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「イラレが軍艦島」になっている理由と背景

Illustrator 2025(ver.29.x)は「バギー(不具合が多い)」という声が目立ちます。
特に、29.7.1/29.8.1はまったくダメで、私(鷹野)もDTP Transitの記事で「非推奨」と書くほどでした(その後、29.8.2が出ていますが決定版とは言い切れない)。

Adobe MAXを控え、「Illustrator 2026のリリース前に、いまのうちに2024を入れておこう」がニュースにまでなるほどです。多くのユーザーにとってアドビは「寄らば大樹の陰」的な存在ですが、こと、Illustratorに限っては現在、非常にシビアな状況です。

では、なぜこんな状況になっているのでしょうか。
背景には、アプリケーションの歴史的な構造と開発体制の変化があります。

「建て増ししたショッピングモール」よりも「軍艦島」のメタファーがぴったり!あまりにもうまいので、タイトルに利用させていだきます!

noteを読んだら、「気づいたらみんなが拠り所にしてたイラレが軍艦島状態になっていて、今回のアップデートで一部フロアが崩れてデータが使えなくなるから早く前の状態に戻して、自動更新を止めましょう」という恐ろしい話だった。https://t.co/KYN7fEOshj

— みさえ(かりのすがた) (@exhaustingmom)October 27, 2025

TL;DR(要約)

この記事の要約です。

Illustratorの開発拠点がインドに移ってから約15年。
優秀なエンジニア陣によって、機能追加はこれまでになく積極的に進められてきました。
しかし、「安定版(stable version)」という考え方が存在しないため、未完成の機能が一般公開版に含まれるケースも増えています。
また、40年ほど前からのコードが残っているため、機能強化によって思わぬ不具合が生じています。これまで奇跡的に切り抜けてきましたが、Illustrator 2025(29.x)では現場仕事では使用を避けるべきバージョンが登場してしまっています。
MAXリリースを前に、自衛策としてIllustrator 2024(28.x)をインストールしておくことを強くおすすめします。


1 | 建て増しによる弊害:38年分の積み重ね

Illustratorは1987年に登場し、現在で38年目
コンピューター業界で「10年」はひと昔と言われる中、その4倍近い歴史を持つソフトです。当然、ベースになっているコードは古く、改修と拡張を繰り返しながら今日に至っています。

たとえるなら──
もともとは小さな「平屋の商店」だったものが、改築を重ねて「巨大なショッピングモール」になっているような状態。
建て増しの度に配管や配線が複雑化し、思わぬところで不具合が生じるのです。

さらに、現在は開発拠点がインドに移転しており、「Illustratorでは不可能」とされてきたことを次々と実現しています。その裏で、既存機能との整合性がとれず、思いもよらないバグが発生するケースも増えています。

Illustratorの開発拠点がインドに移ったのは、2010年5月リリースのCS5ですので、15年前。裏スプラッシュスクリーンに、Ajantaという女神が登場しています。

共同編集とクラウド対応

現在、アプリに求められる挙動に「共同編集」があります。これはクラウドに保存するからこそ、可能になる機能ですが、残念ながら、IllustratorやPhotoshopでは2025年の現在でも可能になっていません。

これも古いコードが原因だと予想します。


2 | 新しい文字組みエンジンの導入

Illustratorチームは日本語の組版を大切にしてくれていて、たとえばエリア内文字の上下中央揃えが正確な位置になるような改良を行ってくれました。

Illustratorに新しい文字組みエンジンが組み込まれることで、過去のデータ資産との互換性が危うくなります。そこで、過去の文字組みとの互換性を保つための“橋渡し”機能も用意されています。

しかしながら、日本語組版を扱うユーザーにとっては特に影響が大きく、表示崩れやレイアウト不整合など、従来では考えられなかった問題が散見されます。

Illustrator 2025のバグ、続報聞けば聞くほど怖いんだがテキストエンジンの刷新って大変なんだな…
モリサワの記事が前提がまとまっていたが、これにまつわるバグがたくさん発生しているという理解をしていますhttps://t.co/AfGEAmEf2b

— まるみ@意味を育てるデザイナー (@marumi_design)October 17, 2025

文字組みアキ量設定に追加された新しいプセット「行末約物全角/半角」はむっちゃ使えます!


3 | 開発体制とテストの課題

一般的に大規模アプリでは、ベータテストを通じてリリース前に十分な検証を行います。Illustratorにもその仕組みはありますが、実際のテスト期間は非常に短く、ユーザーからのフィードバックが十分に反映されないまま正式版tとして出荷されています。

たとえば、29.8.2は、29.8のリリース後、29.8.1、29.8.2のようにバージョンが上がっていますが、リリース後のバグを直したという意味で、「ホットフィックス」と呼ばれます。

ここ最近、リリース直後に見つかったバグを直すという回数が増えていますが、これはテスト不足であることの証です。

サブバージョン(=マイナーバージョン)は、バグ修正も含みますが、基本的に機能追加。
「.2」の部分が、「29.8」以降のバグ修正のように、分けて理解しておくとよいかもしれません。
(話をシンプルにするために簡略化されていると予想します)…https://t.co/JZaduSqM84pic.twitter.com/igZIA1oJ8H

— DTP Transit (@DTP_Transit)October 27, 2025

かつてはベータテスター向けに詳細なリリースノートが公開され、改良点が明確に共有されていました。しかし最近は、簡単なメモ程度の情報しかなく、変更点をユーザー自身が「宝探し」のように探し出す状況になっています(ちなみに、リリースノートをやめたのはIllustratorのみ)。

せめて「こことここ、変えたからチェックしてみて」とあれば、もう少し念入りにチェックできそうです。

ベータ版

Illustratorに限らず、「ベータ版に新しい機能を入れたから使って!」という流れが増えています。

「ベータ版は商用利用不可」が基本ですが、仕事で使ってみないことには、きちんとしたテストはできないんですよね…

やばい!やばい!やばい!!
Illustratorのベータ版に『ターンテーブル』が入ってる!
自分のイラストの横とか、後ろを考えて作ってくれて、3Dみたいにくるくるまわせるよ!
まじやばい!🔥🔥🔥たのしい!

オブジェクト選択→プロパティパネルの中の「ターンテーブル」を選択して生成するだけ!…pic.twitter.com/POMuJypphf

— 北沢直樹 / Naoki Kitazawa (@naoki_kitazawa)August 20, 2025

アプリのベータ版と、機能のベータ版も紛らわしいですね…


4 | 新機能をすぐに取り込みたがる文化

開発チームの立場から見れば、「新しい機能をいち早く実装したい」という意欲は理解できます。ですが、それは本来ベータ版の段階で検証すべきことであり、正式版で実験的な機能を投入すれば、ユーザーに混乱を招きかねません。

特にIllustratorのように業務で使われるアプリでは、安定性こそが最重要。“新しさ”よりも“堅実さ”を優先してほしいという声が、ユーザー側から強まっています。

その一方、ここ数年のIllustratorの細やかなアップデートは、これまでにない動きとして高く評価しています。ただし、もう少しじっくり、熟成させてから製品版に取り込んで欲しいんです…

消した機能はどうなった!!!???

2025年2月リリースの Illustrator 2025(29.3)でRetypeが正式版になったタイミングで(編集可能なテキストとして復元する)[テキストを編集]機能が削除されてしまい、その後、戻っていません。

2024年4月リリースのIllustrator 2024(28.5)で〈このフォルダー内の見つからないリンクを検索〉という神機能がつきました。

Illustratorファイル(.ai)のリンク切れを解決するのは地味でしんどい作業でした 😿

2024年4月にアップデートされたIllustrator…pic.twitter.com/WZ0CWbPCL3

— DTP Transit (@DTP_Transit)May 8, 2024

ところが、2025年1月リリースのIllustrator 2025(29.2.1)で消えてしまいまい、現在も復活していません。

改良版を改めて…とのことですが、できた時点で差し替えればいいだけ。ワークフローとして定着したものを消されてしまうのは非常に困ります。

開発チームの方は、私たちがIllustratorを仕事で使っているということを理解していない様子…


5 | 不必要なMAXリリース

Illustrator(をはじめとするアドビのアプリ)のメジャーアップデートは、毎年秋に開催されるAdobe MAXに合わせて行われます。
これ以降、Illustrator 2024(28.x)がインストールできなくなりますので、間に合ううちにインストールしておきましょう!

Adobe MAX(10月28-30日)のタイミングで、Creative Cloudの新バージョンが発表されます。

現在、Creative Cloudは直近の2バージョンまでのインストールが可能になっていますので、MAXリリース(2026)以降、2024はインストールできなくなります。

特にIllustrator…pic.twitter.com/nTc0imAwgg

— DTP Transit (@DTP_Transit)October 22, 2025

本来は新機能の発表や技術共有の場ですが、現在では営業的なイベントの節目として利用されており、そのタイミングに合わせて無理なアップデートが押し込まれることが少なくありません。

Adobeアプリは、年に10回前後もメジャーアップデートをしているのと同じです。こんなもの安定するわけがない。

— ものかの (@monokano)October 27, 2025

結果として、「新機能は増えたが安定性が落ちた」という構図が毎年繰り返されています。IllustratorもmacOSもiOSも、年1回のメジャーアップデートは本来不要です。ユーザーにとっては安定した環境で作業できることのほうが、はるかに価値があります。

公式アカウントで「大幅なアップデート直後は、作業に思わぬ支障が出る場合があります」って言ってしまっています。笑えない。

🎉いよいよ来週#AdobeMAX 開催!
あらためてアップデートの事前準備のご案内です💡

大幅なアップデート直後は、作業に思わぬ支障が出る場合があります⚠️

そこでおすすめなのが「自動更新設定の解除」✨
解除しておくことで、お好きなタイミングでのアップデートが可能です🙌…

— アドビ カスタマー サポート (@AdobeSupportJ)October 24, 2025

ひとりのユーザーとしては、MAXのお祭り感は楽しくてダイスキ!
でも、現場が求めているのはアプリの安定性なんです。


6 | 具体的な不具合

ものかのさんがまとめてくださっています。

Illustrator 2025 (29) のバグの中で、とくに致命的なものは、おそらくこの2つの新機能搭載が原因になっていると思う。

・環境にないフォントのプレビュー (29.3)
・パフォーマンスのために保存を最適化 (29.7)

どちらも保存時にバグ状態でファイル保存されてしまうのが共通している。

— ものかの (@monokano)October 27, 2025

https://helpx.adobe.com/jp/illustrator/kb/fixed-issues-jp-2025-29-8-2.html


7 | 自衛策

最低限、ユーザーがしておくべき自衛策を把握しておきましょう。

インストール

  • [自動更新]をOFFにする

  • [以前のバージョンを削除]をOFFにする
    (OFFにしてもいつの間にかONになるので、慎重に行う)

Illustratorの設定

  • バックグラウンド書き出し/保存機能をOFFにする

  • [リアルタイムの描画と編集]もOFFに

IllustratorとInDesignは、可能な限り、古いバージョンは残しておきましょう。シビアな仕事では作成したバージョンのアプリで開くのが基本です。

デザイン界隈のアドビアプリは、割とこうなるのが標準だと思っていたので、最新しか入っていない環境を見ると「大丈夫!?」と心配になってしまいます……何度も言いますが、仕事上のリスクを避けるためには最新のひとつ前、いまなら2024が無難。インストールできるのはいまが最後のチャンス!です!https://t.co/K55pXJ40Fepic.twitter.com/ThVM4yw1ox

— LLL_Kobayashi (@luktar)October 26, 2025

まとめ:歴史あるアプリの宿命と、これから

Illustratorが抱える課題は、「古い土台の上に新しい建物を積み上げ続けてきた結果」と言えます。建て増しの限界に近づく中で、アーキテクチャの抜本的な見直しが求められているのかもしれません。

長年のユーザーとしては、
「もう一度、安定性を最優先にしたIllustratorを見たい」
──そう願わずにはいられません。

アドビの人も開発者も同じ人間ですので、強く言葉で非難することは避けたいですね。

家電レベルとは行かないまでも…

電子レンジにお弁当を入れて「600Wで15秒」と設定すれば、15秒後にはホカホカになる。当たり前ですよね。

でも、Illustratorをはじめとするアプリは、そうはいきません。
「600Wで15秒」とお願いしても、なぜか「400Wで30秒」になったり、「10秒で止まったり」することがあります…

笑って済めばいいんですが、仕事ではそうもいきません。
Illustratorは“おもちゃ”ではなく“仕事の道具”。
どうかそのことを、アドビの開発チームにもう少し理解してもらいたいものです。

そしてそして、憎むほどに愛してるんです!とまとめます。

Illustrator iPad版、ブラウザー版

同じアドビでも、(開発が止まってしまった)XDは驚くほど軽快です。

Illustratorもあるタイミングで過去の互換性を犠牲し、新しく作り直す必要がありました。その流れで出てきたiPad版やブラウザー版が進化していくことも要期待です。

iPad版のIllustratorは残念ながら、現在、開発が止まっているように見えます。

いにしえの奇数バージョンの“のろい”

Illustratorの歴史を紐解くと、奇数バージョンで公開ベータテストを行い、次の偶数バージョンで安定、というサイクルを繰り返していました。

そう考えると、「公開バージョンをベータ版のように扱う」のは伝統でした…(悲)

Illustrator CC2025はお勧めできないバージョンだけど、まあ昔からハズレバージョンとかスキップバージョンはあったわね。ただインストールに制限がかかるのはちょっと厳しい。(かといっていつまでも古いバージョンを使い続けるのもアレだし…

— カワココ (@kawacoco)October 27, 2025

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株式会社スイッチ所属。グラフィック、エディトリアル、ウェブの分野で、デザイン、設計・ディレクションなど、25年以上、第一線で手を動かし続けている。著書多数。大阪芸術大学 客員教授。Adobe MAX US 2018に出演。

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