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中国産ゲームが覇権を取るまでの経緯と歴史、その背景。そして、日本に必要な要素とは何か?

私が体験し、かつ知る限りの中国のゲーム事業がどういう歴史をたどって、今世界のゲーム業界において覇権を取るまでの影響を持つようになったのか? という内容をまとめてみた。

きっかけは前回公開した記事で、日本だけではなく、韓国と台湾の方などからも、「今自分たちも似たような環境になっている」という共通の声をいただいたからである。

前回の記事では確かに悲観的な内容にはなったかもしれないが、それでも今ゲーム開発をしている会社は今まで以上に必死に知恵を絞り、チーム一丸となり、覚悟を持って世界にいいものを届けようと闘っていることを知っている。

そこで今回は、皆様ご存じの通り、莫大な成長を遂げ、とてつもない影響力を与えている中国のゲームの歴史を振り返り、その発展と理由、そして日本でもどうすべきだろうか? について紐解いてみたい。

たしかに大きな市場を持っているというポテンシャルを持っている点では変わりないが、それだけでは語れない。過酷な政治的背景を生き延び、ビジネスモデルを拡張させ、独特の推進力で今の土壌を築いた彼らの底力もセットで学べる点がないかを模索したい。

《お願いと注意事項》
本記事の事実関係はできる限りの調査の上で書いていますが、ところどころで推測や個人的な価値判断が強く入っていると思います。その部分を『絶対的な事実』として引用しないで、あくまでこういうことがあり、その背景はこうとらえることもできるんだな、とご理解いただければ幸いです。


《私の経験値》
2004年頃からPCオンラインゲーム事業に関わり、韓国、台湾、中国のサービスの買い付けやローカライズ&サービス展開を行ってきました。リサーチ、交渉、時には共同開発ということで、現地に何度も足を運び、開発会社とも一緒に開発〜リリース〜運営をしてきた経験があります。これを2019年頃まで行ってきました。実際現地を定期的に訪れて仕事をしましたが、確定的な現地経済等に詳しいわけではないですし、情報の齟齬があるかもしれませんが、自分なりに経験してきた体験値と周囲の情報を統合してまとめてみました。

若い人はほとんど知らないであろう、2000年代からスマホAAA時代まで、中国のライブゲーム市場の構成に至る、本国の制度・経営構造を一気通貫で読み解いてみよう。

これを知ることで、日本のゲーム業界では今何が起こっているのかについても見えてくるところが多いと思う。


はじめに:なぜ彼らは、覇権を取るまでのコンテンツを出し続けられるのか?

2020年代、中国発のゲームはもはや「スマホゲーム」という言葉では収まりきらないほどに成長を遂げており、コンソール業界でも轟く名前の名作が多く出てきている。もちろん、日本は元から世界に向けて轟く名作は数あれども、昨今は中国作のゲーム、とりわけライブゲームにおいては圧倒的なクオリティとボリュームの存在感が多い。それだけでなく、世界の有名企業Epic Gamesの大株主がTencentになるなど、その影響範囲もすさまじい。

ではなぜ、ここまで中国がゲーム市場で大攻勢を遂げたのか?

それは単に「中国の方が人口が多いから」「人件費が安いから」だけではない。

現在の中国ゲーム市場は、ユーザー数約7億人、年間売上約6〜7兆円(※中国ゲーム産業の市場規模は発表団体によって差があるが、近年の統計を円換算すると「数十兆円」寄りの推計もあり)という巨大市場へと成長している。モバイルゲームが売上の7〜8割を占め、PCオンラインゲームは依然として高い収益性を維持。そしてコンソール向けAAAタイトルがブランドと技術力の象徴として存在感を増している。

しかし、この巨大市場は一夜にして生まれたわけではない。本記事では、市場データ・歴史・経営構造の三層から、中国ゲーム産業がいかにしてこの地位を築き上げたのか、その要因を探って記述していこうと思う。


第1部:PCオンラインゲーム黎明期(2000-2008)- 主要な出来事と市場の形成

中国ゲーム産業が今日の地位を築くに至った背景を、歴史を紐解きながら分析する。その進化の過程は、大きく三つの時代に区分することができる。

  1. PCオンラインゲーム黎明期(2000-2008): 政府の規制と独自の市場環境が、後の巨大な怪物級企業の骨格を形成した時代。

  2. モバイルシフトと多様性の爆発(2009-2017): スマートフォンの普及が市場の主役を交代させ、PC時代のDNAがモバイルへと受け継がれ、多様なヒット作が生まれた時代。

  3. 規制強化とグローバル化の螺旋(2018-現在): 国内の規制強化が、皮肉にもグローバル市場への進出を加速させ、『原神』のような世界的タイトルを生み出すに至った時代。

本章では、まず最初の時代区分である、2000年から2008年にかけてのPCオンラインゲーム黎明期を概観する。

この時期は、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟を機に、中国が「世界の工場」として急成長を遂げる激動の時代であった。しかし、ことゲーム産業においては、WTOの影響により、世界でも類を見ない独特な市場構造が形成されることとなる。この特異な環境こそが、後の飛躍の土台を築いたのである。

WTO加盟によるゲーム業界への影響。そして中国経済に何をもたらしたのか

2001年12月、中国は世界貿易機関(WTO)への加盟を正式に実現した。WTOとは、国際的な貿易ルールを定め、加盟国間の経済的な公正な競争を促進する国際機関である。加盟国は、相互に関税を引き下げ、市場を開放することで、より自由な貿易を実現することが求められる。

中国のWTO加盟は、世界経済史における極めて重要な転換点であった。それまで中国は、外資系企業の進出に対して高い関税や規制を設けることで、国内産業を保護してきた。しかし、WTO加盟により、こうした保護主義的な政策は撤廃を迫られることになったのである。

その結果は劇的で、加盟後、中国は急速に「世界の工場」へと転換。多国籍企業が次々と進出し製造業を中心に経済成長。2001年から2008年の間に、中国のGDPは約2倍に成長し、都市部への人口流入も急速に進んだ。

しかし、この経済開放は、同時に外資系企業による市場支配の脅威をもたらし、ゲーム産業も例外ではなかった。当時、世界のゲーム市場はソニーのPlayStation 2やマイクロソフトのXboxといった日本・米国製のコンソール機が支配していた。

中国政府は、WTO加盟による市場開放の波が、こうした強力な外資系ゲーム企業を中国市場に殺到させ、国内産業を根こそぎ駆逐することを懸念したのである。

1-1. 制度が市場構造を「ねじ曲げた」時代

コンソール禁止令:外資への「防波堤」と国内IT産業の「聖域」

そこで中国政府は、2000年6月、家庭用ゲーム機(コンソール)の製造・販売・輸入を全面的に禁止するという決定を行った。表向きの理由は「青少年の心身の健康への悪影響を防ぐため」とされたが、その真の狙いは、より複雑な産業政策にあったと言われている。

当時、世界市場はソニーの『PlayStation 2』が席巻し、コンソールゲームこそがビデオゲーム文化の王道であった。翌年にWTO加盟を控え、これらの強力な外資製品が中国市場に無規制で流入すれば、まだ黎明期にあった国内のIT・エンターテインメント産業が根こそぎ駆逐されかねない。この禁止令は、そうした事態を防ぐための非関税障壁、すなわち「防波堤」として機能したのである。

結果として、コンソールゲームという巨大な市場が人為的に閉ざされ、中国のゲーム産業はPCオンラインゲームという、当時まだ世界的に見ても発展途上であった領域に特化せざるを得なくなった。これは、意図せずして国内企業のための「聖域」を作り出すことになったのである。

ネットカフェ文化の勃興:都市化の受け皿となった若者の「第三の場所」

コンソールという選択肢を失った若者たちが向かった先、それが「網吧(ワンバー)」と呼ばれるインターネットカフェであった。2000年代初頭の中国は、改革開放政策による急速な都市化の真っ只中にあり、多くの若者が成功を夢見て地方から都市部へと流入していた。しかし、彼らの住環境は決して豊かではなく、月収が数百元程度であった時代に、数千元もする家庭用PCは高嶺の花であった。ネットカフェは、そうした若者たちにとって、1時間数元という安価で、かつ最先端のデジタル文化に触れられる、まさに第三の場所として機能し、急拡大していったのである。

そこは単なるインターネット接続サービスの提供場所ではなかった。狭い寮や窮屈な家庭では得られない解放感、同じゲームに熱中する仲間との一体感、そして仮想世界で得られる達成感。ネットカフェは、ゲームコミュニティの中心地であり、若者たちの社交場として、爆発的にその数を増やしていった。この熱気が、後のオンラインゲーム市場の巨大な受け皿となるのである。

1-2. 「模倣と最適化」から生まれるビジネスモデル

韓国産MMORPGの衝撃と「中国化」

2000年代初頭、この勃興期の市場に大きな影響を与えたのが、地理的にも文化的にも近い韓国から流入したMMORPG(多人数同時接続型オンラインRPG)であった。『Lineage』や『Legend of Mir 2』といったタイトルは、ネットカフェの環境で多人数が同時にプレイすることを前提に設計されており、中国のユーザーを瞬く間に虜にした。

Legend of Mir 2

しかし、中国企業は単なる運営代理店に留まらなかった。彼らは、これらの成功モデルを徹底的に研究し、「中国化(チャイナナイゼーション)」という独自の戦略を編み出す。いわゆるカルチャライズというものだ。

例えば、ゲームの舞台を中国の歴史(三国志や西遊記など)に置き換え、キャラクターデザインや物語を中国人の好みに合わせる。そして、より重要な点として、ビジネスモデルを中国市場に最適化させていった。この「模倣と最適化」こそが、この時期の中国企業の急成長を支えるエンジンとなったのである。

ビジネスモデルの革命:時間課金から「F2P+アイテム課金」へ

当時の中国ではソフトウェアの海賊版が蔓延しており、「プログラムそのものにお金を払う」という文化が根付いていなかった。そのため、初期のオンラインゲームは、プレイ時間に応じて課金する「時間課金」での徴収方法が主流だった。しかし時間課金モデルは、消費者心理と相性が悪く、ユーザーの拡大を妨げる要因となっていた。

この壁を打ち破った代表作が、盛大(Shanda)運営による『Legend of Mir 2』で導入した「Free-to-Play(F2P)+アイテム課金」という革新的なビジネスモデルであった。
ゲームのプレイ自体は無料とし、ゲーム内で有利になるアイテムや、キャラクターの見た目を飾るアバターなどに課金させる。この方式は、「モノ(ソフト)にはお金を払わないが、体験や優越感、自己表現にはお金を払う」という、当時の中国の若者の消費マインドに見事に合致した。
参入障壁を劇的に下げつつ、一部の熱心なユーザーから巨額の収益を上げるこのモデルは、瞬く間に業界の標準となり、中国ゲーム企業に巨大なキャッシュフローをもたらすことになったのである。

1-3. Tencentの台頭とプラットフォーム戦略

2003年、後に業界の巨人となるTencentがゲーム事業に本格参入する。彼らの最大の武器は、当時すでに数億人のユーザーを抱えていたインスタントメッセンジャー「QQ」だ。

Tencentの戦略は、このQQという巨大なソーシャルグラフを、そのままゲームプラットフォームとして活用することであった。『QQ Speed(QQ飛車)』(カートレースゲーム)や『QQ Xuanwu(QQ炫舞)』(ダンスゲーム)といったカジュアルゲームをQQ上で提供し、友人同士で競い合わせることで、ユーザーを雪だるま式に増やしていった。これは、ゲーム単体で勝負するのではなく、既存の巨大なユーザー基盤をテコに市場を支配する、強力なプラットフォーム戦略の幕開けであった。

QQ Speedのスマホ移植版「爆走ドリフターズ」。日本では2023年にサービス終了

さらに2007年以降、Tencentはその潤沢な資金を元に、韓国製の人気FPS『CrossFire(クロスファイア)』やアクションゲーム『Dungeon Fighter Online(アラド戦記)』の中国独占配信権を獲得する。これらの大ヒットにより、Tencentは莫大な利益を上げ、その後のM&Aやグローバル投資の原資を築き上げていくのである。

『アラド戦記』は日本でも爆発的ヒット。2005年から2025年現在もサービスが継続している

1-4. 第1部の総括:制度が生んだ独特の市場構造と巨大な資本の蓄積

2000年代の中国ゲーム市場は、まさに「偶然と必然の産物」であった。

コンソール禁止令という政府の介入が、PCオンラインゲームという「聖域」を生み出し、WTO加盟後の経済成長と都市化が、ネットカフェという巨大な受け皿を創出した。そして、海賊版が蔓延する市場環境が、F2P+アイテム課金という革新的なビジネスモデルの誕生を促したのである。

この特異な環境下で、中国企業は「模倣と最適化」を通じて開発ノウハウを急速に蓄積し、F2Pモデルによって継続的かつ巨大なキャッシュフローを生み出す仕組みを確立した。この時期に蓄積された、「継続的な収益を生み出すゲーム設計」「ユーザーデータの分析」「課金メカニクスの最適化」といった経営ノウハウと、なによりも潤沢な資本こそが、次のモバイル時代、そしてグローバルな覇権争いへと向かうための、強力な土台となったのである。


《与太話》
日本ではGameOn社の韓国産MMORPG「レッドストーン」がガチャ販売の走りだと言われており、現エイミングCEOの椎葉さんが最初に実装を持ちかけた、というのは業界内ではよく聞く話。でも当時一番爆発成功したのは「スカッとゴルフパンヤ」のガチャ販売。
ちなみに「アラド戦記」は日本ではNexonが運営継続している化け物ゲームでもある。

第2部:2010年代 ― モバイルシフトと品質競争

2010年代、中国のゲーム産業は歴史上最大の地殻変動に見舞われる。主戦場がPCからモバイルへと劇的にシフトしたのだ。しかし、これは単なるプラットフォームの移行ではなかった。PCオンラインゲーム時代に培われた開発ノウハウ、ビジネスモデル、そして巨大な資本力という「DNA」を色濃く受け継いだまま、世界最大のモバイル市場という新たな肉体を得て、中国のゲーム企業は「突然変異」とも言える急激な進化を遂げることになる。

2010年〜2014年:スマートフォンの普及と市場の主役交代

2010年、Appleが「iPhone 4」を発売し、世界的なスマートフォンブームが巻き起こる。中国でも、Xiaomi(小米)やHuawei(華為)といった国産メーカーが安価なAndroidスマートフォンを大量に供給し始め、PCを持たない層にも爆発的にインターネットが普及。これにより、ゲームをプレイする場所はネットカフェのPCから、個人の「手のひら」の上へと急速に移っていった。

市場の主役交代は、データにも明確に表れている。2013年にはわずか112億元だった中国のモバイルゲーム市場は、2015年には514億元へと、わずか2年で4倍以上に急成長。一方、PCオンラインゲーム市場の成長は鈍化し、市場の主役が完全に交代したことが誰の目にも明らかになった。

この初期のモバイルゲーム市場は、まだシンプルなカジュアルゲームやカードゲームが主流だった。しかし、PCオンラインゲームで複雑なMMORPGに慣れ親しんだユーザーたちは、よりリッチで本格的なゲーム体験をモバイルにも求め始めていた。この巨大な需要の存在が、後の「品質のインフレーション」の引き金となる。

2015年:『王者栄耀』が定義した「国民的ゲーム」

この転換期を象徴するタイトルが、2015年11月にTencentがリリースしたMOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)『王者栄耀(Honor of Kings)』である。PCで絶大な人気を誇っていた『League of Legends』のゲーム体験を、モバイル向けに最適化して移植したこのタイトルは、中国のゲーム史を塗り替える社会現象となった。

圧倒的なユーザー数:リリースからわずか1年でデイリーアクティブユーザー(DAU)が5000万人を突破。2020年にはDAUが1億人を超えるという、単一のゲームとしては前代未聞の記録を打ち立てる。

驚異的な収益力:月間売上は常に1億ドルを超え、2021年には全世界で28億ドル(約3200億円)を稼ぎ出し、「世界で最も売れたモバイルゲーム」となった。

モバイルeスポーツ市場の創出:プロリーグ「KPL」は絶大な人気を誇り、若者たちの憧れの職業となるなど、新たな文化を創出した。

『王者栄耀』の成功は、Tencentに絶対的な覇権をもたらすと同時に、「PCゲーム並みのリッチな体験をモバイルで」という市場の方向性を決定づけた。この成功体験が、Tencentを含む多くの中国企業に、モバイルゲーム開発へのさらなる大規模投資を決断させたのである。

2016年〜2018年:「二次元ゲーム」の勃興

『王者栄耀』が市場を席巻する一方で、そのカウンターカルチャーとして、新たな潮流が生まれる。それが、日本の「アニメ・マンガ・ゲーム(ACG)」文化に強く影響を受けた、通称「二次元ゲーム」の勃興である。

この流れを牽引したのが、NetEaseが2016年9月にリリースした和風ファンタジーRPG『陰陽師(Onmyoji)』だ。日本の平安時代を題材に、当時としては最高峰の3Dグラフィックス、豪華な日本人声優陣(釘宮理恵、杉山紀彰など)、そして作り込まれた世界観は、Tencentのゲームとは異なる高品質さを求めるユーザー層の心を掴み、リリースから2ヶ月で全世界1000万ダウンロードを記録する大ヒットとなった。

『陰陽師』の成功は、市場の多様化を象徴する号砲だった。同じ時期に、女性向け着せ替えゲーム『ミラクルニキ』(2015年)、miHoYoの『崩壊3rd』(2016年)で本格的な3Dアクションゲームをモバイルで実現し、Yostarが『アズールレーン』(2017年)で「艦船擬人化」というニッチなジャンルを切り開くなど、様々なデベロッパーが独自の強みを活かしたタイトルで次々と成功を収める。これらのゲームは、いずれも日本の「二次元」文化を深く理解し、それを本家以上のクオリティと物量で再構築したものだった。

この時期、App StoreやGoogle Playといった公式ストアとは別に、bilibili動画のようなACGコミュニティや、高品質なゲームを厳選して紹介するゲームプラットフォーム「TapTap」が、新たなヒット作が生まれる重要な拠点となった。特にTapTapは、デベロッパーがユーザーと直接対話し、フィードバックを得ながらゲームを改善していく文化を育み、中国ゲーム全体の品質向上に大きく貢献した。

ビジネスモデルの進化②:ガチャ+VIP、そしてバトルパス/スキン経済へ

スマホ時代に入ると、ビジネスモデルもさらに進化する。

ガチャ+VIPシステム(2010年代〜)

ランダム排出型課金(ガチャ)が主流になる。課金してガチャを回すと、ランダムでキャラクターやアイテムが排出される。レアなキャラほど排出確率が低く、欲しいキャラを手に入れるために繰り返し課金するユーザーが現れる。

VIPシステムでは、累計課金額に応じてVIPランクが上がり、様々な特典が得られる。課金すればするほど優遇されるため、重課金ユーザーの囲い込みに効果的だった。このモデルは、一部の重課金ユーザー(いわゆる「クジラ」)から莫大な収益を上げることを可能にした。『王者栄耀』や『陰陽師』の爆発的な売上は、このガチャ+VIPシステムの完成形と言える。

バトルパス/スキン経済(2010年代後半〜)

ガチャモデルへの批判や規制強化を受けて、新たなマネタイズ手法も発展してきた。

バトルパス(シーズンパス)は、一定期間(シーズン)ごとに課金すると、プレイ時間に応じて報酬が得られる仕組み。『Fortnite』で世界的に広まったモデルだが、中国ゲームでも広く採用されている。継続的な課金を促しつつ、「課金したらちゃんと遊ばないともったいない」という心理でプレイ時間も確保できる。

スキン経済は、ゲームの性能には影響しない「見た目」(スキン、衣装、エフェクトなど)を販売するモデル。これは特にeスポーツやストリーマー文化と相性が良い。性能に影響しないため「Pay to Win(課金で勝てる)」という批判を回避しつつ、収益を上げられる。『王者栄耀』のスキン販売は、単一アイテムで数十億円規模の売上を記録したこともある。

時代の総括:『原神』へと至る「品質のインフレーション」

2010年代を通じて、中国のモバイルゲーム市場は、Tencentという巨人が君臨する一方で、NetEaseやmiHoYo、Yostarといった多様なプレイヤーが、それぞれの得意分野で「品質」を武器に覇を競う、熾烈な「品質のインフレーション」の時代に突入した。

  • 市場の成熟:単純なカジュアルゲームから、MOBA、MMORPG、3Dアクション、女性向けなど、ジャンルの多様化が進行

  • 品質基準の向上:『王者栄耀』の成功がモバイルゲームの品質基準を引き上げ、『陰陽師』や『崩壊3rd』がグラフィックスと世界観の重要性を証明

  • 開発モデルの確立:PCオンラインゲーム時代に培われた「長期運営」「Free-to-Play」「大規模開発」のノウハウが、モバイルゲーム開発に完全に移植される

この激しい競争の中で磨き上げられた開発力、グローバル市場への知見、そして莫大な資本力。これら全てが結集し、次の2020年代に世界を驚愕させる『原神』という、一つの到達点を生み出すための土壌となったのである。


第3部:2020年代 ― 規制とグローバル化の螺旋

2018年以降、中国ゲーム産業は新たなフェーズに突入する。国内市場では政府による規制がかつてなく強化され、企業の成長に急ブレーキがかかった。しかし、この逆境こそが、中国企業を本格的なグローバル化、すなわち海外進出へと駆り立てる強力なインセンティブとなった。

この章では、国内での苦悩と、それが皮肉にもグローバルな飛翔へと繋がった、この矛盾に満ちた時代を分析する。

3-1. 版号凍結:業界を震撼させた「生死の宣告」

2018年3月、中国のゲーム業界を根幹から揺るがす事態が発生した。新規ゲームの商業的リリースに必須である「版号(ISBN)」の承認プロセスが、何の前触れもなく完全に停止したのである。これは、単なる審査の遅延ではなく、実質的な「凍結」であった。

版号とは何か?

「版号」とは、中国国内でゲームを商業的に配信・運営するために、国家新聞出版署(NPPA)から取得しなければならない認可番号である。これは、書籍におけるISBNコードに相当するものであり、版号なくしてゲームをリリースし、収益を上げることは法的に不可能であるという仕組みだ。

審査では、ゲームの内容が社会主義の核心的価値観に沿っているか、暴力や賭博、わいせつな表現が含まれていないか、歴史的・文化的に適切な描写がなされているかなどが厳しく問われる。つまり、版号は中国政府が国内のゲームコンテンツを管理・統制するための、最も強力なゲートキーパーなのである。

なぜ凍結されたのか?

2018年の凍結の直接的な原因は、政府内の組織再編であったとされる(調べた限り)。ゲームの許認可を担当する部署が複数の省庁にまたがっていた状態から、共産党中央宣伝部傘下の国家新聞出版署に一元化される過程で、承認プロセス全体が停止した。しかし、その背景には、政権下で強まる社会統制の流れと、ゲームが青少年に与える影響への強い懸念があったことは間違いない。その理由に、政府系メディアはゲームを「精神依存する毒物」に近い表現をし、その中毒性やコンテンツ内容に対する問題意識を露わにしていた。

ゲーム業界への壊滅的な影響

この凍結は、約9ヶ月間にわたって続いた。この間、大小問わず全てのゲーム企業は、新作をリリースして収益を上げることが一切できなくなった。その影響は壊滅的であった。

  • 中小企業の倒産続出: 開発したゲームをリリースできず、キャッシュフローが枯渇した中小・零細企業が次々と倒産・廃業に追い込まれた。一説には、数千社が市場から姿を消したと言われる。

  • 大手企業の株価暴落: 業界の巨人であるTencentですら、株価が大幅に下落。新作を収益の柱にできないという事態は、企業の成長期待を大きく損なった。

  • 開発プロジェクトの中止・凍結: 先が見えない状況下で、多くの企業が進行中の開発プロジェクトを中止または無期限凍結せざるを得なくなった。

2018年末に版号の発行は再開されたものの、その後の審査は以前にも増して厳格化・長期化し、発行数も大幅に絞られた。さらに2021年8月には、約8ヶ月間にわたる2度目の版号凍結が実施され、ゲーム業界は「版号リスク」を常に意識せざるを得なくなったのである。

3-2. 規制強化の波と海外市場への強制加速

版号凍結と並行して、政府はプレイヤー側にも厳しい規制を導入した。

未成年者保護という名の鉄槌

2021年8月、国家新聞出版署は「未成年者のオンラインゲーム依存を防止するための通知」を発表。これは世界で最も厳しいとされるゲーム利用制限であった。

  • プレイ時間の厳格な制限: 未成年者のプレイは、金曜日、土曜日、日曜日、そして法定休日の20時から21時までの1時間のみに限定された。

  • 実名認証の完全義務化: 全てのユーザーは、身分証番号と紐付いた実名での登録が必須となり、システムが年齢を厳格に管理するようになった。

  • 課金額の上限設定: 年齢に応じて、月間の課金額にも厳しい上限が設けられた。

これらの規制により、中国国内のゲームビジネス、特に若年層をターゲットとしていた市場は、極めて予測困難でリスクの高いものへと変貌した。

規制が「海外進」出を加速させたという逆説

一連の厳しい国内規制は、しかし、皮肉な結果をもたらす。企業が長期的に生き残るためには、収益源を国内市場だけに依存することはできない。成長の活路を、規制のない海外市場に求めざるを得なくなったのである。

国内で版号が取得できるか分からない以上、最初からグローバル市場をターゲットにした、世界中のどこでも通用する高品質なゲームを開発するしかない。規制が厳しくなればなるほど、「海外で確実に成功できるレベルまでクオリティを引き上げよう」という考えと動きと覚悟が、企業内部で強力に働くことになった。国内での苦境が、結果的にグローバルな飛翔を促すための「創造的破壊」として機能したのである。

3-3. 『原神』ショックとグローバル品質の必然化

海外市場進出の大航海時代を象徴する存在が、2020年9月にmiHoYoがリリースした『原神(Genshin Impact)』である。『原神』の成功は、単なる一つのヒット作の誕生ではなく、「ゲーム業界全体の方向性を変える事件」であった。

その革新性は、今や語るまでもないが簡単にまとめると以下の点にある。

圧倒的な開発規模と品質

開発期間4年、開発費は1億ドル(約110億円)以上。初期開発チームは400人、リリース時には700人規模にまで膨れ上がったとも報じられる。これは、当時の一流コンソールゲームに匹敵、あるいはそれを凌駕する規模である。
『原神』が示したのは、モバイルゲームがもはやコンソールゲームの「廉価版」ではなく、同等、あるいはそれ以上の体験を提供しうるメディアへと進化したという事実だった。

完璧なグローバル戦略

PC、PlayStation 4、iOS、Androidという複数のプラットフォームで、全世界同時にサービスを開始。言語も日本語、英語、韓国語など13言語に初期から対応し、創業当初から掲げていた「グローバル戦略」を完璧に実行した。これは、まず国内で成功させてから海外へ、という従来の常識を覆すものだった。

空前の商業的成功

リリースからわずか2週間で約1億ドル(約110億円)の売上を達成し、開発費をほぼ初動で回収。初年度の売上は20億ドル(約2200億円)を超え、モバイルゲーム史上最高のデビュー記録を打ち立てた。『原神』は、中国産ゲームが品質と商業性の両面で世界の頂点に立てることを、疑いの余地なく証明したのである。

『原神』の成功は、miHoYoが『崩壊』シリーズで培ってきた「アニメ調3Dグラフィックス」の技術と、「オープンワールド」というグローバル市場で最も人気のあるジャンルを組み合わせ、それをAAA級の物量で完璧に仕上げた結果だった。それは、もはや「模倣」でも「最適化」でもない、完全な「創新」の時代の幕開けを告げるものだった。

開発費100億円以上という前代未聞の投資規模で生み出された『原神』は、世界的な商業的成功を収め、モバイルゲーム開発における「グローバル品質」を、もはや選択肢ではなく「必須条件」へと引き上げたのである。

3-4. 世界のゲームエコシステムを支配する巨人たち

中国企業の海外進出は、単に自社製品を海外で売るだけに留まらない。Tencentを筆頭とする巨大企業は、巧みな投資戦略を通じて、世界のゲーム産業の「基礎構造」そのものへの浸透を静かに、しかし着実に進めていった。

リスクヘッジとしての「海外進出」:グローバル展開の加速

この厳しい国内環境の変化は、皮肉にも中国企業のグローバル展開を決定的に加速させる最大の要因となる。成長の天井が見え、常に政策変更のリスクに晒される国内市場に見切りをつけ、TencentやNetEaseといった巨大企業から、miHoYoのような新興勢力、さらには無数の中小スタジオまで、多くの企業が生き残りをかけて海外市場へと本格的に舵を切った。

大手各社がとった戦略は以下の通りだ。

  • 国内で稼いだキャッシュフローを海外向けタイトル(版号不要)へ振り向ける

  • 最初からグローバル同時展開を前提に多言語/マルチプラットフォーム対応に投資

Tencentのグローバルブランド「Level Infinite」

2021年末、Tencentはグローバルパブリッシングのブランドとして「Level Infinite」を設立。『白夜極光』や『勝利の女神:NIKKE』といったタイトルを世界市場に展開し、自社開発のみならず、世界中のスタジオとの連携を強化する姿勢を明確にした。

NetEaseの「グローバル開発体制」

NetEaseは、日本のグラスホッパー・マニファクチュアやフランスのクアンティック・ドリームといった著名なスタジオを買収。現在日本スタジオは閉鎖したものもいくつかあるが、セガで『龍が如く』シリーズを手掛けた名越稔洋氏を迎え入れて「名越スタジオ」を設立するなど、世界中に開発拠点を築き、グローバル市場向けのAAA級タイトルの開発を本格化させた。

miHoYoの「HoYoverse」戦略

『原神』の成功で得た莫大な利益を元手に、miHoYoはグローバルブランド「HoYoverse」を立ち上げ、シンガポールに本社機能を移転。2023年には次なるグローバルヒット作『崩壊:スターレイル』をリリースし、その地位を盤石なものとした。

この結果、世界のモバイルゲーム市場の売上ランキング上位は、中国発のタイトルによって席巻されることになる。2024年には、KURO GAMESの『鳴潮(Wuthering Waves)』が『原神』のフォロワーとして大きな注目を集めるなど、高品質なオープンワールドゲームが次々と中国から生み出される状況が常態化している。

ビジネスモデルの進化:IP金融化

そして現在、最も進化した形態がIP金融化である。ゲーム単体で収益を上げるのではなく、ゲームを核としたIPエコシステム全体で収益を最大化する発想だ。

具体的な収益源

  • アニメ・映像作品:『原神』はゲーム内のストーリーをアニメ化。『崩壊3rd』もアニメシリーズを展開。映像作品がゲームへの導線になり、ゲームユーザーが映像作品のファンになる相互作用を生む

  • 音楽・サウンドトラック:『原神』のオーケストラコンサートは世界各地で開催され、チケットは即完売。サウンドトラックの配信収益も発生する

  • グッズ・マーチャンダイズ:フィギュア、アクリルスタンド、アパレルなど。中国ではゲームキャラクターのグッズ市場が急成長している

  • リアルイベント:ゲーム内イベントと連動したリアルイベント、ファンミーティング、展示会など

  • eスポーツ:『王者栄耀』や『League of Legends』のプロリーグは、スポンサー収入、放映権、チケット販売など多角的な収益を生む

  • コラボレーション:他ブランドとのコラボ商品、タイアップ広告など。『原神』はKFC、ピザハット、高級ブランドなど様々な企業とコラボしている

「ゲーム=金融資産」という発想

この進化の先にあるのが、「ゲームIP=長期運用する金融資産」という発想である。Tencent・NetEaseは、世界中のスタジオに投資し、複数のゲームIPをポートフォリオとして保有している。まるでゲームIPの「投資信託」を運用しているような状態だ。

個別のタイトルが成功するか失敗するかは、ある程度の確率論になる。しかし、十分な数のIPを保有し、それぞれを長期運用すれば、ポートフォリオ全体としてはプラスになる。この発想があるからこそ、彼らは個別タイトルに100億円規模の投資を打てる。

1本のゲームを「3年で減価償却する消耗品」と見るか、「10年以上運用する金融資産」と見るか。この認識の違いが、投資規模の違いに直結している。


第4部:主要企業の成長史と経営哲学

中国ゲーム産業の進化は、抽象的な市場の力だけで語ることはできない。その裏には、強力なリーダーシップと独自の哲学を持った企業の存在があった。本章では、二大巨頭であるTencentとNetEase、新世代の旗手miHoYo、そして特異なポジショニングを築くYostarを中心に、各社の成長過程と経営思想を掘り下げる。さらに、グローバル市場で頭角を現す新興企業にも光を当てる。


4-1. Tencent:SNS帝国から、世界のデジタルインフラを支配する投資帝国へ

Tencent(騰訊)の本質は、もはや単なるゲーム会社ではない。それは、SNSという巨大なプラットフォームを基盤に、世界中の有望なゲームコンテンツ、開発スタジオ、そしてゲームを取り巻くあらゆるデジタルインフラに投資し、エコシステム全体から利益を吸い上げる「投資帝国」である。そして近年、その帝国は「Level Infinite」という新たな旗を掲げ、より直接的かつ洗練された形で、グローバル市場への影響力を拡大している。

創業とプラットフォームの確立

1998年、馬化騰(ポニー・マー)が深圳で創業したTencentの原点は、PC向けメッセンジャー「QQ」である。2000年代には数億人のユーザーを抱える中国最大のSNSプラットフォームとなり、この巨大なユーザー基盤こそが、後の全ての事業の礎となった。

2003年にゲーム事業「騰訊遊戯(Tencent Games)」を正式発足させると、彼らは自社で革新的なゲームを作るのではなく、QQのユーザーを『QQ飛車』や『QQ炫舞』といったカジュアルゲームに誘導することで、圧倒的な物量で市場を制圧した。この「トラフィックをゲームに流し込む」というモデルは、Tencentの成功方程式の原型となる。

海外ライセンスによる飛躍と「10%ウェッジ戦略」

ゲーム事業が本格的に離陸したのは、2000年代後半の海外タイトルライセンス獲得からである。2007年に韓国Smilegate社の『CrossFire』と、韓国Neople社の『Dungeon Fighter Online』の中国独占配信権を獲得。これら2タイトルはネットカフェを中心に爆発的なヒットとなり、年間数千億円規模の収益を上げる巨大なキャッシュカウとなった。

潤沢な資金を得たTencentは、2010年代に入ると「自社で作れないものは買う」という思想の下、積極的なM&A戦略に転じる。その巧みな手法は「10%ウェッジ(楔)戦略」として知られている。

まず世界中の有望なゲーム企業に経営に口出ししない範囲の10%程度のマイノリティ出資を行い「楔」を打ち込む。投資先の経営情報や開発中タイトルの情報を得つつ良好な関係を構築し、成功を収めたタイミングで出資比率を高め、最終的に買収に至ることもある。

この戦略による主要な投資ポートフォリオは以下の通りである。

  • Riot Games(米国):『League of Legends』の開発元。100%買収し完全子会社化。

  • Supercell(フィンランド):『クラッシュ・オブ・クラン』で知られる。株式の50%強を保有。

  • Epic Games(米国):『Fortnite』開発元であり、ゲームエンジン『Unreal Engine』の提供元。約40%の株式を保有。

  • FromSoftware(日本):『ELDEN RING』などで知られる。16.25%の株式を保有。

  • Ubisoft(フランス):『アサシン クリード』シリーズで知られる。筆頭株主グループの一員。

その他にも、Activision Blizzard(『Call of Duty』)やBluehole(『PUBG』)など、枚挙に暇がない。特にEpic Gamesの主要株主となったことで、Tencentは世界のゲーム開発の「インフラ」から利益を得るという、計り知れない優位性を手にした。


ゲーム開発の「インフラ」支配:Epic GamesとUnreal Engine

Tencentの投資戦略の中で、最も巧みで影響力が大きいのが、2012年に行われたEpic Gamesへの約3.3億ドル(当時の為替レートで約260億円)の出資である。これによりTencentは、Epic Gamesの株式の約40%を保有する筆頭株主となった。この一手は、単なるゲームスタジオへの投資とは全く次元が異なる、深遠な戦略的意味を持っていた。

Unreal Engineとは?
知らない方向けにお話しすると、Unreal Engine(UE)は、Epic Gamesが開発・提供する「ゲームエンジン」である。ゲームエンジンとは、美麗な3Dグラフィックスの描画、物理演算、サウンド、キャラクターのアニメーションなど、現代のゲーム開発に不可欠な基本機能をまとめたソフトウェア開発キット(SDK)である。開発者はUEを利用することで、ゲームの「土台」を一から作る必要がなくなり、ゲームデザインやクリエイティブな要素に集中できる。UEは、Unityと並び、世界で最も広く使われているゲームエンジンの一つであり、特に高品質なグラフィックスを要求されるAAA級タイトルの開発において、圧倒的な存在感を放っている。

TencentがEpic Gamesの支配権を握ったことの戦略的重要性は計り知れない。これによりTencentは、世界のゲーム開発の「インフラ」そのものから利益を得る構造を築き上げたのである。世界中の開発スタジオがUEを使ってゲームを開発し、それがヒットすれば、TencentはEpic Gamesの株主として、その成功の分け前を得ることができる。たとえTencentが直接関与していないタイトルであっても、その成功は間接的にTencentの利益となる。これは、世界中の建設会社にセメントや鉄骨を供給する会社に出資するようなものであり、極めて強力なポジションである。

ゲーム世界の「周辺インフラ」への布石:DiscordとRoblox

Tencentの野心は、ゲームそのものや開発ツールに留まらない。彼らは、ゲームを取り巻く「コミュニティ」や「プラットフォーム」という、未来のデジタル社会の基盤となりうる領域にも、着実に投資の駒を進めている。

  • Discordへの投資:Tencentは、ゲーマー向けのコミュニケーションツールとして世界標準となったDiscordにも、初期段階から複数回にわたり出資している。Discordは、単なるチャットツールではなく、ゲーマーたちが集い、コミュニティを形成し、情報を交換する「デジタル上の溜まり場」である。Tencentにとって、この「ゲーマーの生態系」の中心地に出資することは、世界のゲーム市場のトレンドを肌で感じ、次のヒットの兆候をいち早く掴むための、重要な情報収集拠点としての意味を持つ。

  • Robloxとの提携:メタバースの先駆けとして知られるゲーム制作・共有プラットフォーム「Roblox」とも、Tencentは2019年に戦略的パートナーシップを締結し、中国国内でのサービス展開のための合弁会社を設立した。Robloxは、ユーザー自身がゲームを創造し、公開できる「クリエイターエコノミー」の巨大なプラットフォームである。Tencentの狙いは、この次世代のデジタルインタラクションの形を中国市場に導入すると同時に、その運営ノウハウを吸収し、自社のメタバース戦略へと活かすことにある。これは、未来のインターネットの形そのものへの投資と言えるだろう。

このように、Tencentはゲームタイトルへの直接投資だけでなく、開発エンジン(Unreal Engine)、コミュニティ(Discord)、プラットフォーム(Roblox)という、ゲーム世界のあらゆるレイヤーに網を張り巡らせている。彼らが見据えているのは、単なるゲーム市場の覇権ではなく、デジタルエンターテインメント空間全体の支配なのである。

グローバルブランド「Level Infinite」の誕生

2021年12月、Tencentはアムステルダムとシンガポールに拠点を置く、新たなグローバルゲームブランド「Level Infinite」の設立を発表した。これは、Tencentのグローバル戦略における重大な転換点を示すものであった。

Level Infinite設立の背景には、Tencentという企業名が持つ「中国企業」としての強いイメージを希薄化させ、地政学的リスクを回避する狙いがあった。その思想は、「高品質なゲームを、世界中のデベロッパーと共に、世界中のユーザーへ届ける」という、純粋なパブリッシャーとしての役割に徹することにある。Tencent本体が「投資家」として背後に控え、Level Infiniteは「現場のパートナー」として、SHIFT UP社の『勝利の女神:NIKKE』やPerfect World社の『Tower of Fantasy(幻塔)』といった提携先のタイトルを世界中で成功に導いている。Level Infiniteは、Tencentという投資帝国が、その支配力をよりソフトかつ効果的に世界中に行き渡らせるための、極めて戦略的なブランドなのである。

そんなTencentのゲーム部門の年間売上は約1,743億元(約3.5兆円)に達し、日本のゲーム市場全体を超える規模を誇る。Tencentは「ゲーム会社」というより「ゲームIPの投資ファンドを運営するプラットフォーム企業」と見るのが、その実態に近いと言えるだろう。



4-2. NetEase:自社開発で勝負する「職人気質」の巨人

Tencentが「投資」で帝国を築き上げたのに対し、中国ゲーム市場のもう一方の雄、NetEase(網易)は、全く対照的な「自社開発」という名の剣一本でその地位を築き上げてきた。彼らは市場のトレンドを追いかけるのではなく、自らの工房で時間と情熱を注ぎ込み、高品質な作品をゼロから作り上げることに誇りを持つ、まさに「職人気質」の巨人である。

創業と自社開発MMORPGでの成功

1997年、丁磊(ウィリアム・ディン)によって設立されたNetEaseは、当初はポータルサイトやフリーメールサービスを主力とするインターネット企業であった。ゲーム事業への参入は2001年と、Tencentよりも2年早い。そして、この最初の数年間が、NetEaseの運命を決定づけた。

自社開発MMORPGでの成功

彼らが選んだのは、当時流行していた韓国産MMORPGのライセンス運営ではなく、自社での開発であった。そして2004年、中国の古典文学『西遊記』をモチーフにした自社開発MMORPG『夢幻西遊(Fantasy Westward Journey)』をリリースする。このタイトルは、可愛らしいアートスタイルと、奥深いコミュニティ機能がユーザーの心を掴み、中国全土で社会現象となるほどの空前の大ヒットを記録した。

重要なのは、この成功が単なる一過性のものではなかったことだ。『夢幻西遊』はリリースから20年以上が経過した現在もなお、アップデートを繰り返しながら多くのプレイヤーに愛され、NetEaseの安定した収益基盤であり続けている。この経験を通じて、「ユーザーコミュニティを深く理解し、長期的な視点でタイトルを育て上げる」という、NetEaseの揺るぎない経営哲学が形成されたのである。

Blizzardとの提携:世界標準の運営ノウハウを吸収

自社開発で足場を固めたNetEaseは、次なる成長のステップとして、海外のトップ企業との提携に乗り出す。2008年、彼らは米国の名門開発会社Blizzard Entertainmentと戦略的パートナーシップを締結し、『World of Warcraft』をはじめとするPC向け主力タイトルの中国本土における独占運営権を獲得した。

この提携は、単に人気タイトルによる収益を得る以上の、計り知れない価値をNetEaseにもたらした。それは、世界最高水準のAAA級タイトルを運営するための、品質管理、コミュニティマネジメント、eスポーツ展開といった、あらゆる運営ノウハウを体系的に吸収する機会であった。約15年間にわたるこのパートナーシップ(一度は契約終了したが、後に再契約)は、NetEaseを単なる国内のヒットメーカーから、グローバル基準の運営能力を持つパブリッシャーへと脱皮させたのである。

モバイル時代のヒット作とグローバルスタジオ戦略

PCオンラインゲームで培った開発力と運営ノウハウは、モバイル時代においても遺憾なく発揮される。日本の平安時代を舞台にした和風RPG『陰陽師(Onmyoji)』は、その美しいアートスタイルと豪華な声優陣で、中国国内のみならず日本市場でも大きな成功を収めた。また、バトルロイヤルゲーム『荒野行動(Knives Out)』は、特に日本市場で社会現象的なヒットとなり、NetEaseのグローバルな開発・運営能力を改めて証明した。

近年、NetEaseは「自社開発」の哲学をさらに推し進め、グローバルなAAA級タイトルを創出するためのスタジオ戦略を加速させている。その象徴が、日本の著名なゲームクリエイターである元セガの名越稔洋氏をトップに迎えた「名越スタジオ」や、同じく元カプコンの小林裕幸氏が率いる「GPTRACK50」の設立である。これは、世界中のトップクラスの才能を惹きつけ、彼らに最高の環境を提供することで、国籍を問わない真のグローバルヒット作を生み出そうという、NetEaseの強い意志の表れである。

売上の10〜15%を常に研究開発費に投入し、世界中に開発拠点を広げるNetEase。彼らの戦略は、TencentのようなM&Aによる短期的な規模の拡大ではなく、時間とコストをかけてでも「本物」のクリエイティブと技術力を自社内に蓄積していくという、地道で、しかし確実な王道である。Tencentが「投資家」ならば、NetEaseはあくまで「作り手」であり続ける。

この対照的な二社の存在こそが、中国ゲーム産業のダイナミズムそのものの源泉となっているのである。


4-3. miHoYo:世界観とIPで勝負する「新世代の旗手」

Tencentが「投資家」、NetEaseが「職人」であるならば、中国ゲーム産業の勢力図を根底から覆したmiHoYo(米哈游)は、まさしく「表現者」であり「IPの創造主」である。彼らは市場の論理や既存の成功法則に従うのではなく、「自分たちが本当に作りたいもの、見たい世界」を追求する純粋な情熱と、それを実現するための圧倒的な技術力によって、世界を熱狂の渦に巻き込んだ。その成功の根源を探るには、彼らの創業神話と、そこから生まれた特異な企業風土、そして常識外れの資金戦略を深く理解する必要がある。

創業神話:「Tech Otakus Save the World」

miHoYoの物語は、2011年、上海交通大学の学生寮の一室から始まる。コンピューターサイエンスを専攻する大学院生であった蔡浩宇、劉偉、羅宇皓の3人は、日本のアニメやゲーム、いわゆる「ACGN(Animation, Comics, Games, Novels)」カルチャーを心から愛する、典型的な「オタク」であった。彼らは、既存のゲームに満足できず、「自分たちが本当に遊びたい、心から燃えるようなゲームがないなら、自分たちで作るしかない」という、極めて純粋な動機から、わずか10万元(約150万円)の市の起業支援金を元手にmiHoYoを設立した。

彼らの掲げたスローガンこそが、その後のmiHoYoの全てを決定づける「Tech Otakus Save the World(技術的なオタクは世界を救う)」という有名な言葉である。この言葉には二つの意味が込められている。一つは、「自分たちのようなオタクの情熱こそが、世界を面白くする原動力になる」という信念。もう一つは、その情熱を単なる趣味で終わらせず、「最高の技術(Tech)をもって形にする」という強い意志である。この「情熱」と「技術」の二輪駆動こそが、miHoYoの成長のエンジンとなった。

資金調達の真実:外部資本に頼らない「自己増殖」モデル

『原神』が1億ドル(約100億円)以上という破格の開発費を投じて作られたことは広く知られている。多くの人は、その資金がベンチャーキャピタルなどの外部投資家から調達されたものだと考えるだろう。しかし、事実は全く異なる。

驚くべきことに、miHoYoが創業以来、外部から受けた資金調達は、創業初期に杭州斯凯網絡科技有限公司から受けた100万元(約1,500万円)のエンジェル投資、ただ一度だけである。その後のIPO(新規株式公開)の噂や申請はあったものの、彼らは上場企業になる道を選ばなかった。では、どうやって『原神』の莫大な開発費を捻出したのか。

答えはシンプルである。『崩壊3rd』の成功によって得た利益のほぼ全てを、次のプロジェクトである『原神』に再投資した、と語られることが多い。これは、極めてハイリスク・ハイリターンな戦略であり、通常の企業経営の常識では考えられない。一つのプロジェクトが失敗すれば、会社全体が倒産の危機に瀕する「一本足打法」である。しかし、創業者たちが自社の株式の大部分を保有し、外部の株主の顔色をうかがう必要がない非公開企業であったからこそ、この大胆な意思決定が可能となった。彼らは短期的な利益や株主への配当ではなく、自分たちが信じる「最高のコンテンツ」を作ることだけに、全ての経営資源を集中させることができたのである。

人事と報酬:成果に報いる「功労主義」と破格のインセンティブ

miHoYoの急成長を支えるもう一つの柱が、その独特な人事・報酬制度である。

  • 徹底した「功労主義」:miHoYoの評価制度は「只认功劳(功労のみを認める)」という言葉に象徴される。年齢や経歴、役職は一切関係なく、プロジェクトへの貢献度と成果だけが評価される。これにより、若く才能のあるクリエイターやエンジニアが、年次に関係なく重要な役割を担い、自らのアイデアを形にすることが可能となっている。

  • 破格のプロジェクトボーナス:miHoYoは、プロジェクトが成功した際に、その利益を開発チームに惜しみなく還元することで知られている。『原神』の開発チームには、年間ボーナスとして数億円に相当する額が支払われたという逸話も報じられている。これは、従業員にとって極めて強力なインセンティブとなる。自分の仕事が世界的なヒットに繋がり、それが直接、自分自身の報酬に跳ね返ってくる。この仕組みが、「自分ごと」として最高のクオリティを追求する当事者意識と、チーム全体の士気を極限まで高めているのである。

日本企業への示唆:このモデルは模倣可能か?

miHoYoの成功は、日本のゲーム業界にとって多くの示唆を与える一方、そのモデルをそのまま模倣することの難しさも突きつける。

日本の多くのゲーム会社は上場企業であり、株主への説明責任や四半期ごとの業績が厳しく問われる。そのため、一つのプロジェクトに会社の存亡を賭けるような、ハイリスクな長期大型投資は極めて困難である。また、年功序列や終身雇用を前提とした人事制度が根強い企業も多く、miHo-Yoのような徹底した成果主義と、それに連動した破格の報酬体系を導入するには、組織文化の根本的な変革が必要となる。

しかし、miHoYoの成功の本質は、単なる制度や資金力ではない。それは、「創業者自身が、誰よりも熱心なトップクリエイターである」という一点に集約される。経営者が現場を深く理解し、クリエイターの情熱に共感し、彼らが最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えること。そして、短期的な利益よりも、長期的なIPの価値を信じ抜くこと。この「クリエイターファースト」の思想こそが、日本のゲーム業界が今、最も学ぶべき点なのかもしれない。


「崩壊」シリーズによる進化の軌跡

miHoYoの進化は、一つの作品で得た利益と技術、ノウハウの全てを、惜しみなく次の、より野心的な作品へと再投資し続けるサイクルの繰り返しであるというが、その変遷は主に下記となる。

  • 『崩壊学園』(2012年):2Dの横スクロールアクション。ここで「崩壊」というIPの種を蒔き、熱心なファンコミュニティとの対話を通じて運営ノウハウを蓄積した。

  • 『崩壊3rd』(2016年):ゲームの次元を2Dから3Dへ引き上げ、自社開発のアニメ調レンダリング技術と爽快な3Dアクション戦闘を融合。当時のスマートフォンゲームの技術水準を大きく超える挑戦であり、後の成功の核となる技術的基盤を確立した。

  • 『原神』(2020年):『崩壊3rd』で培ったノウハウを土台に、当時コンソールゲームの独壇場だった「オープンワールド」に挑戦。開発費100億円以上という破格の投資を行い、モバイル・PC・コンソールでのグローバル同時リリースを敢行。世界的なメガヒットとなり、miHoYoは一躍、世界トップクラスのゲーム企業へと駆け上がった。

創業からわずか10年余りで、Tencent、NetEaseに次ぐ中国第3位のゲーム企業へと成長したmiHoYoの物語は、クリエイターとしての純粋な情熱と、技術的挑戦を恐れないエンジニア魂の奇跡的な融合であった。


4-4. 新世代のグローバルヒットメーカーたち

二大巨頭とmiHoYoの他にも、独自の戦略で世界市場を席巻する新世代の企業が次々と台頭している。

Habby:データドリブンで「ハイブリッドカジュアル」を極める

『アーチャー伝説』や『ダダサバイバー』といった世界的な大ヒット作を連発しているのが、2018年設立のHabbyである。彼らの特徴は、シンプルな操作性でありながら、ローグライクのような奥深い成長要素を組み合わせた「ハイブリッドカジュアル」と呼ばれるジャンルを開拓したことにある。

創業者の王嗣恩氏は、徹底したデータドリブンな開発哲学を持つことで知られる。ユーザーの行動データを徹底的に分析し、ゲームバランスやマネタイズを最適化していく手法で、中毒性の高いゲーム体験を生み出している。巨大資本や大規模開発チームに頼らずとも、優れたゲームデザインとデータ分析によって世界的なヒットは生み出せることを証明した。

Lilith Games:「最初から世界へ」を体現するグローバル戦略

『Rise of Kingdoms』や『AFK Arena』で知られるLilith Games(莉莉絲遊戯)は、創業当初から中国国内市場よりも海外市場を主戦場と定めてきた、グローバル戦略の先駆者である。彼らのゲームは、特定の国籍を感じさせないアートスタイルと、世界中のユーザーに受け入れられるゲームシステムを特徴としており、売上の大半を海外市場から得ている。国内の厳しい競争や規制環境を回避し、最初から世界基準のプロダクトを作るという彼らの戦略は、多くの後続企業に影響を与えた。

Game Science:「本物のAAA」を目指す孤高の挑戦者

2024年にリリースされ、世界的な注目を集めたシングルプレイのアクションRPGの開発元がGame Science(遊戯科学)である。Tencentで『Asura Online』などを手掛けたメンバーが独立して設立した同社は、中国からでも世界に通用するAAA級のコンソールゲームを生み出せることを証明するという、野心的な目標を掲げている。マネタイズ優先のモバイルゲームが主流の中国市場において、彼らの「作品性」を追求する姿勢は、中国ゲーム産業の新たな可能性を示す象徴的な存在となっている。


4-5. 四社の哲学比較とYostarという存在

また、日本でもよく知られるYostarは、これまで見てきた主要企業の戦略は、それぞれ全く異なる哲学に基づいている。Yostarは自らを「目利きであり、翻訳者」と位置づける。

Yostarの創業者、姚蒙氏は元々同人ゲームのクリエイターであり、「面白いゲームを作っても、その価値を理解してくれるパブリッシャーがいない」という原体験を持つ。だからこそ、Yostarの哲学は明確だ。「自分たちが心から面白いと思い、愛せるゲームを発掘し、開発チームと『友達』のような関係を築き、その情熱を世界中のファンに『翻訳』して届ける」こと。彼らが日本で『アズールレーン』や『アークナイツ』、『ブルーアーカイブ』を次々と成功させたのは、単なる言語の翻訳ではなく、日本のユーザー文化を深く理解し、作品への愛を伝える「文化の翻訳」を徹底したからに他ならない。

彼らは開発会社ではなく、クリエイターに寄り添うパートナーであり、コミュニティとの対話者である。この特異なポジショニングこそが、巨大資本とは異なる価値を生み出す源泉となっているのである。


第5部:巨人の背に乗るか、自らなるか

中国ゲーム産業の20年にわたる進化の旅は、我々に何を教えてくれるのか。それは単なる成功譚ではなく、競争環境、企業戦略、そして国家の思惑が複雑に絡み合った、壮大な地殻変動の記録である。


5-1. 中国の成功の本質:なぜ彼らは高品質に投資「し続けられる」のか

中国企業の強さの源泉は、単なる潤沢な資金力や特定のヒット作ではない。それは、高品質なゲームを生み出し、そこから得た莫大な利益をさらに野心的でハイリスクな次作へと「再投資」することを可能にする、「持続可能な成長エコシステム」 そのものである。

このエコシステムは、4つの柱によって支えられている。

柱①:巨大な収益エンジンという「心臓」

14億人の国内市場と、そこで最適化され尽くしたF2Pモデルが、エコシステムの強力な心臓部である。

『王者栄耀』がピーク時に1日1億人以上のアクティブユーザーを抱え、年間数千億円規模の売上を安定して生み出し続けるという事実は、日本のゲーム市場の常識を遥かに超えている。この巨大なキャッシュフローが、数年単位の開発期間と100億円規模の開発費を要するハイリスクなプロジェクトを、複数同時に走らせることを可能にする。

さらに彼らは、プロジェクト単体ではなく企業ポートフォリオでリスクを取る。「10本中数本大コケしても、1〜2本モンスター級ヒットが出ればOK」という設計により、『原神』に100億、『Black Myth: Wukong(黒神話:悟空)』に100億といった投資が「ギャンブル」ではなく「合理的な選択」となる。

『Black Myth: Wukong(黒神話:悟空)』

日本との対比:国内市場が小さく、プロジェクトごとに黒字・回収を求められがち。1本の大コケが組織全体のリスクになりやすい構造では、同じ規模の先行投資は極めて通りづらい。

柱②:必然化された品質競争という「筋肉」

中国のモバイルゲーム市場は超レッドオーシャンだ。新作タイトル数が膨大で、広告費の競争も激烈。この環境では、ストアのサムネイル・動画の時点で「ヤバそう」と思わせないと、そもそもDLされない。

ストアのサムネイルやPVの時点でユーザーの度肝を抜くようなAAA級のビジュアルは、もはや他社との差別化ではなく「生き残るための最低条件」 となった。この過酷な競争環境が、「品質への投資は、理想ではなく、生き残りのための必須戦略である」という共通認識を業界全体に植え付け、産業全体のクリエイティブレベルを強制的に引き上げた。

『Black Myth: Wukong(黒神話:悟空)』は開発者コミュニティの中で「あのレベルを基準として世界市場に出ていくべきだ」という品質ベンチマークとして機能しており、業界全体の軍拡圧力になっている。

柱③:グローバルという名の「安全弁」

2018年以降、断続的に続いた政府による版号凍結と厳しい規制強化。これは、国内市場の将来が企業の努力だけではコントロール不可能な政治的リスクに常に晒されているという現実を、全企業に痛感させた。

この経験が、結果的に企業の目を海外市場へと向けさせた。国内市場が不透明であるからこそ、最初から世界で通用する普遍的な品質とテーマ性を持つゲームを開発する。このグローバル戦略が、国内の政治リスクをヘッジする「安全弁」として機能し、同時にグローバルな競争力を獲得させるという、逆説的な好循環を生み出した。

『原神』も『Black Myth』も、企画段階から北米・欧州・アジア・南米を含む世界市場を前提にしている。投資回収の分母は最初から「全世界の潜在ユーザー数十億人」であり、開発費100億円も世界全体で見れば十分にペイする。

日本との対比:多くの日本タイトルは「まず国内での採算性をチェック → 海外ローカライズを追加投資として検討」という順番になりやすく、投資判断時点の分母が「日本市場」になってしまう。

柱④:多様な成功哲学という「免疫系」

「投資家」Tencent、「職人」NetEase、「表現者」miHoYo、「翻訳者」Yostar。中国のトッププレイヤーたちは、それぞれ全く異なる哲学と戦略で成功を収めている。

これは、産業全体が単一の成功モデルに依存していないことを意味する。ある戦略が行き詰まっても、別の戦略が台頭する。この多様性こそが、外部環境の変化に対応し、産業全体がしなやかに進化し続けることを可能にする「免疫系」として機能している。


5-2. 人材と技術を「資産」とみなす経営思想

miHoYoやTencentの経営陣の発言を追っていくと、一貫した哲学が見える。

  • 優秀なエンジニア/アーティストに世界レベルの報酬を払う前提で採用する

  • エンジン開発・ツールチェーン改善など、すぐ金にならないR&Dに長期投資する

  • ゲーム開発を「テック企業としてのコア・コンピタンス」と位置づける

『原神』の100億投資は、1タイトルの回収だけでなく、グローバルIP、GPU/エンジン技術、組織としてのノウハウを含めた「会社の将来キャッシュフロー全体への投資」になっている。

日本との対比(一般論):人件費=削るべきコスト、研究開発費=短期で成果が見えないと軽視されがち、「プロジェクトが終わればチーム解散」というサイクル。こうした違いが10年単位で見たときの技術力ギャップとして効いている。


5-3. 日本のゲーム産業への処方箋

中国のモデルをそのまま模倣することは、市場規模、文化、企業統治のあり方が根本的に異なるため、不可能であり、意味もない。重要なのは、彼らの成功の本質を深く理解した上で、日本の持つ独自の強みを掛け合わせ、我々自身の「勝ち筋」を再構築することである。

処方箋①:「短期的なROI」の呪縛からの脱却

「焼き畑農業」的な開発スタイル、すなわち「ヒットしたら数年で減価償却し、次へ行く」という思想は、多くの日本企業に根深く存在する「短期的なROI(投資収益率)」の呪縛の現れである。

miHoYoが『崩壊』シリーズから『原神』、そして『崩壊:スターレイル』へと展開する「HoYoverse」戦略で示したのは、ゲームを単発の「製品」ではなく、持続的に価値を生み出す「IP資産」として捉える思想である。

アクションプラン:グラフィックスや開発技術の投資を、単なる「開発費」ではなく、企業の貸借対照表に載るべき「無形資産」として位置づける意識改革が必要だ。経営陣主導で、自社が保有するIPの「棚卸し」と「戦略的格付け」を行い、最もポテンシャルの高いIPに対し「再創造(Re-imagination)」レベルの予算と裁量を投下する。

処方箋②:「国内市場」という分母からの解放

日本の多くのゲーム開発は、無意識のうちに「1.2億人の日本市場」を分母として投資計画を立てている。この枠組みの中では、100億円規模の開発費は回収不能なリスクを伴う無謀な挑戦にしか見えない。

対照的に、中国のトップ企業は最初から「70億人の世界市場」を分母として投資の意思決定を行っている。『原神』が初期から13言語に対応し、全世界同時リリースを行ったのは、その思想の最も明確な現れである。

アクションプラン:すべての企業が最初から全世界を目指す必要はない。しかし「自分たちのゲームは、どの国の、どのような文化を持つユーザーに響く可能性があるのか?」という問いを、企画の初期段階から徹底的に議論すべきだ。

処方箋③:「クリエイター主導」を仕組みで担保する

miHoYoの成功の本質は、「創業者自身がトップクリエイターであり、株主の顔色を窺うことなく、自らの情熱とビジョンに忠実であり続けられた」という点に集約される。

アクションプラン:経営トップ直轄の小規模な「インキュベーションチーム」を社内に複数立ち上げる。強烈なビジョンを持つクリエイターをリーダーに据え、3〜5年程度の期間と失敗を許容する潤沢な予算を保証する。最も重要なのは、このチームを既存の事業部の評価軸や収益管理から完全に切り離し、社長直轄の「聖域」として保護すること。評価は短期的な売上ではなく「革新的なプロトタイプを生み出せたか」「新たなIPの種を蒔けたか」という長期的視点で行う。

処方箋④:「体験」の再定義

「グラフィックスよりも体験を優先する」という言葉は、一見正しい。しかし現代のゲーム、特に『原神』のようなオープンワールドにおいて、グラフィックスはもはや体験そのものと不可分である。美しい風景の中を探索する高揚感、魅力的なキャラクターが織りなす物語への没入感、スキルが炸裂するアニメーションの爽快感。これら全てがグラフィックスによって支えられた「体験」の核心なのだ。

アクションプラン:企画の最初期、コンセプトを固める段階から、アートディレクターやリードデザイナーを意思決定の場に同席させること。

処方箋⑤:「共存共栄」という戦略的選択肢

中国企業を単なる「競合」や「脅威」と見るのは、もはや戦略的に賢明ではない。彼らは、我々が持たないもの――圧倒的な資金力、世界トップクラスの開発・運営力、巨大な市場へのアクセス――を持っている。

アクションプラン:自社の強み(IP、世界観構築力、コンソール開発ノウハウなど)と、中国企業の強み(資金力、モバイル開発・運営力、アジア市場へのアクセスなど)を組み合わせた「戦略的ジョイントベンチャー」を積極的に模索する。Yostarが『アズールレーン』や『アークナイツ』で証明したように、優れた「目利き」と「翻訳者」がいれば、国境を越えたコラボレーションは大きな成功を収めることができる。


5-4. 終わりに:我々は何者として、世界と向き合うのか

2001年に100億円に満たなかった市場が、20年余りで年間6〜7兆円規模に成長し、『原神』『Black Myth』のようなグローバルAAAタイトルを生み出すまでになった。これは単なる「人口ボーナス」や「低コスト生産」の話ではない。制度環境・市場構造・経営哲学・技術蓄積・資本戦略が複合的に絡み合った結果であり、構造的に再現が難しい優位性を持っている。

中国ゲーム産業の20年にわたる物語は、日本のゲーム開発者一人ひとりにとって、自らのアイデンティティを問い直す巨大な「鏡」である。

我々は、市場の顔色を窺い最大公約数的な面白さを追求する「マーケター」なのか。時代の流行に左右されず自らの信じる美学を磨き上げる「職人」なのか。世界中の才能と手を取り合い新たな価値を創造する「プロデューサー」なのか。

中国という巨大な怪物級企業の背に乗るもよし。自らが新たな巨人となることを目指すもよし。あるいは、全く異なる幻獣となって独自の生態系を築くもよし。

確かなことは、もはや「過去の成功体験」という古びた地図は役に立たないということだ。そして、この問いに対する答えは一つではない。多様な哲学が共存することこそが、産業全体の強さに繋がるということを、隣国の巨人は我々に教えてくれている。

歴史から学ぶ者にのみ、未来を変える権利が与えられる。このレポートが、日本のゲーム開発の現場で新たな一歩を踏み出すための、確かな羅針盤となることを願ってやまない。



第5部 なぜ日本は中国のような巨人になれないのか? - 構造的課題と現実的処方箋

これまでの章で、我々は中国ゲーム産業の圧倒的な成功の構造を解き明かしてきた。しかし、それを日本の開発現場にそのまま当てはめようとすると、ある種の「理想論」に聞こえてしまうのもまた事実である。

なぜ、日本は中国のようなハイリスク・ハイリターンな投資がしづらいのか。なぜ「数打ちゃ当たる」戦略が機能しづらいのか。本章では、日本のゲーム産業が置かれた現実を客観的に分析し、その構造の中から、日本企業が真に目指すべき、現実的な勝ち筋を提示する。


この記事を書いていた時にこういうレポートも上がってきてましたが、これを読んでなおさら考えさせられるところがありました
https://www.businesswire.com/news/home/20251207424177/ja

■ 5-1. 「テスト」の規模と「株主」との対話

近年、スクウェア・エニックスが大規模な評価損を計上し、最終的に「量から質への転換」を宣言した。
この背景には、単なる経営判断のミスとも言われがちだが、もちろんsおれだけではなく、その背景には日本特有の構造的な問題が存在するとも個人的には強く感じている。

◆ データが示す各社の戦略の違い

まず、国内の大手ゲーム企業4社の経営指標を比較してみよう。なお、以下のデータは、各社の公開IR情報に基づき、2025年11月に発表された2026年3月期第2四半期決算、短期ではあるが直近の数値を参考に概算したものである。

※厳密な数字は各社IRを参照してほしい

【コーエーテクモ】
営業利益率:高(約25%)
海外売上比率:約50%
戦略の特徴:複数の自社IP(三國志、信長、無双、仁王、NINJA GAIDEN、アトリエ等)を核に、シリーズ展開、他社コラボ、モバイルライセンスと多角的に展開。開発ラインを絞り、利益率を最大化。

【スクウェア・エニックス】
営業利益率:低(約5%)
海外売上比率:約70%
戦略の特徴:AAA級タイトルの展開。開発費高騰と新規IPの不振が収益性を圧迫。償却損の計上が散見される。

【バンダイナムコ】
営業利益率:中(約15%)
海外売上比率:約35%
戦略の特徴:世界有数のIPポートフォリオを保有。サイバーコネクトツーなど、外部の有力な開発パートナーとの連携により、IP価値を最大化する戦略。

【セガサミー】
営業利益率:中(約10%)
海外売上比率:約60%
戦略の特徴:特定ファン層に強い自社IPを持つが、他事業の業績変動が全社収益の安定性を左右。

この辺りから、各社が異なる戦略と収益構造を持っていることが客観的に見て取れる。

◆ 「期待値コントロール」という経営課題

スクエニの事例で注目すべきは、「テスト(や挑戦)」の定義と、それに対する株主とのコミュニケーションではないかと個人的に感じている。

中国企業にとっての「テストや挑戦」は、巨大な収益基盤の上で行われる、失敗が許容された実験である。しかし、日本の上場企業にとって、数十億~100億円規模のプロジェクトはもはや「テスト」ではなく、「社運を賭けた一大事業」と見なされがちである。

株主が巨額の償却損に厳しい反応を示すのは、単に損失が出たからだけではない。多くの場合、それはスクエニというブランドにおける期待値が高すぎる故の「期待値コントロールの失敗」に起因するのではないか。

致し方ないところではあるが、経営側が「このプロジェクトは大きなリターンを生む可能性がある」と目標を出し、過度に高い数値を開示した結果、失敗した際の反動が極めて大きくなる。失敗の可能性や、テストとしての位置づけを事前に十分に説明し、株主と「失敗を許容する握り」ができていたとしても、予想よりも低い場合はいかなる挑戦も「無謀な賭け」と断じられてしまう。

この点においては、常に手堅い販売目標を掲げ、株主の過度な期待を巧みに抑制するコーエーテクモのIR戦略は、学ぶべき点が多いのかもしれないと個人的に感じている(最終的には女帝により真の錬金術が炸裂する点も神業である)。とにかくコミュニケーションが上手い。

■ 5-2. 日本の勝ち筋:「ベース作品」からの進化という現実解

では、日本企業に未来はないのか?というと、そんなことはない。我々が学ぶべきは、遠い中国の巨人ではなく、足元で着実に世界的な成功を収めている日本の先達である。
代表例として、カプコン、フロム・ソフトウェア、コナミ、そしてコーエーテクモ。彼らの成功には、驚くべき共通点がある。

それは、「創り上げたベース作品(IP、エンジン、コアゲームプレイ)を基盤に、学習コストとリスクを抑制しながら、新たな挑戦を行う」という戦略である。

◆ コーエーテクモ:複数の「ベース」を持つ強み

コーエーテクモの強みは、もはや『無双』だけではない。Team Ninjaが生み出す『仁王』のようなハードコアなアクションゲーム、ガストブランドの『アトリエ』シリーズのような根強いファンを持つRPG、そして『三國志』シリーズのIPを中国企業にライセンスし、モバイルで巨額の利益を得るビジネスモデルだ。
彼らは、複数の異なる「ベース作品」のポートフォリオを築き、それぞれを深化・発展させることで、極めて安定した高収益体制を確立している。これは、「選択と集中」の、より洗練された形と言えるだろう。

◆ バンダイナムコ:「IP資産」と「パートナーシップ」という名のベース

一方、バンダイナムコは異なる形の「ベース」を持つ。それは、世界でも類を見ない強力な「IP資産」そのものである。『ガンダム』『ドラゴンボール』といった、世代を超えて愛されるIPポートフォリオは、それ自体が巨大な参入障壁であり、安定した収益の源泉となっている。

彼らの戦略の巧みさは、これらのIP価値を最大化するために、必ずしも自社開発に固執しない点にある。例えば、サイバーコネクトツーのように、特定のIPの世界観や魅力をゲームとして表現する最高レベルの技術力を持つ外部パートナーと強固な関係を築いている。
これは、「最高のIP」と「最高の作り手」を繋ぐハブ機能であり、自社で全てを抱えるのとは異なる、もう一つの「資産」の形と言える。
ライブゲームを手掛けるBNEの撤退などは直近であったり、昨今では自社に開発資産が積み上がっていないのではないか?と指摘される側面はあるものの、それを補って余りあるIP資産と、それを活かすための柔軟なパートナーシップ戦略は、バンダイナムコ独自の強力なビジネスモデルである。

■ 5-3. IP活用の罠:なぜスクエニの「宝の山」は火を噴かなかったのか?

勘違いしないでほしいのだが、スクエニを非難しているわけではない。むしろ私はスクウェア時代から、ENIX時代から大ファンで今も変わりない。

ここで、極めて重要な問いが浮かび上がる。スクウェア・エニックスは、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』という、世界的に有名な巨大IPを保有している。
これらのIPを活用して、リメイク、スマートフォンゲーム、スピンオフ作品など、数多くの派生作品を展開してきた。それならば、なぜスクエニは、「ベース作品からの進化」の成功モデルを実現できなかったのか。

◆ 「IP活用」と「ベース作品の進化」の違い

この問いに答えるには、「IP活用」と「ベース作品の進化」の本質的な違いを理解する必要がある。

例えば、コーエーテクモの『無双』シリーズは、単なる「IP活用」ではない。それは、「アクション性」「爽快感」「戦略性」といった、コアなゲーム体験そのものが、ファンに深く根ざしている。つまり、『無双』というIPの価値は、「キャラクターやストーリー」だけでなく、「ゲームプレイそのもの」にある。
だからこそ、『ゼルダ無双』のように、別のIPのキャラクターを『無双』のゲームプレイに乗せても、ファンは満足しやすい土壌が存在する。その理由は、ゲーム体験が「ベース」として確立されているからである。

一方、スクエニの『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』は、どうだろうか。これらのIPは、確かに世界的な知名度を持つ。しかし、スクエニが展開してきた派生作品の多くは、「IPの切り売り」だと評価されることも少なくない。

スマートフォンゲームの『ドラゴンクエストウォーク』『ファイナルファンタジーレコードキーパー』といった作品は、確かに一時的なヒットを生み出したが、それらは「ドラクエ・FFというIPを活用した、その時々の流行ゲームジャンルの作品」に過ぎず、「ベース作品の正当進化」ではないという見方が強い。

◆ 品質のばらつきと世界観の希薄化

スクエニのIP活用戦略が上手くいかなかった理由は、個人的には大きく3つ挙げられる。

第一に、品質のばらつき
スクエニは、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』というIPを、様々な外部デベロッパーにライセンスし、多数の派生作品を生み出してきた。しかし、これらの作品の品質は、極めてばらつきが大きい。
ヒット作もあれば、すぐにサービス終了となる作品もある。このばらつきはブランドへの信頼感を揺らがせた可能性がある。
また、あわせて同時期に数多くのライブゲームをリリースしては、早期終了を繰り返してしまったことも、かなり否定的な意見とブランドに対しての見方が下がってしまったとも言われている。大きなIPを扱いつつも、評価が著しく低かったコンソールタイトルも影響を与えているだろう。

結果、ファンは「この新作は、どの程度の品質なのか」という不確実性が生まれ、安心してプレイしづらく、ファンの購買意欲を減退させたとも言える

第二に、世界観の希薄化
『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』は、本来、極めて強固な世界観を持つIPである。しかし、スクエニが展開した派生作品の中には、その世界観を軽視し、単に「キャラクターを借りてきた」に過ぎない作品も多い。
例えば、スマートフォンゲームの多くは、ゲームジャンルの流行に合わせて、世界観を無視した形で作られてしまったものが多い。結果、ファンが愛する「ドラクエらしさ」「FFらしさ」が失われ、単なる「キャラクターが課金で手に入るゲーム」という形式になったものも多い。

第三に、ブランド価値の毀損
上記の2つの問題が重なった結果、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』というIPそのものの価値が、徐々に毀損されていった。本来、これらのIPは、「高品質」「独自の世界観」「深いストーリー」という価値を象徴するものであった。
しかし、品質がばらつき、世界観が希薄化した派生作品が増えることで、ファンの中に「このIPはもう信頼できない」という感覚が生まれてしまったのかもしれない。

◆ スクエニへの示唆

スクエニが今後、この状況を打開するには、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』においては改めてコアなゲーム体験を定義し直す必要があるのかもしれない。それは、単なる「RPG」という大雑把なジャンルではなく、「ターン制戦闘の奥深さ」「キャラクター育成の喜び」「ストーリーの感動」といった、より具体的で、本質的な体験である。
その「ベース」を確立した上で、派生作品を展開すれば、きっと投資家も納得できる成功が改めて訪れることを信じている。

実際、スクエニの最近の取り組みの中には、この方向性を示唆するものもある。例えば、『ファイナルファンタジーVII リメイク』は、単なるリメイクではなく、オリジナルの「ベース」を尊重しながら、現代のゲーム体験に合わせて進化させた作品だと思っている(私も200時間プレイしたが、作りこみと新しいRPG体験ができた傑作だった。JRPGという点の最高傑作じゃないかとも思っているし、あの遊びとクオリティを別の世界観で再現するだけでも価値があるのではと考えているぐらい)。
このような「ベース作品の進化」を、より多くのプロジェクトで実践できれば、ブランドの伸張も十分に可能ではないだろうか。

■ 5-4. ハードの壁と信頼の喪失:もう一つのスクエニの課題

しつこくてすまないが、これは個人的にどうしても書いておきたかった。

スクエニが抱える問題は、IP活用の失敗だけではない。近年のAAA級タイトルにおける「ハード縛り」戦略もまた、市場での評価を下げる要因と見ている。

これは私自身も大変ショックだったことだが、『ファイナルファンタジーVII リメイク』は、まずPS4で発売された。しかし、その続編で『インターグレード』、その後の『ファイナルファンタジーVII リバース』は、PS5でしかプレイできないことに素直に泣いた。
これは、1作目をPS4で楽しんだファンに対して、「物語の続きを体験したければ、新しいハードを買え」と要求する宣告に等しい。PC版のリリースも遅く、多くのファンが「肩透かし」を食らった形だったのではないだろうか。

さらに、『ファイナルファンタジーXVI』は、発売当初PS5独占タイトルとなり、世界で最も普及しているプラットフォームであるPCや、競合ハードのユーザーを最初から対象外となったのは裏の事情しか浮かばなかった。

現在のゲーム業界のトレンドは、明らかに「マルチプラットフォーム」である。できるだけ多くのユーザーにゲームを届けるため、多くの企業がPC、PlayStation、Xboxで同時にタイトルを発売し、時にはNintendo Switchにも対応する。マイクロソフトの「Game Pass」のように、発売初日からサブスクリプションサービスで提供するモデルも一般化している。これは、ユーザーがゲームにアクセスする際の障壁を、可能な限り低くしようという思想に基づいている。

たしかにSCEとの契約があったのかもしれないが、スクエニの「ハード縛り」戦略は、誰が見ても大きな潮流に逆行していると思ったことだった。
特定のプラットフォームホルダーとの契約は、経営上のメリットがあるのかもしれない。しかし、それは長期的に見て、最も大切な「ファンの信頼」を犠牲にする行為である。
「あの会社のAAAタイトルは、どうせすぐには遊べない」「続きを遊ぶために、また新しいハードを買わされるかもしれない」「安くなって評判良ければ買えばいいかもな」。そうした不信感が積み重なることで、IPのブランド価値は確実に毀損されていく。これもまた、スクエニが直面する、もう一つの深刻な課題なのだと感じている。

■ 5-5. 第四のモデル:Cygamesという「非上場の奇跡」

これまで、カプコン、フロム、コーエーといったコンソールゲームの成功事例を分析してきた。しかし、日本のゲーム産業には、もう一つ、極めて特異で、かつ強大な成功モデルが存在している。それが、Cygamesである。

Cygamesは、miHoYoと同じく、ライブサービスゲームの領域で、世界最高レベルのクオリティを連発して成功している、日本で唯一の企業と言っても過言ではない。『グランブルーファンタジー』『プリンセスコネクト!Re:Dive』、そして社会現象となった『ウマ娘 プリティーダービー』。彼らの作品は、いずれも圧倒的なアートワーク、深いストーリー、そして長期にわたってファンを飽きさせない運営力で、巨大な収益を上げている。

◆ なぜCygamesはハイクオリティを連発できるのか?

その秘密は、彼らの特異な経営体制にある。Cygamesは、サイバーエージェントという上場企業の100%子会社でありながら、Cygames自体は非上場である。これは、ある見方をすれば「短期的な株主の圧力から解放されている」とも見れる。

親会社であるサイバーエージェントの藤田社長(近々交代するが)は、Cygamesに対して「最高のコンテンツを作る」ことだけを求め、短期的な収益の変動に口を出さないことで知られている。これにより、Cygamesは、目先の利益にとらわれず、数年単位の長期的な視点で、徹底的にクオリティを追求することができる。開発費がどれだけ膨らんでも、リリースがどれだけ遅れても、「最高のものができるまで妥協しない」という開発体制が許されている。

これは、miHoYoが非上場企業であるがゆえに、『崩壊3rd』の利益のほぼ全てを『原神』に再投資するという、常識外れのハイリスクな挑戦ができた構図と酷似している。Cygamesも構造的には似た種類の自由度を持ちうるのではないだろうか。
これこそが、彼らが日本において唯一無二の存在たり得ている、最大の理由の1つなのかもしれない。

Cygamesの成功は、日本のゲーム産業にとって、一つの希望の光であると同時に、厳しい現実を突きつける。それは、最高のクオリティを追求するためには、短期的な利益を求める株主資本主義の論理から、いかにして自由になるか、という極めて本質的な問いである。

■ 5-6. 自分たちの「ベース作品」は何か?

これまでの分析から導き出される、日本のゲーム産業が取るべき現実的な処方箋の1つに、「自社の強みの根幹となる『ベース作品』を定義し、そこからの進化にリソースを集中投下すること」だと個人的には考えている。

そして、その過程における「テストと挑戦」は、全くのゼロから何かを生み出すことではなく、「定義したベース作品を、どう進化・発展させるか」という仮説を検証するための、コントロールされた実験でなければならない。

直近で例えると、フロムソフトウェアが体現している『SEKIRO』『ELDEN RING NIGHTREIGN』の展開などが近いかもしれない。

あなたの会社にとっての「ベース作品」は何だろうか?

それは、世界に通用する強力な「IP」か。(例:カプコン、任天堂)

それは、開発を効率化し、品質を担保する独自の「ゲームエンジン」や「技術」か。(例:カプコンのREエンジン)

それは、他社には真似のできない、熱狂的なファンを持つ「コアなゲーム体験」か。(例:フロム・ソフトウェア、コーエーテクモ)

あるいは、すべてを牽引するカリスマ的な「クリエイター」そのものか。(例:コジマプロダクション)

はたまた、バンダイナムコのように、世界最高の「IP資産」と、それを活かす「パートナーシップ網」か。

もしくは、Cygamesのように、株主の圧力から解放された環境で、ひたすらにクオリティを追求する「組織文化」そのものか。

いずれにしても迷ったときは、「ベース」の定義に立ち返る。そして、そのベースをさらに磨き上げ、進化させることに、経営資源を集中させる。
ゼロから100個の小さな種を蒔くのではなく、すでに芽吹いている1本の若木を、確実に大樹へと育てる。
それこそが、短期的なROI(投資収益率)の呪縛に苦しみ、巨大な心臓を持たない日本企業が、世界という厳しい戦場で生き残るための、唯一にして最も確実な戦略なのかもと考えている。

■ 5-7. 現場のクリエイターが「自由」を勝ち取るために

しかし、ここで最後の、そして最も根源的な問いが残る。

「非上場化など、経営層が決断しなければ不可能だ」
「結局、我々現場のクリエイターにできることなどないのではないか」。そ

の無力感は、痛いほど理解できる。だが、本当にそうだろうか。

CygamesやmiHoYoの成功の本質が、短期的な株主圧力からの「自由」にあるのだと仮定すれば、その「自由」は、必ずしも非上場化や潤沢なキャッシュフローによってのみ得られるものではないと思っている。
それは、現場のクリエイター自身が、日々の仕事の中で、少しずつ勝ち取っていくものでもあるはずだ(もちろん簡単ではないことは承知の上で)。

◆ 「信頼」という名の、もう一つの資本

経営陣がクリエイターに求めるものは、突き詰めれば「結果」である。そして、その結果とは、必ずしも短期的な売上だけを指すのではない。ファンからの熱狂的な支持、メディアからの高い評価、そして何より、「このチームなら、次も必ず面白いものを作ってくれる」という、未来への期待感。それらすべてが、経営陣にとっての「結果」だと思っている。

現場のクリエイターにできることは、まず、与えられた環境の中で、最高の結果を出すことだ。たとえ予算が限られていても、納期が厳しくても、その制約の中で、知恵を絞り、工夫を凝らし、ユーザーの想像を超えるクオリティを実現する。その小さな成功の積み重ねが、「信頼」という名の、もう一つの資本をチームにもたらすのではないだろうか。

「あのチームに任せれば、いつも面白いものを作ってくれる」。その信頼が経営層に育てば、徐々にではあるが、より大きな予算、より長い開発期間、そしてより自由な裁量が与えられるようになる(多分)。

それは、石油王から資金を得るような派手な話ではない。しかし、日々の仕事の中で、着実に自分たちの「聖域」を広げていく、極めて現実的で、確実な戦い方である気がしている。

◆ 「小さなNo」を言う勇気と、「代替案」を提示する知性

創作の自由は、ただ与えられるものではない。時には、理不尽な要求や、短期的な利益しか生まない安易な企画に対して、「No」を言う勇気もまた忘れてはいけない。しかし、それは単なる反抗であってはならない。

重要なのは、「代替案」を提示する知性である。「そのやり方では、長期的にブランド価値を損なうけどいいのか?  バトロワやっちゃっていいのか?
パズルやっちゃっていいのか? 本編のミニゲームで1本ゲーム作っていいのか? しかし、こちらの方法であれば、コストを抑えつつ、ファンが本当に望んでいる体験を提供できます」。
そうした建設的な提案ができて初めて、現場の「No」は、経営層を動かす力を持つのではないだろうか。
(とはいえ、この辺りについては現実がどうなったのかは、私の別のnoteで書いた通りである)

そのためには、クリエイター自身が、常に経営的な視点を持つ必要があるし、逆に経営層もクリエイティブの理解度を高めなくてはいけない。
自分たちの作っているものが、会社全体の戦略の中で、どのような位置づけにあるのか。どのようなリスクとリターンがあるのか。それを理解した上で、自分たちの「作りたいもの」と、会社の「儲けたいもの」の接点を探し出し、最適な解を提示する。その知的な営みと、対外的なコミュニケーションこそが、現実的な「自由」を勝ち取れる方法なのかもしれない。

◆ 結論:希望は、現場にある

結局のところ、日本のゲーム産業の未来は、経営者の英断や、市場環境の変化だけに委ねられているわけではない。それは、日々、PCの前で、液晶タブレットに向き合い、コードを書き、グラフィックを描き、物語を紡いでいる、一人ひとりのクリエイターの双肩にかかっている。

自分たちの仕事に誇りを持ち、最高の結果を追求し続けること。その積み重ねで「信頼」を勝ち取ること。そして、時には勇気と知性をもって、より良い未来を自ら提案すること。その意見を受け入れる土壌を作ること。もの言う開発者が仕事を失う環境にしてはならない。
地道な営みの先にしか、我々が求める「創作の自由」はないと確信している。

超絶長文になってしまいましたが、自分自身の戒めという部分と、日本のゲーム開発の現場で悩んでいる人たちへ、偉大な先人の皆様たちが、より自由でわがままな開発ができること、株主の皆様が理解いただけること、そして、再び日本から世界を驚かす作品が生まれる、次なる一歩を踏み出すための羅針盤となることを願ってやまない。


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うきょう|フリーゲームプロデューサー兼マーケッター(株スタジオデルタ代表)いただいたサポート費は還元できるように使わせていただきます! 引き続き読んでいただけるような記事を書いていきたいと思います。

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プロデューサー兼マーケッター21年|社外COO、事業戦略顧問。面白さをより届けるために、マーケティング視点から現場の状況を書いています。詳しくはTwitterも!https://twitter.com/ukyoP_san

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