第5話 アキツグの成長

次の日の朝、朝食を取り終え支度を済ませると玄関へと向かった。
外ではすでに多慈美が待っていた。どうやら先に支度を終え俺のことを待っていたようだ。
昨日とは打って変わって上機嫌に見える彼女に声をかける。
しかし彼女は俺に気づくことなく、鼻歌を歌いながら軽い足取りで歩いていた。
そんな様子を見て思うことは一つだ――可愛い――。
(いやいや何を考えているんだ……落ち着け、冷静になるんだ)
そんなことを考えていたその時、急に彼女は振り向いたかと思うと俺を見た後、再び歩き始めたのだった。
何か怒らせるようなことをしただろうかと思い、慌てて彼女の後を追うことにした。
(やっぱり昨日のことを気にしてるのか……?)
そんなことを感じながら歩いているとふと、あることに気づく。
(あれ?そういえばなんで俺達会話してないんだろう……)
彼女と出会って数日経つが、今までこんなに長く無言が続いたことはなかったはずだ。
いや、そもそも俺が話を振らないだけかもしれないが……
(もしかして避けられてる?いやまさかな……)
などと考えながらギルドに到着すると、早速受付へと向かった。
「こんにちはー、昨日の掃除の依頼ですが」
昨日の依頼の続きを受けようと受付嬢に尋ねる、
「ごめんなさいねぇ、昨日の依頼、結局昨日で終わったみたいなのよ、今は報酬の精算中だから、もう少し待っててね?」
そう言われたら仕方がない、俺達はステータスカードを更新だけお願いして、掲示板で仕事を探すことになるした。
掲示板の前で依頼を探す俺達だが、確認しておきたいことがあるので聞いてみることにした。
それはもちろん多慈美のことだ。昨日のこともあり少し気まずかったため、今この場で聞いておくことにしたのだ。
しかし直接聞く勇気はなく遠回しに質問することにした。
「あのー……昨日のことなんだけど……」
すると多慈美は驚いた様子でこちらを向くと、一瞬の間の後に答えた。
「ああ、あれは忘れていいわよ!私も言い過ぎたし……」
そう言うとすぐに顔を背けてしまった。やはり気にしていたのだろう、だがここで引くわけにはいかない俺は続けて尋ねる。
「それならいいんだけどさ……でもなんでそんなに強いのか気になるんだけど……」
すると彼女は言った。
「……そのうち話すわよ、私の特殊な能力もね」
と。
「そんなことより早く仕事を探さないと日が暮れちゃうわよ!」
そして話題を変えるかのように彼女は言う。
そう言われて改めて掲示板に目を向ける。そこには多くの依頼書が貼られていた。その内容は主に街周辺の警備や土木作業などの肉体労働が多いようだった。
そして依頼書の中で1つだけ気になったものがあったので指を指して多慈美に提案した。
その依頼書にはこう書かれていた――薬草採取――である。
この依頼には特に期限などは書かれていなかったが、以前トレーニングを行った川辺から採ってくるだけの簡単なものだ。
「だめよ、こんなの簡単過ぎてアキツグが成長しないじゃない!」
案の定却下されたので別のものを探していると、今度は多慈美から提案された。
「そろそろステータスカードの更新も終わる頃だし、一回受け取って考えましょ」
そう言って二人は受付に向かうことになった。
カウンターに着くと、ちょうど受付嬢から声がかかる。
どうやら俺たちの仕事が完了したようだ。
ステータスカードを受け取り確認すると、レベルは3に成長していた。
俺は忘れていたこと――いつの間にか見習いを卒業し魔術工学師となっていたこと――を改めて受付嬢に相談することにした。
「変ですね、確かに魔術工学師見習いをレベル2や3で卒業するなんて、過去に聞いたことが無いですね。」
「職業だけは飛び級なのに、スキルはレベル相応なのよね。」
横から多慈美が口を挟む。
その事を聞いて俺は思ったことを言う。
「一体どうして職業だけ成長を……」
単純な疑問だった。なぜ職業だけをクラスアップさせることが出来たかということだ。
しかしそんな俺の疑問など意に介さず、受付嬢は話を続けた。
「まぁ、職業が魔術工学師なら問題ないです。むしろクラスアップ試験を受けなくて良くなるので好都合ですよ?」
その言葉を聞き、疑問が解決した訳ではなかったが、これ以上考えても仕方ないと思った俺は気にしないことにした。
そんな時、隣で話を聞いていた多慈美が言う。
「そういえば、アキツグは勝手に魔術工学師になったわけだけど、スチームロコの教習一回も受けてないのよね」
「スチームロコ教習はしばらくないの?」
多慈美が右肘を受付の机にのせ、まるで恫喝するように受付嬢に問う。それに対して受付嬢は淡々と答える。
「いえ、ありますよ、早くて明日ですね」
「いいじゃない、じゃあアキツグは明日スチームロコの教習に参加ね」
「魔術工学師なら、スチームロコは乗れて三流、整備できて二流、製造できて一流って言われてますから」
一体誰の格言だろうか、受付嬢が笑顔で付け加えた。
何故か明日の予定が決まったところで話が一段落ついたようなので、俺達は改めて依頼を探す。
「できればアキツグが苦手な討伐が良いわね……」
そう呟くと、多慈美が一枚の依頼書を俺に手渡した。その依頼書にはゴブリン討伐と書かれている。
その依頼書を見て思わず声が出る、依頼書には討伐数10体と記されていた。
しかし俺の不安をよそに多慈美は続けた。
「討伐数は5体でいいから、大丈夫よね?」
(何が大丈夫なのか分からないけど、とりあえず頷いておこう……)
俺は黙って頷いた。
依頼書を手にして手続きを済ませる。
「討伐の証に右手を回収してきてください」
と受付嬢には言われ、俺は依頼を受けるか躊躇ったが、多慈美は俺に構うことなく受注する。
「さぁ! 行くわよ!」
と多慈美は俺の右手を掴み、目的地に向かって連れ出していった。
草原の中を伸びる道を進んでいくとやがて森の入口へと辿り着いた。
今回の目的はゴブリンを10匹倒すことだ。前回の教訓を生かし、今回は複数体に囲まれるような戦闘を避けていくことにする。
(確かこの辺だったよな……)
そう思いつつも森の中を探索していく。しばらく進むと前方に一体のゴブリンを発見した。
(いた……!)
俺は手にメガネレンチを構えると、音を立てないようにゆっくりと近づいていく。
幸いにも相手はまだこちらに気づいていないようだ。
さらに近づくと、ようやく相手も気づいたようでこちらを見た。
しかしその瞬間、ゴブリンは短い悲鳴をあげ倒れた。
(よし!うまくいったぞ!)
内心喜びながらも冷静にメガネレンチをしまう。
不意に背後から声をかけられた。
驚き振り返るとそこには多慈美がいた。
彼女は既に倒したらしく、手には短剣を持っていた。
彼女はそのまま近づいてくると、俺の手元を覗きこみながら言った。
「やるじゃない! 確か一人で倒したのも初めてよね? これならすぐにレベルアップできそうね!」
そう言うと彼女はゴブリンの死体に近づき、腰を落とすと短剣で切り裂いていった。
モンスターとはいえ人型である。
その姿は見るに堪えない光景であった。
多慈美は手際よく解体すると、俺にゴブリンの右手を2つ手渡した
そして言った。
「袋に入れて持ち帰るわよ、また襲われても面倒だしね」
彼女がそう言うと鞄から麻袋を取り出す。
切断した手首のあたりからゴブリンの血だろうか、多量の液体が漏れ出している。
俺は受け取った右手をそっと袋に入れた。
俺が地面に置いた袋を持ち上げると袋の底は赤く滲んでいた。
「別に右手を持っていくだけなら、倒す必要もないのか……」
と末恐ろしい独り言を隣で多慈美は呟いていた。
その後俺たちは更に森の奥へと進んでいった。
しばらく歩くと再びゴブリンを見つけた。
今度は二体いるようだったが、それでも彼女は臆することもなく、躊躇うことなく向かって行った。
俺も急いで追いかけると、丁度戦闘が始まるところだった。
最初に攻撃を仕掛けたのは彼女の方だった。
素早い動きで接近すると、瞬く間に一匹目の首を跳ね飛ばす。
もう一匹の方はというと、一瞬の出来事に動揺したのか動きが止まっていた。
(今だ!!)
俺はすかさずメガネレンチを取り出し、思い切り振り下ろした。その一撃は見事に命中したが、一撃で仕留めるまでには至らなかった。
だがそれで十分だった。動きが止まったところにもう一発叩き込むだけで良かったのだから。
これで二匹目も無事討伐することができた。
(よし!順調だ!このままいけばすぐにレベルアップできるかもしれない!)
そう思うと自然と足取りも軽くなるというものだ。
軽くなった気持ちを吹き飛ばすように、隣では多慈美が黙々とゴブリンの右手を切断していた。
(それにしても……)
ふと気になって多慈美の方を見る。彼女は息1つ乱すことなく平然と歩いていた。
(やっぱりすごいな……)
俺は感心していた。それと同時に自分の弱さを痛感していた。
今までは多慈美に助けられていたが、今日は自分一人で戦わなければならない場面もあるはず。
そう覚悟していたが、多慈美に助けられてばかりだった。
そんなことを考えながら歩いていると突然、多慈美が立ち止まった。何事かと思い前を見ると、そこには三匹のゴブリンが待ち構えていた。
どうやら囲まれてしまったらしい。
複数体に囲まれるような戦闘を避けるつもりが、考え事をしているうちにゴブリンに誘い込まれてしまったようだ。
多慈美もそれに気づいたのか構えを取ると、ゴブリン達は一斉に襲いかかってきた。
多慈美はそれをひらりとかわすと、すれ違いざまに一匹のゴブリンを切りつける、すると残りの二匹が同時に襲いかかる。
それをまたしても鮮やかにかわすと、それぞれに対して一撃ずつ浴びせた。すると最後のゴブリンが逃げ出す。
しかし多慈美はそれを見逃さなかった。
素早く回り込み、ゴブリンの首を落としたのだった。
鮮やかな手並みだった。
俺はただ呆然と見ていることしかできなかった。
しばらくして多慈美がこちらを向いた。
どうやら右手の回収が終わったようだった。
そして俺の方を向くと言った。
「さぁ行きましょうか」
そして歩き出したのだった。
多慈美は歩きながら指折り数える
「私はもう5体倒したから、残りはアキツグね。手伝わなくても大丈夫ね?」
「え、俺、後3体もいるんだけど……」
「それじゃあ、私はあっちに行くからアキツグはそっちよろしく。」
「見つけたら呼ぶからちゃんと来てよね、大丈夫よ、ピンチのときはちゃんと行くわよ!」
そう言うと彼女は走り出した。
俺は不安になりながらも多慈美の指示通り、別れて進むと、そこには2体のゴブリンがいた。
(なるほど、ここで待ち伏せていたってわけか)
そう思いながらも慎重に近づいてゆく。
ある程度近づくと、向こうもこちらの存在に気付いたようだ。
しかし気付くのが少し遅かったようだ。
コブリンは既に俺の攻撃範囲内だった。
メガネレンチを振り下ろす。
ゴブリンは避ける暇もなく頭に攻撃を受け、その場に倒れた。
横から別のゴブリンが襲ってくる。
とっさにメガネレンチでガードの姿勢を取ったものの、ゴブリンの攻撃は腕をすり抜け俺の顔面に直撃した。
そのまま後ろに倒れそうになるところを何とか踏ん張った。
体勢を立て直そうとすると、すでに目の前には棍棒を振り上げたゴブリンがいた。
慌てて横に飛び退くと間一髪攻撃を躱し、反撃を試みる。
しかし今度は後ろから新手のゴブリンが現れた。
俺は慌てて横に飛ぶ、すると先程まで立っていた場所にゴブリンの棍棒が振り下ろされた。
なんとか距離を取ろうとするが、前後を挟まれてしまっているため逃げることも出来ない。
(やばいな……このままだといずれやられるな……)
そう思ったときだった。
突如目の前のゴブリンが悲鳴を上げたかと思うと仰向けに倒れた。見ると頭頂部にナイフが刺さっているのが見えた。
(助かった……)
そう思って後ろを振り向くと、そこに多慈美が立っていた。
俺は思わず多慈美に駆け寄った。
そして礼を言う。
「ありがとう、多慈美」
しかし彼女は少し不満そうに言った。
「お礼なんていいから、危なくなったらさっさと呼んでよね……」
そう言うとそっぽを向いてしまった。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
そんなやり取りをしている間も、敵は待ってくれない。
新たに現れたゴブリン達が襲い掛かってくる。
(今はとにかく戦うしかない……!)
そう思い、まずは目の前にいるゴブリンを倒そうと身構える。しかしその時、後方から飛んできた何かがゴブリンの頭に命中した。それは先程彼女が使っていた投げナイフだった。
どうやら援護してくれるつもりらしい。
ならばと思い、俺は一気に距離を詰めるとメガネレンチを振るった。
しかしその攻撃は空を切った。
なんとゴブリンは俺の攻撃をギリギリのところで避けたのだ。
しかもその拍子にバランスを崩して転んでしまった。
そんな隙を逃すはずもなく、ゴブリンは再び飛びかかってくる。
(まずい!)と思った次の瞬間、俺の前に飛び出した多慈美が、ゴブリンに向けて回し蹴りを放った。
その一撃により、ゴブリンは吹き飛ばされた。
それを見て、俺もゴブリンに殴りかかる、すると運良く当たり、そのまま吹き飛んでいった。
多慈美の方を見ると、彼女もまた、一体倒したところだった。
俺達はお互いに顔を見合わせると頷き合い、
「アキツグも右手の回収する?」
その問いに丁重に断りを入れ、多慈美が右手を回収を終えると、俺たちはその場を後にした。
俺と多慈美は周囲を警戒しつつ移動していた。
今のところ周囲にモンスターの気配はなく、静かなものだった。時折木々の隙間から日の光が差し込む以外、周囲は薄暗いままである。
しばらく進むと多慈美が言った。
「ちょっと休憩しましょうか?」
その言葉に頷くと俺達は腰を下ろした。
一息ついたところで、気になっていたことを質問する。
「そういえばさ、さっき助けてくれた時ってどうやってゴブリンを蹴っ飛ばしたんだ?なんか凄い勢いで回転してたけど」
その質問に彼女は答える。
「あぁあれ?あれはただの風魔法よ?でもまぁ、確かにゴブリンを倒すには威力不足だったけど」
そう言って笑った。
それを聞いて納得する。
(やっぱりそうか、どうりであんなことができるわけだ)
そして再び疑問を投げかける。
先程の戦闘で見せた技についてだ。
それを聞いた彼女は答えた。
どうやらさっきのは【ウインドカッター】という風の刃を飛ばす魔法で、レベルが低いうちは使い勝手が悪いのだという。
そのためあまり使うことはなく、もっぱら多慈美は移動時の助走として使うのだそうだ。
(なるほど……つまり俺は低レベルの内はあの程度のことしかできないってことか……)
そう納得していると彼女が言った。
どうやらそろそろ出発するつもりのようだ。
再び森の中を進み始めると、やがて広い場所に出た。どうやらここが最後の目的地だったようだ。そこはまるで闘技場のように円形になっていた。
そしてその中心に、1匹のゴブリンがいた。どうやら俺達を待っていたようだった。
(なるほど……これが依頼にあった討伐対象を束ねているボスだな)
俺は心の中で呟くと、メガネレンチを握りしめ構えの姿勢をとった。
一方多慈美は長剣を構えると静かに呼吸を整えていた。
それを見たゴブリンの叫びを合図に戦いが始まった。
先に攻撃を仕掛けたのはゴブリンの方だった。ゴブリンは短剣を手にこちらに突進してきた。
それに対して俺は咄嗟にメガネレンチを盾代わりに構えると、ゴブリンの短剣を受け止めた。
その瞬間、甲高い金属音と共に火花が散った。
俺はその衝撃に耐えられず後方に弾き飛ばされてしまう。
(くっ……!何て力だ……!)
なんとか体制を立て直すとゴブリンの方を見る。すると既に素手で次の一撃を繰り出そうとしていた。
すかさずそれを防ごうとするも間に合わず、まともに受けてしまった。幸いにも急所は外れたものの、その衝撃で後ろによろめいてしまう。
(このままじゃまずい!)
そう思った時だった。
多慈美の放った一撃が、ゴブリンの体を切り裂く。その一撃によって大きく怯んだゴブリンに、俺は渾身の一撃を叩き込んだ。するとゴブリンはそのまま倒れて動かなくなったのだった。
しばらくその場で休息をとると、多慈美が言う。
「お疲れ様、どうだった?」
俺は正直に答えることにした。
「全然ダメだった……」
すると彼女は笑いながら言った。
「そりゃそうよ、私だって最初はそんな感じだったわ」
そして続けた。
「だからそんなに落ち込まなくていいのよ」
励ましてくれているのだろうか……?いや、恐らく違うだろう……きっとバカにしているに違いない……そう思うと無性に腹が立ったので言い返すことにする。
「落ち込んでないし」
そう言った俺に彼女は言う。
「あら、そうなの?じゃあもっと頑張ることね」
そう言うと彼女は歩き出した。
そんな彼女の背中を見て思う……やはり悔しいな……このまま終わるわけにはいかない……そう思うと自然に体が動いていた。
気がつくと彼女の後を追っていた。
そして声をかける。
俺を置いて行かないでくれ、一緒に連れて行ってくれ、頼むから見捨てないで――依頼を終えた達成感をよそに浮かんできたのは、何とも勝者とは思えぬ言葉だったが、結局口にできたのは一言だけだった。
「……待って……」
(情けないな……俺は……)
そう思いながらも来た道を戻り、多慈美の家へと帰るのであった。
アキツグの冒険者生活五日目はこうして幕を下ろした――
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