はてな匿名ダイアリーの■なんで日本の医療って早期発見にばかり重きを置いているんだろうという記事およびその記事に寄せられた■はてなブックマークコメントが興味深かった。記事では、「日本の医療は早期発見にばかり力を入れているが、もっと予防と治療の方に力を入れればいい。胃がんにおけるピロリ菌除菌や大腸がんにおけるポリープ切除術のような情報を積極的に広めるべきだ」としている。
こうして日本の医療について率直な意見を寄せていただけることは、とても貴重でありがたい。もちろん臨床の場でも多くのご意見をいただくが、それらは「何らかの事情で受診し、医師を前にしている」という状況が前提になるため、どうしても偏りが生じてしまうのだ。
まず、「予防」という言葉が何を指すのかを明確にしておきたい。ブックマークコメントでも指摘されているが、予防には一次・二次・三次の段階がある。一次予防は病気そのものを起こさないようにすることで、たとえば胃がんではピロリ菌の感染予防や除菌がこれに当たる。二次予防は早期発見と早期治療で重症化を防ぐ段階で、大腸ポリープを良性のうちに切除するのは二次予防だ。三次予防は、治療後の再発や後遺症の防止や生活の質の維持である。ただ、日常的な感覚では、「予防」という言葉は一次予防のみを指し、早期発見は予防だとは捉えられていないことが多いだろう。
その点を踏まえて、「日本の医療では、予防(一次予防)や治療には力を入れず、早期発見(二次予防)にばかり重きを置いている」かどうかを考えてみよう。確かに、日本では二次予防に対する医療アクセスは容易である。多くの自治体では各種検診に補助を出している。しかし、諸外国と比べてとびぬけて優遇されているわけでもないし、がん検診の受診率は他の先進国と比較して必ずしも高くない。
日本で一次予防に力を入れていないということはないと思う。HPVワクチンをめぐる混乱やムンプス(おたふくかぜ)ワクチンがいまだに定期接種になっていないといった個別の課題はあるにせよ、全体的にワクチンに対する医療アクセスは良好である。治療についても同様で、標準治療に対する医療アクセスのよさは、少なくとも現時点では、世界でも高い水準にある。
公的な情報提供も概ねしっかりしている。米国では最近の政治状況の影響で CDC(米国疾病予防管理センター)の発信する情報の信頼性が低下しているため*1、この点では米国より良好と言ってよいだろう。厚生労働省の■e-ヘルスネット(健康日本21アクション支援システム)や、国立がん研究センターの各種■がんの冊子など、信頼性の高い情報源が確保されている。とくに私のお勧めは、■科学的根拠に基づくがん予防。平均的なリスクの日本人なら、この「日本人のためのがん予防法(5+1)」だけで十分だと思う。ほとんどが一次予防についての情報だ。ちなみに、ストレスはがんの主な原因だとはされていない。「禁煙やストレスを溜めるほうががんになりやすい」といった言説は完全なニセ医学である。

いろいろ言いたいことがある読者もいらっしゃるだろう。たとえば、「そんなことはわかっているが実践できない。もっと簡単にできる特別な情報が欲しい」。ただ、十分にエビデンスがあり、簡単に実行できる方法があれば、すでにそこに紹介されている。楽に健康になれる秘密の情報は存在しない。「なぜもっと情報を伝えようとしない。私の耳には聞こえてこない」という意見もあるかもしれない。それは確かにその通りかもしれないが、無料でウェブに公開し、拠点病院では冊子まで配布している現在の取り組み以上に、どんな方法があるのだろうか。もし良い案があるのなら、ぜひ教えていただきたい。
正しいが面白味のない情報はあまり広がらない。私も『医師が教える 最善の健康法』というエビデンスに基づいた予防の本を書いたが、出版社の方にいろいろ工夫をしていただいたもののあまり売れない。一方で、ネットや一般書では不正確な医療情報があふれている。そういう「面白い」情報が好まれるのだろう。権力で情報統制をするわけにはいかないので、これはもう仕方ない。ただ、「根本的な予防法は何故かあまり広めようとしない」のではなく、一所懸命広めようとしているが、正しくて地味な情報には、そもそも多くの人が興味を示さないという現実はわかっていただきたい。
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