核融合・半導体などの信頼厚い金属技研に新たな歴史の1ページ、スウェーデン社買収の深謀遠慮
金属技研(東京都中野区、畑中秀夫社長)はいま、大型投資や企業文化変革など新たな挑戦の真っただ中だ。HIP(熱間等方圧加圧)受託加工世界2位として、核融合や半導体、航空機など先端分野からの信頼は厚い。材料削減や部品長寿命化などサステナビリティーの観点でも引き合いは多い。スウェーデンでのM&A(合併・買収)を好機とし、MTCグループは既存の枠を越えて次のステージを目指す。
金属技研の子会社MTC Powder Solutions AB(以下MTC-PS)は12月11日に、スウェーデン南部のヴェストマンランド県ホルスタハンマーで新工場のグランド・オープニング・セレモニーを開いた。20年にスウェーデン・サンドビックグループの旧サンドビック・パウダー・ソリューションズを買収/子会社化。HIP設備などの増設や水冷式熱処理炉の新設で生産能力を現状比で3倍に高めて、海底油田のパイプや継ぎ手といったオイル&ガス業界などからの需要増に応える。2025年1月初旬に稼働する予定。
MTC-PS会長を務める平山鉄人取締役は「MTC-PSは素晴らしい製造技術と開発能力を持っていて、何としても買収したかった。しかし、単純に買うだけでなく、今回の新工場や設備増強とセットで行わないと成長の余地がないと当初から思っていた」と振り返る。4年越しに今回、その構想が実現した形だ。
MTC-PSはHIPを使って完成品に近い形に仕上げるニアネットシェイプ(NNS)工法の中でも大型製品の製造が強みだ。現在は海底油田など海洋開発市場において、大型のマニフォールドやハブといったNNS製品の需要が多いが、今後は核融合や原子力発電市場、耐摩耗性や耐腐食性を必要とする部品市場においてもNNSの需要は増加する見込みだ。
NNS工法の強みは、従来工法に比べて材料と加工時間の削減が著しいだけでなく、溶接個所が少なくなることにより、部品の小型化と信頼性の向上が図れるところだ。
NNS工法の中でも大型製品の製造にたけた企業は現在、MTC-PSを含めてスウェーデンに2社しかないという。

ただ、同社は典型的な日本企業のように技術至上主義ではなく、営業力も強みの一つだ。平山取締役は「日本とセールスの文化が違う。セールスエンジニアの人たちの能力に感動している。日本はコストダウンが重要視されるが、欧州では顧客にメリットを提供した上でマージンを必ず確保する文化だ」と日瑞の差を痛感する。NNSでつくった海底油田用の配管部品は過酷環境下で30年間使われる。ライフサイクル全体で見たコストパフォーマンスの違いが強気の営業を可能にしている。
日本の中堅金属加工会社が欧州企業を買収すること自体が珍しい。初体験のPMI(買収統合プロセス)は異なる会計方式による多少の苦労はあったものの、目立った問題は起きなかったという。規模の大小を問わず日本企業の海外M&Aは社風の融合でつまずくケースが少なくない。「そもそも同じ製造業であり、両社ともソリューション営業により最適なモノ・サービスを顧客へ提供する経営ビジョンが共通していた」と平山取締役は語り、『似たもの同士』のPMIは順調に進んでいるようだ。
逆に、金属技研はこの買収をMTCグループとして企業文化変革の原動力に転用している。同じモノづくり企業として現場こそ競争力の源泉だ。まずMTC-PSの全マネージャーを対象に、金属技研の国内工場を見学してもらった。畑中社長は「MTC-PSは、自分たちがずっと育て上げてきたNNSの技術が日本でもっと広がるという期待感を持ったはずだ。全くの赤の他人でもなく、事業の共通点は多く、お互い足りないものを補完し合う関係が人の往来により醸成できた」と人材交流の効果を喜ぶ。
企業文化変革の動きは実際の製造現場だけにとどまらない。畑中社長は2023年3月に社長に就任するとすぐに、組織開発や長期的なテーマ、各本部横断的な戦略を担当する成長推進本部を立ち上げた。重要テーマである企業文化変革のツールとして、現在、米セールスフォースのクラウドサービス導入などデジタル変革(DX)を推進中だ。
畑中社長は「セールスフォースをどうやって定着させるかに力を入れた。今までのようなトップダウンではなく、若手・中堅の立ち上げチームがいろいろ提案できる体制になってきた」と胸を張る。各工場の営業課長などを集めて毎月コンサルタントの支援を受けながら、「MTCの営業のあるべき姿」を念頭にシステム構築を進めている。導入から1年が経過し、「このままのあり方でいいのか」と疑問の声がメンバーから上がりだし、変革を自分事として取り組む社員が増えてきた。
自律した社員同士のかけ算を促すコミュニケーション改革も今後の大きな課題だ。畑中社長は「変化のスピードを上げる社会の中で成長を続けていくためには、コミュニケーションのあり方から変化させなければならない」と話し、変革は多岐にわたりそうだ。
金属技研は2010年に世界最大級の「Giga-HIP」を姫路工場に導入し、欧州からも開発の相談を受けるようになった。また同時に、顧客要望に応じて設計・解析・製造・組立を一環で行うエンジニアリング事業もスタートさせ、加速器と核融合分野の国家プロジェクトに関わる数多くの製品の設計製作を担当してきた。2022年には技術開発本部を設立し、従来から金属技研が得意としてきた要素技術の強化や新しい成長エンジンの探索を組織的に行う体制を整えた。
スウェーデン社の買収もその歴史の新しい1ページだ。今後のさらなる成長にはオープンなコミュニケーションを基に、国内外の知見を共有していく取り組みが不可欠だ。
