「残念ながら法的な問題は解決されていません」 伊藤詩織さん元代理人がコメント 映画は12日から公開

伊藤詩織さんが監督を務めたドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』が明日12月12日から東京・品川の映画館で公開される。
映画を巡っては、民事訴訟で伊藤さんの代理人を務めた弁護士らが、無断撮影・録音や映像の無許可使用など複数の問題があると指摘し、問題となっていた。
今年2月に日本外国特派員協会(FCCJ)で、伊藤さんと元弁護団双方の記者会見が行われる予定だったが、伊藤さんは急きょキャンセル。「個人が特定できないようにすべて対処します」とコメントを発表したものの、その後も海外では修正されていない映画の公開が続いていた。
11月になり伊藤さんは突如、証言者として登場するタクシー運転手に対する無許可撮影について、運転手と和解したことを発表し謝罪。しかしこれ以外の問題点については、一切説明が行われていない。
映画の公開にあたり、無断録音被害の当事者である西廣陽子弁護士がコメントを発表した。
修正されていない映画が海外で販売されているなど、法的な問題点が解決されていないことが語られているほか、西廣弁護士らへの説明が日本で上映するための既成事実に使われると懸念したことなど、伊藤さんへの強い不信感が綴られている。
西廣弁護士コメント・全文
今年2月のFCCJの会見から10か月が経とうとしています。
私たちがFCCJで会見をしたその日に、伊藤さん側は「個人が特定できないようにすべて対処します」というコメントを配布しました。
しかし残念ながら、「対処した」という連絡は、現在まで私たち側には届いていません。
これまで、幾度となく私は「蔑ろにされた」と感じてきました。
① ホテルに誓約書を連名で差し入れたのに、伊藤さんにはそれを破られました。
② 防犯カメラ映像を映画で使いたければ承諾をとって、と言ったのに守られませんでし た。
③ 映画ができたら事前に確認させてと約束したのに、確認させてもらえませんでした。
④ 電話での会話を無断で録音されました。
⑤ スターサンズ代表の四宮弁護士から、防犯カメラ映像は「使わない方向で」という回答だったのに、使われ続けました。
⑥ 今年2月のFCCJでのコメントで「対処します」と言ったのに、修正のない映像が流され続けてきました。
その都度、今度こそは信じたいと思いながら、結局残念な思いを強いられてきた、その繰り返しでした。
伊藤さんの代理人弁護士から、本人から説明するので日程調整をという連絡を9月8 日に受けました。しかし、断りました。
6月下旬以降、こちらから映画について問い合わせをしても、「海外向け配給権を譲渡したので把握していません」等の返事の繰り返しでした。「映画を修正した」とか「修正バージョンを見て」という話は一切ありませんでした。
9月になり、突如として、「本人から説明するので日程調整を」と連絡がきました。 私は、日本で映画を上映するための既成事実をつくり、それに利用されるのだと感じました。 また無断で録音されるのだろうとも思いました。
繰り返し残念な思いをさせられてきた立場として私は佃弁護士を代理人に立てており、佃弁護士からは伊藤さん側に、会う前にこちらの問合せに答えて欲しいと申し入れをしました。
この対応は正解だったと思っています。というのは、伊藤さんの代理人弁護士はメディアに対して 「くり返し修正バージョンを見てほしいと言ったが拒絶されています」と言っているからです 。
しかしながらそのような事実はありません。
私たちが指摘した問題点は、修正されないまま上映されています。
また、全く修正されていない映画が、海外で販売されています 。
残念ながら、法的な問題は解決されてはいません。
伊藤さんは「公益性」という言葉を何度も使って映画を正当化していますが、私たちは、「公益性」はないと考えていることを説明してきました。
また、「映画を見て判断して欲しい」と幾度も口にしていますが、私たちからすれば、問題のある映画を上映すること自体が「問題」なのです。殴られている人を見せて「どう感じるか判断して欲しい」と言っているのと同じだと考えられるからです 。
「公益性」や 「映画を見て判断して欲しい」という彼女が使う言葉自体が、具体的な説明のない、いかなる意味にも受け取れる、「ブラックボックス」として使われています 。
今度公開される伊藤さんの映画は、これまで私たちが問題にしてきたことがほとんど改善されていないと聞いています。
私たちが訴えてきたとおり、ホテルとの約束に反してホテルの映像を映画に使用することは、今後、ホテル等から裁判上の立証への協力を得られなくなるおそれを生じさせるものです。ただでさえ立証の手段が限られる性被害について、伊藤さんの映画は、その救済の途を閉ざすものであるとの批判を免れません。
また、捜査官の音声や映像を使用することは、 本来守らなければならない“公益通報者”や 取材源を世の中に晒すことであり、これは、ジャーナリストとして決して行なってはならないことです 。
伊藤さんの映画は、重大な人権上の問題を孕んでいると言わざるを得ません。これ以上、傷つく人がでないことを願っています 。
2025年12月11日 西廣陽子
なお、西廣さん側は、伊藤さん側の代理人弁護士に対して内容証明を送る事態となっている。詳細は、「伊藤詩織さん映画、「修正箇所不明」のまま日本公開へ 元弁護団は内容証明送付」。
東京新聞はコラムで伊藤さん擁護の「カルト化」を指摘
映画の問題点が複数にわたることなどから問題は複雑化し、ネット上では「映画が日本で公開されなかったのは権力による圧力」といった根拠のない風説が流れ、伊藤さんに抗議した元弁護団への誹謗中傷やバッシングも続いた。
東京新聞は11月26日付夕刊のコラム「大波小波」の中で、「伊藤氏を特別な性被害者として神聖化し、告発のためなら多少の人権侵害には目を瞑ってもいいとして擁護する人々も存在する」と指摘。
「自分が応援する人や仲間をやみくもに庇い、間違いがあっても見過ごし、批判する人たちを攻撃する仕草は、このところさまざまな場所で見られる危うい現象だ」「カルト的な権威者を作り出すべきではない」と厳しく批判している。

映画『Black Box Diaries』が抱える問題点
ここからは筆者の見解となる。伊藤詩織さんは「映画を見てから判断してほしい」と繰り返しているが、これは映画を見れば多くの人が感動し、間違っていたのは抗議した元弁護団だとなる、と見越しているからだろう。それほど山崎エマさんのエモーショナルな編集力は見事だ。
この映画だけ見れば、伊藤さんの被害を証明する決定的な証拠がいくつもあったのに、なぜ日本の検察は事件を不起訴にしたのかと思う人が多いだろう。
実際には伊藤さんには致命的といってもいい不利な証拠があり、そのために元弁護団は頭を悩ませたが、映画ではこの証拠については一切触れられておらず、ホテルの防犯カメラ映像や、タクシー運転手・ドアマンの証言が裁判で重要な役目を果たしたかのように完全にミスリードされている。またこれらの証拠を、伊藤さんが一人で集めたかのような印象を持つが、実際は防犯カメラ映像は弁護士も連名で申し入れて裁判のために入手したものであり、ドアマンの証言を得る際には弁護士が同行、タクシー運転手の証言を撮った際にはタクシーに週刊誌記者が同乗している。
致命的に伊藤さんに不利な証拠となったのは、伊藤さんが事件後にアフターピルを処方してもらった産婦人科のカルテで、性行為の時間が「AM2:00〜3:00」と書いてあったことだ。伊藤さんは被害に遭ったのは早朝5時頃と証言し、被告である山口敬之氏側は目を覚ました伊藤さんと2時〜3時頃に同意の元で行為に至ったと答弁書に記していた。裁判所が産婦人科にカルテの開示を請求したところ、そこに記されていた時間は山口氏側の証言と一致していた。(詳細は「ホテル映像は「決定的証拠」なのか 『Black Box Diaries』議論に足りないもの」)。
また、事件当日に伊藤さんと山口氏が飲食した串カツ店と鮨屋では、伊藤さんが手酌で積極的に酒を飲んでいたことや、他の客に話しかけたり、素足で歩くなどした伊藤さんに山口氏が呆れ、先に帰ろうとしたことなどが証言されている。伊藤さんは「自分は酒に強いからあれくらいの量で酔うわけがない」とレイプドラッグが使われたことを主張していたが、飲酒した酒量については、両者の言い分が食い違っていた。なおレイプドラッグの使用については裁判で認められておらず、伊藤さん側が名誉毀損裁判でこの点について敗訴している。
伊藤さんはこの映画を「調査報道」「ジャーナリズム」(※)と主張する。しかしそうであるならば、産婦人科医、串カツ店、鮨屋にも取材し、自分に不利な証拠も検証すべきだっただろう。これら一切を伏せてインパクトのある映像、あるいは感動的な場面だけを見せ、検察の判断がおかしいとか、その裏に政権の関与があるはずだと海外に広めるのは、果たしてジャーナリズムと言えるのか。
筆者はこれまで伊藤さんの民事裁判を含め、複数の性犯罪裁判を取材してきたが、被害者にとって都合の良い証拠ばかりではないから、被害者が苦しむのだ。性犯罪が司法で裁かれる難しさはそこにある。なぜ証拠の半分を隠した映画が「真実」で、他の被害当事者を救うことになるのか。疑問しかない。
ただ、伊藤さんが映画によって広めたかったナラティブや「伊藤詩織像」がどういうものかは映像からよく伝わってくる。その作られたわかりやすいストーリーとヒロイン像は、少なくない数の人の心を打つのだろう。
伊藤さんは12月12日からの公開でメディアセッションや舞台挨拶に立つ。また、初日3日間が明けた15日にFCCJで会見を行う予定となっている。
【2025年12月12日14時追記】
(※)2025年2月27日にVOGUE JAPANに掲載された記事の中で伊藤さんは「これは調査報道として公益性があると思います」と話している。
ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める
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