
「首脳宣言で合意に到達できた、という良いニュースがたった今入った」。9月にインドの首都ニューデリーで開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)初日の会合冒頭、モディ首相はそう切り出した。突然の発表は国内外で驚きをもって受け止められたが、物議を醸したのは、それだけではなかった。
サミット中、モディ氏の机上に置かれたプレートには「インド(India)」ではなく、「バーラト(Bharat)」の文字が刻まれていた。バーラトも現地語でインドを意味するが、これまでの国際会議などで国名が英文で表記される場面ではインドが用いられてきた。バーラトかインドか。サミットを発端に、インド国内では大きな議論が起きた。
バーラトは、古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」にも登場するバラタ族に由来する。インドの国名は英国の植民地時代の名残だとしてバーラトの使用を求める声が上がる一方、国際的に広く親しまれているインドを使い続けるべきだとの声も上がった。
国名は、1947年にインドとパキスタンが英領インドから分離独立した際にも議論を呼んだ。
イスラム教徒の政治指導者のムハンマド・アリ・ジンナーは、イスラム教徒でつくるパキスタンと、ヒンズー教徒でつくるヒンドゥスタン(ヒンズー教徒の土地の意味)という国名が望ましいと考え、インド側が独立後もインドを名乗ることに反発した。
これに対して、英国からの独立運動で中心的役割を担った政党の国民会議派は、英領インドを継承するインドの国名を望んだ。当時もインド国内では伝統を重視してバーラトを国名にすべきだとの声があり、憲法ではインドとバーラトが併記されたが、対外的にはインドの国名を使い続けてきた。
しかし、…
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