Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


見出し画像

はじめに

 非エリートの中小企業担当行員の皆さんこんにちは。

 普段は他人を小馬鹿にするようなポストしかしていないのですが、今回は「俺の銀行営業論」を語りたくなって@ActiveIndexさん企画の「金融系 Advent Calendar 2025」に参加しました。今回は人を小馬鹿にすることなく、銀行の営業がどうあるべきかを真面目に熱く語りたいと思います。

 学歴とガクチカのいずれかあるいは両方が不足していてコース別採用に引っかからず、オープン採用された非エリートの皆さんが、地方商店街の中小企業担当を抜け出してプロジェクトファイナンスやM&A、海外駐在等のキラキラした部署に異動するために必要なのは今の持ち場での実績です。
 そのためには取引先とスムーズな関係構築を行い、あなたの提案を聞いてもらえるようになることが重要ですが、あなたを含めた銀行員が行っている営業と、取引先の事業会社の受け取り方の間には大きなギャップがあるので気を付けましょうということ、そしてどうやってそのギャップを埋めて取引先にお願いを聞いていただくかというのが今日の話です。

 金融専門職・非支店の方々も、皆さんが増やしたり熔かしたりするお金の出所の一部として、支店の担当者がどのようなKPIのもとでどんな仕事をして中小企業から稼いでくるのか覗いていただけると嬉しいです。

 中小企業の定義は以下の通りです(図1)。本稿ではざっくり売上1億円から50億円くらいの会社をイメージしています。社長が営業と製造、親戚の女性が経理・総務の責任者をやっていることが多いです。
 金融専門職の皆さんも武者修行で1年くらい担当してみませんか?

(図1) 中小企業基本法による中小企業と小規模企業の定義

 さて、コース別採用されたエリート候補生が営業本部でプライム上場企業のサブ担当をしたり、M&Aに携わっていたりという話を研修会場で聞く一方で、あなたはとても大きくてダサい黒の革鞄(図2)を自転車のカゴに押し込み、店周の中小企業の社長に対してお願い営業に明け暮れて絶望しているのではないでしょうか。
 ファシリティがどうとかタームローンがどうとかカタカナばかり振りかざしてムカつきますよね?気持ちはわかります。当座貸越と証書貸付をうまぶってるだけなので心を落ち着かせてください。

 自転車のカゴに入れた鞄には盗難防止ネットをかけていますか?片道切符の出向がほぼ決まっているコンプラ担当副支店長があなたの未来を羨み、店内自主検査でぶっ刺してくるので注意してください。

(図2) 実用性に特化した無骨な作り。これぞ支店担当が持つべき鞄

 繰り返しになりますがコース別採用ならざる皆さんは中小企業営業から這い上がるしか道はありませんそのために私の話を聞いてください。

 皆さんが、先輩の万年課長代理からありがたい「俺の銀行営業論」を毎晩鳥貴族で聞かされていることは承知しています。その人のアドバイスを聞く必要は絶無です。なぜならその人は15年目なのに支店の課長代理で、鳥貴族であなたに「俺の銀行営業論」を聞かせているような人間だからです。15年後、あなたが次長や副支店長になったとき、その人はまだ課長代理です。一度階段から足を滑らせると這い上がるのは難しいです。もし、あなたが15年後に課長代理なら、30年後も課長代理です。

支店担当者を苦しめるKPIのカオス

(図3) このルールを作る人と管理する人の椅子を確保するために、支店が苦しんでいます

 まず、今回の話の前提として、金融専門職・非支店の皆さんに銀行の支店担当者が背負っている目標のカオスさをご認識いただく必要があります。

 私が周囲の金融機関支店担当に聞いた感じでは上記のような目標(図3)があるようです。死ぬほど複雑ですね。「業務粗利益達成してればいいじゃん」と思われそうですし私もそう思いますが残念ながらこれが現実です。

 かつては「業務粗利益」という単一目標のもと、支店行員は幸せに営業していたのですが、奢り高ぶったリテール担当役員が「10兆円」という涜神的な業務粗利益目標を掲げたことに神がお怒りになり、支店が二度と目標を達成できないようにKPIをバラバラにしてしまわれたという神話を思い起こしてもよいでしょう。

 この辺りを改善するだけでもかなり業務効率化が図れると思いますが、業務が効率化されると椅子を失う人たちがこのファックな目標体系を維持しているのでしょう。デヴィッド・グレーバーが例として挙げなかったのが不思議なくらい典型的なブルシット・ジョブです。

典型的クソ提案の事例

「振込手数料を50円減免するので、弊行に100件程度の決済をシフトしてください!入金銀行の指定と振込のシフトをお願いします!御社には月間5,000円のコスト削減メリットがございます!!!」

中央大(経済)卒 帝都銀行平和島支店配属 あなたの渾身の提案

 あなたは心の底から取引先のためになると思って提案しているはずです。取引先は振込手数料のコスト削減になりますからね。ついでにあなたは決済関連収益の目標達成に一歩近づきます。

 こんな感じの表(図4)を意気揚々と作ってる若者、よく見ます。おじさんもよく見ます。振込手数料をお安くするので振込を自分の銀行にシフトしてくださいというのは非常にベーシックな営業の一つです。
 年間6万円の経費削減、小さいけどチリツモだし悪くない気がしますか?SIMをSoftbankから楽天モバイルに切り替えたくらいの節約ですか?

(図4)コスト削減効果を定量的に示した素晴らしい提案資料()

 しかし、たかだか▲5,000円/月にしかならない取引先のコスト削減とあなたの目標達成のために行われたこの提案は取引先にとって誰も幸せにならないクソ提案です。クソ中のクソと言えます。
 どこがクソなのか? 以下の表(図5)をご確認ください。

(図5)全員の人生から少しずつ心の余裕と時間を奪う提案

 あなたは自分の提案が取引先の業務プロセスにどういう影響を与えるか1nmも想像できていません。考えたことないですよね? 
 振込に使う銀行を増やすと単純に手間が2倍になります。ネットバンキングのパスワード管理、どっちのパスワードかわからなくなりパスワードロック、日々の振込の手続きと明細の確認…やってられません。

 この世の銀行員の95%くらいがそういうことに思い至らないので恥じることはないですが、今日気づいていただけたら反省して欲しいです。私は15年弱気づきませんでした。

(余談ですが、中小企業の経理部長と経理担当は両方おばちゃんで、役職は違えど日々同じ作業を同じように繰り返しているだけです。むしろ両方おばちゃん過ぎて肩書以外に違いがない。しかし経理部長はオーナー一族なので年収1,500万円+配当1,000万円、一方で経理担当は年収300万円です。
こういった待遇差も想像し、2人の関係の機微を捉えた提案が必要です。なお、社長は作業着の小汚いおっさんに見えても年収5,000万円ですし、同じ作業着の小汚い作業員は年収255万円(時給1,226円)で働いています。
将来あなたも大企業を担当し、先方役員相手に40枚のスライドで社運を賭けた提案をすることがあるかもしれません。その取引先の役員(京大工院)やあなたの横で偉そうに座っている銀行の常務(東大法/HBS)よりあの時の小汚いおっさん(高卒)の方が年収が高いということを思い出す日がくるかもしれませんね)

じゃあどうすればいいの?

 大企業向けならグループ会社のコンサルと協業して業務プロセス改善を提案するのもいいですが、まずは経理部長と経理担当それぞれと仲良くなってどんな仕事をしているのか、そしてその人達がどんな人なのかを具体的に知ることが一番です。

 あなたは担当先のカウンターパートについて、どこまで知っていますか? 出身高校・大学や部活、家族構成や単身赴任の有無といった基本情報は当然として、業務ルーティンとして平日午前中はどんな作業をしていて午後は何をしてますか?月末やゴトー日には何か特殊な業務がありますか?休日はどんな過ごし方をしているか把握していますか?彼/彼女の社内で仲のいい人と嫌いな人、好きな食べ物やお菓子、好みの酒の銘柄やゴルフのハンディキャップまで、頭に入っていますか?

 2人の趣味を知る、話を合わせられるようにする、旅行に行ったらこっそりお土産をあげる。そして日々の会話でどんな仕事をしているのかちゃんとヒアリングしましょう、そして経歴や趣味などの話した内容はExcelにまとめて管理しましょう
 山登りが好きだと言われれば山登りをご一緒してきてください。釣りが好きだと言われたら朝4時に起きて車を出して迎えに行き一緒に魚を釣ってきてください。
 そして仲良くなったあなたが「御社で決済いただけないと課長に殺されるんです…手数料はなんとかするんでちょっとだけ協力してくれませんか…こういう業務プロセスだから手間が増えることは十分承知していますけど導入時はしっかりサポートしますので」と言えば3回に1回くらいはお願いが通るんじゃないでしょうか。
 あなたと過ごした週末の思い出、そしてあなたが彼女の業務を理解していることへの嬉しさは5,000円/月以上の価値があります。プライスレスです。

中小企業も大企業も根本は同じ

「俺は今中小企業を担当してるけど本来は大企業を担当してシンジケートローンとクロスボーダーM&Aとプロジェクトファイナンスをやるんだ。そんなおばちゃんの機嫌を取るなんて言うクソみたいなテクニックはいらない!」

中途半端な偏差値の大学(私文)しか出てなくてガクチカも弱く地方支店配属、TOEICは640点と
コメントに困る点数で彼氏(彼女)とは遠距離になって別れたのにプライドだけは高いあなたの声

 しかし、このような事情はあなたが大企業担当にご栄転され、M&Aを担当することになっても同じです。
 例えばA社がB社を買収する案件に対するファイナンスについてあなたは稟議を書いています。
 A社のメインバンクはあなたの銀行(A銀行)で、B社のメインバンクはライバル行(B銀行)です。B行を含む他行とのビッドを経てカンナ屑(図6)のようなSprの貸出になってしまい非金利収益を含めた採算性の改善案を求められています。あなたはA社がB社を買収したらB社の決済もメイン行である自行へ簡単に全量シフトできるはずだと信じています。そこであなたは稟議に「買収後のB社決済については1年後を目途に当行へのシフトを企図、年間決済手数料100百万円の増加を見込む」と力強く記載しました。

(図6)こんな薄いSprの稟議書いてると虚しさを覚えます

 さっきの話と一緒なんですよ。想像力が足りてない。
 B社の財務・経理の人たちは、使い慣れたB銀行のネットバンキングを使い続けたいし、B社の財務・経理は営業に対して「販売先に振込先をB銀行からA銀行に変えるようにお願いしてください」と依頼しなければならない。B社の営業は顧客に振込先変更依頼のペーパーを作成し、B社の財務・経理は毎月、切り替わっていない取引先を営業にトレースし続けなければならない etc., 現場には本来不要な作業負担が積み上がっていきます。そしてA社が買収したとは言ってもB社に対して強くはお願いできない日本人の奥ゆかしさ。なんなら試しにB銀行のシステムを使ってみたらとても使いやすいしどっちかに一本化するならむしろこっちなんじゃ…という話まで出る始末。

 ましてクロボM&Aだった場合にはB社ならぬB corporationのTreasurerが「Citiのプロダクトはエクセレント!ニホンのバンクでトランザクション? ファック!」と叫び、Controller が「Citi の Treasury API とはパーフェクトにインテグレーションされているのに、ニホンのバンクは ERP とのマッピングすら満足にできない! こんなのでマンスリー締めが回るわけないだろ、ファック!」と怒ることになるでしょう。

 そんな時、あなたが中小企業のおばちゃん相手に培ったリレーション構築力が光ります。プロダクトの知識も必要にはなりますが、相手がどんな人でどんなことをして、どんな面倒をかけてしまうかという想像力があれば少しずつでも話は進んでいくはずです。
 TreasurerのMichaelの誕生日に、彼が数年前に雑誌のインタビューで好きだと言っていた日本酒の1本でもプレゼントすれば少しは態度が軟化するかもしれませんね(仕向贈答稟議の起案は忘れないように)。

事業会社の業務を知るためにおすすめの1冊

 今回は中小企業に対する決済取引シフトの営業という事例を元に、銀行員の想像力がいかに欠如しているかというお話をしました。取引先の財務・経理のおばちゃんがどんなことをやっているのか、こういう本を読んで知っておくのも有効だと思います。大企業でもやってることは同じです。これを大規模に、そして少しシステマティックに四大卒の人間がやってるだけです。
 
これを読むと支店の総務のおばちゃんの業務内容も何となくわかるので、その点でも有利です。支店の総務のおばちゃんを敵に回すと終わりです。
小さな会社の経理・人事・総務がぜんぶ自分でできる本

本当に回しものでもなんでもありませんがおすすめの一冊です。
起業したい人とかも読んでおくといいです。

まとめ:本稿でお伝えしたかったこと

Nano Banana Proくんによるサマリ(誤字が気になる)

 自分たちの都合だけで提案するのをやめて、相手の人間性と業務に対して想像力を巡らし、浪花節も使いながらうまいことやっていきましょうというのが本稿でお伝えしたかったことです。
 「中小企業に決済のシフトをお願いしても無駄」と理解した人は公文式で国語の勉強からやり直しましょう、まだ間に合います。

 相手のオペレーションや人間性を想像して提案するという当たり前のことを言ってるだけなのですが、それができてない人間が多すぎるというのが私の課題認識です
 事業会社の具体的なオペレーションや人間性を想像した提案ができれば、それだけで銀行員の営業担当としては上位5%に入ると思います。出世競争で上位5%に入ることとはまた話が違うのが難しいところではありますが。
 
 書いているうちに気持ちよくなってきて「俺の銀行営業論」を書く手が止まりません。俺の武勇伝説教中年行員が誕生する瞬間をまさか自分の姿として見ることになるとは思いませんでした。そろそろ皆さんのうんざりする顔が目に浮かんできたので終わりにします。

 ロンドンから銀行の支店の会議室、そしてニューヨークを経てまた日本の地方商店街へ戻ってきた「金融系 Advent Calendar 2025」!次はどこへ行くのか、楽しみです。最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。

ディスクレイマー

本稿に記載された意見・見解・分析・示唆その他一切の内容(以下「本内容」)は、筆者が複数の金融機関に勤務する関係者から得た非公式な経験談、ならびに筆者自身の主観的解釈・推論・妄想を基礎として構成したものであり、いかなる金融機関、事業体、部署、役職、制度運営、または特定個人の行動・実務慣行を正確に反映することを目的としたものではありません。本内容に含まれる事例・エピソード・描写は、理解を補助するために抽象化、集約、加工、脚色が施されており、事実関係、内部管理、実務プロセスを忠実に再現・提示するものではありません。

本内容は、金融機関における一般的な営業活動、顧客接点管理、内部統制に関する思考の一例を提示するものであり、特定の取引行動、営業手法、人事戦略、キャリア形成、リスクテイク方針、またはその他業務遂行上の判断を推奨・誘導・保証することを目的とするものではありません。本内容に基づいて読者が行った、または行わなかった行為、意思決定、評価結果、人事異動、業績変動、各種リスク事象その他一切の結果について、筆者は明示・黙示を問わず、何ら責任を負うものではありません。

特に、読者が本内容を参照して営業活動を行い、その結果として次期配属が地方拠点や小規模支店等を含む望まざる配置転換であった場合においても、当該結果は読者自身の学歴、地頭、上司ガチャ、配属ガチャ、行動特性、所属組織の人事方針、評価プロセス、マクロ・ミクロの組織事情その他複合的要因の帰結であり、本内容との因果関係が存在するものではありません。したがって、当該一切の事象について筆者が責任を負うことはありません。

さらに、本内容は、金融商品取引法その他関連法令に基づく投資助言、勧誘、推奨、専門的意見提供を構成するものではなく、特定の金融商品、サービス、取引スキーム、顧客対応方針、または営業戦略の採用・不採用を示唆するものでもありません。読者は、実際の取引、顧客折衝、稟議起案、営業提案、人事判断等を行う際には、所属組織の内部規程、コンプライアンス方針、国内外の適用法令および監督当局の指針を遵守し、自己の判断と責任において行動するものとします。

また、本内容中に登場する外資系企業に係る一切の記述は、筆者自身がキャリアの過程において望ましいと考えていた人事異動を必ずしも実現できず、当該領域の実務に直接関与する機会を全く得られなかった事情により、実務経験に基づくものではありません。これらの描写には、公開情報、第三者からの伝聞、一般的に知られる業界慣行、ならびに筆者の完全な推測・創作が混在しており、その正確性、完全性および実務適合性について何ら保証するものではありません。

最後に、本内容の全部または一部について、筆者はその正確性、完全性、適時性、適合性、将来結果への有効性その他いかなる点についても保証しません。本内容は、通知なく変更または撤回される場合があります。本内容の利用により発生したあらゆる直接・間接・特別・偶発的・結果的損害について、筆者は一切の責任を負いません。


いいなと思ったら応援しよう!

銀行の仕事について妄想をたれながしています。

[8]ページ先頭

©2009-2025 Movatter.jp