Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子Web小説のサイト

トップ>平安Web小説>新種生物電気ネズミとの遭遇 その2

新種生物電気ネズミとの遭遇 その2

 


「…頭中将どの。何か視線を感じませぬか」
「え?」
急に話を振られてトリップから現実に引き戻される斉信。
「何かって…い、いやだなあ綱どの!カンベンしてください、私で遊ぶのはナシですよ」
「シッ騒ぎ立ててはいけません。何かがこちらの様子を伺っているような気配を感じます」
鞍馬の山は神の波動に包まれた山。その昔、鑑真和上の高弟が夢のお告げを頼りに山頂に登ると、天から降りた毘沙門天が鬼を倒していたという聖なる山ではないか。しかも鞍馬の山中には、空を自由に飛び回る大天狗が棲んでいるそうな。ここは大地の力と天界の力が拮抗する、まことに謎の多い地だ。何が出現してもおかしくはない。
「てっ天狗が聞き耳を立ててるんですよ、早くここから逃げましょう」
「天狗ごときにこの私が背を向けるなど!まあ任せてくだされ、何が潜んどるかは知りませんが、一太刀浴びせて追っ払ってやりましょうぞ」
ニカッと笑いながら、綱は道の脇のまばらな熊笹をかき分けて、木立の向こうにまぎれて行く。斉信が身に付けている装飾重視の刀に比べ、綱のそれはきわめて実用重視だ。天狗はともかく、万が一、盗賊などが潜んでいたとしても、彼ならあっさり倒してくれるだろう。そう自分に言い聞かせながら、綱のあとを必死で追いかける斉信が、熊笹の途切れた場所で綱と共に見たものは。

たとえようもなく可愛らしい獣がいた。
丈の低い下草が生い茂っている少し開けた場所に、一尺ちょっとの黄色い獣が、ちょこんとした顔でこっちを見ている。
思わず頬ずりしたくなるような、まるまるとした体。大きな頭につぶらな瞳のその獣は、器用にも人間と同じように2本足で立ち上がり、もみじの指の小さな前足を、おなかの前に垂れ下げている。
「綱どの。天狗の眷属にこのような愛くるしい魔物がいましたか」
「い、いや私も存じませぬ。これ、そなた何者であるかな」
返答するとはまるで期待していなかったが、その獣は人間の言葉がわかるのかわからないのか、頭を左にちょっとかしげ、高いボーイソプラノで、
「ピカチュー」
と返事する。
ほっぺの部分もいちごのように赤く、黒く縁どられた大きな耳、殺人的に可愛い幼児体形だ。斉信はそのあまりの可愛さに、びくびくしていた気持が吹っ飛んでしまった。
「見たことのない生き物ですが、とても敵意があるようには思えません。つれて帰って今上にお見せしたい。本気で夢中になられますよ。愛らしさに宮中大騒ぎになるのが目に浮かぶようだ」
うっとりとそうつぶやくと、斉信は獣の方へ手をさし伸ばし、おいでおいでのまねをした。
「いけません頭中将どの。素手でさわるのは危険です。どれ、私が抱き上げて、危険がないか確かめましょうぞ」
「そんなこと言ってあなた本当は最初に触りたいだけなんでしょう?私が先に」
「いやこの私めが」
しばらく大の男が二人「私が先に」ともみ合ったあと、綱が斉信の背中をぎゅうと押さえて小走りにその黄色い獣の方へかけよった。そして赤子を取り扱うように慎重に両手ですくい上げようとした途端、パーン!と獣から火花が散った。
その獣が首をすくめてびっくりしたように目をつむった瞬間、全身から稲妻を発したのだ。
「み、道真(みちざね)公の使い魔だったとは、不覚…」
そうつぶやいたあと、うめきながら地面に崩れ落ちる綱。
こやつ、雷神菅原道真公の使い魔なのか!?
頼りにしていた綱が気を失い、斉信は心の中で叫び声を上げた。
獣は、綱が動かなくなったのを確認するようにクンクン嗅ぎながら、ころがっている綱のまわりを2回ほど回ったあと、そのつぶらな視線を、呆然と突っ立っている斉信の方へ移動させた。とても敵意があるようには見えないのにこの破壊力。
「や、やあ。ごきげんよう。見かけない顔だけど、君は話してわかる相手かな?何もしないよ。だから騒ぎを起こすのはやめにしよう」
斉信は手のひらを獣の方に向けて「降参」の意志を示し、とびきり愛想のいい笑顔で語りかけてみる。獣は斉信の言葉を聞き取ろうとするような仕草で、小首をかしげて耳をピクピクさせながら「キュウ」と鳴く。あんな破壊力のある稲妻を発するとはとても思えない、卑怯なほどの可愛さだ。
つかまえたいが、とても無事ではすまないだろう。それよりここから生きて帰れるのか、まったく自信のない斉信だった。
「ひょっとして私たちは、君の縄張りに踏み込んでしまったのかな?ならば謝るよ。だから」
黙って帰らせてくれないか、と言い終わらないうちに、獣がこっちをにらんだような顔で四つんばいになった。そして「ピカ!」と叫んだ瞬間、閃光が襲い、斉信の体が大きくはじけた。頭の先からつま先までしびれが走り、心臓をわしづかみにされたような衝撃が走る。
地面に叩きつけられた斉信の目に、こっちを見ている獣の姿が映る。あどけない顔をしているのに鬼より恐ろしい畜生だ…そんな獣に出会った己の不運さを呪いながら、遠のく意識の中で、自分たちが消し炭のような黒コゲ死体で発見される状況を思い浮かべるのだった。

(終)



検索

引用をストックしました

引用するにはまずログインしてください

引用をストックできませんでした。再度お試しください

限定公開記事のため引用できません。

読者です読者をやめる読者になる読者になる

[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp