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京都・東山三条、オーバーツーリズムな街の銭湯で考えるローカルな暮らし|文・中村悠介

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著者:中村悠介

中村悠介

編集者。2012年よりレーベル「Happenings KYOTO」を運営し、音楽作品のリリースやコンサート、展覧会の制作などに携わる。京都精華大学メディア表現学部非常勤講師。
Instagram:@happenings_kyoto


 オーバーツーリズム真っ只中の京都市内の中心部。現在、自分が住むマンションは三条京阪駅から歩いてほど近い場所。鴨川の東側で、周りはホテルなどの宿泊施設に囲まれている。

気が付けば、京都市内に住んで早25年。自分のアドレスを振り返ると、最初は四条大宮で、そこから御幸町六角のマンション。そのマンションが老朽化のため取り壊しが決まり、現在の東山三条に。それが10年前。

その引越しは急に決まったこともあり、まずは駅に近いことを条件に物件を探し、なんとなく決めた。東山三条に住んでみて気が付いたのは、なにかと利便性が高いけれど、商業地の忙しない雰囲気がないこと。

古くからの町家が多く残り、17時になると「要法寺」の鐘が鳴る。近所のおばあちゃんたちが日がな井戸端会議をしているような、のんびりした生活感も心地良い。多少の土地勘はあったけれど、なんとなく決めてしまったわりには、このエリアが思いのほか気に入った。



 しかし、この10年ほどの間、特にコロナ以降はずいぶんと街の様子が変わってきた。それは観光客が増え過ぎていること。

朝はスーツケースを引く音で目を覚ますようになったし、コンビニでいろんな言語が飛び交う光景は当たり前。以前は近所でツーリストを見かけると、自分も観光の目線になり、見慣れた景色もちょっと新鮮に感じることもあった。けれど、そんな感覚さえもすでに懐かしい。

いつのまにか自転車で三条大橋を渡ることもなくなり(混み過ぎて)、駅から帰宅する間に、欧米人としかすれ違わないことも少なくない。ここはどこ?みたいな気持ちにもなるのも、もはや日常。先日は近所の焼き鳥店で、店員に英語で話しかけられたし。

ともかく観光客ファーストというか、日に日に増していくツーリストのオーバーっぷりに慄いている。街のスピードがどんどん早くなっている。まぁ、商業地に近い街の宿命ですね。


 前置きが長くなったけれど、今は旅行者で溢れる以前の、この街の暮らしを忘れかけている状態。そんな中、10年前、いやもっと昔からローカルの暮らしが真空パックされている場所がある。それは銭湯。

自分が住む東山三条には「孫橋湯」、「新シ湯」、「京都市立三条浴場」がある。少し歩けば「銀座湯」、「平安湯」、「京都玉の湯」、丸太町には鯉がいる「桜湯」もある。五条には「旭湯」、そして激熱風呂で知られる「大黒湯」がある。北区の新大宮商店街や四条大宮周辺には敵わないけれど、市内有数の銭湯地域と言っても間違いないエリアだ。

ただ銭湯に行く。その意味合いがこのところ変わってきたように思う。街の暮らしの守り神、といえば大袈裟だけど、ローカルの拠り所としての側面を強く感じるようになった。
銭湯には今も昔も、そして京都に限らず、ローカルな暮らしの風情があるだろうけれど、より強く感じるようになったのは、前述のオーバーツーリズムに加え、市内の銭湯の数が減ってきている、という状況があるからだ。東山三条のエリアでは、シブい唐破風の建築で知られた名物銭湯「柳湯」はずっと閉業中だったが、復活を待たず先日ついに更地となってしまった(現在マンションが建設中)。


 ちなみに現在、京都市内の銭湯の数は80ほど。そして通称“市ブロ”(京都市立の浴場)が7つ。市内の銭湯にはすべて入ったけれど、110はあったはず。それが5年ほど前。まさに減少の一途なので「サウナの梅湯」による継業の奮闘は心底、応援したい。

銭湯に通うようになったきっかけは、ある雑誌の企画で銭湯のページを作ったこと。そこで熱湯と水風呂に交互に入る温冷浴(交代浴とも言う)の快感を知ってしまった。なんとも忙しい入り方だ。この快感を説明するのは難しいけれど、いってみれば、下半身フワフワ、みぞおちホカホカ、頭シャキシャキという感じ。
なんのこっちゃ?と思われるかもしれないが、もうスキップしたくなるくらい前向きな気持ちになれる。実際にしたこともある。一時、リラクゼーションや心療内科の治療としても使用されるフローティングタンク(アイソレーションタンク)にハマったことがあったが、それで得られる万能感にも似ている。入浴後の体の冷めなさもサウナの比じゃないし、睡眠も深くなる。最高。

そんな新感覚のトリコとなり、銭湯を見つけるたびに暖簾をくぐってきた。時にはハシゴ風呂もする。すぐ脱ぐ男になった。そうしているうちに銭湯は、かなり地域の性格が出る場所だと気が付いた。当たり前かもしれないが、それまでほぼ銭湯に入ったことのなかった自分にとっては新鮮で、住む街を見る目がひとつ増えたといえる。

京都市内でも北区と南区の銭湯の雰囲気はかなり違うし、通りを一本隔てただけで、その様子はがらりと変わる。それぞれの街のクセというか、前述のローカルな暮らしの風情が積み重ねられてきた雰囲気がある。特有のルールがあったりしてそれが怖い、という方もいるかもしれないが、街のリアルを知るには最も手っ取り早い方法だと思う。

もし怖いと思っている方は、まずは“おじゃまします”の心持ちで、常連らしき人物を見つけ、その所作を真似、尾行するのが良いかと思われます。


 ここ最近の、東山三条周辺のフェイバリット銭湯は「銀座湯」。京大の近くだから、他と比べて比較的若い人が多い。学生の街、京都らしい銭湯。ここで学生たちの話に耳を傾けるのもいい。先日は湯船で熱心に議論をしていた。自分には難解な内容で意味はさっぱりだけど、きっと日本の明るい未来を考えてくれているのだろう。勝手に頼もしい気持ちになった。

ちなみに「銀座湯」は入浴中にメガネを洗ってくれるサービスも。店主は元メガネ店に勤めていたそう。「銀座湯」の帰りにはちょっと歩くが、優しいお母さんが迎えてくれる中華「東北家」の生ビールセットをおすすめしたい。他のメニューまで辿り着かない、充実の小皿サービスセット。


 東山三条周辺には「知恩院」など神社仏閣が多く、かつ歓楽街の祇園も近いため、とある銭湯では、若い僧侶たちと、背中にみっちりと絵が描かれているおじさんたちがずらりと鏡の前に座っている光景を見た。ある意味、道を極めるもの同士が交わる瞬間には唸るしかない。銭湯は、そのエリアのさまざまな住人が交わる公共空間だと、あらためて実感。これぞ地域の小さなダイバーシティだ。

ダイバー、といえば水風呂に入る際はいつもダイバーの気持ちになっている。ダイビングはしたことがないが、京都はフレッシュな井戸水を使用しているところが多いので、それを目一杯体感してやろう、という気持ち。聞くところによると、京都には琵琶湖ほどの地下水脈があるそうな。

銭湯で話しかけられることもままある。大抵は野球と相撲の話だけど、先日は近所に住むおじいさんから、孫にどんなプレゼントをしたらよいのか?と相談された。飲食店のオーナーから商売のぼやきを聞かされることもあったし、元校長先生、右翼のおじさんなど、東山三条の街の先輩たちとのささやかな交流が楽しい。もともと郊外育ちの自分にとっては、歴史ある街の暮らしを継ぐ一員になれた気がしてうれしいというか。
それに、穏やかな人が多いと感じるのは、そこが銭湯だからなのか? 高齢者が多いからか? ともかくそんな裸の付き合いがあった時はここに住んで良かったなとしみじみ思う。今、思い出したが「孫橋湯」でよく顔を合わせていたオールバックでコワモテのおじさん(ひそかに白竜と呼んでいる)をこのところ見かけないので、ちょっと気になる。

銭湯から街の生活が見えてくる。これは観光とも言えるから、東山三条に宿泊しているツーリストにもぜひ銭湯に入って、京都の地下水の素晴らしさを味わって欲しいし、街のローカルな暮らしを擬似体験してみて欲しい。けれど銭湯でのオーバーツーリズムは勘弁してもらいたい。けれど銭湯が廃れないためにも来て欲しい。そんなことを考えながら、日々温冷浴に勤しんでいる。

著:中村悠介

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