国民健康・栄養調査、その先へ─AIが食事を見える化する時代に、人は何を担うのか
日本の健康政策を支える国民健康・栄養調査。
この調査は、私たちの食生活を「数値」で捉え、栄養政策や健康日本21の基盤を形づくってきました。
しかし今、その手法が転換期を迎えています。
10月の日本公衆衛生学会では、「食事調査の未来」をテーマに、
AI・スマートフォン・オンライン記録などを活用した新しい手法が議論されました。

国民健康・栄養調査では現在、1日間の半秤量式食事記録法が用いられています。
料理の材料を秤量し、家族全員の摂取量を案分して記録する──非常に手間のかかる方法です。
この方法は科学的に最も精度が高い一方で、
「協力率の低下」や「若年層の参加離れ」という課題が顕在化しています。
特に、近年は共働き世帯や単身世帯の増加もあり、
“1日すべてを記録する”こと自体が現実的ではなくなりつつあります。
AI画像解析や食事記録アプリの登場によって、
「撮るだけで栄養素を推定できる」環境は整いつつあります。
それでも、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の松本麻衣氏が指摘するように、
アプリごとにデータベース構造や計算アルゴリズムが異なり、
「便利さ」と「科学的精度」の両立には慎重さが求められます。
つまり、技術が進んでも“誤差の理解”や“限界の把握”を怠れば、
「正確に測る」ことからかえって遠ざかる可能性があるのです。
東京大学の佐々木敏教授は、
「食事評価(摂取量推定)なくしてPDCAなし」と述べています。
健康政策も個人の健康管理も、正しい評価なしには次の行動が生まれない。
AIが記録を助ける時代だからこそ、
そのデータの背景や限界を理解し、正しく活用する“人の介在”が不可欠です。
大学教育の現場でも、私は学生にこう伝えています。
「データは自分を支えるものでもあり、惑わせるものでもある。」
科学的思考とは、“信じすぎない力”を育てること。
健康づくりにおいても、AIやアプリを「使いこなす主体」であることが求められています。
国民健康・栄養調査の未来は、単なるデジタル化ではなく、
「信頼性をどう保つか」という問いにかかっています。
AIによって得られる大量のデータを、どう“意味のある知”に変えていくか。
その中心にいるのは、技術ではなく“人”であり続けるべきでしょう。
国民健康・栄養調査は「正確に測る」技術と「信頼して活用する」人との協働が必要
AIは調査の負担を減らすが、誤差や限界を理解するリテラシーが欠かせない
“データを信じすぎない力”こそが、これからの健康教育の基盤になる
📚このブログでは、公衆衛生・教育・健康科学を軸に、
「科学と社会をつなぐ視点」から考察を発信しています。
次回は、国民健康・栄養調査のAI化で変わる“データの信頼性と公平性”をテーマに、
研究・教育・メディアの現場から見える課題を掘り下げます。
🧠 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
聖隷クリストファー大学 教授/理学博士
専門:運動生理学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(2024.2025/Stanford/Elsevier認定)
PLOS ONE編集委員/Sigma Xi正会員
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。