(一実施形態)
 ステアリング装置の一実施形態を図面に基づいて説明する。このステアリング装置は、操舵機構と転舵機構とが機械的に分離したステアバイワイヤシステムの車両においてタイヤを転舵させる装置である。一実施形態では、ドライバが運転操作を行うステアバイワイヤシステムの車両に適用されるステアリング装置を想定する。なお、その他の実施形態の欄に記すように、このステアリング装置は自動運転車両に適用されてもよい。
 図1にステアバイワイヤシステム90の全体構成を示す。図1において、タイヤ99は片側のみを図示し、反対側のタイヤの図示を省略する。ステアリング装置10は、反力装置70及び転舵装置80を備える。
 反力装置70は、反力アクチュエータ78と、反力アクチュエータ78を駆動する信号を生成する反力制御装置75とを含み、反力用減速機79及びステアリングシャフト92を介してステアリング91と接続される。ステアリング91は、操舵角を入力するための手段であり、典型的にはステアリングホイールが用いられるが、操舵桿等の形状であってもよい。ステアバイワイヤシステム90では、ドライバは操舵に対する反力を直接感知することができない。そこで、反力アクチュエータ78は、操舵に対する反力を付与するようにステアリング91を回転させ、ドライバに適切な操舵フィーリングを与える。
 転舵装置80は、転舵アクチュエータ88と、転舵アクチュエータ88を駆動する信号を生成する転舵角制御装置85とを含む。転舵アクチュエータ88の回転は、転舵用減速機89からピニオンギア96、ラック軸97、タイロッド98、ナックルアーム985を介してタイヤ99に伝達される。詳しくは、ピニオンギア96の回転運動はラック軸97の直線運動に変換され、ラック軸97の両端に設けられたタイロッド98がナックルアーム985を往復移動させることで、タイヤ99が転舵される。
 トルクセンサ94は、トーションバーの捩れ変位に基づき、ステアリングシャフト92に加わるドライバの操舵入力を検出する。トルクセンサ94の検出値T_snsは反力制御装置75に入力される。
 ステアリング91の操舵角は、ステアリング91の中立位置に対する回転方向に応じて、例えば図1のCW方向が正、CCW方向が負と定義される。これに対応してタイヤ99の転舵角の正負が定義される。角速度は、角度と同じ符号で定義される。また、ドライバがステアリング91をCW方向に回すときのトルクセンサ94の検出値T_snsは正である。
 さらに、反力装置70でステアリング91をCW方向に回すときの反力装置70の出力トルクも正である。反力装置70の出力トルクがCW方向に作用しているとき、ドライバがステアリング91を保舵すると、CCW方向にトルクを加えることになるため、トルクセンサ94の検出値T_snsは負となる。
 反力制御装置75及び転舵角制御装置85は、マイコン等を主体として構成され、内部にはいずれも図示しないCPU、ROM、RAM、I/O、及び、これらの構成を接続するバスライン等を備えている。反力制御装置75及び転舵角制御装置85の各処理は、予め記憶されたプログラムをCPUで実行することによるソフトウェア処理であってもよいし、専用の電子回路によるハードウェア処理であってもよい。反力制御装置75及び転舵角制御装置85は、CAN通信等の車両ネットワークや専用の通信ラインを経由して互いに情報を通信する。
 図2を参照し、ステアバイワイヤシステム90におけるステアリング装置10の構成について説明する。反力装置70は、反力制御装置75、操舵角センサ76及び反力アクチュエータ78を含む。操舵角センサ76は、ステアリング91から入力された操舵角θrを検出する。反力制御装置75は、転舵角制御装置85からの信号に基づき反力アクチュエータ78を駆動する反力信号を生成する。反力アクチュエータ78は、ドライバの操舵に対する反力をステアリング91に付与する。
 転舵装置80は、転舵角制御装置85、転舵角センサ86及び転舵アクチュエータ88を含む。転舵角制御装置85は、入力された操舵角θrに応じた転舵角指令値θ*tを算出し、当該転舵角指令値θ*tに基づき転舵アクチュエータ88を駆動する信号を生成する。転舵アクチュエータ88は、指示された転舵角に従いタイヤ99を転舵させる。転舵角θtは転舵角センサ86を用いてフィードバック制御される。また場合に応じて、転舵アクチュエータ88からの電流フィードバックにより反力アクチュエータ78の反力を演算してもよい。
 ステアリング装置10は、基本的には操舵角θrに応じて転舵角θtを自由に制御し、また転舵時に転舵アクチュエータ88に発生する電流値などを用いてステアリング91に反力を付与する。本明細書では、操舵角θrに対する転舵角θtの比を「舵角比」と定義する。高舵角比では小さい操舵角で大きな転舵角が得られる。一般に、低速域では操舵量を少なくするために高舵角比にし、高速域では車両安定性のために低舵角比にする。
 さらに本実施形態では、車速センサ81が検出した車速Vが反力制御装置75及び転舵角制御装置85に入力される。また、ロールやヨー等の車両挙動を示すパラメータが車両挙動検出装置82から転舵角制御装置85に入力される。
 ここで、本実施形態の技術背景について説明する。操舵機構と転舵機構とが機械的に結合された電動パワーステアリングシステムに対し、ステアバイワイヤシステムのメリットの一つが、状況に応じて舵角比を可変に設定できることである。高舵角比では小さい操舵角で最大転舵角まで回転可能であり、ドライバはステアリング91を持ち替えずに運転することができる。これによりドライバは小さい操舵角で駐車やUターンなどができるため操舵負荷が低減する。
 一方、高舵角比での旋回操作時に車両挙動が不安定になる場合があることについて、図3、図4を参照して説明する。図3には、直進走行からUターンするように操舵したときの転舵角θt、転舵角速度ωt、及び、ロール角速度の時間変化を示す。縦軸には「0」以外の数値を省略し、括弧内の単位は、各量の次元を示すためにのみ図示する。
 時間が約3.0秒のとき操舵が開始され、約3.8秒のとき操舵が終了する。この間、転舵角速度ωtは0から増加する。操舵終了後、*印で示すように、車両の左右方向に大きなロールが発生する。このように、高舵角比での旋回操作時にはロールやヨー等の大きな車両挙動が発生し、乗り心地が悪化するという問題がある。
 図4を参照し、左旋回時に発生するロール角φと、その時のロールモーメントについて説明する(参考文献:安部正人「自動車の運動と制御 車両運動力学の理論形成と応用」[第2版])。ロールモーメントは下の式(1)で表される。左辺の<1>部はロール剛性、<2>部は重心ずれトルク、<3>部はロールダンパを示す。右辺の<4>部は「ロール角加速度の慣性モーメント」、<5>部は「ヨーに関連したモーメント」を示す。
 ロールの要因として、ロール剛性、ロールダンパ、慣性モーメントに対するロール角加速度、ヨー角度、ヨー角速度、及び、タイヤ滑り角の微分値(すなわち時間変化率)が影響する。
 ここで注目すべき点は、「ヨーに関連したモーメント」である。高舵角比状態では操舵速度に伴う転舵速度の増加度合が大きくなり、ロール角加速度の慣性モーメントに比べ、ヨー角度とヨー角速度、及び、タイヤ滑り角の微分値の影響が大きくなると考えられる。低速域において、ヨー角度とヨー角速度は転舵角と転舵角速度に比例すると考えられるため、転舵角速度を制限することでロールが抑制されると推測される。
 なお、ヨー角度とヨー角速度に代えて、ロール剛性やロールダンパを調整することでもロール抑制効果が導かれる。特許第5416442号公報には、この視点により操舵操作に対する応答性を最適化するサスペンション制御装置が開示されている。しかし、サスペンションのパラメータを変更するためには特殊なサスペンションが4本必要であり、コストアップを招く。それに対し転舵角速度を制限する方法では制御だけを変更すればよく、コストアップにならない。
 そこで本実施形態では、特に高舵角比での旋回操作時におけるロールを抑制するため、転舵アクチュエータ88の転舵角速度を制限するブロックを転舵装置80に設ける。次に図5を参照し、一実施形態のステアリング装置10の詳細な制御構成について説明する。反力装置70の出力に関するパラメータの記号には「r」、転舵装置80の出力に関するパラメータの記号には「t」を付す。
 ここで、操舵角θr、操舵角速度ωr、転舵角θr等の値は、反力アクチュエータ78又は転舵アクチュエータ88の回転角度や角速度に、適宜、減速機79、89の減速比等を乗除した「相当値」を含むものとして解釈される。また、直接的には転舵アクチュエータ88の出力トルクを指す「転舵トルクTt」は、転舵トルク指令値T*t、転舵アクチュエータ88に流れる電流It又は電流指令値I*t等の「相当値」を含むものとして解釈される。
 反力装置70の反力制御装置75は、反力制御部51、粘性制御部52、慣性制御部53、戻し制御部54、トルク偏差算出部66、PID制御器67及び電流制御部68等を含む。反力制御部51は、車速Vに依存する転舵トルク相当値Ttを増減したステアリングトルク指令値T*stを算出する。
 粘性制御部52は、操舵角速度相当値ωrに略比例した粘性指令値Tviscを算出する。なお、「粘性制御部」に代えて「摩擦制御部」と称してもよい。慣性制御部53は、操舵角速度相当値ωrの微分値(すなわち操舵角加速度相当値)に略比例した慣性指令値Tinertを算出する。戻し制御部54は、操舵角相当値θr、操舵角速度相当値ωr、車速Vに基づき、ステアリング91を中立位置に戻す方向に作用する戻し指令値Tretを算出する。
 加算器552、553、554では、ステアリングトルク指令値T*stの符号反転値(-T*st)に対し、粘性指令値Tvisc、慣性指令値Tinert及び戻し指令値Tretが順に加算される。加算器554による加算後の値が「ステアリングトルク指令値T*stに基づく目標値T**st」として出力される。
 トルク偏差算出部66は、目標値T**stとトルクセンサ94の検出値T_snsとのトルク偏差ΔTを算出する。PID制御器67は、トルク偏差ΔTを0に近づけるように、つまりトルクセンサ94の検出値T_snsが目標値T**stに追従するようにPID制御し、電流指令値I*rを演算する。電流制御部68は、反力アクチュエータ78に流す電流Irを制御する。反力アクチュエータ78の回転角度に相当する操舵角相当値θrは操舵角センサ76により検出され、反力制御装置75の戻し制御部54、及び、転舵角制御装置85に出力される。
 転舵装置80の転舵角制御装置85は、舵角比制御部320、フィルタ33、転舵角速度制限値設定部340、転舵角速度制限部350、角度偏差算出部36、PID制御器37及び電流制御部38等を含む。
 舵角比制御部320は、操舵角相当値θr及び車速Vに基づき、操舵角θrに対する転舵角θtの比である舵角比RAを演算し、操舵角θrに舵角比RAを乗じて制限前転舵角指令値θ*t_0を算出する。舵角比制御の具体例については、図10、図11を参照して後述する。制限前転舵角指令値θ*t_0は、共振を避けるノッチフィルタや、急峻な入力を避けるLPF等で構成されたフィルタ33により処理される。
 転舵角速度制限値設定部340は、所定のパラメータに応じて転舵角速度制限値ωt_limを変化させる。「所定のパラメータ」には、操舵角相当値θr又は転舵角相当値θt、車速V、ヨーやロール等の車両挙動、切り込み又は切り戻しの状態が含まれる。各パラメータに応じて転舵角速度制限値ωt_limを変化させる具体例については、図6~図8を参照して後述する。なお、車両挙動感応の例については図示を省略するが、車両挙動のパラメータに応じて制限値ωt_limを変化させることで、リアルタイムの制御を行うことができる。
 転舵角速度制限部350は、転舵角速度の絶対値が転舵角速度制限値ωt_lim以下となるように制限する。転舵角速度制限による転舵角指令値制限の具体例については、図9を参照して後述する。また、太線矢印で示すように、転舵角速度制限がかかったとき、反力アクチュエータ78に付与される反力が大きくなるように反力制御装置75の定数を切り替えてもよい。これによりドライバは操舵速度を物理的に抑えられる。
 具体的には反力制御部51において、転舵トルク相当値Ttに比例した反力制御の定数を、転舵角速度制限がかかったとき反力が大きくなるように切り替えてもよい。或いは、粘性制御部52及び慣性制御部53において、そもそも操舵フィーリングを構築するための摩擦制御、慣性制御の定数を、転舵角速度制限がかかったとき、反力が大きくなるように切り替える、又は、反力が大きくなるようにそろえておいてもよい。
 転舵角偏差算出部36は、転舵角指令値θ*tと転舵角フィードバック値θtとの角度偏差Δθtを算出する。PID制御器37は、角度偏差Δθtを0に近づけるようにPID制御し、電流指令値I*tを演算する。電流制御部38は、転舵アクチュエータ88に流す電流Itを制御する。転舵アクチュエータ88の回転角度に相当する転舵角相当値θtは転舵角センサ86により検出され、転舵角偏差算出部36にフィードバックされる。また、転舵トルク相当値Ttは反力制御装置75に出力される。
 続いて図6~図11を参照し、各ブロックの制御例を説明する。各図において便宜上、パラメータの入出力特性を「マップ」によるものとして説明するが、数式計算で実施されてもよい。
 まず、転舵角速度制限値設定部340の構成例について図6~図8を参照する。図6の例の転舵角速度制限値設定部340は、舵角感応マップ341により、転舵角θtの絶対値に対して転舵角速度制限値ωt_limを規定する。例えば、転舵角θtの絶対値がθα以下の領域では制限値ωt_limは相対的に高い値ωtHに設定され、転舵角θtの絶対値がθβ(>θα)以上の領域では制限値ωt_limは相対的に低い値ωtLに設定される。転舵角θtの絶対値がθαからθβまでの領域では制限値ωt_limは高い値ωtHから低い値ωtLに漸減する。これにより、転舵角θtの絶対値がある値より大きいとき、制限値ωt_limを上回る角速度で転舵されることが防止される。
 舵角感応マップ341の入力は、転舵角センサ86が検出した転舵角検出値θtでもよいし、転舵角指令値θ*tその他の「転舵角相当値」でもよい。また、舵角比RAが乗じられる前の操舵角θrもしくは「操舵角相当値」を入力としてもよい。以下、舵角感応に関する部分は全て同様に解釈する。
 転舵角速度制限値ωt_limを転舵角相当値又は操舵角相当値に応じて変化させることで、小舵角域では迅速に、大舵角域では緩やかに転舵させることができる。そのため、ロール挙動の起きにくい小舵角域におけるヨーへの影響を低減することができる。なお、図6の舵角感応マップ341は、2段階の値ωtH、ωtLを基本とし、舵角に応じて制限値ωt_limを直線的に変化させるものであるが、3段階以上の値を基本とするようにしてもよいし、舵角に応じて制限値ωt_limを曲線的に変化させてもよい。
 図7の例では、図6と同様の舵角感応マップ341に加え、車速ゲインマップ343が用いられる。例えば車速ゲインは、車速Vα以下の領域で1であり、車速Vαから車速Vβまでの領域で1から漸増し、車速Vβ以上の領域で1より十分に大きい値INFに設定されている。乗算器344は、舵角感応マップ341で算出された仮制限値ωt_lim_0に車速ゲインを乗じて転舵角速度制限値ωt_limを算出する。車速ゲインが十分に大きい値INFのとき、転舵角速度制限は実質的に行われないに等しい。
 車速Vが大きい領域では、そもそも舵角比が小さくなるため、さらに転舵角速度制限を行うと転舵の遅れが大きくなる。また高速域では大きく転舵させることがないため、転舵角速度制限が不要である。そこで図7のような構成により、低速域では転舵角速度ωtの制限を行い、高速域では転舵角速度ωtの制限を行わないことで、高速域での素早い転舵が可能となる。
 図8の例の転舵角速度制限値設定部340は、舵角感応特性が互いに異なる切り込み用及び切り戻し用の舵角感応マップ342F、342Rと切り替え器345とを含み、切り込み又は切り戻しの状態に応じて転舵角速度制限値ωt_limを変化させる。切り戻し用舵角感応マップ342Rの制限値ωt_lim_Rは、切り込み用舵角感応マップ342Fの制限値ωt_lim_Fよりも小さく設定されている。旋回中、サスペンションのバネにエネルギーが溜まっているため、切り戻し時は切り込み時と比べて車体がふらつきやすい。よって、切り戻し時の制限値ωt_lim_Rを切り込み時の制限値ωt_lim_Fより小さくすることで、より安定した車両挙動が実現される。
 切り替え器345は、切り込み切り戻し判定部41からの信号に従って、切り込み時の制限値ωt_lim_F、又は、切り戻し時の制限値ωt_lim_Rのいずれかを選択する。ここで、切り込み切り戻しの判定方法には、例えば次の3種類の方法がある。一つ目は、操舵角θrと操舵角速度ωrとの符号から判定する方法である。二つ目は、旋回中(すなわち操舵中)の切り込み切り戻しでの操舵角速度ωrと操舵トルクとの符号から判定する方法である。これらは、電動パワーステアリングシステムにも共通に用いられる。
 三つ目はステアバイワイヤシステムに特有の方法であり、減速機79のギヤのロストルクに起因する、「反力アクチュエータ78から出力される反力トルクTrとトルクセンサ94の検出値T_snsとの差」に着目する。ステアリング91がドライバにより切り込まれている状態では、トルクセンサ94の検出値T_snsの絶対値が反力トルクTrの絶対値よりも大きくなる。一方、ステアリング91が反力アクチュエータ78により切り戻されている状態では、トルクセンサ94の検出値T_snsの絶対値が反力トルクTrの絶対値よりも小さくなる。
 次に図9を参照し、転舵角指令値制限部350の構成例について説明する。遅延素子352、355は、制限後転舵角指令値θ**tの前回値を、それぞれ角速度算出器351及び加算器354に出力する。角速度算出器351は、制限前転舵角指令値θ*t_0と制限後転舵角指令値θ**tの前回値との差分により、制限前の転舵角速度ωt_0を算出する。絶対値ガードマップ353は、転舵角速度ωtの絶対値を転舵角速度制限値ωt_limにガードする。
 加算器354は、制限後の転舵角速度ωtを制限後転舵角指令値θ**tの前回値に加算し、制限後転舵角指令値θ**tの今回値を出力する。なお、今回値出力部にフィルタを入れて変化を緩やかにしてもよい。また、転舵角速度制限に伴う操舵の違和感を緩和するため、制限がかかっている時間や操舵トルクに応じて転舵角速度制限値ωt_limを可変してもよい。
 次に図10、図11を参照し、舵角比制御の構成例について説明する。転舵角制御装置85は、操舵角θrに応じて舵角比RAを変化させることで転舵角速度ωtを制限することも可能である。この場合の舵角感応の入力についても操舵角相当値又は転舵角相当値のいずれを用いてもよい。
 図10に示す舵角比制御例1の舵角比制御部320は、舵角感応マップ321、322、車速ゲインマップ325、乗算器326、加算器327、及び乗算器328を含む。舵角感応マップ321は、操舵角θrの絶対値に応じた舵角感応項RA(θ)を算出する。舵角感応マップ322は、操舵角θrの絶対値に応じた車速感応項の基準値RA(V)_0を算出する。車速ゲインマップ325は、図7のマップ343と同様に車速Vに応じた車速ゲインを算出する。乗算器326は、車速感応項の基準値RA(V)_0に車速ゲインを乗じて車速感応項RA(V)を算出する。
 加算器327は、舵角感応項RA(θ)と車速感応項RA(V)とを加算して舵角比RAを算出する。乗算器328は、操舵角θrに舵角比RAを乗じて制限前転舵角指令値θ*t_0を算出する。
 舵角比制御例1では、操舵角θrの絶対値が0である中立位置付近で舵角比RAを小さく、操舵角θrの絶対値が大きい領域で舵角比RAを大きく設定する。この場合、切り込み操作の後半部分で転舵角速度ωtが大きくなるため、別途、転舵角速度制限部350での転舵角速度制限が必要である。
 図11に示す舵角比制御例2の舵角比制御部320は、図10の構成に対し舵角感応マップ323、324の特性のみが異なり、それ以外は同じである。舵角比制御例2では、舵角比制御例1とは逆に、中立位置付近で舵角比RAを大きく、操舵角θrの絶対値が大きい領域で舵角比RAを小さく設定する。この場合、切り込み操作の後半部分で転舵角速度ωtが小さくなるため、転舵角速度制限部350での転舵角速度制限を不要にできる。ただし、直進運転時の安定感が低下する。
 (効果)
 以上のように本実施形態では、転舵角速度ωtを制限することで、旋回操作時における車両挙動を抑制し、乗り心地を改善することができる。特に高舵角比での旋回操作時にはロールを抑制することができる。転舵角速度ωtを制限することで発生するロール角速度の影響に関するシミュレーション解析結果を図12に示す。図12において、破線は図3に示した転舵角速度制限前の波形であり、実線は転舵角速度制限後の波形である。
 操舵開始後、時刻taで転舵角速度ωtが転舵角速度制限値ωt_limに達し、制限が開始される。時刻tbに操舵終了するが、転舵角θtが目標値θt_tgtに達していないため、転舵角速度ωtの出力が時刻tcまで延長して継続される。このとき、時刻taから時刻tbまでの制限で削減された転舵角速度ωtの積分値S1と、時刻tbから時刻tcまでの延長で追加された転舵角速度ωtの積分値S2とが等しくなる。その結果、時刻tcでの転舵角θtは目標値θt_tgtに達する。こうして転舵角速度ωtを制限することで、制限前波形において*印部に現れていた、車両に発生するロールレートが減少する。
 ところで、転舵角速度制限を行うことで、本来の操舵角θrに比例した予想転舵角と実際の転舵角θtとの間に角度誤差が発生し、中立位置からエンドに至るまでに大きな角度ずれ量が発生する可能性がある。図12の例では、時刻tbに生じた角度誤差θerrを補償するため、ドライバが操舵終了後に時刻tcまでさらに転舵を継続することにより、ドライバに違和感を与えるおそれがある。
 そこで、図13を参照して、転舵角速度制限によって生じる角度誤差θerrが所定の許容角度誤差θerr_th以下となるように転舵角速度制限を行う実施例について説明する。図13の横軸は、現在の転舵角θt又は操舵角θrと、対応する機械的エンドでの限界角度との差分の絶対値である「残り角度θrest」を示す。操舵に伴い残り角度θrestは、中立位置における最大値θNからエンドにおける値0まで減少する。図13の縦軸において、転舵角速度想定最大値ωt_maxは、想定されるドライバ操作速度の最大値に相当する転舵角速度である。
 転舵角制御装置85は、中立位置からエンドまでの角度誤差θerrが許容角度誤差θerr_thで一定となるように、残り角度θrestに応じて、残り角度θrestが小さくなるほど転舵角速度制限値ωt_limを小さくする。残り角度θrestと許容角度誤差θerr_thとの関係は、式(2)で表される。
 式中、「(ωt_max-ωt_lim)/ωt_lim」で表される制限指標値は、中立位置付近で転舵角制限が緩いときほど小さく、エンドに近づき制限が厳しくなるほど大きくなる。式(2)を整理すると、転舵角速度制限値ωt_limについての式(3)が得られる。
 式(3)より、「θrest=θerr_th」のとき「ωt_lim=ωt_max/2」が導かれる。すなわち、許容角度誤差θerr_thは、転舵角速度制限値ωt_limが転舵角速度想定最大値ωt_maxの(1/2)に設定されるときの残り角度θrestに相当する。
 この実施例では、転舵中の転舵角速度制限によって生じる角度誤差によりドライバに与える影響を小さくすることができる。よって、転舵角速度制限による旋回操舵時の車両挙動の抑制効果と、転舵角の角度ずれ量による違和感の解消効果とを好適に両立することができる。なお、転舵角速度制限値ωt_limは上記の式(3)で算出されるものに限らず、他の計算式やマップ等で算出されるようにしてもよい。
 (その他の実施形態)
 (a)上記実施形態のステアリング装置10は、ドライバが運転操作を行うステアバイワイヤシステムの車両に適用されるものを想定し、反力装置70及び転舵装置80を備えている。手動運転と自動運転とを切り替え可能な車両についても同様である。一方、完全自動運転のステアバイワイヤシステムの車両に適用される場合、ステアリング装置は反力装置70を備えず、転舵装置80のみを備えてもよい。
 その場合、自動運転の制御装置が演算した操舵角θrが転舵装置80に入力されることで、転舵装置80は上記実施形態と同様の制御を実行可能である。なお、図5に太線矢印で示すように、転舵角速度制限がかかったとき反力制御装置75の定数を切り替える制御については不要となる。
 (b)図6~図8には、転舵角速度制限値ωt_limの設定に用いるパラメータとして、操舵角相当値θr又は転舵角相当値θt、車速V、車両挙動、切り込み又は切り戻しの状態のうち、一部のパラメータの組合せを例示しているに過ぎない。その他、これらのパラメータは適宜、組合せて用いることができる。その場合、各パラメータの影響に優先順位や重み付けを設けてもよい。
 本開示はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
 本開示に記載の制御装置及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御装置及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御装置及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
 本開示は実施形態に準拠して記述された。しかしながら、本開示は当該実施形態および構造に限定されるものではない。本開示は、様々な変形例および均等の範囲内の変形をも包含する。また、様々な組み合わせおよび形態、さらには、それらに一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせおよび形態も本開示の範疇および思想範囲に入るものである。