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夢の街「越谷」の進化する風景|文・お抹茶(トンツカタン)

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書いた人:お抹茶(トンツカタン)

人力舎所属のお笑い芸人。2012年に森本晋太郎、櫻田佑とともにお笑いトリオ「トンツカタン」を結成。2016年に「第7回お笑いハーベスト大賞」で優勝を果たす。2024年にピンとして「R-1グランプリ」の決勝に進出して話題に。

埼玉県の東の方に、越谷という街がある。

「イオンレイクタウン」という国内最大級のショッピングモールが越谷にできてから、なんとなく耳にしたことがある、という人もちらほらといるのではないだろうか。僕が育ったのは、そのレイクタウンから車で15分ほど離れたところにある北越谷駅周辺である。

東京(足立区)から電車に揺られて20分。東武スカイツリーラインの半蔵門線直通に乗り、頑張れば電車で1本で渋谷に。日比谷線直通に乗り、とても頑張れば1本で六本木にも行くことができる、夢のような街である。1回の乗り換えを許容すれば、なんと新宿にも、東京にも行けちゃう。どこにでも行ける街。それが僕が育った北越谷である。

僕は父親の転勤で2歳の頃に大阪から上京した。当時に比べたら、今の越谷はかなり進化している。もう30年以上前のことだが、僕が来た頃の北越谷駅は、まだ自動改札機もなく駅員さんが銀色の囲いの中に入って、乗客の切符を1枚ずつ改札鋏で切っていた。幼稚園を卒業する前には、自動改札機が導入され、今では誰しもが当たり前のようにスマホやカードを改札機にピッとやって何食わぬ顔で通りすぎていく。

北越谷駅構内には越谷の特産「だるま」が描かれた大きなボードが壁に書かれており、手元にはホワイトボードマーカーが置かれていて、誰でも思い思いのメッセージを書けるようになっている。「アメリカいきたい」や「受験うまくいきますように」や「彼氏ほしい!」など多種多様なメッセージから越谷に住む人たちの人間模様を垣間見ることができる。

せっかくなら、僕もあやかろうということで「トンツカタンお抹茶の聖地」という文言とともにサインを添えて書いたことがある。翌日、そこに行ってみるとメッセージはとてもきれいに消されていた。トンツカタンお抹茶がここに書いたという痕跡も、若干滑っていた空気感も何にもかも消えていた。ホワイトボードは本当にすごい発明だ。

思い出の味・天狗ラーメン

僕の家は、父と母、2人の妹、そして僕というスタメンが名を連ねている。昔は、よく家族5人で外食した。新しいお店ができたらしい、あのお店が美味しいらしいなどの噂を母が聞きつけると父が運転する車に乗っていろんなお店に行ったりした。車のオーディオから流れてくるSPEEDの曲たちが懐かしい。何十年も住んでいるのでいろんな思い出があるのだが、なぜかよく思い出すのは、父親と2人で行ったラーメン屋さんである。

北越谷駅から5分ほど歩いたところにある、「天狗ラーメン」というお店だ。個人経営特有の味のあるお店で、店内はカウンターのみと、わりとこぢんまりとした佇まいだ。ごはんどきにはお客さんが店の外に列を作っているのを何度か見かけたことがある。当時はヒゲの生えたマスターと呼ばれているおじさんと、おかみさんと呼ばれているおそらくその方の奥さんの2人で切り盛りしていた。L字のカウンターの向こう側にある厨房で忙しそうに注文を捌いていたのを覚えている。そんな、なんともいい感じの雰囲気を醸し出すお店。それが天狗ラーメンである。

まだ子どもだった僕は、外でごはんを食べるといえば家族のフルメンバーでチェーン店にいくことが多かった。それがこの時は父と2人で、しかも明るく広いチェーン店のイメージとは対を成す、渋くてこぢんまりとしたお店のカウンターでラーメンを食べるという行為が、とても大人びていて、すごくカッコいいことをしている気分になれた。

しかもラーメンがとても美味しくて、なんだか自分だけの秘密のお店を知れたようですごくドキドキした。いつか大人になったらこういうところに通いたい。天狗ラーメンは、美味しいラーメンと大人の雰囲気を味わう事ができる場所だった。

そして、大学生になってからは念願かなって、何度も自分のお金で天狗ラーメンに行った。当時の僕は決まって看板メニューの「天狗ラーメン焼肉丼セット」を注文していた。醤油ベースのこってりしたスープに味玉とチンゲン菜と分厚いチャーシューが乗った最高ラーメン、豚肉を甘辛に炒めた焼肉をごはんの上にこれでもかと乗せた最強の焼肉丼(当時はごはんと焼肉の間に柴漬けとマヨネーズがのっていてこれが最高だった)の名コンビである。

しかも、それが1000円もせずに食べれるとあって、当時の僕は食べながら心の中で何度も「ありがとう!」と叫んでいる。本当に病みつきになってしまい、これを書いている今でも思い出して食べたくなっているほどである。僕は、勝手に北越谷のソウルフードだと思っている。

ちなみに天狗ラーメンは今でも営業している。長い。すごい。いまはおかみさんと息子さんでお店をやっている。炒め物を担当していたおかみさんが手を痛めて鍋を振れなくなってしまったという事で、今はラーメンのみの提供で続けているそうだ。それでもラーメンは今も昔と変わらぬ味を提供し続けてくれている。僕はとてもうれしい。おかげで今でも、子どもの頃の思い出を味わうことができるから。

名の通りそれ自体が「街」 イオンレイクタウン

越谷は人が多い。東京まで電車で一本で行けるということからベッドタウンになっていることはもちろんあると思うのだが、他にも人がたくさん集まる理由がある。

まずは、冒頭で少し触れさせてもらったが「イオンレイクタウン」という1日では回りきれないと噂の巨大ショッピングモールがある。県外からも人が来るほどの大型施設で、ごはん屋もあるし、服屋もあるし、ペットショップもあるし、映画館もあるし、スーパーもあるし、病院もあるし、本当にタウンなのである。

15年前くらい前にできた時には衝撃で、初詣くらい人が来ていた。大学生だった僕は、この大きなムーブメントになんとか一枚噛むことはできないかと思い、友達がレイクタウンでバイトしてるということで紹介してもらって、豚骨ラーメンの「一蘭」でアルバイトしていたことがある。レイクタウンはたくさんお店があるため、店舗の入れ替わりが激しいが、この「一蘭」は今でもある。僕は毎回レイクタウンに行くたびに「一蘭」があるかどうか店の前まで確認しに行って、あることにほっとして通り過ぎるという気味が悪いOBのムーブをかましている。

埼玉のオアシス・しらこばと水上公園

次に「しらこばと水上公園」を紹介したい。こちらは県営の施設で、夏になるとプールが開放される。「県営のプール」といえば市民プールのような室内プールを思い浮かべるかもしれないが、「嘘でしょ!?」と思うくらい広くて、充実したプール施設である。

県外からの利用者もいるほどの人気スポットで、僕も子どもの頃から数えたら30回は行ってると思う。プールの種類も、流れるプール、波のプール、滝がある大きなプール、子ども用のプール、温水プール。ウォータースライダーも豊富である。

僕が中学生くらいの頃には「スライダーおじさん」というテレビにも何度か出たことがある名物おじさんがよく来ていた。スライダーおじさんというのは、めちゃくちゃウォータースライダーがうまいおじさんである。普通なら滑り降りてプールに着水するときにそのままドボンと水中に入ってしまうところを、おじさんはプールに沈むことなく綺麗なフォーム保ち、その勢いのまま水面を滑り続けることができるのである。それがなんだということではあるが、その頃は、8割くらいの確率でおじさんに遭遇していたので、もしかしたらしらこばと水上公園はおじさんのホームプールだったのかもしれない。

春は桜が美しい 元荒川の堤防

他にも色々おすすめしたいスポットはあるのだが、勝手ながら一旦次のスポットで区切らせてもらおうと思う。僕が最後におすすめしたいのは春の元荒川の堤防である。越谷には元荒川という川が流れていて、その川沿いには約300本の桜が植えられている。春になると桜が一斉に咲き、それはそれは素敵な桜並木が出来上がる。

僕がこの桜並木の中でもおすすめの場所として推したいのは、北越谷駅付近の元荒川の桜スポットである。ここは川幅が広すぎず狭すぎずという絶妙な距離のため、近い桜と遠い桜をちょうどいい距離感で見られる。

大人になって家族ができてから、子どもたちと同じ場所に行ったらなんともエモい感情になった。堤防の向こう側には文教大学があるのだが、そのすぐ近くに橋がある。その橋の上で桜をバックにして撮るのが、僕のおすすめ撮影スポットです。よかったら行ってみてください。

越谷の街で彼と出会って僕がいる

越谷市には駅が8つある。そのうち、越谷と名のつく駅は5つ。武蔵野線の「南越谷駅」「越谷レイクタウン駅」。東武スカイツリーラインの「新越谷駅」「越谷駅」「北越谷駅」である。

北越谷駅周辺で育った僕は、幼稚園から高校まで、徒歩で行けるところに通っていた生粋の越谷市民である。高校になると、市外から来る人もいて、電車通学の人が羨ましく思うこともあった。そういう時は、わざわざ隣駅の越谷駅まで行き、1駅だけ乗って北越谷駅まで帰ったりもしたものである。

新越谷駅と越谷駅は急行が停まる駅で、新越谷はかなり、越谷駅は若干、北越谷駅より栄えている。僕は、大学生の頃、越谷駅からすぐの居酒屋の厨房で長らくバイトをしていた。大学は隣町の草加市にある獨協大学だったので、実家から通っており、あんまり実家から近いバイト先も嫌だなということで、最寄りから1駅ずらすことにしたのだ。

その居酒屋で2年くらい働いた頃、新人のアルバイトが入ってきた。平日のそんなに忙しくない日ということもあり、僕は、彼に揚げ物を作る揚げ場の仕込みや作り方を教えながら、お刺身、焼き鳥、炒め物などのメニューを作っていた。

このバイトが初バイトということで、緊張していたのか、元々そういう人なのか、口数は少なめだったが、色々話した。彼は文教大学に通う学生で、同い年。2年生まで大学にめちゃくちゃ行っていてほぼ単位を取り終え、だからバイトすることにしたらしい。

話していると、ピピピという音とともに突然、大量の料理の注文が流れてきた。インカムという無線機を通して耳にはめているイヤホンにホールで働いてる店長から伝達が入る。どうやら団体客が数組同時にきたので、料理の注文が一気に入ったらしい。ドリンクを提供し終わったら、応援に向かうからそれまで2人で耐えてくれ、ということだった。

僕は新人アルバイトに事情を説明して、レシピを見ながら頑張って1人で作ってもらうことにした。彼がうなずいたのを確認し、僕は自分の作業に戻る。揚げ物以外の全てを作らなければいけないので、最大限に集中力を高めなければならない。頭の中で効率の良い注文の捌き方を組み立て料理を作り始める。作りながらもどんどん注文が増えていく。

かなりやばい状況だ。応援に来ると言っていた店長も、ドリンクの注文が止まらないらしく全く来る気配がない。どうしよう。僕1人では手が足りない。料理が間に合わない。そんなことを考えてる最中にも注文がまだまだくる。どうしよう。誰か。助けて。あれ。そう言えば新人は。自分の作業に夢中で新人のことを気にするの忘れていた。ふと新人の方を見ると、レシピを見ながらピザを作っていた。揚げ場の方を見ると、メニューの伝票が全てなくなっている。

まさか、自分の持ち場を終わらせて、僕の作業を手伝ってくれている。この新人、只者じゃない。この後、彼の助けもあってなんとか、全メニューの提供を終えた。初バイトの、しかも初日で厨房を回したということで彼は伝説となった。

名前は、櫻田。今の僕の相方である。その後、彼がかなりのお笑い好きということを知り、意気投合して、コンビを組んで養成所に入ることになったのである。だから、その居酒屋はいわばトンツカタンの聖地とも言える場所だ。

ちなみにその居酒屋は潰れてしまって、もうない。というかビルごと壊されて今は全く違うビルが建っている。そして、駅周辺も再開発によって、当時の面影はほとんどなくなってしまった。

駅のロータリーは整備されとても綺麗になった。少し歩けば、その当時はなかったプロバスケットボールチーム「越谷アルファーズ」の選手たちがプリントされた柱がお出迎えしてくれる。その先には大きな建物が建ち、そこには飲食店も行政の施設も入り、とても便利になっている。それを見ると僕はとても誇らしい気持ちになる。そして、これからも、越谷がさらなる進化をしていくこと期待してしまう。

著:お抹茶(トンツカタン)

編集:小沢あや(ピース株式会社

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