「春興鏡獅子」は、歌舞伎十八番の1つで、1893年に九世市川團十郎が初演し、その後九世團十郎の薫陶を受けて、六世尾上菊五郎が継承した歌舞伎舞踊の大曲。右近は、曽祖父である六世菊五郎の「春興鏡獅子」に3歳のときに魅せられ、「いつか本作を歌舞伎座で踊れる歌舞伎俳優になること」を目指し修行を続けてきたが、このたびその夢が実現することに。右近は取材会開始前、人懐っこい表情を浮かべつつ、集まった報道陣1人ひとりの顔を見渡し「今までの人生で、一番宣伝していただきたい公演です」と言葉に思いをにじませた。
右近が「春興鏡獅子」に挑むのは、2015年開催の自主公演「研の會」以来のこと。右近は「3歳で、小津安二郎さんが撮った曽祖父の『春興鏡獅子』の映像を、祖母の家で観てから(今年で)30年になります。初舞台から25年、尾上右近という名前を襲名してから20年、自主公演で『春興鏡獅子』をやらせていただいてから10年……こうした節目が重なったタイミングで、歌舞伎座で『春興鏡獅子』をやらせていただけることはうれしい」と微笑む。小津安二郎による六世菊五郎の『春興鏡獅子』記録映像との出会いについて問われると、右近は「歌舞伎を観たのも、それが初めてでした。部屋に西日が差していて、カーペットの色がグレーだったことも覚えています。そこで、祖母から『あなたのひいおじいさんの映像を観る?』って言われて」と懐かしそうに目を細める。「春興鏡獅子」は、1人の俳優が、かれんな少女・弥生と、勇猛果敢な獅子の精の2役を演じわけるのが見どころだ。右近は「曾祖父だと思って観ているから、弥生も当然男性だとは思っていました。それでも、曽祖父が踊る弥生の、ふくよかさ、丸さ、たおやかさ、かれんさに、『柔らかい女の人だ』と。そこから、パッと後ジテになって、勇猛果敢で、神々しい獅子の精として出てくるのにも、子供心にインパクトがありましたね。『これがひいおじいちゃんなんだ』『僕もやりたい、こうなりたい』と思い、そこから清元と踊りのお稽古を始めたので、僕の人生のすべての始まりですね」と述べる。
六世菊五郎の「春興鏡獅子」の映像を「今でも、月に20回は観ている」と右近は明かし「曽祖父に憧れることと、『春興鏡獅子』に憧れることは、僕の中ではもうほとんど2つで1つ。技術や経験値はもちろん重要ですが、六世菊五郎の芸を観たときに、3歳の研佑(右近の本名)少年が感じ取ったのは、その魂の純度の高さ。核の部分が純粋な人間でありたいですね」と意気込みを述べる。プレッシャーについては「『鏡獅子』は、曽祖父が有名にした作品でもあり、また成田屋の家の芸でもあります。先人のことを考えると、『自分なんかまだまだだな』という気持ちになります。ただ、自主公演のときもそうですが、『春興鏡獅子』は、僕がやりたくてやらせていただいた作品。なので、もちろん真剣にはやりますけど、うれしい気持ちで、楽しくやることが大事なのかなと。六代目菊五郎について調べる中で、“役者子供”という言葉に出会ったのですが、僕はこの言葉をすごく気に入っていて。勉強することも、修業することも、楽しくワクワクやるということ、そしていつまでも青臭くいる、そんな“役者子供”を目指しています」と思いを述べる。
記者から、師匠である当代の菊五郎からはどのような反応があったかと問われると「楽屋にご報告に伺うと、『がんばってね。一生懸命踊ってね』と。あまり『がんばって』とおっしゃる方じゃないので、びっくりして、『ありがとうございます』を言い忘れてしまったんです(笑)。なので、感謝の気持ちは踊りに込めたいと思います。また團十郎のお兄さんにもご報告させていただきました。『よかったね、おめでとう』と言っていただいて、めちゃくちゃうれしかったです」と笑顔を見せる。そして本興行に向け「目標は2つあります。1つは、『春興鏡獅子』を当たり役にすること。もう1つは、僕のひ孫が『ひいおじいちゃんの鏡獅子を、自分も当たり役にしたい』と思うような『春興鏡獅子』を作ること」と瞳を輝かせた。
公演は4月3日から25日まで、東京・歌舞伎座にて。
松竹創業百三十周年「四月大歌舞伎」昼の部
2025年4月3日(木)〜25日(金)
東京都 歌舞伎座
スタッフ
一、新作歌舞伎「木挽町のあだ討ち」
原作:永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」(新潮社)
脚本・演出:齋藤雅文
二、「黒手組曲輪達引」浄瑠璃「忍岡恋曲者」
作:河竹黙阿弥
出演
一、新作歌舞伎「木挽町のあだ討ち」
伊納菊之助:市川染五郎
篠田金治:松本幸四郎
伊納家の下男作兵衛:市川中車
ほたる:中村壱太郎
佐野川妻平:中村種之助
木戸芸者五郎:中村虎之介
道具方秀吉:中村吉之丞
衣裳方栄二:澤村宗之助
鶴屋南北:松本錦吾
木戸芸者一八:市川猿弥
伊納清左衛門:市川高麗蔵
小道具方久蔵:坂東彌十郎
立師与三郎:中村又五郎
久蔵女房与根:中村雀右衛門
二、「黒手組曲輪達引」浄瑠璃「忍岡恋曲者」
花川戸助六 / 番頭権九郎:松本幸四郎
鳥居新左衛門:中村芝翫
新造白玉:中村米吉
牛若伝次:中村橋之助
朝顔仙平:大谷廣太郎
白酒売新兵衛:澤村由次郎
遣手お辰:市村萬次郎
三浦屋女房お仲:市川高麗蔵
俳諧師東栄:大谷友右衛門
三浦屋揚巻:中村魁春
紀伊国屋文左衛門:松本白鸚
松竹創業百三十周年「四月大歌舞伎」夜の部
2025年4月3日(木)〜25日(金)
東京都 歌舞伎座
スタッフ
二、「新歌舞伎十八番の内春興鏡獅子」
作:福地桜痴
三、新作歌舞伎「無筆の出世」
口演:神田松鯉
脚本:竹柴潤一
演出:西森英行
出演
一、「『彦山権現誓助剱』杉坂墓所 毛谷村」
毛谷村六助:片岡仁左衛門(奇数日) / 松本幸四郎(偶数日)
お園:片岡孝太郎
一味斎孫弥三松:中村秀乃介
家人佐五平:片岡松之助
杣斧右衛門:中村歌昇
微塵弾正実は京極内匠:中村歌六
お幸:中村東蔵
二、新歌舞伎十八番の内「春興鏡獅子」
小姓弥生 / 獅子の精:
胡蝶の精:坂東亀三郎 / 尾上眞秀
用人関口十太夫:市川青虎
老女飛鳥井:中村梅花
家老渋井五左衛門:市村橘太郎
三、新作歌舞伎「無筆の出世」
中間治助後に松山伊予守治助:尾上松緑 / 坂東亀蔵(9、16、23日)
紺屋職人久蔵:坂東亀蔵 / 市川中車(9、16、23日)
伊予守一子治一郎:尾上左近
大徳寺同宿日念:市川青虎
大徳寺住職日栄:中村吉之丞
左内妻藤:市川笑三郎
夏目左内:市川中車 / 尾上松緑(9、16、23日)
佐々与左衛門:中村鴈治郎
神田松鯉
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