ドイツメディアによると、ドイツの指揮者、ヘルムート・リリングさんが11日、南西部シュツットガルト近郊で死去した。92歳。バッハの宗教曲の優れた解釈で世界的な名声を得た。 1933年、シュツットガルト生まれ。シュツットガルト・バッハ合奏団や国際バッハ・アカデミーなどを設立。日本や南米などでもバッハの

俳優の久松夕子(ひさまつ・ゆうこ、本名・鴻巣孝子=こうのす・たかこ)さんが11日、死去した。92歳。葬儀は20日午前10時半、川崎市高津区下作延6の17の6のエヴァホール津田山。喪主は長男鴻巣冬太郎(こうのす・ふゆたろう)さん。 東京都出身。1968年に劇団青年座に入団。劇団の公演のほか、テレビド

アパホテルを展開するアパグループ(東京)の創業者で会長の元谷外志雄(もとや・としお)さんが11日死去した。アパグループが13日発表した。通夜と告別式は近親者で行った。後日、お別れの会を開く。 元谷さんは、アパの前身となる信金開発を1971年、石川県小松市で設立した。注文住宅やマンション分譲を手がけ
静岡県は10日、国内の男性で最高齢だった同県磐田市の水野清隆(みずの・きよたか)さんが8日午前9時33分、老衰のため自宅で死去したと発表した。111歳だった。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男重宏(しげひろ)さん。 県によると、水野さんは1914(大正3)年3月14日生まれ。2024年8月に男

太平洋戦争中、米国本土を攻撃するために生まれた「風船爆弾」を主人公にした小説「ぼくは風船爆弾」(潮ジュニア文庫)を著した愛媛県出身の作家・高橋光子さん(東京都武蔵野市)が1月24日、97歳で死去した。女学生時代に風船爆弾作りに携わり、「戦争はいつ被害者になるか、加害者になるか分からない」と繰り返し

沖縄戦犠牲者の遺骨収集を約60年にわたりボランティアで続けた国吉勇(くによし・いさむ)さんが3日、死去した。86歳。葬儀は7日午後1時半、那覇市松山1の9の1の大典寺。自宅は那覇市楚辺2の3の12。喪主は次男次雄(つぎお)さん。 第二次世界大戦末期に日米両軍の地上戦となった沖縄戦を6歳の時に体験し

「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」の映画監督の長谷川和彦(はせがわ・かずひこ)さんが1月31日、死去した。80歳。 助監督時代に「青春の蹉跌」「宵待草」などの脚本を手がけて注目され、1976年「青春の殺人者」で監督デビュー。中上健次の小説を原作に、両親を殺害した若者を冷徹に描いた。 79年には、原

スケールの大きなノンフィクション作品で知られる国際ジャーナリストで作家の落合信彦(おちあい・のぶひこ)さんが1日、老衰のため東京都の病院で死去した。84歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行う。喪主は長男でメディアアーティストの陽一さん。 米オルブライト大などで国際政治を学び、石油ビジネスを経て

情報番組のコメンテーターとしても活躍した国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんが1月29日、食道がんのため死去した。63歳。米ニューヨーク出身。葬儀は近親者で行った。 日本人の母と米国人の父の間で生まれ、米国、広島、富山で暮らした。東京大に進学したが退学。米ハーバード大で電子音楽とアニメー

大相撲の元幕内戦闘竜(本名ヘンリー・アームストロング・ミラー、米国出身)が29日に東京都内の病院で死去したことが30日、分かった。56歳。近年は肺の疾患で体調が思わしくなかった。 現役時代に所属した友綱部屋で兄弟子だった浅香山親方(元大関魁皇)は訃報を受け「毎日のように稽古をして励まし合い、付け人

AP通信によると、カナダ出身の俳優、キャサリン・オハラさんが30日、米ロサンゼルスの自宅で死去した。71歳。病気を患っていたというが詳細は不明。米映画「ホーム・アローン」シリーズの第1作(1990年)と第2作(92年)で主人公の母親役を演じた。 54年、カナダ・トロント生まれ。70年代に俳優として

国際政治学者で、日本出身者として初の米国歴史学会会長を務めた米ハーバード大名誉教授の入江昭(いりえ・あきら)さんが1月、米国で死去した。関係者への取材で明らかになった。91歳だった。 1934年、東京生まれ。高校卒業後の53年、米国の大学に留学。大学院で米国と東アジアの関係史を専攻した。その後、シ

韓国の孔魯明(コン・ノミョン)元駐日大使が25日死去した。93歳だった。顧問を務める東アジア財団が26日明らかにした。韓国メディアは老衰と伝えている。外相などを歴任した。 1932年、現在の北朝鮮・咸鏡北道生まれ。ソウル大法学部を卒業し、58年に外務省に入省した。93年に駐日大使になり、94~96

将棋棋士九段で「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三さんが22日、86歳で亡くなった。日本将棋連盟を通じて清水市代会長や藤井聡太名人らが追悼のコメントを寄せた。 コメント全文は以下の通り。 ◇清水市代会長 加藤一二三九段のご逝去の報に接し、日本将棋連盟を代表して、謹んで哀悼の意を表します。加藤九

将棋棋士九段で「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三さんが22日、86歳で亡くなった。日本将棋連盟将棋親善大使を務めるなど将棋好きで知られるタレントのつるの剛士さんは自身のX(ツイッター)で、加藤さんとの思い出を振り返った。 つるのさんは「加藤一二三先生の訃報に接し深い悲しみに包まれております。

「ひふみん」の愛称で親しまれた棋士の加藤一二三(ひふみ)さんが22日、86歳で亡くなり、出身地の福岡県稲築村(現・嘉麻市)の関係者からも悼む声が上がった。 稲築村にはかつて三井山野炭鉱があり、長屋に住んでいた労働者たちは夕方になると涼みがてら長椅子にまたがって「縁台将棋」に興じた。加藤さんも幼い頃

「ひふみん」の愛称で広く親しまれた将棋棋士九段の加藤一二三さんが86歳で亡くなった。現役時代は勝利への強い執念を見せた一方、盤を離れると勝負師とは正反対のおどけたキャラクターでテレビ番組に出演し、人気を集めた。 史上初の中学生棋士としてデビューし、史上最年少の20歳3カ月で名人に挑戦するなど、棋士

将棋棋士九段で「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三さんが22日、86歳で亡くなった。羽生善治九段は自身のX(ツイッター)で、加藤さんとの思い出を振り返った。 羽生九段は「加藤一二三先生の御帰天の報に接し、心から哀悼の意を表します。加藤先生と出会えたことを神に感謝致します。どうぞ安らかに憩われま

史上最長の62年にわたって将棋棋士として活躍し、多くのテレビ番組に出演して「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三(かとう・ひふみ)さんが22日、肺炎のため死去した。86歳。通夜は27日午後7時半、葬儀は28日午後1時半、東京都千代田区麴町6の5の1のカトリック麴町聖イグナチオ教会。喪主は長男順一

史上最長の62年にわたって将棋棋士として活躍し、多くのテレビ番組に出演して「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三(かとう・ひふみ)さんが22日、肺炎のため死去した。86歳。通夜は27日午後7時半、葬儀は28日午後1時半、東京都千代田区麹町6の5の1のカトリック麴町聖イグナチオ教会。喪主は長男順一