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この記事全然気に入らないけど、悔しいけど、正しい指摘をしてるとは思うわ。
「こういう選民思考が嫌われた結果だと思うのだが」というコメントは正しい。
ぶっちゃけコンプラとかLGBTQとかSDGsなんかは、生活に余裕のあるインテリエリートの戯れ言と映る人は多いでしょう。日本でもね。
「闇バイト」を非難してもいいけど、もちろんバカなんだけど、そういう連中が結構出てる経済状況は考える必要がある。国というより社会が崩壊しつつある。どの先進国も。
【追記】
信念とか正義感とかが強い人は、どうしても自分とは違う一般的感覚に欠けやすいよね。右でも左でも。
ネット社会で「エコーチェンバー効果」と言うのが言われているけど、そういう「身内で盛り上がる」傾向は、昔からありました。
25歳で共産党系の教職員組合の書記長をやらされたことがあって、その時、いわゆる「日の丸君が代問題」が愁眉の級だった。それで、「市内に各戸ビラをまこう」という話になって、「どういうビラにするか?」の話し合いがあった。
すると「日の丸は軍国主義の復活。いつか来た道です」とか「君が代強制は主権在民の憲法の精神に反します」みたいな文案ばかり出て来る。
それで、思い余って、「日の丸は軍国主義の旗だなんて、ほとんどの人は思ってませんよ?」「反対して当然と思ってる人は少ないと思うから、むしろ何故反対するのかをアピールしないと」「少なくとも、君が代や日の丸が好きな人に読んでもらえるビラにしないと意味ありませんよ」と若造が発言したのだが、参加した老幹部たちは「何言ってるの?」という感じで、「ああ、こんなマスターベーションでは運動が広がるわけないわ」と思ったのを思い出す。


大河ドラマ、「光る君へ」。
次回予告で、「枕草子を消そう」という話が出て来るみたい。
まあ、これはマニアックな話題なのですが、「どうして枕草子は道長に消されなかったのか?」というのは、昔からナゾなわけです。
どんな展開になるのかいな?
まあ、いくつかのパターンが想像できますよね。
①道長があえて消さなかった。②藤式部が守った。③彰子が守った。④一条天皇が守った。
まあ、これのどれかでしょうね。
ストーリーとしては、どれでも書けるけど、個人的には「彰子が守った説」がいいなあ。彰子は、定子の息子への思い入れが強くて、父親に反抗して東宮に推挙したくらいですからねぇ。一条天皇の定子との思い出を守りたかった‥‥というのが、一番泣けるじゃありません?

かんから館 第49回公演
作・演出 川村武郎
出演 蜂谷友佳子 登尾敦広 川村武郎
池下香織(映像出演) 今西未音(映像出演)
日時 11月2日(土) 18時 3日(日) 13時・18時 4日(日) 13時
会場 THEATRE E9 KYOTO(河原町九条・京都駅南側)
劇団ホームページ https://kankarakan.org
会場ホームページ https://askyoto.or.jp/e9
チケット予約 https://ws.formzu.net/dist/S66275504/
料金 一般2000円 学生1500円 高校生以下 500円
「27クラブ」というのをご存じですか?
ロックミュージックの世界に伝わる話で、才能に恵まれたロックンローラーは27歳で夭逝するという有名な伝説です。
ドラッグだったり交通事故だったり自殺だったり、実際に数多くのロッカーたちが27歳で亡くなっています。ローリングストーンズのブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、ニルヴァーナのカート・コバーンなんかが有名ですね。
今回の話には、ハードロックが大好きで、オーストラリアのAC/DCのアンガス・ヤング(ギタリスト)に憧れてるというちょっと時代遅れな感じの青年が登場します。で、こいつはやっぱり「27クラブ」にも憧れてたりするんですね。これもイマドキは流行らないのかもしれませんが、昔の青年なんかには「長生きなんかしたくねーぜ」「汚い大人になんかなりたくない」と思ってた連中が結構いました。かく言う作者も、さすがに27じゃないですが、40過ぎてまで生きていたくないと結構真剣に思ってましたね。
でも、これは熱いロックンローラーの話ではないんです。
作者はどうも悲観症でして、近年のかんから館の芝居をご覧の方はお気づきと思いますが、「世界が終わっちゃうんじゃないか」ってずっと心配してます。特に今回の芝居の千秋楽は11月4日なわけで、翌5日(日本時間では6日?)のアメリカ大統領選挙で「どっちが勝ってもアメリカは内戦になるよ」って、あっちこっちで言いふらしています。だから、今回の芝居が、ひょっとしたら最後の公演になるかもしれない(だって世界が終わっちゃえばそうなりますよね)と、半分冗談、半分本気で悲壮な覚悟がなきにしもあらずです。
でも、そんな大風呂敷を広げた国際情勢の話にするつもりもありません。むしろ、だからこそ、ごくごく個人的なお話にしようと思ってます。
題名が「茶色の小瓶」で、これはグレン・ミラーの有名なジャズナンバーですが、なぜか日本では童謡として広まって、原曲は酒飲み夫婦の歌なのですが、日本では、どうしたものか、何でも出て来る不思議な小瓶の話になってるんですよね。まるで打ち出の小槌です。そこで、ペシミストの作者は、ひらめきました。何でも出て来るなら、いっそ「パンドラの箱」の話にして、一応かろうじて「希望」だけが残る話にしよう、とか、小瓶だったら、海を何年も漂って届いたボトルメールの話なんかがロマンチックでいいんじゃないか?とか、それだったら、未来の自分へ宛てた少年時代の自分からのタイムカプセルみたいなメッセージがいいんじゃないか? あれ? これってアンジェラ・アキの「拝啓十五の君へ」のパクリじゃないの? とかいろいろ考えまして。
さて、どうなることか、それは見てのお楽しみということに致しましょう。
どうぞご期待下さい。

ジミー・ペイジもテレキャス時代はまともな位置で弾いてたのね。
なんであんなに低くぶら下げるなんてやり方を思いついたのだろう?
私の若い頃は、彼の影響でロックギタリストはみんなレスポールを低く低くぶらさげてた。
あんなんじゃまともに弾けない。ジミー・ペイジもまともに弾けてない。
確かに、私も10代の頃はめちゃくちゃかっこいいと思ったけど、今、演奏者目線で見たら、テレの時代の方がかっこいいんだよね。
ツェッペリンって「ライブ」というより「ショウ」の意識が強かったんだろうね。服装も演奏しにくそうなロンドンブーツとかキンキラドレスとか。ロバート・プラントとペイジの位置取りとか、アクションもかなり演出が入ってたし。
ライブは定番のバーストのレスポールだけど、レコーディングはテレだったみたいだし。
でも、ジョン・ポール・ジョーンズとジョン・ボーナムのファッションとかアクションはどうでもよかったみたいなのは笑ける。
youtu.beで、これは私の持論なんだけど、後のハードロックやメタルを見ると、
ビジュアルは圧倒的にツェッペリンの影響が強い。
でも、サウンドは、ディープ・パープルの影響の方が強いね。特に、リッチーチー・ブラックモアのマイナー系とかクラシック系のコード進行とか。
ツェッペリンは、どっちかというと、ブルース系やプログレ系のサウンドだからねぇ。
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