
【15億円の赤字に下方修正】バルミューダの没落に見る「ブランディングの敗北」
大幅赤字転落の下方修正を発表したバルミューダ
昨日11月7日に発表されたバルミューダの四半期決算は失望感が漂う結果だった。
ポイントはこのあたりだ。
第3四半期は4.5億円の赤字
通期の損益予想を「0.1億円の黒字→15億円の赤字」に下方修正
赤字額は前期末の純資産を34.5%毀損する規模
物価上昇による消費マインド低迷により在庫が増加
生産終了を予定している製品の在庫評価損5億6000万円を特別損失として計上

決算説明会資料を見ると、「何かを言ってるようで何も言ってない」抽象的な対応策が記載されている。

売上の推移を見ても完全に右肩下がりだ。
ここまで典型的に右肩下がりになってしまうのは、成長を期待された新興上場企業として非常にまずいことである(バルミューダは2020年12月グロースに上場)。

バルミューダの新マーケティング戦略はどうなの?
バルミューダはこれまで「キッチン家電に情緒的付加価値をつけて、高く売ることに成功した企業」として、マーケティングやブランディングの成功事例としてよく取り上げられてきた。
その価値の源泉になっているのはデザイン力だ。
これまで国産キッチン家電は、機能性は良いものの、デザイン性が軽視されており、例えばおしゃれなオープン対面キッチンを注文住宅で導入した人には、それに合う製品がなかった。
特に最近はこのような黒基調のキッチンがよく採用されていたりするから、なぜか一昔前の電子レンジでよく見る、赤いカラーで、文字が目立ち、ボタンが沢山ついているようなものだとダメなのだ。


実は我が家にもバルミューダの電子レンジがある。
電子レンジの機能としては普通だが、温め終わるとおしゃれなギターの音が流れる雰囲気は気に入っている。
(まあ用途は冷凍ゴハンかお惣菜を温めるだけなのだが)
しかし、先程の資料を見ると、そんな革新的だったキッチン家電の売上も右肩下がりだ。
そこで、バルミューダが業績を回復させるべく、新たに打ち出したマーケティング戦略は何か。
それは決算説明会資料の内容をそのまま読解すると、「これまでの顧客ターゲットだと、元々まあまあ高い価格のバルミューダの製品はもう買ってくれなくなったので、ターゲットを超富裕層に拡大します」ということだ。
そこで打ち出された新たな製品がこちらの55万円のランタンだ。

これだけ見ると、「え、正直こんなの売れるの?」と思ってしまう製品だが、公式製品サイトを見るとなかなか力を入れて作られているのがわかる。
なんとあのAppleでiPhoneのデザインを生み出した伝説のデザイナー「ジョナサン・アイブ」とコラボして作っているのだ。
iPhoneのあの美しいデザインは、実はスティーブ・ジョブズではなく、天才デザイナーのジョナサン・アイブが生み出したことは有名な話である。


であれば「BALMUDA Phoneのときにコラボせんかい!」というツッコミは心の奥にしまっておいて解説を続けよう。
ハッキリ言ってこの超高級ランタンは実用性のある製品ではなく、コレクター向けアート製品だ。
世界1000台限定で発売されるそうだが、富裕層向けと言えどもたった1000台では5億5千万円の売上にしかならないので、業績の大幅な改善につなげるのは難しい。
それではなぜバルミューダはこのタイミングでこんな実用性のなさそうな製品を発表したのか。
それは「毀損したブランドイメージを回復させるため」だ。
なぜバルミューダのブランドは毀損したのか?
バルミューダのブランドが毀損した理由、その最大の要因は記憶に新しい「BALMUDA Phone」の壮大な失敗だろう。

バルミューダは上場後の2021年、満を持してスマートフォン市場に参入した。
しかし、その製品は「10万円超という高価格ながら、スペックは数年前のミドルレンジレベル」「iPhoneからもPixelからもGalaxyからも乗り換える理由なし」という、誰が見てもコストパフォーマンスの悪い代物だった。
「体験価値」を謳いながらも、その基盤となる基本性能が低すぎたため、独自のアプリやデザインも評価される以前の問題となってしまったのだ。

「このときに別のカテゴリに資金を投下していれば」と後悔せざるを得ないが、バルミューダにはまだ自信があったのだろう。
結果として、このスマホ参入は「新たな稼げる製品ライン」にはならず、「販売不振」「資金不足」を理由に2023年5月事業撤退を発表した。
以下の図の赤線で囲った箇所の通り、FY2021 4Qの一時的な売上向上だけに寄与しただけだったのだ。

これまでバルミューダが成功してきたのは、「高くても、それに見合うだけの革新的な機能と体験がある」と消費者が納得していたからだ。
確かに最高のトースターや美しい電気ケトルは、高い価格なりの価値を提供していた。
ただし、ここで注意しなければいけないのは、これらの家電カテゴリは、他の国産製品が「デザインがイマイチ」という弱点があったからこそ、バルミューダが相対的に「優れたデザインのポジション」をとることができたということだ。
そもそもバルミューダの代表作である「トースター」は、他の大手家電メーカーからすると、主力商品でもなければ稼ぎ頭でもないため、そこまでデザインに力をいれていなかった。
そこの穴をついて、バルミューダは「トースターの高級化」に成功したのだ。
ところがスマートフォンの市場ではどうか。
Appleという巨人は、スマホを大衆化させたメーカーでもありながら、最も高級なスマホを売るメーカーでもあるのだ。
それがAppleが「世界一の時価総額を誇るメーカー」である所以だ。
しかもスマートフォンは、デザインだけでなく機能も多用で、技術的にも単一機能の家電を作るより遥かに難しい。
バルミューダのこれまでの製品は、機能を削ぎ落とす代わりに、デザインや体験を良くするという、現代のモノづくりとしては最先端なことをやっていた。
しかしスマートフォンだとそうもいかない。
機能が削ぎ落とされたスマホなど誰も欲しくない。
もっと正確に説明すると、スマートフォンという製品は、実は標準の機能は限定的で、そこに後付けでアプリを入れることによって機能が無限に増えていく仕組みだ。
そのアプリをサクサク動かすために、優れたチップやOSを搭載している。
難しい話はさておき、要するに「技術難易度が高く、競合も異常に強い」のがスマートフォンの市場なのだ。
結果的にBALMUDA Phoneの発売は、ただ売れなかっただけでなく、大々的なPRも裏目に出て「バルミューダ」というブランドが顧客の信頼を裏切る様子を世間に晒すことになってしまった。
そう、実はそれまでバルミューダというのは、デザイン家電好きには有名だったが、知らない人には見たことも聞いたこともないブランドでもあった。
ところがこのスマートフォンへの参入・失敗は、上場直後ということもあり、PRの強化によって多数のメディアが取り上げた。
よって、今までバルミューダを知らなかった層に認知されてしまい、その会社が過去に優れたトースターを出していることはスルーされ、「ダサいスマホを出している会社」として揶揄されるようになってしまった。
ネット上では「見た目だけの雰囲気商法」「信者向けアイテム」といった辛辣な評価が溢れ、これまで築き上げてきた「革新的な家電メーカー」というブランドイメージは大きく傷ついた。
ブランドというのは使っているユーザーからの信頼はもちろん、「使っていない人からの印象」もすごく大事なのだ。
ユーザーは、使ってない層の人からも「あの製品使っててなんかかっこいいよね」と思われた方が良いので、世間の評判が悪くなったものは「使っていること」を途端にアピールしづらくなるのだ。
デザインは案外すぐに真似される罠
そしてもう一つ、見逃せないのが「デザインのコモディティ化」だ。
かつて「おしゃれなキッチン家電」はバルミューダの独壇場だった。
しかし、その成功を見た競合他社がこぞって追随した。
今やECサイトを見渡せば、マットな質感やシンプルなダイヤルなど、バルミューダの意匠を模倣した安価な「ジェネリック・バルミューダ」が溢れかえっている。
さらに、パナソニックや象印といった国内大手メーカーまでもが、機能だけでなくデザイン性を重視した製品ラインを強化してきた。
例えば象印は2019年2月に「STAN.(スタン)」といデザイン家電シリーズを発売した。
落ち着いた質感のマットブラックを基調としたデザインは、明らかにバルミューダを意識したものだろう。


悲しいかな、バルミューダが提供していた「雰囲気/デザインといった情緒的価値」は、高度な技術的参入障壁と違い、非常に真似がしやすかったのだ。
実は前述したAppleのデザインももはやコモディティ化している。
中国の会社が出しているスマホはiPhoneそっくりだし、PCの世界でもMacBookそっくりなノートPCが並んでいる。
Appleはそれをわかっているので、決して製品デザインだけでブランドイメージを維持させているわけではない。
これは別の機会に執筆するが、ブランドイメージの維持にはもっと複合的な戦略が必要なのだ、
結局のところ、ブランディングの観点で言えば「バルミューダでなければならない理由」が失われてしまったのだ。
かつては「高くても最高の体験が得られるから」選ばれていた。
しかし、スマホでその神話が崩れ、さらに安価な類似品が溢れた今、消費者は「そこそこの性能でおしゃれなら、安い方で十分」と考えるようになってしまった。
55万円のランタンはブランドイメージ回復の一手になるか?
そこでブランドイメージ回復の一手として投入されたのが、冒頭の55万円のランタンだ。
これは単なる売上確保のための製品ではない。
ブランドの「トップライン(価値の上限)」を強引に引き上げるための戦略的な一手である。
この「トップライン(価値の上限)を引き上げる」という戦略について、もう少し深掘りして解説しよう。
マーケティングの世界では、意図的に超高額な商品を投入することで、ブランド全体の価値認識を変化させる手法が存在する。
これには主に2つの狙いがある。
1つは心理学でいう「アンカリング効果」だ。
例えば、メニューに1万円の超高級コースがあることで、5000円のコースが「お得」に見えてくるような効果だ。
55万円のランタンが存在することで、2〜3万円のトースターが(以前ほど)高く感じられなくなる、という相対的な価格認識の変化を狙うものだ。
もう1つは「ブランドの格上げ(ハロー効果)」だ。
「そんな凄いものが作れるブランドなら、安い製品もきっと良いものだろう」という信頼感の醸成である。
この戦略は、これまでも多くのグローバル企業が採用してきた。
例えば、2010年から世界限定500台で販売されたレクサス初のスーパーカー「LFA」の事例を紹介しよう。

トヨタが高級車ブランド「レクサス」を日本で展開する際、最大の課題は「トヨタの高級版でしょ?」という大衆車イメージの払拭だった。
まあ我々日本人からすると、トヨタの自動車の品質に疑いを持っている人は少ない。
しかし、「かっこいい」「高級」「希少性が高い」というイメージがあったというとNoだ。
そこで彼らは、採算度外視で3750万円もする伝説的なスーパースポーツカー「LFA」を限定販売した。
「フェラーリやポルシェと渡り合える技術力がある」ことを証明したことで、数百万〜1000万円台の通常のレクサス車のブランド価値を裏打ちすることに成功したのだ。
ちなみにこのLFAは発売から15年も経っているのに、最近アメリカのオークションで、実走行距離504kmの中古LFAが165万ドル(約2億4000万円)で落札されたことも付け加えておこう。
せっかくスマートフォンやジョナサン・アイブの話をしたので、Appleの事例も出そう。
Apple Watchが最初に発売された時、実は200万円を超える18金モデル「Apple Watch Edition」が存在したことを覚えているだろうか。

これは当時「ガジェット」でしかなかったスマートウォッチを、「高級時計・ファッションアイテム」の文脈に引き上げるための新たな価値基準だった。
結果としてこの超高額モデルは売れずに廃止されたが、「Apple Watch=ファッション」という認知を形成し、その後のエルメス版などの成功に繋がる呼び水となった。
話をバルミューダの55万円のランタンに戻そう。
バルミューダが現在直面しているのは、「ちょっと高い家電」というコモディティ化の波に飲み込まれつつある現状だ。
そこから脱却し、再び「憧れのブランド」に戻るためには、家電量販店の炊飯器売り場ではなく、カッシーナのような高級家具店に並んでも違和感のない「ラグジュアリーブランド」へと脱皮する必要がある。
55万円のランタンは、その「脱・家電宣言」としての狼煙なのだ。
売れるかどうかよりも、その価格をつけて世に出すこと自体に、彼らにとっての戦略的な意味があると言えるだろう。
「55万円の芸術品も手掛けるブランド」という新たな認知を獲得できれば、これまで「高すぎる」と感じられ始めていた2〜3万円のトースターが、相対的に「手の届く高級品」として再び輝きを取り戻す可能性がある。
失われた「バルミューダでなければならない理由」を、超高級路線によって再構築できるか。
まさに正念場と言えるだろう。
ちなみに私はランタン買いません。
引き続きこんな感じのビジネス分析記事を多数発信していきますので、ぜひフォローとスキをポチッとお願いします!
(※トップ画像は公式サイトより引用)

