日本が得意な「働かない」ロボット? ドラえもんやaiboに見る新産業の可能性とは
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「役に立たない」ロボットとは
ロボット大国といわれる日本。自動車工場の多関節ロボット、手術支援ロボット、AIを搭載したロボット農機など、人の代わりに労働や作業を担う「働く」機械としてのロボットが目白押しだ。
一方で、「働かない」ロボットもたくさん存在するという。例えばソニーが開発した、ペットを模したロボット「aibo(アイボ)」は、「労働や作業ができない」という意味で「働かない」ロボットの典型だ。漫画やアニメの世界にも、「ドラえもん」や「アラレちゃん」をはじめ、「役に立つ」と断言しづらいロボットが多く登場する。
労働や作業以外の目的で開発された、働かない、いわば「役に立たない」ロボットは、どんな背景で、何のためにつくられたのか? また、未来にはどんな役割を果たすのだろうか? 『役に立たないロボット』(インターナショナル新書)は、ロボット開発において加熱するスペック競争の世界に抗うかのように、そんな「ゆるい問い」に深く向き合っている。
著者の谷明洋さんは、科学コミュニケーターとして睡眠ウェルネスアドバイザーなど多岐にわたって活躍する。京都大学大学院修了(農学修士)後、静岡新聞記者、日本科学未来館勤務などを経て現在に至る。ロボットの専門家ではないからこそ、「役に立たないロボット」がもたらす価値という哲学的な問いに、真正面から迫っている。
「ウェルビーイングを引き出す」役割
谷さんは、複数のロボット関係者のもとを訪れて話を聞いている。まずは、豊橋技術科学大学の岡田美智男教授だ。
岡田教授は、一人では何もできない「弱いロボット」の提唱者として知られる。例えば「ゴミ箱ロボット」は、床に落ちているペットボトルを見つけるとヨタヨタ近づいていくが、自分でそれを拾うことはできない。誰かが近づいてペットボトルを拾い、本体のごみ箱に入れてあげないといけない。
「ペットボトルを拾って入れる」などの作業を、人がロボットに「してあげる」ことで、人の優しさが発揮され、嬉しい気持ちが生まれる。これを岡田教授は、「ウェルビーイングを引き出す」と表現する。
こうした、ウェルビーイングを引き出すためのロボットには、冴えない見た目にしたり、ヨタヨタさせて「何か意思や目的がある」と感じさせたりといった工夫が必要なのだという。これは、スピードや賢さといった、産業ロボットの性能競争とはまったく異なる基準だ。
「役に立たない」「弱い」ロボットを見て、「弱みを見せたり助けを求めたりすること」が、悪いことではなく、むしろ「相手のウェルビーイングを引き出す」と気づくことにこそ価値があるというのだ。
つまり、行き過ぎた能力主義社会を疑ったり、多様性を受け入れる社会の在り方について、ロボットをお手本に考え、学ぶことができる。人の代替として労働や作業をするだけではないロボットの価値は、確かにありそうだ。
ゲームやアニメに続く「新産業」に育つか
谷さんはほかにも、GROOVE X代表の林要さんを取材している。「人の愛する力をはぐくむ」をコンセプトにしたコミュニケーション・ロボット「LOVOT(らぼっと)」の開発者だ。「らぼっと」はかわいらしい大きな丸い目が特徴的で、人の言葉は話せないが、ペットのように人の話を聞いたり、ラボ語を話すことができる。抱くとほんのりと温かく、柔らかい。すり寄ってきたり、気まぐれに離れていったりする。
やはり労働や作業はできないのだが、小学校で「らぼっと」を使うとクラスにまとまりができたとか、「らぼっと」がいることで、会社で普段話さない人とも話すきっかけになるといった効果もあったという。
林さんによると、「働かない」ロボットは日本発の新産業になる可能性がありそうだ。日本はハードウェアとソフトウェアが比較的得意なうえに、ポケモンを生み出すようなクリエイティブもある。そして、それらを合わせたものが「らぼっと」だというのである。
日本発のゲームやアニメ、またボーカロイドといった多くのコンテンツが、今、世界で注目を集めている。考えてみれば、これらは、家電のように生活に「役立つ」ものではないし、食品や日用品のような「必需品」でもない。「役に立たない」点において、働かないロボットたちと共通する。
ゲームやアニメの産業は、かつては「子ども向け」と軽く見られる傾向があったが、いまや世界の一大産業に育っている。ボカロにしても、オタク界のものと思われていたが、市場はグローバルに拡大中だ。役に立たないロボットも、「役に立たない」からこそ、今後、日本発の産業として世界で花開くかもしれない。
実際、「らぼっと」を海外に連れていくと、男性は周囲の目を気にしてすぐには抱っこしないものの、女性や子どもは進んで抱き上げたがるらしく、こうした反応は世界共通という。つまり、日本でかわいがられるロボットは、世界でもかわいがられる可能性が高い。役に立たないロボットも、ゲームやアニメと同様、世界から支持され得るのではないか。
「役に立たないロボット」たちの市場の大きさは未知数だ。しかし、働くだけではないロボットの可能性と、秘めた潜在力を感じさせてくれる。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
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『役に立たないロボット』‐日本が生み出すスゴい発想
谷 明洋 著
集英社インターナショナル(インターナショナル新書)
272p 1,045円(税込)
