なぜ人は「縦タブ」で作業効率が上がるのか?
認知科学の観点から読み解いてみました
近年、ChromeやEdgeといったメジャーブラウザが続々と「縦タブ」を採用し始めています。従来、ブラウザといえば“上に横一列でタブが並ぶ”のが当たり前でした。しかし最近では、Arc や Vivaldi を筆頭に、縦にタブを並べるUIを標準で搭載する動きが広がっています。
では、なぜ縦タブが支持されているのでしょうか。
単なる“新しいデザイン”という以上に、じつは人間の認知の仕組みと非常に相性が良い UI だからです。
この記事では、認知科学・人間工学・UIデザインの観点から縦タブが作業効率を高める理由を掘り下げ、“なぜ今になってChromeが縦タブを実装したのか”という背景まで整理してみたいと思います。
1. 人間の視線は「横より縦」の移動が得意
まず押さえておきたいポイントは、人間の視線は横方向よりも縦方向に動くほうが負荷が低いという研究が多く存在する点です。
● 人の目は「上下スキャン」に向いている
眼球運動(サッケード)には、上下と左右で微妙な速度差や安定性の違いがあることがわかっています。
一般的に、上下方向の視線移動は筋肉の動きがシンプルで、水平運動よりも負荷が少ない傾向があります。
さらに、現代のパソコン作業では以下のような“縦方向への動き”が圧倒的に多いです。
Webページは縦スクロール
ドキュメントも縦に読む
SNSのタイムラインも縦
メール一覧も縦
つまり、PC作業の文脈は“縦読み・縦スクロール”が前提になっています。
この縦方向の流れの中でタブ一覧も縦に配置されると、視線のリズムが崩れにくく、自然に情報を把握しやすいのです。
2. 横タブの「視覚容量問題」は、タブが増えるほど深刻になる
横タブの最大の課題は、物理的に表示できるスペースが少ないことです。
● 横タブのスペースは“短辺”
一般的なディスプレイは横長です。上部のタブバーはその横方向に並ぶため、一見スペースが多いように見えますが、タブが20個を超えると急激に限界が来ます。
タブ幅がどんどん縮む
ページタイトルが読めない
favicon だけの「点」が並ぶ状態に
どのタブがどれか直感的にわからない
視覚心理学では、人間が一次的に処理できる視覚情報量には限界があり、これを「視覚的ワーキングメモリ」と呼びます。
横タブはこのワーキングメモリを消費しやすく、タブが多い人ほどストレスを感じます。
● 縦タブは“長辺”を使える
一方で縦タブはディスプレイの長辺(高さ)を使えるため、表示領域が圧倒的に広くなるという利点があります。
30〜50個のタブを並べてもタイトルが読める
リスト型なので視線でスキャンしやすい
グループ化・フォルダ化との相性が抜群
タブが増えると“壊れる”横タブとは対照的に、縦タブはタブが増えるほど真価を発揮します。
3. PC文化はいつの間にか「縦スクロール中心」になった
認知負荷という視点で見ると、縦タブは現代のWeb文化と極めて相性が良いとわかります。
● “コンテンツ”が縦
Google検索 → 結果は縦に並ぶ
YouTube → サムネ一覧は縦
Notion → ページは縦スクロール
Slack → チャンネルもチャットも縦
つまり、我々の情報処理リズムは完全に縦方向で最適化されているのです。
この状況で「タブだけ横に並ぶ」というのは、コンテンツ閲覧のリズムから外れており、認知的に整合性がありません。
● 視線の“移動距離”が縦のほうが短くてすむ
ページを読んでいるとき、視線は中央〜上部にあります。
そこから「横タブ」に移動するには、水平に大きく視線を移動しなければなりません。
縦タブなら、視線を少し左に寄せるだけで目的の情報にアクセスできます。
これは作業効率(視線移動コスト)を下げるうえで大きく働きます。
4. 縦タブは“情報の構造化”と相性が良い
縦方向のレイアウトは、階層化・分類・グルーピングとの相性が抜群です。
横タブは“横一列で並べるしかない”単純構造ですが、縦タブは拡張性が高く、「情報を構造化したい」というユーザーのニーズを満たします。
特にタブを大量に使う知的労働者(エンジニア・リサーチャー・クリエイター)は、ツリー構造にするだけで作業効率が大きく上がります。
5. では、なぜ Chrome は長年縦タブを採用しなかったのか?
ここが結構おもしろいポイントです。
Chromeが縦タブを採用しなかった理由は「技術的制約」ではなく、UI哲学の違いにあります。
● Chromeの哲学:
「ミニマルで誰にとっても同じ体験」
Chromeは2008年の登場以来、一貫して
シンプル
学習コストを最小化
“誰でもすぐ使える”均質なUI
を重視してきました。
そのため、ユーザーごとに UI が大きく変化する機能(縦タブ・高度なカスタム・タブ管理ツリーなど)は避けていたのです。
Googleが重視してきたのは、あくまで“最大公約数のユーザー体験”でした。
● しかし時代が変わった
近年は以下の流れでブラウザ利用のスタイルが多様化しました。
これにより、「最適解はユーザーごとに違う」という考えが広まり、Chrome もついにUIの柔軟性を取り入れざるを得なくなりました。
つまり縦タブ採用の理由は、
“ブラウザの使われ方が時代とともに変わり、Chromeの哲学が限界に近づいた”
という現実への対応でもあります。
6. 縦タブが広まることで、ブラウザの未来はどう変わるのか
縦タブの広がりは、ブラウザのUXにおける大きな転換点です。
● ① ブラウザが“作業OS”化する
Arc や SigmaOS に代表されるように、タブがアプリのように扱われる時代が来ています。
縦タブはこの思想と圧倒的に相性が良く、「タブ=作業単位」として管理する文化が進むでしょう。
● ② 情報の構造化ニーズがさらに高まる
縦タブの普及により、ツリー・フォルダ管理・メタデータ付与など、より高度なタブ管理が求められるようになります。
● ③ AI × ブラウザで“タブ整理が自動化”される
縦タブは情報構造化が前提なので、AIがタブを分類したり整理したりする機能と相性抜群です。
“AIが勝手にタブを整理するブラウザ”は、確実に近い未来の標準になります。
まとめ:縦タブは「人間の認知に合ったUI」だった
縦タブが支持される根本理由をまとめると、以下の通りです。
視線移動の負荷が低い(脳が楽)
縦スクロール文化に適合している(認知リズムに合う)
視覚容量を圧迫しない(大量タブと相性が良い)
情報の階層化・整理がしやすい
現代の“ブラウザ中心の仕事スタイル”と相性が良い
縦タブは派手な機能ではありませんが、
人間の情報処理の仕組みに自然に寄り添ったUIであり、今後のブラウザの標準になっていくはずです。
Chromeが採用したのは偶然ではなく、
「人が使いやすいUIとは何か?」という問いに対する必然的な進化の結果だといえるでしょう。