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25/7/26 小林哲夫『筑駒の研究』を筑駒OBが読む

筑駒の研究

いつものように図書館をブラブラしていたら母校の研究書が目に入ったので借りて読んだ。
体感的には高校を出たのは20年くらい前な気がするが、冷静に計算するとまだ10年ちょっとしか経っていないのは変な感じだ。

ちゃんとインタビューしてていいね

概要と目次は以下の通り。ちなみに2023年出版で割と新しい。

筑波大学附属駒場中・高等学校、略称:筑駒。その昔は東京教育大学附属駒場高等学校、略称:教駒。国立で男子校、自由な校風と抜群の東大合格率で知られ、日銀総裁、大学総長、官僚トップ、国会議員から、発信力の高い学者、ユニークな起業家など、さまざまな分野で突出した存在感を示す卒業生も多い。ほんとうのところ、いったいどんな学校なのか――。OB、元教員から現校長まで、約100人の証言から探る。

【目次】
まえがき
第1章 筑駒の新しい潮流
――起業家やコンサルタントとして活躍するOBたち
第2章 「自由闊達」の正体
――筑駒教育の真髄を探る
第3章 燃える三大行事、部活動
――文化祭、演劇、サッカー、パソコン……
第4章 教駒・筑駒史 開校から東大合格率トップ校へ
――農教・教駒時代(1947年〜1070年代後半)
第5章 教駒・筑駒史 存続危機から底力を発揮
――筑駒時代(1970年代後半〜2020年代)
第6章 天才? 秀才? 日本一のオタク集団
第7章 校風を教えてくれるOBたち
――華麗で異色な教駒・筑駒人脈
第8章 筑駒はどこへいくのか
あとがき

ざっくり

  • OBを中心に関係者へのインタビューをベースにした校風の解説(4・5章以外)
  • 資料をベースにした歴史の解説(4・5章)

の2パートに分かれている。
いずれも研究の名を冠するだけあってインタビューと資料という一次情報に基づいた記述になっているのが偉い。俺から見てもネットでたまに目にする部外者のよくわからない憶測が入っていない、概ね同意できる内容に仕上がっている。

強いて言えば、恐らく取材時に連絡できた人脈の都合でいわゆる社会的成功者寄りの人に偏っているきらいがなくはないが、平均的にそういう属性の出身者が多いのでそこまで大きな問題ではないだろう。俺の友人たちもちらほら登場しており、イニシャルで伏せられることもなく普通に名前が載っているので「へえあいつそういう認識なんだ」と思いながら読んだ。

4・5章で扱われている筑駒史にはあまり関心がないのでこの段落で済ませてしまおう。
過去に国立男子校の存在意義が政府レベルで思ったよりシリアスに問われていたことは初めて知った。SSH指定もなんかよくあるスペシャル要素の一つくらいにしか思っていなかったが、その裏には存続を巡る思惑があったりしたらしい。内部にいると歴史とかはあんまり興味なくて知らないことが多い(基本的に何も聞いてない学生だったので聞き流していただけかもしれないが)。

勉強できて偉いというよりは一芸としてオモロい

上の概要にも記されているように、筑駒は「自由な校風と抜群の東大合格率」という一見すると矛盾した長所をいいとこどりで兼ね揃えていることが内外問わず最大の特長と見做されていることが多い。
それは概ね誤魔化しのない事実であり、この本でもそれを裏付けるような証言が続く(ただし「鉄緑会の存在」という最大の論点についてはまた後で触れる)。要するに「地頭の良いガキを集めてきてなるべく自由にさせておくといい感じになる施設」という認識に異を唱えるOBは恐らくあまりいないと思う。

その二つが合わさった帰結として、「勉強ができるやつ」の立ち位置が若干特殊だったことを書いておきたい。
筑駒でも勉強ができるやつは一目置かれるが、それはいわば「一芸枠」としてのリスペクトであって「勉強ができて凄い」という文脈とはやや違う。この辺りのニュアンスは出身者以外には伝わりにくい。
この本だと6章あたりに書いてあることとして、筑駒には「好き勝手に自分の趣味を貫くことが、かっこいいとするカルチャー」が明確にある。自由を尊重している(そしてどちらかと言うと実家が太めで寛容である)ためにやれることが多く、皆ベースのスペックが高いのでだいたい突出した一芸に到達する。
俺もこの文化を受け継いでいるので未だにユニークで異常なスキルツリーを持っているやつに最大の敬意を払いがちだ。東大卒の特徴や好きなところを聞かれたときに単なる賢さというよりは「異常な執着的知性」を挙げるのもそのせいである。「こいつ頭おかしいんじゃないか」「こいつやばいな」というタイプの知性が一番面白い。

補足594:今パッと思い出した例を挙げると、気付けば最前線のボカロPになっているフロクロさんに会ったとき「これ韻のメモなんですよ」とか言って本当に有り得ない量の言葉の断片を詰め込んだメモを見せてくれたことがある。スマホに蓄えられたそのメモは高速でスクロールしてもほとんどスクロールバーが動かないほど膨大であり、「こいつやばいな」と思って好感度が一瞬で上がった。

そして筑駒で勉強できるやつはだいたい生物オリンピックとか情報オリンピックとかのメダルか何かを持っているので、「それは流石にすごいな」ということで一芸特化枠に入ってくる。趣味において他に並ぶ人が存在しない境地に到達しているから「こいつやばいな」と一目置かれるのであり、単に勉強ができるのがすごいという感覚ではない。東大A判定だかは多くの生徒がやれる程度のことでしかないわけで、もっと特化している一芸がたまたまアカデミア寄りだっただけだ。

なお「こいつ凄いな」と思う相手に敬意を払うカルチャーには、逆に「こいつ何もないな」と思った相手をクソ舐め腐るという悪しき一面もある。
俺も年を重ねて即決で人を見下すようなことは流石になくなったが、それは他人の良いところを見つける目が育ったり、無駄に波風を立てる前に黙って関係を切ることを学んだりしただけだ。最終的に「こいつは何もないな」と結論した相手に全ての関心を失うところ自体は今も変わっていない。
幸いなことに、そういう見切り行為は生徒同士ではほとんど発生しなかった(と、少なくとも俺は思っている)。生徒同士は一緒に過ごす時間が長いので何かしら良いところをお互いに知っているし、なんだかんだハイクオリティなガキどもなので何か一つくらいは他の人が及ばない一芸を持っていがちだからだ。

しかしこの悪習が直撃する最も可哀想な存在が教育実習生だった。
筑駒生の教育実習生への舐め腐りぶりは悲惨の一言で、頭の回転が遅い教育実習生(本当にそうであるかどうかはともかく、授業手順や説明方法によって生徒たちにそう見なされてしまった実習生)の授業は誰も聞かずに隠れてゲームとかを始めるミニ学級崩壊状態になることも珍しくなかった。
ただその辺を上手くやっている教育実習生が一人いたことをよく覚えている。その実習生は授業前に毎回内容と全く関係ない小話をしていて、しかもそれがかなり面白かった。その功績によって生徒たちから「こいつは話がオモロい」という一芸をとりあえずリスペクトされ、授業中も上手く手綱を握ることができていた(俺は寝てたけど)。
今にして思えば筑駒生の特性を熟知した教員からの入れ知恵だったような気もするが、それを上手くこなしたのはやはり彼のパワーなのだろう。今はどこかで立派な先生になっているだろうか?

鉄緑会とのダブルスクール問題!

この本で一番良かったところは、OBは皆知っている鉄緑会とのダブルスクール問題にきちんと触れていたところだ。

筑駒生は地頭が良いから教科書に従わない自由な授業を受けても軽々と東大に合格していくのかと思いきや、別にそういうわけでもないという現実がある。
すなわち「受験対策は特化専門塾たる鉄緑会でガチガチにやっているから東大に入れるだけで別に筑駒の授業のおかげではないだろ」という説が根強くある。もちろん鉄緑に行かず独学で受かるやつもいれば鉄緑に行っておきながら落ちるやつ(俺)もいるので一概には言えないが、鉄緑会の存在が東大合格率日本一を支えているキーファクターであることは間違いないと俺は思う。

ここから先はもう思想の問題になるが、俺ははっきり鉄緑会擁護派だ。
確かに鉄緑会の宿題に忙殺されて受験勉強しかわからない受験マシーンになってしまうのであれば全く面白くないが、筑駒生のキャパシティをもってすれば受験以外の才能も十分に伸ばした上で受験知識を叩き込むことも容易だ。だったら学校と塾の二人三脚体制で別に問題ないだろう。
他に絶対にやりたいことが特になく、何も犠牲にせずに東大に行けるなら東大に行っておいた方がいい。俺はよく人生をドロップアウトしそうになっているが、ギリギリで学歴というガードレールに救われているので本当にそう思う。学歴は上ブレ狙いだけではなく下ブレを耐えるときも役に立つので持っておいて損はない。

鉄緑会の是非は関係者の間でもかなり諸説であり、特に教員からすると全く面白くないというのも理解できる。ちなみに同期の親友と焼き肉を食った帰りに「鉄緑会行かずに東大行くの実際ふつうに難しくない?」的なことを聞いたら「そもそも別に東大に行かなくてもいいでしょ」的なことを言っていたが、そいつは東大で博士号を取っている。

文化祭は美化されすぎている

ただ一点だけ、成功者寄りのOBにばかり話を聞いたバイアスがモロに出ていたと思う点として、いわゆる三大祭の扱いがある(内部で「三大祭」って呼んでた記憶はないけど)。

三大祭とは文化祭・体育祭・音楽祭のことで、一般には筑駒の自由闊達パートを象徴する催しとして極めてポジティブに受け取られている。
この本でもそれを踏襲して「文化祭で色々学びました」みたいなことを言っているOBが多いが、俺はそれほどいい思い出がない。別に悪い経験があったわけではないが、得たものもあまりないので最悪なくてもよかったくらいの認識でいる。

外部にはあまり知られていないかもしれないが、三大祭は生徒の自主性に任せている分だけ「お前もちゃんと参加しろ」という同調圧力がめちゃめちゃ凄いのだ。
しかもそれが教員からではなく隣の生徒から発せられるので、生徒の間に色々な軋轢が発生する緊張感のあるシーズンでもある。今は皮膚科の院長をやっているやつが当時「俺この時期ピリピリするからあんま好きじゃないんだよね」と言っていて、俺も完全に同意できる。

この本でもその辺りの賛否については軽く取り上げられているのだが、「そうじゃないんだよ」と思ってしまう箇所も少なくない。少し長いが特に気に食わなかった一節を抜き出してみる。

Kさんは文化祭など三大行事についても、「これでいいのか」と課題を示した。
彼はほぼ毎年文化祭の企画責任者を務め、音楽祭の指揮者や体育祭の応援団長も経験するなど、みんなをまとめて導く立場にあった。そこで見たのが、行事からこぼれ落ちる人たちである。音楽祭で歌わない、体育祭を途中で抜け出す、文化祭の準備期間で不登校になる、などだ。Kさんは自省する。
「祭りを盛り上げていこう、良いものにしようという人たちの思いが強まるほど、その強さに堪えきれない人との距離は広がります。そうした人のことを、自分はどれだけ考えられていただろうか

(283ページ。太字は俺が引用時に付加)

Kさんは出版時点では在校生ということでOBがゴチャゴチャ言うのも大人気ないがあえて言おう、そういうとこだぞ!!!
こぼれ落ちてるんでも堪えられないんでもなくて普通に興味がないんだよ。人を勝手に弱者扱いすな、別に無理に考えなくていいから黙って放っといてくれや。俺は縁日班だったけどエンタメとかサブカルをやるなら中野をぶらついた方が面白いだろと当時から思っていたぞ。

行事への熱量に起因する生徒間の諍い自体は大抵の中高に存在しているかもしれないが、筑駒に限っては普段は自由と個人主義を謳っているくせに行事に限っては全体主義者が自明にコミットを是としてくる一貫性のなさに苛立つのである。個人の趣味や選択を尊重する自由主義の雰囲気が祭りの期間中に限ってははっきりと後退し、俺のような者が着信拒否を駆使したり校舎裏の柵を乗り越えて練習から逃走したりして輪を乱しまくることになる。
とはいえ今にして思えば、そういうムーブをするやつを虐めたりは絶対にしないし、祭りが終われば水に流すあたりには筑駒らしい個人尊重の雰囲気が確かにあったな(大人の視点)。

この辺りは外野である著者の方が俺の気持ちを捉えているように感じる。

『群れない』はずの筑駒生が三大行事で足並みをそろえてしまう、そんなノリについていけない生徒がいることも忘れてはならないだろう
(284ページ)

そう、この表現ならアグリーです。

ジェンダー意識の低さはあるけど

筑駒生の問題点として、性に対する考え方の未熟さが少しだけ取り上げられているのも良かった。

これは筑駒特有の事情でもないと思うが、男子校でよくあるジェンダー意識の低さは明確にある。ここにはとても書けないようなエピソードがいくつもある。
ただそれは単に女性と会話する機会がないからサンプルがなくて適切な距離を掴めないというだけで、大学以降に普通に女性に接触すれば普通にすぐ矯正されていく部分だ。全く触れていないものを学ぶことは筑駒生にも流石にできないというだけの話で、それでミソジニーに傾倒するほど愚かでもない。

一般的には筑駒生も卒業すれば普通に恋愛とか結婚するようになるしあまり気にしなくていい。未だに異性との接点が著しく乏しい俺だけが皆が思っているよりも遥かに外れ値個体というだけなのだ。

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