モーターの世界的メーカー、日本電産(現ニデック)。
スマートフォンから電気自動車まで、あらゆる「動くもの」に命を吹き込む会社だ。
“モーターで世界を回す”──それが創業者・**永守重信(ながもり・しげのぶ)**の掲げた夢だった。
そんな企業が、今朝、静止した。
その株価が、2025年10月28日、止まった。
朝9時。
東京市場が開いた直後、私はニデックの板をのぞいた。
画面には「マイナス19.4%」という赤い数字。
けれど値はまだ動いていなかった。
今思えば、あれは特別気配──
売りたい人が多すぎて、買い手がいないために値がつかない静止状態だった。
9時28分、最初の取引が成立。
その値は2,070.5円。
それが、最初であり、同時に底(一番安い株価)でもあった。
数分後、9時34分。
一瞬だけ、2,123.5円まで跳ねた。
誰かが買ったのか、機械が反応したのか──
ほんの針の先ほどの反発だった。
📉 株式市場では、一日に値が下がる幅には“下限”がある。
その限界まで落ちて、もう誰も買わなくなった状態を**「ストップ安」**と呼ぶ。
その日はもう、売りたくても売れない。市場は沈黙するだけだ。
10時1分、株価は再び2,070.5円に戻り、
そのままストップ安で固まった。
数字だけを見れば「一度上がった」ように見える。
けれど、それは息を吸ってすぐ吐くような、
市場の反射のような動きだった。
ニデックという企業を語るとき、
創業者・**永守重信(ながもり・しげのぶ)**の存在を抜きにはできない。
28歳で会社を興し、わずか数十人の町工場から世界のモーターメーカーへ。
その原動力は、彼自身のリズムにあった。
⚡情熱・熱意・執念の経営
「すぐやる!
必ずやる!
出来るまでやる!」
情熱で押し切り、理屈よりも根性で突破する。
それが**“永守イズム”**と呼ばれた。
猛烈な昭和の精神。
一方で、それは令和の経営にはあまりにも過剰な熱量でもあった。
後継として迎えた**関潤(せき・じゅん)氏(元日産)**との確執も、
この“温度差”から生まれたといっていい。
永守が直感と気迫で動く人なら、関は構造と仕組みで動く人。
どちらも正しい。
だが、同じリズムでは呼吸できなかった。
そして市場は、その呼吸の乱れを敏感に感じ取った。
📉 2022年以降、株価はゆっくりと下り坂を歩き始めた。
株式市場は数字で動く。
だがその背後には、いつも「温度」がある。
それは経営者に向けられる信頼であり、
その会社に宿る物語への共感でもある。
人は「合理的な判断」で株を買うと言うけれど、
実際には信じたい未来を買っている。
そして信頼が冷えるとき、
どんな立派な決算よりも、
たった一つのニュースが全てを塗り替えてしまう。
10月28日の朝、
ニデックの株が止まったのは、
単なる価格変動ではなく、
人々の**「信頼温度」**が一気に氷点下まで落ちた瞬間だった。
その後、
ニュースサイトには「ニデック、特別注意銘柄指定」「日経225除外」の文字が並んだ。
だが、そのどれもが、朝の“静止”ほどの衝撃を持たなかった。
なぜなら、すべてはもう、
9時のあの瞬間に起きていたからだ。
誰かの指が板から離れ、
誰もクリックしなくなったとき、
市場は**「無音の決壊」**を迎える。
それでも、企業は動き続ける。
モーターのように、
外からは見えない場所で、
少しずつ、もう一度動き出すための力をためている。
信頼もまた、そういうものかもしれない。
止まっているように見えても、
内部では、再び動き出す準備をしている。
🌫️
静かな朝。
止まった数字を前に、
人間だけが、まだ考え続けていた。
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