独り暮らしのキャリアウーマンが入院し、医師の診断では脳梗塞の既往があって要介護2の判定、元の生活には戻れない。さてどうする。
動くしかあんめえ!誰かが彼女のこれまでとこれからを整理しないといけないという訳で僕らの夏は特別暑く忙しかった。自分仕舞いのシミュレーションを6カ月もかけて経験させてもらったのだった。朝の定点は20度、今はもう秋。

「終活」を広辞苑で見たら、なかった。Wikipediaによると、ここ十年ほどの造語であるらしい。僕は福祉関連のイベントに顔を出すようになってエンディングノートだの自分じまいだのと耳にしたが、他人ごとのように思ってた。そんなに歴史のある言葉でもない。
どなたにも(自分にも)等しく訪れるはずの死は、僕には遠いものだ。今も!
自分の兄弟が死ぬ、倒れる、を目の当たりにしても、自分には遠い。ひょっとして次の瞬間に自分の心臓が止まるかもしれないのにね。
でもそんなことを考えながら生きてられるかってんだ。生きるってのは夢や希望と共にあってこそだし、よく生きたとは長く生きたということじゃなく、どんな人生だったかクオリティの問題だ。その瞬間まで輝いていたい。
今まで考えなかったようなこんなことを書きつけているのは、コロナのお蔭でカスカスになった日々の営みに一矢報いてやりたいからだ。
自粛コールに呼応して慎んでいるモノたちをどうにかして復活させたいと考えている。
先週から朗読教室が復活し、リコーダーもピポピポ合わせ始めようかな。「みんなのえん」での昔話は高齢者が対象なのでもうちょっと我慢だけど、日本語教室はリモート講座のハウツーを教えてもらお。もうすぐ十月(米の収穫)だから息子たちの助っ人が必要だし、孫たちの運動会文化祭も気になるトコロ。やりたいことが次々に浮かぶ。
感染は怖い、活動はしたい。さてどうする。動くしかあんめえ!
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