
近鉄布施駅を出て、線路脇を西に向かって歩きだした。十月だというのにひどく蒸し暑い。そのくせ地面は乾いていて、トラックが勢いよく通り過ぎると、その拍子に砂埃が目に入りそうになった。顔をしかめ目元をこすった。
東野圭吾『白夜行』(集英社)
「布施」と聞いて「あー、あそこか」という具合にピンと来る人は大阪府民もしくは奈良県民のどちらかのはずである。つまり「布施」という地名の、全国的な知名度はほとんどないし、これといった名物もない。
しいて言うなら冒頭に引用したとおり、東野圭吾作品でランキングをつけたらまずベスト3には入って来るであろう名作、『白夜行』の舞台であることが挙げられる。
ただし、白夜行は「ほのぼの! ハートフルロマンチックコメディ♡」みたいな作品では全然なく、普通に人が死にまくるし布施の街も貧困と絡めてかなり暗めに描かれている。なので「聖地巡礼♡」みたいなノリで布施を訪れる人はほとんどいないだろう。

そんなわけで「布施って他になんかあったかな?」と悩んだ時に思いつくのは「ひったくり日本一」というぜんぜんうれしくない栄誉にかつて輝いたことや、「武闘派」などと呼ばれる暴力団の本部事務所があったことくらいだ。ひったくりについては、2000年ごろに大阪のひったくり発生件数が全国で一番多くなり、中でも布施署の管轄エリアで突出していたことから「ひったくり日本一」などと言われるようになったそうだ。
なので親からは「二人乗りのバイクはひったくりか鉄砲玉やと思え」と言われて育ったし、布施を知る関西人に聞くと高確率で「ガラが悪い所でしょ?」なんて返答が来る。
実際、僕が布施の街で過ごした中学~高校時代の思い出を振り返ってみても、週末の夜なんかはしょっちゅう殴り合いのケンカに出くわしたし、今はなきデパート「ニチイ」*1に出かけたら、完全に目がイッてる、全身入れ墨のアレな感じのおっさんに絡まれるしで「確かにめっちゃガラが悪かったな」という記憶しかない。
さらにはひったくりの問題である。ひったくりの多発には地域住民も頭を悩ませていたし、防犯協議会や警察署、市が中心となって「自転車のカゴにはネットをつけましょう」みたいな運動も盛んに行われていた。「ハンドバッグはナナメにかけましょう」みたいなやつもあった気がする。
そんな時に「ひったくりの犯人が捕まったらしい」というニュースが流れ、「これで少しは安心して道を歩ける」と住民一同が喜んだのだけど、フタを開けると捕まったのは僕の中学の先輩だった、という思い出もある。
あれ、全然褒めてないな。
とにかく僕はそんな布施で青春時代を過ごし、今では東京に住んでいるのだけど、不思議なことに地元へ帰るたびに「あー、良い街だな~」と思うのである。なぜ布施が「良い街」なのか。今日はその話をしたい。大丈夫、ちゃんと褒めますから。
※撮影はマスク着用、少人数での撮影という新型コロナウイルス感染症の予防対策を講じた上で2021年7月中に実施しました

布施について基本的なことを書いておきたい。大阪市の東隣、人口約50万人を擁する東大阪市の中で一番栄えている街で、近鉄奈良線と大阪線が通るそこそこ大きなターミナルでもある。大阪の中心地の一つである難波まで電車で10分ほどの距離だ。
東大阪市は50万人というそこそこの人口規模にもかかわらず、工場を含む製造業の事業所数は全国5位、事業所の密度では全国1位*2。東大阪の中小企業群は「高い技術力で日本のモノづくりを支えている」という文脈で紹介されることが多い。なので駅周辺は近隣で働く労働者でにぎわう。

布施には駅を中心にして複数の商店街があり、アーケードが張り巡らされている。雨の日でもカサをささずに済むので便利である。
かつてはこの商店街も多くの買い物客でごった返していたのだけど、布施駅の乗降客数減少や東大阪の中小企業群の景気低迷、および大型ショッピングモールが東大阪市郊外にばんばん出店したことで集客力が低下しているそうだ。僕も帰省するたびに、シャッターを閉めているお店が増えていることを実感している。
そして近年、急にガラが悪くなくなった。
布施から人が減るにつれ、ゴチャゴチャした繁華街っぽさはなくなりつつあるのだけど、それはあながち悪いこととも言い切れない。繁華街に付随する「ガラの悪さ」がなくなって、むしろ住みやすくなった、とも言えるんじゃないかと思う。前述の暴力団事務所もなくなったし、昔に比べると犯罪発生率も劇的に下がっている。

「集客力が減った」とは言え、駅周辺に行けば今でもだいたいのものがそろえられる。近鉄百貨店もデカいイオンもホームセンターのコーナンもある。もちろんスーパーや個人商店もたくさんある。飲み屋、飲食店のたぐいはもっとある。カラオケもゲーセンも娯楽施設はひととおりそろっている。映画館は最近なくなったけど。なので布施に暮らしていて不便を感じることはほとんどないはずだ。
そして、なにより「近所にあるとテンションが上がるお店」が布施にはひととおりあるのだ。例えばこれ。「コロッケがうまい肉屋」である。

昭和の時代にはこういう「コロッケがうまい肉屋」ってあちこちにあったと思うのだけど、街からお肉屋さんが姿を消しつつある今となっては、けっこうレアな存在なんじゃなかろうか。

布施の名店「やまじん」はしょっちゅうテレビに取り上げられており、買い物客がいつも並んでいるくらいには人気の店。皆さんもコロッケを食べてみたらめちゃくちゃうまくてびっくりするに違いない。僕も子どものころからここのコロッケを食べている。
コロッケもおいしいけど、個人的にプッシュしたいのはメンチカツである。肉々しさがすごくて、マジでうまいので布施に来たら絶対に食べてほしい。


そして「コロッケがうまい肉屋」の次は「モーニングがうまい喫茶店」である。
「モーニング文化」と言えば名古屋が有名だけど、実はモーニングサービスを行っているお店は大阪にもたくさんある。

布施駅周辺ではこの「池田屋珈琲」以外にも「あめりか亭」や「喫茶モア」などなど、モーニングありのレトロ喫茶店が10店舗以上はあるんじゃなかろうか。
僕も高校生の頃は学校へ行く前にわざわざ友達と待ち合わせ、こういう喫茶店で朝食を食べてから通学したりしたものである。
どう? こういうお店が近所にあったらうれしくない?

フルーツ大福がうまい老舗の和菓子屋さん。


子どもたちであふれるデカい公園と、すぐ隣にある駄菓子屋さん。

街のオモチャ屋さん。

うまい街のパン屋さん。
などなど、昭和っぽさを残しつつも、「近所にあったらうれしいよね~」みたいなお店が布施駅周辺にはまだまだ残っている。うまいツマミを出す立ち飲み屋さんなんかも死ぬほどある。お酒が好きな人にはぜひ、「ひらた」のおでんで一杯ひっかけてほしいものである。

ちなみに、これは商店街で毎年夏に開催される土曜夜市の様子。どの夜店も安い&良心的(騙しのクジ引きなんかがない)ので昔も今も大人気。去年と今年はコロナの影響で中止になった。早く復活してほしい。
以前、大阪の記事を書いた時にも触れたのだけど、大阪の全体的な特徴として「昭和レトロな文化が残っていること」が挙げられる。しかしながら梅田や難波、天王寺などの大きなターミナル駅周辺は再開発が進んで、そういった古き良き昭和が少しずつ姿を消しているのも実情である。
それに、梅田に難波、天王寺は観光客の数も多く、大阪以外の地域からもたくさん人が来るので、やはり「外向けにつくられた街」という側面はある。だから、大阪人にとっても「お出かけする場所」であり「ハレ」の街なのだ。

そんな中で布施は「天然モノの大阪」と言ってもさしつかえない街だ。なぜなら布施に観光客なんて来ないからね。そのくせ、今でもそれなりに活気が残っているので、僕はよく「布施には野良の大阪が残ってる」みたいな主張をしている。「十三や西九条ですら再開発されつつある今、“野良の大阪”が残っている街は布施を含めて数えるぐらいしかない」と力説したら、大阪出身の人が「あー、それ分かるわ~」と言っていた。
東京から友達を連れて行くと、みんなして「布施、マジで良いですね~」って言ってくれるし、僕も「うむ、やはり布施は良い街だ!」という確信は持っている。だからこそ僕は「いつか布施の記事を書きたいな~」なんて思っていた。
一方で、「布施って全国に自慢できるような分かりやすい魅力がなくてパンチが弱いからなぁ」と記事を書くことに二の足を踏んでいたのも事実だ。
でも!!
できたんです!!
全国にも自慢できる「分かりやすい魅力」が!!
布施に!!
布施なのに!!!!
ここからは、そんな「新名所」を3つ紹介しようと思う。
【SEKAI HOTEL Fuse】

というわけで、皆さんに知っていただきたいひとつ目の魅力がこちら。「SEKAI HOTEL Fuse」である! 写真はだいたいお借りしたもの。
SEKAI HOTEL Fuseは商店街の空き店舗や既存の店舗をうまく改装(利活用)し、ホテルの受付や客室として使っている。つまり、布施の商店街の中に受付や客室が点在しているのだ。

受付で客室の鍵をもらって、そのまま商店街の中を歩き、これまた商店街にある客室に宿泊するのである。友達と一緒に泊まった時は、商店街の中で「じゃあ、おやすみ~」と別れてそれぞれの客室に向かうのが変な感じだった。

もちろん、レストランや大浴場も商店街の中だ。ホテルの「提携店」として、宿泊時にもらえるパスで利用できる*3。

ホテルの「大浴場」となっている戎湯。子どものころにちょくちょく通った銭湯なんだけど、久しぶりに行ったら全然変わってなくて笑った。ちなみにサウナもあって、軟水だし、普通にハイレベルな銭湯である。これくらいのレベルの銭湯が近所にあるとうれしい。


「レストラン」は、地元住民からの人気も高い老舗のお好み焼き屋さん「よしひろ」である。どのメニューも、マジで文句なしにうまいので、僕も地元に帰るとよく行くお店のひとつだ。

朝食は、商店街の中の喫茶店でモーニング!
泊まるついでに布施の街を余すことなく楽しめるSEKAI HOTEL Fuseは、地元密着型ホテルのすごく新しい形だ。商店街の地盤沈下が問題になる中、こういう仕組みのホテルがあちこちにできると、かなり楽しいのではないかと思う。
ただし、コロナの影響で現在はこういった数々の取り組みを縮小しながら営業されている。無事にコロナを乗り越えたあかつきには、ぜひ布施に来て、よしひろでお好み焼き → 戎湯でひとっ風呂 → 飲み屋で泥酔 → ホテルで気絶するように就寝、のゴールデンコンボをキメてほしい。僕は何度となく実行しているが、気が狂うんじゃないかと思うぐらいには楽しい。
【なにわ健康ランド 湯~トピア】

そしてなにわ健康ランド 湯~トピア、通称「なにけん」である!
子どものころから散々通った、この湯~トピアが劇的に良くなっていたのだ!


例えば、関西圏ではあんまり見ない、薄暗くてテレビもなく、セルフロウリュ*4可能なメディテーションサウナがあったり、こうやって寝転がって入れるサウナがあったりでチャレンジングな試みをしている。でも、実際こんなに良くなったのはつい最近の話で、近年のサウナブームに乗っかって現在もゴリゴリと改装しているそうだ。

もちろん「ととのい椅子」完備の外気浴スペースもあるよ。
大阪といえばサウナ激戦区で、梅田のニュージャパンやなんばのアムザなんかが有名なのだけど、実はそれらの名店は全部男性専用。女性も入れるサウナでここまで設備にこだわっているのは珍しく、少なくともサウナ好きの女性にとっては大阪でもピカイチの施設じゃなかろうか。

ボトルキープもできるよ。最高じゃん。
【大阪ラーメン】

そして大阪ラーメンであります。大阪は「うどん文化圏」で、ラーメン不毛の地みたいな扱いをされがちなのですが、そんな大阪で唯一と言ってもいい「ご当地ラーメン」が布施にあるのです!

それが「高井田ラーメン」*5。コシが強い太麺に、しょっぱめのスープを合わせる。冒頭に書いたとおり、東大阪は中小企業の街、労働者の街だ。麺は労働者も満足できるほど食べ応えのある太さ、塩分補給できるようにスープもしょっぱめ、という具合に進化したのではないか、と言われている。
布施駅からはちょっと歩くけど、この高井田ラーメンの名店「住吉」も、年期と気合いの入ったお店だ。その昔、僕の友達のおばちゃんが働いていた記憶もあるのだけど、気付いたら大阪屈指の人気店になって、土日なんかはあちこちからお客さんがやって来る。住吉の高井田ラーメンは中毒性があって、一度食べても1か月もすれば再び食べたくなる。
そして最近では、住吉の他にも尖った、というか変わったラーメンのお店がたくさん生まれた。

「ラーメンとうどんの良い所どり」という斬新なラーメンを出す「らどん 小椋」。

珍しい鯛のラーメンを出す「鯛ラーメン 銀次、ぷるっと。」。

高井田から飛び出し、今や大阪のあちこちに店舗を展開している「麺屋7.5Hz」。古くからあるお店を加えると、他にも「魚々麺 園」「細見商店」「仁しむら」などなど、ラーメンの名店がたくさん!
そんなわけで、今や「ホテル」「サウナ」「ラーメン」と日本中どこに出しても恥ずかしくないストロングポイントがそろいはじめた布施。
交通の便も良いし、お店が多い割にチェーン店がそこまで幅を利かせているわけでもないし、
という、住んだりちょっと遊びに来たりするのに良い具合の街なのである。昔暴れまわってた暴走族の人が年を取って丸くなった、みたいな感じなのかもしれない。
そんなわけでガラの悪い街だった布施も、今ではすっかり地域住民と近隣の労働者と近大生*6が暮らす落ち着いた街に変わった。
布施で過ごしていた青春時代に二人乗りの原付に追いかけまわされたり、血だらけのおっさんがタンカに乗せられてビルから搬送されるところを目撃したりという荒っぽい思い出を振り返って「いやー、布施は面白いところだったなぁ」なんて思ったりもするのだけど、まあ普通に考えて治安は良いに越したことはないので、これはこれで歓迎すべき変化なのかもしれない。空き店舗が増えつつあるのは寂しいけど。
正直言って「全国のみなさーん!布施に遊びにおいでね~!」なんて言うつもりはないのだけど、「大阪が好きでもう何度も遊びに行ったよ」みたいな大阪フリークの人には、ぜひとも布施に遊びに来てほしいし、USJへ行くついでに布施にも遊びに来てほしいし、関西圏に住んでいて布施に来たことがない人にも遊びに来てほしいし、近畿大学に進学が決まった人はぜひ布施に住んでほしい。
そんなわけでまぁ、わが町布施を今後ともよろしくお願いします!
著者:ヨッピー (id:yoppymodel)

大阪出身のライター。「オモコロ」「SPOT(スポット)」など、さまざまなWebメディアで活躍中。週に8回銭湯に行く。
ブログ:ヨッピーのブログ
Twitter:@yoppymodel
編集:はてな編集部
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