【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はコラーゲンからなる
眼科用手術補助剤に関する。さらに詳しくはコラーゲン
からなり手術終了時にはその粘性が低下し除去が容易な
眼科手術補助剤に関する。
【0002】
【従来技術】水晶体摘出、人工水晶体移植、角膜移植の
際のトリミング、および角膜移植等の眼科手術の際に角
膜内皮細胞を傷つけた場合、術後に角膜の透明性を保持
することが困難となる。従って、角膜内皮細胞を傷つけ
ないことが術後の角膜機能の維持に重要である。そこで
このような手術では角膜等の保護を目的として粘弾性物
質からなる眼科手術補助剤を使用している。粘弾性物質
を前房内に注入して前房の奥行きを保持することにより
手術時に器具が角膜内皮細胞等の周辺の組織に接触する
危険性を減らし、かつ各粘弾性物質の角膜内皮細胞への
吸着の作用により機械的な傷害から角膜内皮細胞を保護
する。当然ながら、材料が高粘弾性であることが眼科手
術補助剤においても最も重要な物性である。また術部に
直接補助剤が触れるため生物学的安全性が重要であるこ
とはもちろん、手術の視野の妨げとならないよう高い透
明性も必要となる。
【0003】従来、この粘弾性物質としてヒアルロン酸
ナトリウム、メチルセルロース等の溶液が使用されてい
る。これらの材料は高い粘弾性、生物学的安全性に優
れ、また透明性も高いことから眼科手術補助剤として有
用な性質を有している。しかし、手術補助剤にとって必
要な高粘弾性が術後には一時的な眼圧上昇、それに伴う
血液房水柵破綻等の問題を引き起こす原因となる。これ
は前房内の粘弾性物質が循環している房水の流出の妨げ
となるためと考えられる。そこで術後には粘弾性物質を
前房内から除去する等の操作を行っているが、粘弾性が
高いために完全に除去することは困難であり、眼圧上昇
は術後ほぼ必ず起こってしまう。しかし、手術補助剤が
手術にとって非常に有用であること、眼圧上昇等の問題
が一時的なものであることから、未だ改善のないまま現
在も使用されている。
【0004】一方、以前からこの粘弾性物質としてコラ
ーゲンの利用が検討されてきた。コラーゲンは動物の生
体を形成する主要タンパク質で、バイオマテリアルとし
て優れた性質を有し、創傷カバー材、止血材、軟組織陥
凹部修復材等多くの医療用途に利用される細胞親和性に
優れた材料である。またその溶液は眼科手術補助剤とし
て必須の高粘弾性を有しているだけでなく、加温するこ
とにより変性し、その粘弾性が急激に下がるというコラ
ーゲン特有の性質を有している。すなわち、この性質に
より眼科手術後の除去が容易になる。
【0005】しかし天然のコラーゲン、あるいは酵素に
より可溶化したコラーゲン(アテロコラーゲン)は中性
条件下では線維を形成し、その溶液は透明性を失う。そ
のために中性条件下、高い粘性を有した透明な溶液であ
ることが必要な眼科用手術補助剤の原料としては用いる
ことができない。また、これらのコラーゲンは変性温度
が眼内温度である35℃よりも高く、術後に変性するま
でに長時間を要するため、結局は他の粘弾性物質と同様
除去する必要が生じる。
【0006】そこで、コラ−ゲンの中性条件下で線維を
形成しないように化学修飾を行ったコラ−ゲンよりなる
眼科用手術補助剤が提案されている。即ち、特公平6−
60200号公報には少なくとも二個の天然コラ−ゲン
分子を含み、これらの各コラ−ゲン分子に存在する少な
くと分子も1個のリジンエプシロンアミノ基がカップリ
ング基により結合している化学的に修飾されているコラ
−ゲン化合物であって、カップリング基がカルボニル及
びスルホニル基よりなる群から選ばれる少なくとも2つ
の部分を含むことを特徴とし、しかも上記化学的に修飾
されているコラ−ゲン化合物は生理学緩衝溶液に可溶性
であることを特徴とする、化学的に修飾されているコラ
−ゲン化合物が開示されている。しかし敏感な器官であ
る眼に適応する際そのカップリング剤の安全性が問題と
なる。また、分子間結合により粘弾性の低下が抑制さ
れ、術後には除去する必要が生じる。
【0007】これに対して、中性において線維を形成し
ない化学修飾コラーゲンとして特願昭53−49610
号ではサクシニル化コラーゲンが、そして特願昭42−
59201号ではアルカリにより可溶化したコラーゲン
が開示されている。これらのコラーゲンは中性条件で線
維形成をせずに透明性を保ち、かつ変性温度が眼内温度
より低いため術後にはすみやかに粘弾性が低下して除去
しやすい。
【0008】しかしこれらの開示物で実際に動物の眼で
実験を行った場合、眼の温度により変性した際に白濁物
を生じ、補助剤として望ましいものではなかった。すな
わち手術時の視野の確保が悪くなり、手術後の経過観察
においてその白濁物が眼内の炎症と区別が付きにくいた
めに、炎症を生じた際に判断を誤る可能性がある。また
この白濁物が残った場合、眼圧を上げる心配がある。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】そこで、本発明者は上
述の点を改良した眼科手術補助剤について種々検討した
結果、本発明を完成したもので、本発明は中性条件下で
線維を形成せずに透明性を保持し、分子架橋が施されて
いないので術後取り出すときに粘度低下を生じる眼科手
術補助剤を見出し本発明を完成したもので、本発明の目
的はコラ−ゲン溶液からなる手術補助剤で、手術前後を
通じてその透明性を維持することができ、変性しても白
濁物を生ずることなく、術後その粘度が低下し、除去が
容易な眼科手術補助剤を提供することである。
【0010】本発明の要旨は、中性にて透明で、眼内温
度以下の変性温度を有するコラーゲン、あるいはその誘
導体の中性溶液で、その溶液を加温して変性した場合、
400nmの可視光透過率が変性前の90%以上を有す
る眼科手術補助剤である。そして、該眼科補助剤は、等
イオン点が6以下であることが好ましく、コラーゲンの
側鎖アミノ基を化学修飾したコラーゲン誘導体であって
もよく、更に、コラーゲンがアルカリ可溶化コラーゲン
であることが好ましい。
【0011】すなわち、本発明はコラーゲンのみを原料
とした眼科用手術補助剤で、手術中はその粘性により角
膜内皮細胞の保護効果を持つが、手術終了後にはその粘
性が低下し除去しやすい補助剤であり、かつその粘度が
低下した変性後にもその透明性を維持した手術補助剤に
関するものである。コラーゲンのみを材料とすることで
炎症反応等眼に悪い影響を与えることもなく、また変性
後に白濁をしないことにより、手術後にも透明性を維持
し、さらには眼圧を上げることもない。
【0012】
【発明の実施の形態】本発明について詳細に述べる。本
発明で使用するコラーゲンの原料は牛、豚、馬等の哺乳
動物から得られる皮、アキレス腱等の組織が好ましい
が、これに限定されるものではなく、コラーゲンの等イ
オン点が6以下であればいかなるコラーゲンでもよい。
具体的にはアルカリ可溶化コラーゲンやサクシニル化、
フタル化、アセチル化等アシル化コラーゲン等で、アシ
ル化するコラーゲンとしては酸可溶性コラーゲン、塩可
溶性コラーゲン、酵素可溶性コラーゲン(アテロコラー
ゲン)、アルカリ可溶化コラーゲンを用いることができ
るが、この限りではない。コラーゲン中の脂質分含量を
できる限り低く抑えることで、本発明の手術補助剤の透
明性、および変性後の透明性を高めることができる。具
体的には原料となる原皮等組織を有機溶剤で脱脂する。
さらに溶液とする前のコラーゲンの沈殿を水により充分
洗浄し、得られたコラーゲンをよく精製することにより
達成することができる。
【0013】製造されたコラーゲンは、酸性の溶液を濾
過することにより高分子物を除去し、その透明性を高め
ることができるだけでなく、白濁の原因となりうる物質
も除去することによって変性後も透明性を保つことがで
きるようになる。本発明の場合、濾過には0.45μm
以下のメンブランフィルターを用いる。この濾過の際に
必要以上にコラーゲン溶液が加圧されると高分子物や白
濁の原因となりうる物質がフィルターを通過する可能性
があるため、過度な加圧は避けたほうがよく、コラーゲ
ン溶液のコラーゲン濃度が20mg/mL以下における
濾過の際の加圧は4気圧以下が望ましい。
【0014】本発明の手術補助剤が手術後に変性し粘弾
性が低下するためには、眼内温度以下の変性温度を有す
るコラーゲンである。即ち、コラ−ゲンの変性温度は3
5℃以下であることが望ましい。コラーゲンは変性温度
が等イオン点に依存するため、等イオン点を変えること
により変性温度を調整することができる。酸可溶性コラ
ーゲン、塩可溶性コラーゲンおよびアテロコラーゲンの
アシル化合物はアシル化の程度を上げることによりその
等イオン点を6以下とし手術補助剤として使用すること
ができる。アシル化は通常の方法により行うことがで
き、アシル化率50%のとき変性温度は35℃、等イオ
ン点は6以下となる。またアルカリ可溶化コラーゲンは
その等イオン点が未修飾でも約5.0であるためそのま
までも使用することはできるが、更にアシル化すること
で等イオン点を5より下げることができる。例えばアル
カリ可溶化コラーゲンでは1℃を7分で昇温する条件に
おいては、約34℃であるが、等イオン点が4.5であ
るサクシニル化アテロコラーゲンでは同条件の測定でそ
の変性温度は約32℃である。よってアシル化の導入率
を変えることにより変性温度を調整することができる。
【0015】コラーゲンは中性で生体と同様の浸透圧を
持った溶液に調整し、使用することができる。具体的に
は生理的食塩水、リン酸緩衝液等の溶液とする。その際
のコラーゲンの濃度は5mg/mLから30mg/mL
とするが、望ましくは10mg/mLから20mg/m
Lである。このコラーゲンの中性溶液を眼内温度である
35℃に加温すると変性するが、その溶液の変性前と変
性後の400nmでの透過率を測定した場合、その透過
率が変性により90%以下、望ましくは95%以下に低
下しないことが必要であり、もし90%以下に低下する
場合には、先に述べたように手術時の視野確保が困難と
なり、また術後に眼圧が上る可能性が出てくる。
【0016】
【実施例及び比較例】以下に実施例をもって具体的に説
明する。 実施例1 牛原皮片を70%エタノールに1週間浸けて脱脂し、ア
ルカリ溶液(0.75N水酸化ナトリウム、硫酸ナトリ
ウム、モノメチルアミン)中で2週間溶解した。その後
原皮片を中性溶液にて洗浄、遠心回収を数回繰り返し、
コラーゲンの沈殿を得た。この沈殿をpH2.5に調整
して溶解し、加圧濾過器(ザルトリウス社製)を用いて
コラーゲン濃度0.5%で4気圧以下で加圧濾過した。
得られた溶液を濃縮し、コラーゲン濃度1.5%の中性
溶液(0.1Mリン酸緩衝液)を調製した。このアルカ
リ可溶化コラーゲンは等イオン点が4.95、変性温度
が34.1℃であった。この溶液を35℃で加温したと
ころ白濁せず透明性を維持し、その透過率は変性前に対
して95%以上であった。
【0017】実施例2 牛原皮片を70%エタノールに2晩浸けて脱脂し、アル
カリ溶液(1.0N水酸化ナトリウム、硫酸ナトリウ
ム、モノメチルアミン)中で1週間溶解した。その後原
皮片を中性溶液にて洗浄、遠心回収を数回繰り返し、コ
ラーゲンの沈殿を得た。この沈殿をpH2.5に調整し
て溶解し、コラーゲン濃度0.5%で4気圧以下で加圧
濾過した。得られた溶液を濃縮し、コラーゲン濃度1.
5%の中性溶液(0.1Mリン酸緩衝液)を調製した。
この溶液をウサギの前房に0.2ml注入し、24時間
まで経時的に観察したところ、白濁物の析出、眼圧上昇
等が見られず、正常眼と同様に透明な前房を維持してい
た。
【0018】実施例3 既知の方法に従ってペプシン可溶化コラーゲンを調製し
た。このコラーゲン100mlをpH9に調整してコラ
ーゲン分散液を生成し、この分散液に1%の無水コハク
酸アセトン溶液0.1mlを加えてpH9に維持しなが
ら3時間撹拌し、次にこれを水に対して透析してコハク
酸を除去し、サクシニル化アテロコラーゲンを得た。こ
のコラーゲンをpH2.5で溶解し、コラーゲン濃度
0.5%で4気圧以下で加圧濾過した。得られた溶液を
濃縮し、コラーゲン濃度1.5%の中性溶液(0.1M
リン酸緩衝液)を調製した。このサクシニル化コラーゲ
ンは等イオン点が4.46、変性温度が31.9℃であ
った。この溶液を35℃で加温したところ白濁せず透明
性を維持し、その透過率は変性前に対して95%以上で
あった。
【0019】比較例 牛原皮片を軽く水洗し、アルカリ溶液(0.75N水酸
化ナトリウム、硫酸ナトリウム、モノメチルアミン)中
で2週間溶解した。その後原皮片を中性溶液にて洗浄、
遠心回収を数回繰り返し、コラーゲンの沈殿を得た。こ
の沈殿をpH2.5に調整して溶解し、コラーゲン濃度
0.75%で5気圧で加圧濾過した。得られた溶液を濃
縮し、コラーゲン濃度1.5%の中性溶液(0.1Mリ
ン酸緩衝液)を調製した。この溶液をウサギの前房に
0.2ml注入し、24時間まで経時的に観察したとこ
ろ、眼圧が上昇し始めるとともに4時間後から白濁物の
析出が観察され、6時間後に眼圧、白濁ともにピークと
なった。24時間後には白濁物は観察されなくなり、眼
圧も正常値にもどった。
【0020】
【発明の効果】以上述べたように、本発明であるコラー
ゲンよりなる眼科手術補助剤は高い粘弾性を有してお
り、手術時は術部周辺の組織を保護し、術後は速やかに
変性して粘弾性が著しく低下する。さらに、変性後に白
濁が起こらず、手術前後を通じて透明性を維持すること
ができる。従って従来の手術補助剤に見られる使用後の
眼圧上昇等の問題がなく、また術後の医師の所見に影響
することもなく安全に使用できる。
───────────────────────────────────────────────────── フロントページの続き (72)発明者 宮田 暉夫 東京都新宿区大久保2−2−6 第3松田 ビル10階 高研研究所内 (72)発明者 伊藤 博 東京都新宿区大久保2−2−6 第3松田 ビル10階 高研研究所内 (72)発明者 田中 晶子 東京都新宿区大久保2−2−6 第3松田 ビル10階 高研研究所内