに甘くない。
風邪で3日寝込めば、1週間分の生産性が消える。体調不良の翌週もパフォーマンスは戻りきらない。締め切り直前に体調を崩せば、チーム全体に影響が出る。
上司は、それを見ている。口では「お大事に」と言う。でも、心の中では「また休みか」と思っている。重要なプロジェクトを任せるとき、「この人、大丈夫かな」と不安がよぎる。結果、重要な仕事は「安定して稼働できる人」に回る。
これは不公平だと思うだろう。体質の問題もある。本人の努力だけではどうにもならないこともある。それは事実だ。
もう1つ重要なことがあります。自分のパフォーマンスが落ちる兆候を自己認識していますか。睡眠不足が続くとどうなるか。ストレスが溜まるとどうなるか。これらを把握しておけば、周囲に「予測可能性」を提供できます。「来週は締め切りが重なっているので、レスポンスが遅くなるだろう」と先に言っておきます。これは弱みを見せることではありません。プロとして自分の状態を管理していることを示しています。
上司があなたに仕事を任せるとき、「リスク」として感じている要素は何か。「この人は締め切りを守らない」と思われているなら、小さな約束から確実に守ってください。上司の中にある「リスク認知」を、1つずつ消していってください。
自分で認識している自分と、他人が見ている自分は違います。
あなたは自分の内面を知っています。「今日は調子が悪い」「昨日は睡眠不足だった」「あのときは本気を出していなかった」。そういう文脈を全て知っています。だから、最高のパフォーマンスを出した日を「本当の自分」だと思います。それ以外の日は、何か理由があってパフォーマンスが落ちた「例外」だと思います。
他人は、あなたの内面を知りません。見えるのは、あなたのアウトプットだけです。見えたアウトプットの平均が、「あなた」として認識されます。見せなかった仕事は、平均にすら入りません。最高の日も、最悪の日も、見えた範囲で平均化されます。
だから、あなたが「本気を出せばもっとできる」と思っていても、他人から見れば「見えた範囲のあなた」がそのままあなたの実力です。見せていない実力は、存在しないのと同じです。
自己認識と他者認識のギャップを埋めるには、フィードバックを求めるしかない。
「私の強みと弱みは何ですか」と上司に聞く。怖い。自分が思っている自分と違う答えが返ってくるだろう。でも、聞かなければギャップは分からない。
もう1つの方法は、360度評価の結果を真剣に受け止めることだ。多くの人は、360度評価の結果を「まあ、そういう見方もあるよね」程度で流す。でも、複数の人が同じことを指摘しているなら、それはおそらく事実だ。
新しい環境で、あなたは「最高の自分」ではなく「最悪の自分」で評価される。慣れない環境、知らないコードベース、初対面のチームメンバー。その状況で出せるアウトプットが、あなたの「実力」として記録される。
「本当はもっとできるんです」は通用しない。それは言い訳だ。今、目の前で出しているアウトプットが、あなたの実力として認識される。
「体調が悪かったので」も通用しない。体調が悪い日も含めた平均が、あなたの実力だ。
だから、自分の「下限」を正しく認識することが重要だ。自分が思っているよりも、自分の下限は低いだろう。他人から見えている自分は、自分が思っている自分とは違うだろう。
このギャップを認識した上で、どう動くか。それが「構造を理解した上で頑張る」ということだ。
ここまで「やるべきこと」を書いてきた。ここで1つ、やらなくていいことを書く。
「最高の人材はオールラウンダーである」——そう信じられている。
でも、そもそもオールラウンダーは、組織が作り出した便利な幻想だ。
能力は文脈の中にしか存在しない。「オールラウンダー」とは、会社が定義した評価項目の範囲内でバランスが良い、というだけの話だ。それは普遍的な能力ではなく、ある限定された文脈の中で複数の能力がそこそこ高いだけだ。
でも、オールラウンダーを目指すと何が起きるか。どの分野でも「そこそこ」になります。
よくある罠があります。評価面談で「コミュニケーション力が弱い」と言われて、無理に改善しようとします。勉強会で発表する練習をします。ファシリテーションの本を読みます。その結果、強みだった技術力を伸ばす時間が減ります。コミュニケーション力は「平均以下」から「平均」になっただけです。技術力は「突出」から「やや上」に落ちました。本末転倒です。
弱みを平均まで引き上げる努力は、強みを突き抜けさせる努力より、はるかに効率が悪いです。100時間かけて弱みを「平均以下」から「平均」にするより、100時間かけて強みを「上位10%」から「上位1%」にする方が、価値が出ます。
ここで視点を変えてほしい。
ここまで「上司を勝たせてください」と書いてきました。上司の目標に貢献してください。上司の労力を最小化してください。それがスポンサーを獲得し、評価につながる、と。
でも、上司を勝たせることは、手段に過ぎません。本質は「チームを勝たせること」です。
チームが勝てば、全員が恩恵を受けます。リソースが配分されます。良いプロジェクトが回ってきます。評価の枠が増えます。逆に、チームが負ければ、個人がどれだけ頑張っても報われません。沈む船の上でいくら走っても、沈むことに変わりはありません。
だから、「自分がどう評価されるか」ではなく「チームがどう勝つか」を考えてください。
チームを勝たせるために、あなたは何ができるか。
答えは単純です。強みで貢献してください。
チームには様々な仕事があります。設計、実装、テスト、ドキュメント、調整、発表。全部を一人でやる必要はありません。チームとして、全部ができていればいいです。
あなたがコードを書くのが得意なら、コードで貢献してください。ドキュメントが得意な人に、ドキュメントは任せてください。あなたが調整が得意なら、調整で貢献してください。実装が得意な人に、実装は任せてください。
これが「補完」です。全員がオールラウンダーを目指すより、それぞれが強みを発揮して補完し合う方が、チームとしての出力は高くなります。
優秀な人に共通パターンはありません。コードは神がかっているがドキュメントは壊滅的な人。設計は天才的だが実装は遅い人。トラブルシューティングは超人的だが新規開発には興味がない人。万能な人はいません。でも、チームとして万能であればいいです。
弱みを克服する必要がないと言っているわけではありません。弱みを自分で克服するか、チームでカバーするかを選んでください、と言っています。
弱みを無視していいかどうかは、3つの質問で判断できます。
3つとも「いいえ」なら、弱みの克服は後回しでいいです。チームでカバーできる弱みは、チームに任せてください。
しかし、役割によって「致命的な弱み」は変わります。今の役割では問題なくても、次の役割では致命的になることがあります。上司と話し合ってください。「私はAが強みで、Bが弱みです。今の役割でBは致命的ですか。次の役割ではどうですか」と。
チームを勝たせる中で、「この人がいないと困る」という状態を作ってください。
みんなが平均を目指すなら、平均的な人材は溢れます。「そこそこ何でもできる人」は大量にいます。だから、差別化できません。代わりはいくらでもいます。
一方、「この分野なら誰にも負けない」と言える人は少ないです。少ないから、価値があります。「この人じゃないと困る」という状況を作れます。それが交渉力になります。
「パフォーマンスチューニングなら〇〇さん」「あの複雑な仕様を理解しているのは〇〇さんだけ」「障害対応で真っ先に呼ばれるのは〇〇さん」——こういうポジションを取ってください。チームの中で、代替不可能な存在になってください。
「何でもできる人」という便利なラベルを捨ててください。代わりに、「〇〇の問題ならあいつに聞け」という、組織内の検索ワードを確立してください。検索ワードがあれば、困っている人が自分を見つけてくれます。仕事が向こうからやってきます。その仕事で成果を出せば、また検索ワードが強化されます。この循環を作ってください。
そして、自分に問うてみてください。あなたの強みをより伸ばすことが、どのように「チーム全体の勝率」に直結するか。個人の成長と、チームの勝利を結びつけて説明できるか。「私が〇〇を極めれば、チームは△△で勝てるようになります」と。この論理が説明できれば、強みを伸ばす時間を堂々と確保できます。
これは「自分だけが得をする」話ではありません。チームが勝つために、自分の強みを最大限に活かすという話です。
チームが勝ち、その中で自分が不可欠な貢献をしている。この状態が、評価につながります。上司は言えます。「あのプロジェクトが成功したのは、〇〇さんの△△があったからです」と。具体的な貢献があれば、評価会議で名前を出しやすいです。
組織は「オールラウンダーになれ」と言います。でも、その言葉を額面通りに受け取らないでください。
組織が本当に求めているのは、「チームが勝つこと」です。オールラウンダーを求めるのは、そのための手段に過ぎません。誰が抜けてもチームが回るように、リスクヘッジしたいだけです。
だから、「チームを勝たせる」という目的を共有した上で、手段は自分で選んでください。
オールラウンダーになることでチームに貢献できるなら、それでいいです。でも、強みを尖らせることでチームに貢献できるなら、それでもいいです。目的が達成されていれば、手段は問われません。
「私はオールラウンダーではありません。でも、この分野では誰にも負けません。チームの勝利に、この強みで貢献します」と言える状態を作ってください。組織の論理と、個人の論理を、「チームを勝たせる」という一点で重ねてください。
これが、構造を理解した上で頑張る、ということです。
ここまでやっても評価されないことがあります。そのときの判断基準を明確にしておきます。
この7つを1年間やった上で、評価が変わらなければ、構造の問題です。2年以上待っても変わらないなら、個人の努力では覆りません。
しかし、正直に書いておきます。運の要素は大きいです。
この記事は、努力すれば報われるかのように書いてきました。でも、現実はそうじゃありません。良い上司に当たるかどうかは、運です。自分の強みを評価してくれる上司、対話に応じてくれる上司、スポンサーになってくれる上司。そういう上司に当たるかどうかは、自分ではコントロールできません。良いプロジェクトに配属されるかも、運です。成果が見えやすいプロジェクト、評価につながりやすい仕事。それに関われるかどうかは、タイミングと巡り合わせです。会社の業績も、運です。会社が成長していれば昇進枠は増えます。会社が停滞していれば枠は減ります。個人の努力とは関係ありません。
この記事に書いたことを全部やっても、運が悪ければ評価されません。逆に、何もしなくても、運が良ければ評価されます。そういうことは、あります。私が評価されるようになったのも、運の要素が大きいです。良い上司に当たりました。良いプロジェクトに関われました。会社の業績が良かった時期に、たまたま成果を出せました。努力したのは事実ですが、運が良かったのも事実です。
この記事は、「努力でコントロールできる部分」にフォーカスしています。でも、コントロールできない部分の方が大きいでしょう。運が悪いときに、「頑張り方が間違っている」と言われても、救いになりません。運が悪かった人に、私は何も言えません。「次は運が良いといいね」としか言えません。それは無責任でしょうが、本当のことです。
| パターン | 状況 | 対処 |
|---|---|---|
| 上司とのズレ | 上司が重視するAと、自分が得意なBがズレている。対話しても埋まらない | 異動するか、別のスポンサーを見つける |
| 制度の破綻 | 年功序列、政治、声の大きい人が勝つ。チームが勝っても個人に還元されない | 組織を変えるか、出るか |
| 市場価値との乖離 | 外では高く評価されるスキルが、今の組織では価値がない | 辞める |
「組織を辞める」というより、「この人たちと働くことを辞める」と考えた方が正確だ。
冒頭で書いた。「どの会社で働くか」より「どのチームで働くか」が大事だと。会社全体がダメなのか、今いるチームがダメなのか。この見極めは重要だ。
全部試して、全部無理だった。そのとき初めて「構造の問題」と言える。
あなたが直面している「評価への不満」は、個人の努力で突破可能な「運用上の課題」か。それとも、組織のDNAに刻まれた「構造的な腐敗」か。この見極めが重要です。1つの判断材料があります。過去3年間で、あなたと同じような「正論を吐く優秀な人」がどのように去っていったか、そのパターンを分析してください。同じパターンが繰り返されているなら、構造の問題です。
もう1つの判断材料があります。今の会社で「最も高く評価されている人」の振る舞いは、あなたが5年後に「なりたい姿」と重なるか。重ならないなら、この組織で評価されることに意味があるのか。経営陣が「評価制度の不備」を認識していながら変えないなら、それは彼らにとって「都合が良い」からでしょう。
「評価制度を変えればいい」——そう思いがちです。でも、制度を変えても、運用する人が変わらなければ、結果は変わりません。本当の問題は、制度ではなく、人と人の関係性にあることが多いです。
逆もあります。「この上司が悪い」と思っていても、制度が上司にそう振る舞わせている場合があります。上司も構造の中で動いています。上司を責めても、構造は変わりません。
構造的な問題がある場合、とっとと辞めてください。
「変われない組織」には共通パターンがあります。正しく頑張っても報われない構造ができあがっています。仕事が見えなくなり、提案が通らなくなり、評価基準が不透明になり、変えようとする人が去っていきます。こうなった組織は、個人の努力では変えられません。
あなたの組織がこの状態に陥っているかどうか、いくつかのサインがあります。
これらのサインが複数当てはまるなら、個人の努力で変えるのは難しいです。異動か転職を視野に入れてください。
皮肉なことに、成功した組織ほど変われなくなります。「過去にこうやってうまくいった」という経験が、新しいやり方を排除します。成功体験が足かせになります。
あなたが「この組織はおかしい」と感じるとき、それは正しいでしょう。組織は過去の成功に縛られて、新しい環境に適応できなくなっているのでしょう。
その場合、あなた個人が変えられることは限られています。構造を変えるには、経営層が本気で取り組む必要があります。それがないなら、辞めてください。
「おい、辞めるな」で書きました。短期ではなく長期で考えてください。信頼の貯金を積み上げてください。転職はリセットコストがかかります。
でも、「長期で考えた結果、辞める」という判断もあります。
1年間正しく頑張りました。構造を理解した上で動きました。対話を試みました。スポンサーを探しました。チームを勝たせようとしました。それでも変わりませんでした。組織が考える力を失っていて、経営層も本気で取り組む気配がありません。
そういう状況なら、辞めることが長期的に正しい判断です。それは逃げではありません。戦略的撤退です。
しかし、順番を間違えないでください。
まず交渉してください。評価に納得がいかないなら、上司に聞いてください。「何をすれば評価されるのか」を明確にしてください。構造に問題があると思うなら、提案してください。改善案を出してください。異動を申し出てください。別のスポンサーを探してください。やれることをやってください。
交渉するとき、あなたの言葉に「重み」はありますか。社外の市場価値を把握していますか。「いつでも外に出られる」という自信が、言葉に重みを与えます。交渉するなら、「何を、いつまでに、どう変えてほしいか」を具体的に伝えてください。そして、交渉が決裂した際の「プランB」は準備していますか。プランBがないまま交渉しても、本気度が伝わりません。
それでダメなら、去ってください。
この順番が大事です。交渉せずに辞めるのは、ただの逃げです。でも、交渉した上で辞めるのは、戦略です。「やることはやった。それでも変わらなかった」という事実が、あなたの判断を正当化します。次の面接で「なぜ辞めたのか」と聞かれたとき、「改善を試みたが、構造的に無理だった」と言えます。
というか、交渉するというのは、それぐらいデカいことです。「評価に納得いきません」「異動させてください」「この構造を変えてください」——これを口にした時点で、あなたは覚悟を示しています。ダメだったら去る覚悟を。交渉とは、そういう重さを持つ行為です。軽い気持ちで切り出すものではありません。だからこそ、ダメだったときに居座るのは筋が通りません。覚悟を示しておいて、結果が出たら何もしない。それは自分の言葉を裏切ることです。
全てはトレードオフです。残るコストと、去るコストがあります。
残れば、信頼の貯金を積み上げられます。人間関係もリセットされません。でも、構造が変わらないなら、消耗し続けます。3年後も5年後も同じ愚痴を言っている自分が見えます。
去れば、リセットコストがかかります。また一から信頼を築く必要があります。新しい環境に適応するストレスもあります。でも、正しく評価される構造の中で働ける可能性があります。
どちらが正解か、一般論では言えません。あなたの状況によります。あなたの価値観によります。あなたのキャリアのフェーズによります。
ただ、1つだけ言えます。交渉してダメだったのに居座り続けるのは、最悪の選択です。構造が変わらないと分かりました。自分の力では変えられないと確認しました。それでも残る。それは「判断を放棄している」だけです。答えは出ているのに、行動しません。時間だけが過ぎていきます。
交渉してください。ダメなら去ってください。それがトレードオフを引き受けるということです。
しかし、辞める前に確認すべきことがあります。
1. 本当に構造の問題か
「評価されない」と感じるとき、構造のせいにしたくなります。自分のせいではない。組織が悪い。そう思いたいです。
でも、まず自分を疑ってください。ちゃんと見せていたか。対話していたか。チームを勝たせようとしていたか。強みで貢献していたか。これらを本当にやった上で、評価されなかったのか。
構造のせいにするのは、自分の責任を回避できて楽です。でも、構造のせいにして辞めても、次の組織で同じことが起きるでしょう。
2. 異動で解決できないか
「組織を辞める」前に、「チームを辞める」を検討してください。別のチームに移れば解決することがあります。上司が変われば、評価が変わることがあります。別のスポンサーがいれば、状況が変わることがあります。
会社全体がダメなのか、今いるチームがダメなのか。この見極めは重要です。
3. 辞めた後に何があるか
辞めることを決める前に、辞めた後の絵を描いてください。「ここから出たい」だけでは、どこに行っても同じ問題にぶつかります。
次の組織で何をしたいのか。どんな環境なら自分の強みを活かせるのか。どんなチームなら自分が貢献できるのか。それが見えてから、辞めてください。
あなたは自分が持っているものを過小評価しています。 安定した給与、福利厚生、開発環境、ネームバリュー。これらが「普通」に感じられています。不満ばかりが目につきます。
でも、構造的な問題——評価制度の限界、政治、見えない仕事の軽視——は、大企業だから存在するのではありません。組織という形態が持つ宿命です。スタートアップでも20人を超えれば政治が生まれます。50人を超えれば部門間の壁ができます。環境を変えても、構造は変わりません。
大企業を辞める前に、まず異動を検討してください。辞めなくても環境を変えられます。サバンナで戦う覚悟があるなら飛び出せばいいです。覚悟がないなら、城壁の中で戦略を練ってください。
辞めると決めたら、長居しないでください。
「あと半年頑張ってみよう」「プロジェクトが終わるまで」と思いがちです。でも、辞めると決めた組織で頑張り続けるのは、消耗します。モチベーションが上がりません。パフォーマンスが落ちます。評価が下がります。悪循環にハマります。
辞めると決めたら、次を探し始めてください。時間をかけすぎないでください。
正直に言えば、辞めても何も変わらないでしょう。
次の組織も、同じような問題を抱えているでしょう。評価制度に限界があります。上司との相性があります。政治があります。これは、どの組織にもあります。というかそれはあなたの問題でもあります。そこに向き合ったほうが良いです。
転職は、問題を解決する魔法ではありません。環境を変えるだけです。新しい環境で、同じ問題に別の形でぶつかることもあります。
だから、辞める前に、「この問題は環境を変えれば解決するのか、自分が変わらないと解決しないのか」を考えてください。
環境の問題なら、辞めてください。自分の問題なら、自分を変えてください。両方なら、両方やってください。
ここまで書いてきて、立ち止まります。
「見せてください」「対話してください」「チームを勝たせてください」——私はそう書きました。構造を理解した上で、その中でうまくやってください、と。
でも、この記事が届かない人がいます。
「頑張り方を変えてください」と言いました。ですが、もう頑張る余力がない人はどうするのか。
すでに消耗している人。毎日出社するだけで精一杯の人。週次報告に「何が難しかったか」を1文追加する気力すらない人。1on1で交渉する心理的余裕がない人。
彼らに「見せてください」「対話してください」と言っても、届きません。むしろ、「お前の頑張りは間違っている」と告げることになります。追い詰めることになります。
「体調管理は評価に直結する」と書きました。事実です。でも、体調を管理できない人がいます。慢性疾患を抱えている人。精神疾患と付き合っている人。家庭の事情で睡眠時間を削らざるを得ない人。介護や育児で「安定して稼働」できない人。
彼らは、努力が足りないのではありません。構造が彼らを排除しているのです。
「アピールが苦手なら、存在しないのと同じだ」と書きました。ですが、アピールが苦手な人は、苦手だから苦労しています。「苦手を克服してください」と言うのは簡単です。でも、克服できないから苦手なのです。内向的な人、言語化が苦手な人、自己主張に強い抵抗がある人。彼らに「見せてください」と言っても、できないものはできません。
この記事に書いた「正しい頑張り方」ができる人は、すでに恵まれています。対話する余力があります。アピールする能力があります。安定して稼働できる体があります。それらを持っている時点で、スタートラインが違います。
私は、持っている側でした。だから、この記事を書けました。持っていない人に、同じことを求めるのは、傲慢でしょう。
「辞めないなら頑張ってください」と書きました。ですが、「辞めないけど頑張らない」という選択肢もあります。
昇進を追わない。評価を気にしない。自分のペースで働く。それは「諦め」ではありません。評価ゲームから意識的に降りるという戦略です。
評価制度は、組織が作ったゲームに過ぎません。そのゲームに参加するかどうかは、自分で選べます。
「昇進しなければ給料が上がらない」と言うでしょう。ですが、昇進のために消耗して、心身を壊したら、給料どころではありません。評価を追いかけて、本来の仕事の楽しさを失ったら、何のために働いているのか分からなくなります。
評価されなくても、良い仕事はできます。障害を未然に防いだ本人は、その価値を知っています。上司が知らなくても、自分は知っています。それで十分だと思える人もいます。
もし今の評価ゲームが「勝てない設定」であるなら、「頑張らない」ことで確保したエネルギーを、どこに投資するか考えてみてください。社内の評価を「食い扶持を維持する程度」にコントロールし、余ったリソースで社外での市場価値を育てることは可能か。今の場所を「人生のゴール」ではなく「ベースキャンプ」と定義し直してください。
もちろん、評価されないと生活に困ることもあります。だから、全員にこの選択肢を勧めているわけではありません。ただ、「頑張らない」という選択肢もあることを、知っておいてほしいです。
評価ゲームに全てを賭ける必要はありません。降りてもいいです。
「仕組みは変えられない。自分は変えられる」と書きました。
ですが、本当に変えられないのか。
「見えない仕事」を評価する仕組みを作った組織はあります。障害を未然に防いだことを、きちんと評価する制度を設計した会社はあります。短期成果だけでなく、長期的な貢献を測る仕組みを導入したチームはあります。
変えられないのではありません。変えようとする人がいなかっただけでしょう。変えようとした人が、諦めて辞めていっただけでしょう。
この記事では、構造を変える方法は書きませんでした。正直、私にはその経験がないからです。私は構造の中で適応する方を選んできました。変えようとしたこともありますが、うまくいきませんでした。だから、「変えてください」とは言えませんでした。
でも、適応することが唯一の選択肢ではありません。
もしあなたに発言力があるなら、提案してみてもいいです。評価制度を変える提案。見えない仕事を可視化する仕組み。非機能要件を評価する基準。障害を未然に防いだことを記録するプロセス。
変わらないでしょう。でも、変わるでしょう。少なくとも、試さなければ分かりません。
「構造を理解した上で適応する」は、1つの戦略です。でも、「構造を理解した上で変えようとする」も、1つの戦略です。どちらを選ぶかは、あなた次第です。
この記事は、「評価される頑張り方」を書きました。ですが、それが唯一の正解ではありません。
どれが正しいかは、あなたの状況によります。あなたの価値観によります。あなたの人生のフェーズによります。
「辞めないなら頑張ってください」と私は書きました。でも、「辞めないけど頑張らない」でもいいです。「辞めないで、構造を変えようとする」でもいいです。
この記事が、あなたを追い詰めるためにあるのではありません。選択肢を増やすためにあります。そう思いたいです。
先週の記事に、思った以上の反響がありました。「辞めないことにしました」という連絡をくれた人たちが、どんな人で今どうしているのか、私は知りません。うまくいっているといいです。うまくいっていなくても、間違えながら何とかやっているといいです。
この文章を書き終えました。書いている間、何度か手が止まりました。こんなことを書いて、誰かの役に立つのだろうか。自分が経験したことを、他人に押し付けているだけではないか。答えは出ませんでした。出ないまま、最後まで書きました。
明日からできることはあります。週次報告に「何が難しかったか」を1文足す。1on1で「昇進に必要なこと」を聞く。カレンダーに「評価2ヶ月前」をマークする。見えない仕事を、見える形にする。それだけで、何かが変わるでしょう。
たぶん、私は来週の週次報告で「何が難しかったか」を書くのを忘れます。上司を敵認定しそうになります。また同じ愚痴を居酒屋で言います。
間違えたら直せばいいです。間違えていることに気づいているなら、まだやれます。たぶん。
「評価が上がりました」でも、「やっぱり辞めました」でも、「まだ間違え続けています」でも、「頑張るのをやめました」でも。どれでもいいです。どれも、選んだ道を歩いている証拠だと思うから。
正解かどうかは、分かりません。私がやってきたことが正しかったかどうかも、分かりません。分かるのは、ずっと後になってからです。
おい、辞めないなら頑張ってください。頑張り方を間違えないでください。
——と、ここまで書いてきました。でも、最後に付け加えておきます。
頑張れないなら、頑張らなくていいです。降りてもいいです。休んでもいいです。それも、1つの選択です。
私も、まだ間違え続けています。それでいいのだと思います。
続編も書きました。
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